第69話 決戦の日
※ 著作権の件について
前話でフリーになってる俊パパの楽曲ですが、詳しい方からのご指摘がありました。
この場合は多額の借金と、多数の価値ある楽曲の著作権、という状況で相続人全員が相続放棄した場合、
債権者は通常、相続財産の破産手続をとり、この著作権を換価して債権回収を行うそうです。
この場合、著作権は換価されて買受人に移転し、実は著作権フリーにはならないとのこと。
従前の大手レーベルが安く買うのが穏当かもと教えていただきました。
ありがたい書き込みがありましたので、生前に主に所属していたレコード会社が著作権を所持している、という設定に変更します。
野暮なことを書いてしまいましたが、なるべくリアルに寄せていこうと考えていますので。
それでは引き続き物語をお楽しみください。
×××
ツインの部屋を二つ取って、そこにエキストラベッドを入れる。
これで丁度、男女三人ずつに分かれることになる。
夜更けまで起きていることなどなく、早々に眠りに就く、というわけにいかないのが俊である。
ぎりぎりまでフェスの告知を確認する。
また九月以降も大学はまだ夏休みのため、そこをどう使っていくか。
(冬にはツアーでもしたいな)
この調子で人気が伸びていけば、それも夢ではないと思うのだ。
だがそれより先に、ワンマンライブをやってみたい。
ステージはどんどんと上がっていく。
だがメジャーシーンを利用しないのは、どこかで限界が来るのでは。
もっとも邦楽洋楽問わず、インディーズのまま成功したバンドはある。
むしろ稼ぐだけなら、プロモーションなども含めて自分たちでやれば、インディーズの方が旨味があるとさえ言える。
海外にまで進出するなら、さすがにメジャーレーベルの力が必要になるだろうが。
(あるいは全部自分たちでやっちゃうか?)
それにはさすがに資金が足りないし、ノウハウもコネクションもない。
仲間はこの六人だ。
だが味方はまだまだ増やさなくてはいけない。
(自主制作は昔はなかったわけだしな)
そもそもCDという媒体にすることに、現在は昔ほどの価値がない。
サブスクやPVによる広告など、そういうところで収入が発生する。
あとはライブをしていくか。
そもそもボカロPとして活動していた俊としては、もしメジャーにでも打って出るなら、デビュー曲で一位を取るぐらいの離れ業をしたい。
それも今では、ほとんど意味がないことだ。
確かにCDの売れた90年代なども、60年代や70年代のアルバムが売れたりはした。
だが今では完全に、配信がメインになっている。
5000枚売れるか流通して、さらに再プレスされたというのが、既に奇跡的なことなのだ。
ただこの流れは、新たなムーブメントなのかもしれない。
もっともCDがまた売れる時代がやってくる、などとは思わない方がいい。
ノイズのセカンドアルバムが作られたとしても、次にはそれほど売れないだろう。
CDが売れなくなった原因としては、確かに一つは配信が主流になったということがある。
だがもう一つ大きいのは、海賊版の登場だ。
CDのコピーが簡単になり、それを防ごうとガードしたCDが、逆にプレイヤーで聞けなくなって困ったことになった。
このコピーと、ネットによる拡散が、CDにとどめをさしたと言っていい。
それでもまだレンタルの方は、自分の好きなアルバムを自分で作る、などといった目的のためにそこそこ動いたらしい。
音楽のみならず、コンテンツの多くが無料で提供される現代。
そこで必要なのは、金を払ってでも、時間を使ってでも惜しくはないと思わせる圧倒的な熱量。
あるいは隙間の暇な時間を、埋めて広告料で稼ぐこと。
ミュージシャン、あるいはアーティストとしては、前者を意識すべきである。
だがプロデュースとなると、後者も重要であるのだ。
カバー曲や不完全バージョンを提供し、まずは関心を持ってもらう。
そこからバンドでのオリジナル完全バージョンに導線を引く。
意識していなかったが、これが成功していたため、アルバムは売れたのではないか。
ただ地方のCDショップなどから、注文が入っていたというのも不思議な話だ。
他の二人が体が大きいため、俊はエキストラベッドを利用する。
演奏のパフォーマンスが悪くても、あまり関係ないのが俊なので仕方がないだろう。
