第56話 Noise

 やらなくてはいけないことを整理しなくてはいけない。

 ノイズがフェスに出るために必要なことだが、夏休みを逃してしまうと、学生組の行動が極端に制限されてしまうからだ。

 俊自身はどうとでもなるのだが。

(バンドを組むのが同年代になりやすいのは、こういう事情からなのかもな)

 箇条書きにして、整理していく。


 ・新曲の完成(暁や信吾のアレンジを含む)

 ・歌詞の完成(月子や千歳と調整する)

 ・新曲の練習

 ・レコーディング(シェヘラザードによるもの)

 ・ライブ(イベント会社に見てもらう)

 ・音源の作成と提出

 

 ここまでは夏休みの間にしなければいけないことである。

 そしてこの結果によって、フェスへの参加が決まる。

 もしフェスに参加出来てさらに名前が知られれば、冬にでも地方ツアーが出来るかもしれない。

 販促のグッズを作るかもしれないし、さらに大きなハコでワンマンライブが出来るかもしれない。

(その前に月子の問題か)

 またレコーディングでプレスしたアルバムが、どれだけ売れるか。

 それ以前にちゃんと、期待したレベルのアルバムが出来るのか。


 俊はとりあえず、完成した新曲を三つ、暁と信吾に送った。

 二人からギターリフとベースラインで、改善点などを見つけてほしかったのである。

 この三曲には仮のタイトルもつけ、イメージも文章で伝えてある。

 幻想世界の迷い、砂漠の旅、二人きりの旅路、という象徴となるイメージも伝えておいた。

 だがどれもバラードではない。純粋なハードロックに近いというか。分類するならプログレか。


 すると二人から、ギターリフにソロ、アレンジやベースラインが返ってきて、また曲を変えていくこととなる。

 もっともその全てを採用するというわけではない。

 最終的に決定するのは俊であるため、やはり作曲や編曲も俊となるのだが。

 この作曲のクレジットについて、暁も信吾も自分の案が採用されても、それは俊の曲だと言ってくる。

(それは確かにそうなんだけど、印税の配分の問題は、どうにかしないとなあ)

