第79話 オーパーツ
居候を決めるのは、ある程度の面談もしなければいけない。
たとえば美大で本気で油絵などをするなら、匂いが凄いことになるかもしれない。
あまりに大きな荷物があると、さすがに部屋に置くことが出来ない。
そうしたことも考えて、三人ほど候補者を絞った。
だがそれは後の話であり、このオフ会では俊に対する文句と羨望の言葉が多くかけられた。
「つよつよボーカル紹介しろよ~」
「いいけど金取るよ」
このあたり芸術業界というのは、仲間内で面白そうなことをやるとなると、採算度外視になったりする。
俊としてもクオリティのために、そのあたりを考えないことがある。
だが既に、金を取ってアルバムを売ったのだ。
もう技術が金になるのだから、それは売っていかなければいけない。
もっともボカロPの中には、俊よりも特定の技術に優れた人間がたくさんいる。
総合力で言えば、一番器用ではあるかもしれない。
むしろ器用貧乏なのかもしれないが。
結局ノイズにおける俊の役割で最も重要なのは、作曲と作詞なのだ。
アレンジなどは他のメンバーも集まって、勝手にどんどん決まっていく。
しかしシンセサイザーを使えるのは俊だけである。
ライブハウスとの交渉なども、ほとんど俊が行っている。
信吾から紹介されても、スムーズに交渉していくのだ。
基本的に俊は、物おじしない人間なのだ。
少し人間関係が不適切になることはよくある。
子供の頃から凄い人間が周りにいれば、そういった人間に対しては慣れていく。
このボカロ界隈のコネクションは、色々と広がっていく。
作詞作曲だけではなく、生音を使うこともあるし、イラストや動画を使ったり、ミックスまでは技術が及ばない人間もいるのだ。
俊は音の段階までは、ほぼ全部が出来るので、そのあたりでも重宝されていた。
しかし今はほとんどの依頼を断っている。
だがボカロカバーとなると、色々と話を聞いたりもする。
「ボカロカバーは今さらじゃないか?」
当のボカロPから、そんな意見が出てきたりもした。
確かに複数のボカロPによる、コンピレーションアルバムというのは既にある。
生歌というのもVtuberや歌い手と組めば、珍しくはないだろう。
ただ一つのバンドが、それをするというのはそれなりに珍しい。
「俺はともかく、メンバーを稼がせないと生きていけないんだよね」
「サリエリさんはまだ学生かあ」
「インディーズで出てたの、俺買ったよ」
バンド活動というのは、本当に金がかかる。
ボカロP金はかかるが、かかる方向性が違うのだ。
前回は果たしてどれだけ売れるかが分かっていなかったので、シェヘラザードも損益分岐点を低めに見積もっていた。
だがあれからさらにもう一度プレスされて、結局は6000枚ほど売れた。
しかしどうやら、既に海賊版が出回っているらしい。
初動で売り切らないと、やはり苦しいのか。
「ノイズのラインナップだと、あれやってほしいな」
そんな意見を率直に聞ける。
「アニソンカバー」
ああ、なるほど。
ノイズのこれまでのライブを見ていれば、その無節操さも分かるだろう。
洋楽もやっているし、アニソンから90年代カバーまでやっている。
「80年代シティポップが流行したりもしてるしさ」
「80年代って、音に重みが足らない気がしません?」
「なんとなく分かる。音が薄くて軽い」
「それがいいんじゃないかな」
前のアルバムにも、確かにアニソンは入っていた。
そしてメジャーレーベルならばともかく、インディーズレーベルならそれで儲けは出しやすいのだ。
メジャーでアルバムなどを出すと、アーティストに入ってくる印税はわずかに1%が基本だ。
そして著作権印税は、最大で6%といったところ。
今の時代にCDを売るというのは、本当に難しい。
「そもそもサブスクにどうして置かないのかね」
プラットフォームに取られる金が高いからである。
それにカバーではさらに儲けにならない。
アニソンカバー。特に古いアニソンは、オーパーツ扱いされる鮮烈な音楽があったりする。
