五章 フェスティバル
第57話 硝子の少女
都心からは少しだけ離れているが、それでも電車で簡単に行けるハコがホライゾンである。
満員になれば200人は入るというこのハコで、ノイズはトリ前という順番であった。
普段よりも距離があるため、俊はバンを出してメンバーを回収。
そしてやってきたわけだが、周囲の視線が痛い。
楽屋などでも、かなり注目されている。
俊は如才なく、普通に他のバンドにも挨拶をしていく。
それに信吾と西園も、知っている顔を見つけては話したりなどする。
そしてだいたい話題にされるのは、月子の仮面のことである。
ステージでは仮面をしているが、楽屋では普通にそれを外している。
今日は普段とは被らないバンドが対バンしているものが多い。
なので噂されていた、ノイズのボーカルは実は美人だ、という話が嘘ではないと確認出来た。
ルックス売りというのは、立派な一つの武器である。
ただ過去には、ルックス売りをしないことで、逆に関心を引いたミュージシャンもいる。
もっともそれは積極的に、メディア露出を控えていったというわけでもなかったりする。
それにルックスで売れるのに、中途半端に仮面をつけるあたり、さっぱり意味が分からない。
実際のところメイプルカラーのステージのメイクとは、かなり違うメイクをしているので、正体はあまりバレないのではと思ったりもする。
むしろ声が特徴的なのに、いまだにバレないのが不思議な俊である。
こういうところでしっかりと、顔つなぎはしておくべきである。
なぜなら音楽業界は、足の引っ張り合いが強烈なところもあり、またヘルプで入ってもらうことなどもある。
ただノイズはそれでも目立つ。
男性三人がリズム隊と何でも屋で、女性三人がフロントという体制であるからだ。
音源と言えるのはネットで公開されているものぐらいで、それもほぼボーカルのみ。
ただその曲がものすごい再生数を稼いでもいるのだ。
ライブを聴きにいった人間からは、おおよそ評価が高い。
ただメンバーがまだ増えている途中だ、とも言われていた。
そして元アトミック・ハートの信吾と、元ジャックナイフの西園がいる。
この二人が強いリズム隊であるのだ。
そんな実績のある二人ではなく、リーダーであるのはサリエリ。
元はボカロPというのは、いまだに軽く見られていたりもする。
今や日本のトップレベルのアーティストには、ボカロP出身の人間が何人もいるのに。
資本投下や広告宣伝のことを考えると、今やメジャーデビューというのは、何も将来を保証するものではないと思う。
ただ俊は成功したいのではなく、大成功したいのだ。
いずれはメジャーの力を必要とするだろう。
だが堅実で慎重な俊は、まず日本で絶対的な基盤を築きたい。
(父さんは同じ年には、もうメジャーで売れてたんだよな)
そして俊がとりあえずの敵と考えている彩も。
ただ月子に、暁と千歳の年齢を考えれば、まだ大きく動くには早すぎるとも言える。
セッティングとリハの順番が回ってくる。
気のせいではないだろうが、今日の対バンの注目が大きい。
リズム隊から順番に調整していく。
暁はかなり厳格に音作りをする。
ギターというのはやはりバンドの中では、特にリードギターは特別なのだ。
レフティの黄色いレスポール。
ただでさえ珍しいのに、それを弾くのが中学生ぐらいにも見える女の子。
なのに演奏はとんでもなく上手い。
リハで軽く合わせているだけなのに、それぞれの技術がよく分かる。
なので千歳のギターだけがやたらと下手なのも分かる。
下手と言うよりは、まだギターでしっかりと届けられていないというべきであるか。
バンドの顔はやはりボーカルである。
しかしロック色が強いと、ギターも当然ながら目立ってくる。
レスポール・スペシャルは本当にこんな音がしただろうか。
ハムバッカーをピックアップに使っているような、太い音もしっかりと出ている。
「女の子であの年齢って、何者なんだよ」
「ノイズの女子メンバーはバックグラウンドが分からない人間ばっかだよな」
「サリエリはボカロP、元アトミックハートの信吾、元ジャックナイフの栄二ってとこまでは、かなりの実績残してるけどな」
「ルナが登場してから、一気に名前を聞くようになったよな」
「配信されてるやつだと、ノイジーガールもアレクサンドライトも、伴奏が薄いんだよな」
「ライブのギターソロは絶品だって聞いたけど」
この年齢の女子なのに、暁は圧倒的な実力派。