それよりも少し前、女性陣の部屋である。
一番小さな暁をエキストラベッドに、少し放す三人。
最初は明日のステージに対する緊張などを話していたのだが、それにも飽きてきた。
ここまできたらやるしかないのだ。
「コイバナしたい!」
言い出したのは千歳である。
人間関係に深刻なコミュニケーションの障害を抱えている月子に、ぼっち・ざ・ぎたあな暁に対して、こんなことを言うのか。
暁はまだしも、完全なる没交渉というわけでもないとは言えるが。
「コイバナって……あたしはギターが恋人ということで」
「じゃあ好きなギタリストは?」
「え~、それ絞らないとダメ?」
暁は基本的に、上手いギタリストは誰でも好きだ。
ただギター破壊などは受け入れられないし、あまり年齢が近いと逆に、ライバル心が湧き上がるが。
月子の場合はコイバナとなると、小学生時代の誰々が好き、というレベルにまで遡る。
中学校時代は暗黒期であったし、高校時代も世間に適応するので精一杯だったからだ。
下手に容姿が良かったというのも、この場合は逆効果で、女子からの嫉妬が凄かった。
周囲に年配の人間が多かった高校時代は、ようやくそれを理解していったものだ。
もっとも中学時代までも、三味線と民謡の世界は、年配者が多かったが。
意外と同年齢などもいたのだが、少数派であるのは間違いなかった。
最初に言い出した千歳にしても、恋愛経験は0である。
別に全員ブスというわけでもなく、平均以上の容姿ではあるのに、どうしてここまで恋愛に縁がないのか。
「うちの男共はどう思う?」
バンド内恋愛禁止、というのがノイズのルールだ。
だが一方的に好ましいと感じるなら、それはありだろう。
「わたしは俊さんには、本当に助けてもらったから、恩人とかそんな感じで恋愛とかはないかな。もちろん好きだけど」
月子の言葉は明確である。
「信吾君は?」
「バンド内恋愛禁止って言われたから、そもそも考えてないし」
月子にとっては恋愛というのは、かなり優先順位が低いらしい。
そこから話は、男連中の恋愛事情に移っていく。
「俊さんは昔、ちょっとこじらせた恋愛したっぽいけど」
「あ~、そういう感じある。でも俊さん、性欲より音楽欲の方が強そう」
千歳の言葉に、思わず二人は笑ってしまう。
「信吾君はけっこうモテるみたいだね」
技術的な話で、暁はそこそこ信吾と話をする。
女性からの着信が何度もあるのを、よく目にしていた。
信吾の場合は複数の女性の間を歩き、生活の一部をフォローしてもらっているらしい。
一応は自分の部屋があるが、食費や光熱費などを考えると、倉庫のように使っているみたいだ。
「好色っていうわけじゃないんだろうけど」
暁はそう感じている。
「あたしらのことも、女じゃなくて人間として見てる感じだよね」
千歳の言葉に、月子もうんうんと頷く。
ノイズの人間は結婚している西園以外、恋愛に縁遠い。
信吾のような関係を、恋愛と言ってもいいのなら別であるが。
ファンの間を泊まり歩いて、たまに性欲も解消している。
むしろ相手から望まれるようなものなので、信吾自身が性欲を感じさせることはないのだ。
「俊さんなんか、凄く条件いいのにね」
千歳はそんなことを言うが、その条件というものに、本気で魅力を感じているわけではない。
高身長とまでは言わないが、平均よりは高い。
太ってはおらず、不潔でもない。
もっともたまに、よれよれになっている時はあるが。
そして何より、家が金持ちである。
「そういえば前に、シンガーの彩とレコード会社で会った時があったっけ」
暁の目から見て、二人の間には何か因縁があると思えた。
それもかなり、感情的になるタイプのものだ。
音楽業界は広いようで狭いから、どういう関係であったものなのか。
もっとも俊の過去というのは、下手に突いたらおかしなものが出てきそうで、ちょっと怖いところがある。
「謎が多い人だよね」
一番付き合いの長い月子でも、こう言ってしまうぐらいだ。
確かに秘密主義なところが、俊にあるのは否定しない。
ただ俊にはなんというか、カリスマと言うのはちょっと違うのだが、人の運命を変えていくような力を感じる。
もちろんそれは単純に、身につけたスキルに頼ろうと、人が集まるという点もある。
だが全体的なプロジェクトを、未来を含めて見るという点では、他にはなかなかいない才能だと思う。