タフボーイなどは代表例で、現在は海外でもカバーされていることが多い。
80年代の半ばほどからは、アニソンと一般曲の差が、実際のメロディラインや洗練という意味ではなくなってきてくる。
だがアニソンというだけで、売れないものであったのだ。
アニメタイアップ全盛の今となっては信じられないが、そういう時代だったのである。
(ボカロカバーをしようとして、アニソンカバーを勧められるのか)
いいものはいい、というボカロ界隈の自由さと言えるだろう。
そのあたりからは、これを歌ってほしいという曲だしが始まった。
「スターダストボーイズ!」
「ええ、これか……。オーパーツだな……」
80年代半ばの曲が、これであるのか。
「夢色チェイサー!」
「ああ、これね」
途中のギュギュギュ、を意地でも入れてくるMADを見たことがある。
「ちょっと新しいんだけど……」
そう言われて出してくる曲は、確かに埋もれていると言えるだろう。
スマートフォンで探っていくが、いったいこれはなんなのか。
(確かにボカロ曲は打ち込みだから、人間には出来ないような演奏もあるんだよな)
ダブルドラムやトリプルギターが必要になってくる。
「じゃあ今度ルームで話すから、そこに参加してくれますか」
「おっけー!」
「漲ってきた!」
こうやってノリだけで、とんでもないことをしてしまうのが、アマチュア集団であるのだ。
ただアマチュアだからこそ、出来るということもある。
「著作権の許可を取るの大変になりそうだなあ」
アルバム10曲以上となると、確かに面倒ではありそうである。
やはりこういったことが出来る人間を、雇うべきであるのだろうか。
だが、それに給料を払えるだけの収入は、まだ安定して入ってこない。
自己プロデュースの時代である。
ボカロPというのは、作曲も作詞も出来て、演奏は出来なくても楽器の知識はあり、また必要な音を拾ってくるという積極性も求められる。
イラストが必要なら交渉もするし、その値段も様々である。
単純にそのままイラストを使用するだけではなく、そこに歌詞を入れていくのにはデザイン能力が必要であったりする。
また公開する時間や、その宣伝なども必要だ。
俊の場合は単純に、楽曲に一枚絵、そして歌詞という始め方をやって、徐々に伸びていったという非常に古い世代のデビューをしている。
ただ自信作が伸びず、適当に作った曲がサーフェス名義で伸びているのを見ると、不思議な気分にはなる。
それ以上にネタに走った曲をこしあんPという名前で発表しているのだが、これで一番バズった曲は、未だにノイジーガール以上のPV再生数を誇っている。
さすがに公開している期間が違うので、いずれは抜かされると思うのだが、複雑なところだ。
俊は結局、ボカロPとしては決定的な成功を得ることが出来なかった。
作曲作詞の能力も、あくまで月子の持つイメージから生み出されたもの。
つまり真なる創造性は、自分が今までに吸収してきたものの中からしか生まれない。
そしてその化学反応は、人間同士の接触によって生まれることが多い。
もちろん世の中には、そういったものを本当にぽろぽろと生み出す天才もいる。
自分はそうではなかったのだ、他人の力を借りるしかない。
その結果また、人間関係の面倒なバンドに回帰してしまっている。
ただこれは、無駄にはならない忙しさだ。
そう思えるからこそ、俊は色々と面倒な手続きもしている。
アニソンカバーなど、昔の俊なら一蹴した選択肢だ。
しかし千歳の持ち出してきた曲の中には、オーパーツが色々とあった。
タッチなど絶対にある状況では耳にするような曲だ。
だが俊の路線変更を告げられると、メンバーも難しい顔をする。
「まあ、タフボーイが受けたのは確かだけど……」
「打上花火も受けたけど……」
「secret baseも受けたけど……」
「メロスのようには名曲だと思ったけど……」
「甲賀忍法帖はメタルだけど……」
なんだか釈然としないらしい。
ただ思い出してみれば、幼い頃に見たアニメなどの主題歌は、普通に歌えるものなのだ。
