第81話 クラウドファンディング

 色々とややこしい仕組みをどうにか突破し、アニソンカバーの企画がスタートした。

 だがそれよりも前に、やることがまだある。

 まずは信吾の引越しである。

 仙台から出てきてからこっち、ずっと住んでいたボロアパート。

 知り合いから軽トラを借りてきて、それを運転したのは俊である。

 二人に加えて、月子まで手伝いに来てくれたので、すぐに片付いた。

 月子は厳しく躾けられたおかげか、日常のことはかなりしっかりと出来るらしい。

 なんなら料理も作ろうか、などと言ってくれている。


 山形にいた頃は、季節によってやることが色々とあった。

 月子にとっては束縛の強い土地であったが、自分のような人間はああいう環境で一度固めてもらわなければ、ふらふらと根無し草になっていたかもしれない。

 少なくとも歌うことの才能は、あの土地で鍛えられたものだ。

 生来持っていた声質というのもあっただろう。

 だが歌唱力と、それに秘められた透明な情念は、民謡にある歌い方だと思う。

 歌にブルースが込められているのだ。


 アメリカの現代音楽は、黒人のブルースが発祥であると言われている。

 もちろんそこに、欧州のクラシック理論も、どんどんと入れられたちゃんぽんではあるが。

 まだ黒人差別の強烈な時代に、黒人たちが歌った哀愁のこもったブルース。

 それは日本民謡とも共通した部分がある。

「あるのか?」

「元々日本の芸能っていうのは、ずっと昔まで遡れば各地を回って巡業するもので、アイデンティティを証明しづらいものがあって……」

 琵琶法師などは盲目の人間が、口に糊するための仕事の一つであった。


 抑圧、鬱積、そういった魂の悲しみが、源泉にある。

 なるほどそれはブルースであろう。

 そこからプレスリーのような白人音楽につながるわけだが、ジェームス・ブラウンのようなレジェンドもいたりして、現在の黒人音楽はHIPHOPにもなっていたりするが、白人も普通に歌っている。