 今回のアーティスト印税は、10%である。

 しかし作詞作曲の印税は6%となっている。

 つまり他のメンバーは、人数で分ければ2%しかもらえない。


 音楽性の違いから、確かに分裂するバンドはある。

 バンド内恋愛で解散するバンドもある。

 だがそれよりもはるかに俗な分裂の理由は、金銭的な問題であろう。

 誰がどれだけ、バンドに貢献しているか。

 今の時点では間違いなく、それは俊である。

 ただ今後西園が加わった場合や、信吾がベースラインに積極的に意見を出してきた場合など、彼も伝手やコネは多い。

 またわけの分からないギターリフを持ってくるという点では、暁も作曲の一部に大きな働きを示す。

 驚いたことだが、暁は一般的ではない、自分だけのギターコードなどを作ったりもしていた。

 天才と言うよりは、子供の発明に近いものだが、やはり才能という括りになってしまうのだろう。




 西園はいない、また五人での俊の家での集合となる。

「新曲を三曲も入れるのか……」

 既に存在するノイジーガールと、アレクサンドライト。

 それに新曲を三曲に、既にサリエリ名義で出している曲から三曲。

 それにカバーを二曲の10曲というフルアルバムになる予定である。


 新曲三曲を、レコーディングまでにブラッシュアップし、完成形に持っていく。

 それがまず無理のように思える。

 あとはサリエリ時代の曲は、ノイジーガール以降のものと比べると、質が劣るとも言える。

「新曲の三曲も、悪くはないけどもっと完成度は高く出来るんじゃないのか?」

「その通りなんだけど、間に合わないんだよなあ」

 妥協していてはいいものは作れない。

 だが期限とリソースは考えないと、いつまでたっても終わらない。


 なんなら俊はノイジーガールも、リマスターで作りたい部分があるのだ。

 月子にはない表現の出来る千歳が入ったことで、曲に厚みが出る。

 実際に現在の演奏では、千歳がコーラスで入ってもいる。

「インディーズでもスケジュールはしっかりとしてるもんだしな」

 そのあたりの事情は、メジャーデビュー寸前で脱退した信吾の方が詳しい。

 俊のこれまでやってきたレコーディングは、演奏の音源は全て俊が作り、それに月子の歌を乗せるだけであった。

 また配信で公開しているものと、ちゃんとした音源で差をつけるべきではないかと考えてもいる。


 ノイズは順調すぎるぐらいに伸びているバンドだ。

 だが展開が早すぎて、色々とやることが追いついていないのも確かなのだ。

 特に女子三人は、事務的な仕事も出来ない、フリーターに高校生二人。

 西園にこの段階で頼るのは間違っている。

 信吾もアルバイトで忙しいが、それでも作曲には協力してくれるし、昔のコネや伝手を使ってくれる。

 一番忙しいのは、俊なのは間違いないが。


 ただバンド活動以外では、一番忙しいのは月子である。

 アイドルのライブをやりながら、レッスンもしていて、アルバイトを二つも掛け持ち。

 どうにかして稼がせないと、そのうち潰れるのは間違いないだろう。

 素直にアイドルをやめるなら、それで充分に時間を使うことは出来るのだが。

 現在では練習やライブに対して、俊が時間あたりのアルバイト代を払っている。




 ノイズには幾つかのボトルネックが存在する。

 まずは俊がリーダーであるのは仕方ないが、仕事が集中しているということ。

 西園は正式に加入したわけではないので、練習や本番以外の仕事を頼むわけにはいかないということ。

 経験の豊富な信吾が、生活のためにアルバイトに時間をかけなければいけないこと。

 暁と千歳が高校生のため、ある程度の時間が束縛されていること。

 何より月子の拘束時間が長く、本人の自由になる部分があまりにもないことである。


 メジャーからからアルバムが出ても、15万円を五人で割ったら、三万円となる。

 今回はインディーズなので、一人頭30万円となるが。

 レコーディング費用なども出してくれるので、赤字にはならないのだが、かけた時間に相応しい金額と思ってもいいのだろうか。

 もちろん高校生にとってみれば、30万円は大金である。

「演奏を打ち込みでやった、原曲に近いのをネットで配信して、それで月子には稼いでもらう」

 当面はこれで、月子の金欠状態をどうにかするのだ。

「レコーディングやライブのバージョンは生演奏でするから、そういったものを聞きたい人はアルバムを買ってもらったり、ライブに来てもらったりする」

「ああ、ネットで導線を作るわけだな」

「そうそう。月子の歌までで満足しちゃうなら、それはそれで仕方がない」

「ううん、そういえば5000枚の中から、ライブ物販用に100枚ぐらいもらえないかな?」

「話はしてみる。そうか、手売りの方が利益は出るわけか」

「流通とか通さなくていいしな。あとはそろそろ、ノイズのロゴも考えた方がいいだろうし、物販も何か作りたいし」

「分かってはいるし、伝手もあるんだけど、俺の時間がない」

 俊はとにかく、作曲と作詞をしなければいけないのだ。


 いいかげんにノイズも、人気が定着してきたし、リピーターも新規の客も、かなり多くなってきている。

 全然人気が出ないというのが、こういうバンド物のお約束なのだろうが、むしろそういった部分では全く問題がない。

 ただ人気があっても、それを金に換えていくのが難しい。

 せっかくライブはあるのだから、物販などは充実させたい。

「一応ロゴは考えてはいるんだ」

 そして俊は、PCの画面を見せる。

 そこにあるのはシンプルな「Noise」という文字。

 ただ太いその文字が、あちこちからギザギザになっている。

「悪くないな」

「確かに雑音っぽい」

 信吾と暁がそう評して、千歳が疑問を口にする。

「これも俊さんが作ったの? すげー」

「前からずっとイメージはあったからな。手書きを取り込んでPCで処理しただけだ」

 シンプルでいい、という評価である。

「あと、これも今しか変更できないんだけど、バンド名はノイズのままでいいか?」

 そこは何をいまさら、という視線を受ける俊である。


 始めたのは俊で、最初に巻き込まれたのが月子だ。

 それがノイズと名乗ったのだから、それでいいであろう。

「むしろセンスはいいと思う。音楽の中で、あえて雑音なんてバンド名にするんだからな」

「下手にかっこつけるより、いいんじゃないかな」

 信吾と暁はそう言って千歳も告げる。

「小説家のフミちゃんもいいって言ってたから、そこは自信を持っていいんじゃないかな。歌詞とかも凄く誉めてたよ」

「お、おおう」

 専門家の賞賛を聞いて、さすがに嬉しくなる俊であった。




 ノイズ。正式名称はNoiseでいく。