月子のボーカルは突出していて、千歳のギターボーカルは歌の上手さとギターの下手さが逆に目立つ。
もっとも下手といっても、簡単なリズムパートなので、致命的な失敗にはなっていないが。
リハも終わり、楽屋に一度戻る。
「今日のバンドはどこも実力派だから、ある程度聞いていくぞ」
俊の言葉に従って、六人は一度楽屋からは出る。
トリのバンドのリハもあるし、開演までには少し時間があるのだ。
どこかで新曲の歌詞などを詰めようか、と思ったりもする。
「ギターすごく上手いね」
そう暁に声をかけたのは、今日のトリであるクリムゾンローズのリーダーでありギターボーカルの女性である。
3ピースのガールズロックバンド。
既にメジャーから声がかかっていて、契約の条件を詰めているだけだとも言われている。
暁は少し警戒しながら、ぺこりと頭を下げた。
「ノイズさん、凄く面白いバンドですね。構成とか。ボーカルとかギターとか、どこから見つけてきたのか」
威圧感があるのは、その身長ゆえであろうか。
信吾ほどではないが、俊よりは少し高い。
「今日の打上、一緒にしません?」
ふむ、と俊は考える。これまでは高校生組や他のメンバーの仕事もあった。
なのでメンバーの顔を見回すが、西園も含めて全員がOKであった。
メジャーへの道。
とりあえず俊は、それよりもまだ曲が足りないと思っている。
まずはインディーズでアルバムを作り、世間の反応を見る。
今日も初めてのハコであるのだ。信吾は前のバンドでやったことはあるらしいが。
イベントによっては対バンをしたバンドのメンバーで、一緒に打ち上げをするということはある。
だがノイズはこれまで、全員が参加するということはなかった。
単純に誰もが、ある程度忙しかったからである。
それに高校生は、夜までいるというのは問題だと思われているからだ。
「相手がガールズバンドだからOKしたの?」
「うん? まあ、それもあるな。お前らに変にちょっかい出してくることはないし」
俊の場合は相手の女性に興味があるのではなく、他のバンドの男どもから、メンバーを守る方が重要である。
ただ今回声をかけられたのは、他の理由であると思う。
クリムゾンローズはガールズバンドである。
それが強力なギターやボーカルの女性に、純粋に興味を示すのは普通だと思ったのだ。
「引き抜きの可能性もあるだろうな」
メンバーのみでの会議の中で、俊はそんなことを言う。
「でもあの人たち、全員大学生だよね?」
「実力があれば関係ないんだろうけど」
正式なメンバーとしてはともかく、普通にバンドのヘルプに入ることは増えるかもしれない。
今のノイズではそんな問題はないが、最初のライブなどは月子と暁が突っ走って大変であった。
変に妥協をするのではなく、単純にテンポを上げたりとか音を増やすとかではなく、全体の調和に意識が向かうようになった。
相変わらずギターソロでは、好き放題にやっているが。
それでも曲が破綻するようなことはない。
勢いを保ったままで、安定しているようにもなった。
これはやはりリズム隊の強さが関係している。
夕暮れ時、いよいよライブが始まっていく。
ノイズのメンバーは月子がこんな暗いライブハウスでありながら、サングラスをかけてマスクもするという、完全な不審者の格好で他のバンドを見ていた。
マーキュリーよりもさらに収容人数が多いハコということは、それだけ客を集められるバンドをそろえないといけないというわけだ。
ノイズに関しては、チケットノルマを完全に捌いている
身内にもある程度は買ってもらったが、基本的にはファンの間で売れているのだ。
「なんか転売とかも既に発生してるみたいなんだよなあ」
「あ~、ライブハウスだと仕方がない」
そしてライブハウスとしては、ちゃんとチケットが売れて、客が来てくれていることが重要なのだ。
他のバンドの演奏を見ていくと、千歳がどんどんと落ち込んでいく。
「今日の演奏する中で、あたしが一番下手かもしれない……」
「一曲目はギター弾かなくていい歌にしたから、そこでステージに慣れればいいさ」
千歳の心配は、確かにどうしようもないものなのだ。
正直に言って千歳のギターは、ある程度の才能がある。
しかしこの短期間で、あっという間に上手くなるほど器用ではない。
楽屋に戻って準備に入る。
千歳のプレッシャーは分かるが、こういうものは慣れていくしかない。
もっとも暁などは最初から、プレッシャーを感じてはいなかった。
ギターさえ持っていれば彼女は最強なのである。