「70年代から80年代の半ばぐらいまでは、音楽が世界を平和にするとかいう妄想が、けっこう本気で信じられてたんだよな」

「ジョン・レノンが殺されたあたりで、そういう妄想は終わったような気がするな」

 栄二はそういう、最年長の彼であっても、ジョン・レノンの死は誕生前のことである。


 体力で劣る千歳の休憩の間に、こういった雑談が入ってくる。

 これがレンタルのスタジオだったら、もったいなくて休みもほどほどにしか取れない。

 千歳にしても休みの間に、コードを押さえる手の動きは練習している。

 始めて五ヶ月にしては、随分と上達したものだ。

 ただ楽器にしても、練習のしすぎは腱鞘炎などにつながることもある。

 上手く休みを入れていくことも重要なのだ。

 普段は学校で、休日だけ特に長く練習というなら、そう無理な練習ともならないが。

 さすがにぼっちちゃんのように、一日六時間の練習は出来ない。


「ライブエイドとか、今見てもすごいけどな」

「フレディは本当に変態的な天才だよね」

 あの白タイツはもう、変態的すぎて逆に凄い。

 ただ暁などはQUEENの曲は素晴らしいとは思っても、ギターが物足りないと思ってしまうらしい。

 もちろん下手なのではなく、もっと激しく弾くのがタイプなのだ。




 九月に入ってライブを三回ほどやり、そして告知もしていく。

 アニソンカバーであるが、前回はいまいちかなと思ったタッチをもう一回歌ったりもした。

 しかしそれは月子メインではなく、千歳メインで歌ったものだ。

 月子がコーラスに回ると、声に深みが出る。

 表面的な感情の発露は、千歳のもの。

 今度はしっかりと受けた。


 月子の歌が千歳に劣るというわけではない。

 だがこの歌の、原曲には千歳の歌い方が合っていた、ということである。

 アレンジの仕方によっては、月子の方が合うであろう。

 しかしカバー曲を無理にアレンジし、ボーカルに合わせるのは俊の趣味ではない。


 アニソンカバーアルバムの方も、順調に進んでいる。

 告知から資金集めであるが、どれだけの金を入れても票数としては一票。

 身内や友人の名前で応募してくる人間はいるかもしれないが、それは許容範囲であろう。

 先にこちらで五曲は収録するものを決めている。

 タッチ、メロスのように、secret base、IN MY DREAM、愛をとりもどせの五曲である。

 secret base以外は全て、20世紀の曲。さらに言うなら80年代が三曲も入っている。

 ただこれも、確定しているわけではない。


 あとは10曲ほどを票で選んでもらって、その中から五曲から七曲ほどを選ぶ。

 曲の長さによっては、数が減るということだ。

 基本的にギターメインの曲がやりやすいが、なんならサックスなどの管楽器をギターにアレンジすればいい。

 今はもう忘れられかけている曲などを紹介するので、80年代から90年代、新しくても00年代が望ましい。

 ぽつぽつと票が入っていくのだが、その結果を見られるようになっている。

 レコーディングに必要な金額がたまれば、そこで終了。

 序盤でどさっと票が入った曲は有利だが、途中でポンと出てきた曲に、一気に入ってくることもある。


「名曲なのは認めるけど、フォークソングをリクエストされてもなあ……」

 信吾は苦笑して、それでもベースの出番はあるな、と思ったりする。

 80年代前半というのは、管楽器をメインに使っている曲が多かったりするらしい。

 改めて調べてみなければ、気づかなかったことであろう。

「お父さんの残したアニメに入ってないのかなり多い……」

 千歳の父はロボットアニメの系統が好きだったらしいので、なかなか他の分野というのは難しいのだろう。

「名前も知らない作品があっても、今はネットに転がってるのがありがたいな」

 俊の仕事は膨大なものになりそうである。




 企画が思ったより大きくなりそうであるが、その間にもライブ活動は続けている。

 クラウドファンディングは期間を限定しているが、問題なく予算は達成しそうだ。

 ただその前に、俊は頼まれていた仕事をなんとか終えた。

 暁と千歳の学校の、文化祭ライブの件である。


 軽音部とは別に、二人での参加となる。

 ギター二本でもこの二人ならどうにかなりそうであるが、俊は打ち込みの音源を作らされた。

 ちなみに文化祭などで収入を得ることがない音楽活動については、著作権絡みのごたごたは存在しない。

 ライブハウスで演奏する際は、そもそもライブハウスが著作権管理の団体に入っている。


 二人の出番はトリである。

 無難であろう。下手に二人の後に誰かが弾くと、それはとても冷めたステージになってしまう。

「最初に一曲、そんでそこからメドレーって、とっても面倒だった」

「ありがとうございます」

 千歳が拝んだのは、テレビシリーズのアニメの曲を、演奏時間内に上手く収めるためのものである。

 最初の曲はまあ、文化祭ならこれだろうな、というのを選んだ。

 だがメドレーの方はアレンジに工夫を凝らした。

 三曲の内の一曲目を、二つに分けてその間に、二曲目と三曲目を入れる。

 転調などが面倒だが、暁なら普通に出来る。


 打ち込みにはどうしても、演奏する側が合わせなければいけない。

 だがそのあたりは暁がペダルでタイミングを計る。

 なお文化祭は外部には基本公開されていない。

 在校生が申請を出して、その人数の分だけ許可される。

 それも数が多くなれば、親族が優先されるというものだ。


 俊は音響などの調整のため、これに駆り出されている。

 他のメンバーは仕事であるが、月子が俊と一緒に見に行く予定である。

 飛び入りのライブジャック、などということは考えていない。

 ただ音源にトラブルがあった時は、俊が呼ばれるかもしれない。

「高校か、懐かしいな」

 栄二は大学にまで進んだが、中退して仕事を始めた。

 今もまだフリーになりきったわけではない。

 ノイズの活動が高校生組によって、限定的になっているからだ。


 信吾は高校からバンドを組んでいたが、レベルはそれほど高くなかった。

 東京に出てきてからようやく、自分と合うぐらいのメンバーに出会っている。

 そして月子は、中学校までのやり直しをするので忙しかった。

 自分の症状の正体が分かって、ようやく人間らしくなっていったのだ。


 俊も高校時代に、バンドを組もうかという話になったことがある。

 だがメンバーが集まらないため、打ち込みとボーカルだけでやったものだ。

 それでも一番受けたのだから、普通科高校の文化祭というレベルであった。

 むしろ文化祭ならば、大学のものの方が本格的だ。

 音大なので、既にプロレベルというのがそれなりにいる。

 プロレベルなのにメジャーデビュー出来るのは限られているというのが、単純ではない理由である。




 俊は部外者であっても参加可能な、自分の大学の文化祭に出るつもりはない。

 メジャーレーベルのお偉いさんなども来るので、朝倉などは気合が入っていた。

 俊はメジャーデビューというものに夢を持っていない。

 まず自分たちだけの力で、どれだけ稼げるかだ。

 さすがに流通は会社を通さないと辛いが、宣伝などはどこまで自分たちで出来るか。

 あとはライブハウスでどれだけ売れるかだ。


 ネットでのサブスクを、いつまでも解禁しない。

 ただサリエリとしてミクさんを使っていた時代は、そもそも広告料だけを目当てにやっていたものだ。

 ライブでそこそこの利益が出ているという、現状が相当おかしいのは確かだ。

 どうしたら一番いいのか、それを考えないといけない。


 知名度を上げていくのは重要だが、安売りをしてはいけない。

 このあたり昔は、テレビ出演による知名度の上昇が、そのまま売り上げにつながっていた。

 だが今はそもそも、テレビの影響力が低下している。

 決まった時間に始まる番組を、その時点で見るという文化ではなくなっている。

 結局のところは、自分の時間を自由に使うという現代に、どうマッチしていくか。

 それを誰もが模索しているのではないか。


 ライブハウスへの出演交渉などは、ごく普通に通るようになってきている。

 ノイズというバンドの音は、供給に対して需要が多くなっているのだ。

 本当なら今は、どんどんとライブをしていってもいい。

 ただとにかく、曲の数が足りていない。

 ワンマンライブを成功させれば、それだけ大きな実績になる。


 一つの基準としては武道館だ。

 あそこは実績がないと、貸し出しをしてくれない会場である。

 ただ規模だけを言うならば、あれを上回るものはたくさんある。

 だがビートルズの時代から、武道館は特別であるという意識がある。

 また貸し出し料金にしても、東京ドームに比べれば格安なのである。


 そういった会場ではなく、まずは大きなライブハウスを満員にする必要がある。

 カバー曲を歌っていけば、ワンマンでも充分にそれには足りる。

 だが意図をもってのものならともかく、曲が足りないのでカバーというのは違うであろう。

 ノイズは潜在能力も、また現時点での能力も、充分に高い。

 だがボトルネックになっているのは、高校生二人がいるというだけではない。

 リーダーの俊に、負担がかかりすぎている。

 そしてこれを解消するには、やはりプロデューサーなり、せめてマネージャーが必要になるだろう。

 そこを自分でやってしまうので、俊は忙しいままなのだ。

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