「さすがにドラえもんとかアンパンマンとかは無理だぞ?」
「言いたいことは分かるが、この曲をどう思う?」
聞いた全員の反応が、はっきりとしていた。
「フォークじゃん」
「これドラえもんの映画版の曲なんだよな」
「ドラえも~ん!」
昔は視聴率が30%ほどもあったというのだから、覇権コンテンツであることは間違いないだろう。
「ひまわりの約束もドラえもんの映画の曲だぞ」
ああ、なるほど。
アニソンには別に、偏見などはない。
今などはむしろ、アニメタイアップで爆発的に曲が流れる時代である。
そもそも打上花火がそうではないか。
「けれどお前が一番大変だぞ?」
信吾に指摘されて、頭を抱える俊である。
そう、まずアレンジの許可を取って、そこからアレンジもしていかなくてはいけない。
そこは他の楽器パートも手伝わなくもないが。
そしてもっと重要なことは、これをやって後につながるのか、それと儲けが出るのか、ということだ。
確かに音楽は楽しむものだが、人間は霞を食って生きていくわけではない。
フルアルバムということで、10曲以上は収録するだろう。
だがこれを、本当に買ってくれる人間がいるのか。
何を収録するのか、にもよるだろうが。
シェヘラザードも試みとしては面白いとは言ってくれた。
だがあそこはあくまでも会社なのである。
ある程度の儲けが見込めないのなら、出資はしにくい。
売れるか売れないか分からなくても、ノイズのファーストアルバムのような挑戦があるのなら、CDを出すのも試してみる価値がある。
だが今回は、完全にカバーとなるのだ。
そもそも需要があるのかどうか、そのあたりも問題だ。
博打であってもインディーズがCDを出してくれるのは、それなりにやってみる意義を見出すから。
もちろん売れなければ、どうしようもないのだが。
「出資してもらえる金額は減ると思うぞ。そもそも流通だけ担ったりする可能性もある」
栄二はシビアに指摘をする。
確かに俊も、完全に甘い見通しだけで言っているわけではない。
今の時代には、需要があるかどうかを調べる、便利な機械があるではないか。
ネットを使えば、確かにその意見を拾うことが出来る。
しかしその意見に、果たして本当の需要が反映されているのか。
「無責任な一票じゃなく、金を払って票を買ってもらう」
「票を……クラウドファンディングか?」
「そう。最低金額を500円にして、どれだけ出してくれても一票は一票。ただし多くの票を集めた楽曲五曲を、聴きたいと思っている人たちに選んでもらう」
「それは……出来るんだったかな?」
この場の誰も、そういったことに詳しくはない。俊としてもまだとっかかりを調べ始めたところである。
「だけどもしこれで出資が集まった時、皆は演奏出来るか?」
それはちょっと、考え物なのである。
たとえばギターを使わない曲や、ユーロビートにラップなどに票が入ればどうするのか。
「その場合は上位10曲のうち、ノイズで演奏可能な五曲を選び、またアレンジバージョンでの演奏にする」
なるほど、とは思うがそういったことをするのは全部、俊になるわけだ。
そのうち本気で倒れるのではないか、と思わないでもない。
「最近過ぎたらどうするんだ? アイドルとか祝福とか。まあ打上花火はもう出来るけど」
「年代をある程度絞ればいい。2010年以前という風に」
あまりに古すぎるものは、自然と弾かれるわけか。
本当にこんなことをやっていていいのか、という気もする。
だが埋もれている過去の曲のカバーというのは、確かに面白いだろう。
さらに当時のものではなく、現代の技術でカバーするのだ。
シンセサイザーで多くの楽器は、カバーが可能になってくる。
「まあ、リーダーの言い出したことだし、酔狂に乗ってみるか」
そもそもクラウドファンディングで、そんなに金が集まらなければ、その時点で計画は凍結なのである。
またその前には、月子の引越しについても俊の母のチェックが入ることになるのだ。
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