「初めてのライブかあ。わたしは歌うパートもほとんどなかったし、ステップ踏むのとかで精一杯だったなあ」
「俺は高校時代に仙台でやってたけど、最初はひどかった」
「そんなもんだ。俺も初めて叩いた時は、客が冷えてて泣きそうになった」
「フォローするから、一曲目は頑張って歌え」
暁はそういうプレッシャーも感じず、無敵状態になれるので演奏で後押しをしていくしかない。
いよいよ出番である。
トリを食ってしまうぐらいの勢いで、演奏してやろう。
実際のところ、それぞれのポジションは上回るレベルにあるのだ。
ただ練習で合わせている時間が、まだまだ足りないとは思うが。
『ノイズです。ここでは初めてのライブになります』
俊のMCから入って、メンバーを紹介していく。
千歳は一曲目はギターは暁に任せているので、ギタースタンドに立てておく。
やはり歌いやすさだけを考えると、ギターを持っていない方がやりやすい。
『ロックもポップもやってアニソンもやって、なんだかロックバンドじゃないなんて言われてますけど、いいものはいいとやるのがうちらのスタイルですんで』
そのあたりは確かに、無節操ではあるのだ。
だがオリジナルはしっかりとギターソロが入ったロックではある。
サイケ要素やパンク要素はない、クラシックであったりバラードであったりするロックだが。
ただまだ公開していない新曲の方には、ややサイケの色があったりする。
MCの間にもまだ、千歳の緊張は取れていないように思える。
あとはイントロでどれだけ、千歳を上げていけるかが問題だ。
俊の視線を受けて、暁と西園の演奏が始まる。
アレンジをしてあるが、そこからキーボードとベースが重なっていくのだ。
『硝子の少年』
ドラムの強い音がなく、ギターも変に歪ませることもない。
シティポップの色が強いこの曲は、デビュー曲でありながらオリコンの一位を獲得したものだ。
今ではほぼ不可能な、ミリオンセールも果たしている。
どうだ、と俊はシンセサイザーのキーを叩きながら千歳の様子を見守る。
一瞬の音の消失。
そこから千歳の、年齢が外見からはギャップのある、艶のある声が飛び出してきた。
絶対にロックではないが、歌唱力を見せ付けるのには丁度いい。
千歳にはこういう物悲しい曲を、しっとりと歌う表現力がある。
その千歳の声から、月子が受け取る。
クリアな声の中に、千歳から受け取った悲しみが残っている。
そして二人のハーモニー。
純粋な歌唱力で、オーディエンスを圧倒している。
(だけどまあ、ロックのノリではなかったか)
ツインボーカルの力を、見事に見せ付けるもの。
完全に方向性の違うはずの二人の声なのに、しっかりと合っていく。
響きあうような声の厚みは、聴いている人間をうっとりとさせるものであった。
ただこの歌詞の中身は、憶測すればかなりえぐい意味もあったりする。
ライブハウスの、それまでのバンドが作っていた色を、完全に変えてしまう。
やっぱりこの二人の声はすごいな、と俊は感心する。
問題はこの歌では、ギターソロの活かせる部分がないということか。
ただ最初にこの歌いやすい曲を持ってきたのは、千歳にとっては良かったと思う。
(新曲の練習時間なんかなかったからな)
次はレコーディングが待っているのである。
最初の曲が終わった。
オーディエンスの反応は、戸惑いが多かったであろう。
だが二人の声を印象付けるには、間違いなく効果的なものであった。
数は少ないが、口笛も聞こえてきた。
ライブハウスの中を、空白にすることに成功した。
そして二曲目、MCを挟むこともなく激しいメタル調の曲が始まる。
『タフボーイ』
ギターを手にした千歳が、演奏に混じっていく。
下手でもいい。弾きたいように弾けばいい。
暁はそう言うのだが、彼女自身はミスすることはない。
センチメンタルなアイドルソングの後に、激しいメタルに近いアニソン。
お前らの方向性はどこにあるんだ、という印象を受ける人間もいるだろう。
だがカバー曲に関しては、全体の調和というかバランスを考えている。
オリジナルは必ず、バラード調のアレクサンドライトの方まで、ギターソロが入っているので、それがロックである証明だろう。
月子と千歳が交互に歌い、そしてサビでハモる。
この瞬間の快感に、オーディエンスは熱狂した。
千歳は何度もギターでミスをしたが、それは後で反省することである。
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