音楽的な才能と言うよりは、ビジネス的な才能であろうか。
しかし実際にノイジーガールは随分とPVが回っていて、アレクサンドライトも悪くはない。
こう言ってはなんだが、ミュージシャンの中ではかなり、金儲けの才能があるのではないか。
高校生の二人にはまだ分からないだろうが、月子には分かる。
以前よりもはるかに忙しくはなったが、経済的な余裕は少しあるのだ。
かつてのように、給料日前に必死で半額値札シールの商品を買っていた時とは違う。
今なら30%引きで堂々と買えるぐらいの余裕がある。
(あとはアイドルの方で売れたらなあ)
それでもようやく、アイドルの方でもフェスに出られることになったのだ。
東京へ出てきて、およそ五ヶ月。
何年も下積みをしている人間がいることを考えれば、月子は成功しつつある。
だがその日常が崩壊するのが近いと、彼女はまだ知らなかった。
夜が明ける。
朝食付きのホテルではないので、コンビニで食事を買って来て食べる。
こんな時も俊は忙しく、タイムスケジュールを確認していく。
「16時からだけど、早まる可能性も少しはあるからな」
もっとも時間が変更する場合は、ほとんどが遅れるのが常である。
まだ西日の強烈な時間に、ノイズのステージは開始される。
それまでは自由なのだが、昼間でも既に開幕しているステージはある。
見ていくのもいいかなと思ったが、取材などが入ったらすぐに戻って来いとも言われてしまった。
予定などは入っていないが、地方のフリーペーパーなどで、取り上げられることがあるからだ。
現在の情報化社会において、何が重要であるか。
それは実力などではなく、認知度なのである。
もっともその情報の拡散のさせ方にも、色々と手段はある。
とりあえず一人ずつでもファンを増やす要素は、積極的に取り入れていくべきだ。
「インフルエンサーの発言力が、無闇に大きくなった時代だしな」
SNSでの呟きが、どこまで拡散していくか。
ノイズのライブの盗撮動画なども、かなり拡散されている。
もちろん積極的に撮影させているわけではないが。
このフェスにおいても、ちょっとテレビで取り上げられたりはする。
それでも地方で行われた、イベントの一つとしてというものだが。
もしテレビで流れるとしても、それはメインステージのヘッドライナーをはじめとする数組だけ。
だがネットでは参加者たちが、どんどんと拡散していくであろう。
もちろんこれも、運営による撮影はともかく、ステージを撮影するのは禁止である。
ノイズの場合は月子が、現段階で既にサングラスをかけている。
ルックス売りをしないのはもったいないな、と千歳などは思っている。
もっとも月子が美人なのは当たり前として、自分と暁の間にも、そこそこの容姿の差はあると思っている。
なんだかんだ言って欧州系の血が混ざっている暁は、色白で目鼻立ちもくっきりしているのだ。
(栄二さんも美形じゃないけど愛嬌のあるタイプだしなあ)
母も美人であったのに、顔立ちは父親に似てしまった。
せめて歌とギターで貢献しなければ、と千歳は考えている。
ノイズの中では間違いなく、演奏技術的に一人で足を引っ張っている。
歌唱力にしても、表現力は高いと言われるが、月子ほどの音階は持っていないし、声量も劣る。
ギターが下手なのは言うまでもない。
高校から始めて下手なのは、さすがに当たり前だと思われるのだが。
(あたしメインで始まる歌もあるんだ)
オリジナルは二曲は月子メインであるが、新しく歌われるのはアルバムには入れたが、ライブでは初披露するものだ。
二人の歌が、交じり合うような歌。
そして何より、カバーの五曲目が、千歳に任されている。
事前にライブバージョンを見てしまったのが、悪かったと言えようか。
邦楽史上でもトップレベルの歌唱力を持った、あの歌声。
むしろ歌ではなく、声が重要であったとすら言える。
(駄目ならもう、思い切って叫ぶしかない)
千歳は自分だけが緊張していると思っているが、そんなことはない。
この規模のステージであれば、誰だってある程度は緊張するものだ。
むしろ緊張なくステージに上がるというのは、よくないことであるだろう。
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