 自分たちの音楽をNoiseと言ってしまうのは、どこか自虐的な気もする。

 だが最初に作ったのはノイジーガールだ。

 せめて「The Noise」にした方がよかったかな、という程度には思ったりもした俊である。

 だが実はそれだと同じ名前のバンドが、既に存在していたりしたのだ。

 こういったことは瑣末なことであると思えばいいのか。

「XもXjapanに名前変えてたっけ」

「BECKもモンゴリアンチョップスクワッドって名前あったしね」

 俊の呟きに、最近BECKを読み出したらしい千歳が反応した。


 バンドTシャツなどというのも、物販アイテムとしては重要なものである。

 俊や信吾の伝手から、そういったものを作ってくれる業者は存在する。

 だがそもそものアイデアをどうするのか。

 こういったものはやはり、ある程度の専門家の助言が必要になるだろう。

 本来なら広報担当をしてくれる人間などを、ある程度は雇うことになる。

 しかしそういった人間に俊は伝手があって、それもまた彼の作業になってしまうあたり、本当に仕事が偏っている。

 バンドとしてはまず第一に、作曲と作詞をやってくれなければ困るのだが。


 ライブのチケットに関しても、幸いなことに赤字にはなっていない。

 これはブログやSNSの告知によって、普通に売ることが出来ているからだ。

 ワンマンライブで200人ほども集められるなら、立派なものと言えるだろう。

 だが夏のフェスにもし参加出来れば、3000人のステージに立つことになる。

 この規模のステージを経験しているのは、信吾と西園だけである。


 レコーディングに関しては、四日間が予定されている。

 リズム隊にシンセサイザーのリズム、ギター組にシンセサイザーのメロディ、そしてボーカルというものである。

 基本的に三日であるが、予備日が一日あるのだ。

 短時間で終わらせるものだが、それはあちらがレコーディング費用を出してくれるので仕方がない。

 エンジニアなどもあちらの人員なのである。


 正直なところそういった部分は、俊であっても出来る。

 また表現したいことが正確に分かっているので、色々と口を出していくつもりではいる。

 だがミックスからマスタリングにまで、全て口を出す暇などない。

 とりあえず出来たデモ音源だけは、先に貰う予定である。

 ただこのレコーディングの前に、ホライゾンというライブハウスでのライブがある。

 最大で200人も入るというところで、機材を運ぶためにバンを出すことにもなる。


 こういったハード面での貢献も、ほとんどは俊の役割となっている。

 ホライゾンでのライブには、フェスの関係者も聴きにくるので、絶対に失敗は出来ない。

 もっとも初めてのハコということで、トリではないのが幸いかもしれないが。

 これまでずっと、ライブのたびに歌うカバー曲は少し変えてきた。

 その中ではタフボーイが一番、評判がいいわけであるが。これは毎回やっている。

 今回は練習時間もあまり取れていないので、新規に演奏するのは一曲だけとする。

「打上花火も上手くいってるし、これにオリジナル二曲か。新しいオリジナルはまだしないんだな?」

「そもそも新曲やるには、練習時間足りなすぎるような」

 千歳はそういうが、単に彼女の基礎的なギター技術が拙いだけである。




 夏休み中、千歳は暁以外にも俊と信吾から、ギターの練習を見てもらっている。

「しかしうちは俊がシンセ使えるから、出来る曲の幅が広いよな」

「いつかボヘミアンラプソディカバーしたいんだよなあ」

「それにはボーカル陣の英語力アップが重要になるかな」

 千歳は意外と洋楽も歌える。

 だが月子は難しいのは確かである。


 海外で受けるためには、英語で歌えることが大前提だ。

 日本の音楽市場だけでも、食っていくことは出来るだろう。

 しかしより広く音楽を届けるためには、英語で歌うことが絶対に必要になる。

「洋楽の歌詞って、けっこう単純なものが多いんだよな」

「あ~、ボブ・ディランの風に吹かれてとか、反戦ぽいよね」

「いや、ボブ・ディランはさすがにノーベル文学賞取ってるから、別格だとは思うけど」

 アメリカだとHIPHOPも人気であるが、基本的にノイズはやらない。

 そもそもこれまで、ラップも入った曲はしていない。


 千歳が入ったことで、歌える範囲が広がったことは確かだ。

 彼女はHIPHOPもラップもこなせるので、その部分を千歳が歌って、メインの部分を月子が歌うという手段が取れる。

 ツインボーカルでハーモニーがしっかりと合うのに、それぞれの長所が違う。

「月子の三味線もそろそろ、何か出番があってほしいよな」

 俊はそう言うが、月子はぶんぶんと首を振る。

 千歳のギターに比べれば、はるかに上手いので問題はないと思うのだが。


 自分の下手さは自覚しつつも、千歳はボーカルでは存在感を発揮する。

 打上花火も確かにツインボーカルを活かしたものであるが、他にもツインボーカルを活かした曲をやりたい。

 ただ新曲でギターの部分までやるには、千歳のギターとしての能力が足りない。

 オリジナルなどにおけるギターは、かなり弾けるようになってきた千歳である。

 だが即興で知っている曲を弾くような力は、まだまだないと言える。

「まあこの曲なら、歌自体はそれほど難しくもないし、なんとかなるか」

 俊の選んだ曲に、メンバーは頷く。

 西園もそれなら問題はないな、と言ってくれた。

 

 俊はそのうち、もっとシンセサイザーを全力で使った曲もやってみたい。

 だが暁のギターを上手く活かすには、アレンジが必要となる。

 とりあえずはツインボーカルを活かす曲を選んできた。

「しかし、俺らもう、ロックバンドっていう感じじゃなくなってきてる気がするな」

「本家のハードロックだってたくさん、バラード歌ってるからいいだろ」

「ライブでは勝手にアレンジしたソロ入れていいんだよね?」

「そうしないとアキは満足しないだろ」

「ジャニーズの曲でも、いいものはいいからなあ」

 演奏の人間はそう言っているが、ボーカルの二人は微妙な感じである。

 本来なら男性ユニットなのである。

「でも普通に女性でカバーしてるのあるぞ。それこそメロスもそうだったろ」

「あ~、もっと気軽に歌える曲がほしい」

 千歳は苦労しているが、その点では月子は、アイドル系の歌も平気で歌う。

 何を歌っても自分の歌にしてしまうのが、月子の力である。

「ライブまでもう時間ないから、張り切っていくぞ」

 そして練習が終わった後、作詞作曲に励むのが俊であるあたり、本当にノイズのリーダーというのは大変なものなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る