第55話 フェスへの道

 夏場にはフェスがたくさん開催される。

 それこそ小さな、街のお祭りに近いものまで加えると、本当に大量の数になる。

 俊は当初の予定では、それに参加することを考えていた。

 だが千歳が加わったことによって、数歩後ずさりすることになる。

 後退ではなく、助走距離がより必要になったのだ。


 元々夏の間には、大きなハコでの出演が二つ決まっていた。

 しかしフェスについてはいったん棚上げとした。

 さすがに千歳のキャリアが足りない、というのがその理由である。

 ただあまり時間をかけていては、学生組の中でも特に高校生二人は、進学の問題なども出てくるのだが。

 暁はおそらく、このまま進学はしないつもりであろうが。


 実際のところ俊は、自分は留年しようかな、などとも考えている。

 学校に払っている授業料より、その施設を使えるメリットというものの方が、圧倒的に大きいのだ。

 その卒業した年に、暁か千歳が入ってくれれば、またそのメリットを享受することが出来るようになる。

 ただ学費などの問題は、今の高校生たちには出てくるだろう。

 そう考えていたところへ、この話である。


 ライジング・ホープ・フェス。通称RHフェス。

 結成から三年以内でメンバー全員が30歳未満か、メンバーに10代の人間が三人以上いることを基準に、その選考が決められているフェスだ。

 規模としてはそれほど大きくないが、とにかく若手を優先的に選ぶというものであり、近年ではここからメジャーシーンに昇っていったグループも多い。

 ここでのパフォーマンスを見て、大手レーベルなどが声をかけてくることもあるのだ。

 逆に大手レーベルからデビューするバンドが箔付けのために出演することも多い。


 八月の最終週に開催されるこのフェスに、今さら入り込む余地はないだろう、と俊は思っていた。

 もっと小さな、それこそ街フェスであれば、出演することも出来たとは思うが。

「まあバンドっていうのはそれこそ、すぐに解散したりメンバーが抜けたりするから」

 西園と信吾に視線が集中した。

「そのフェスに、俺たちが出られると?」

「段階を踏まないといけないけどね。そのうちの一つはさっき解決したけど」

 さっき、というのはインディーズレーベルとの話か。

 音源が必要ということだろう。


 舞子は話を続ける。

「もちろん私が決めることじゃなくて、運営のイベント会社の人に、判断してもらう必要はあるわけ。大きなところでライブする予定は?」

「10日後にホライゾンで」

「あそこか? よくこの短期間でそんな」

 西園も驚いていたが、そういえば日程しか言っていなかったか。

「それはもうこっちには、信吾の伝手がありますんで」

 もちろんそれだけでもないのだが。


 音源と審査と、そして実績。

 審査は直接見てもらうとして、実績が少ない。

 ただそれはネットでの実績を見れば、充分かもしれない。

 月子チャンネルのフォロワーも軽く一万人を突破し、ノイズの方もかなりそれに近い。

 俊のチャンネルも五万人を突破している。

 もっともいまだに何度も訊かれるのは、ギターなどのライブバージョンでのノイジーガールとアレクサンドライトの公開である。


 単純にそのパートを入れるだけなら、電子音で再現して入れてしまえばいいのだ。

 それをしないのは、本物のレコーディングをするため。

 ギターもベースもドラムも、それぞれが一級品の音を出してくれる。

 せっかくだからそれを使おうと思っていたのだ。

「音源、早いとこ作らないとな」

 インディーズからCDを作らないかという誘いがあったのだ。

 事態は順調に転がっている。




 打ち上げの後半は、舞子からのインタビューとなった。

 ノイズというバンドには、色々と謎が多い。

 その第一は、月子の仮面である。

 ブスだから隠しているんだろうな、と大方は予想している。

 だがライブハウスに出入りしている他のバンドの人間は、仮面を外した月子を見ているのだ。

 画像までは流出していないが、美人だという証言はいくらでも出ているのだ。


 メイプルカラーの場合とはメイクも違うので、そうそう見ても分かる人間はいないであろう。

 この月子のミステリアスさというのは、ノイズにとって大きな武器となっている。

 そこそこの人気があったボカロPが、強力シンガーと組んでユニットを組み、そしてバンドにまで発展。

 中学生に見える天才ギター少女は、上半身ビキニ水着でギターをかき鳴らし、インディーズで有名だったリードギターが、今ではベースを弾いている。


 なるほどこういった要素だけを集めていっても、注目ポイントが多そうだ。

 その途中で、俊は西園に誘われて、共に便所に立った。

 話の内容は、少しだけ予想している。

「近いうちに、会社所属からフリーになる準備をしている」

 それはつまり、西園が仕事を選べるようになるというわけだ。

「ただ本気で俺をノイズに入れたいなら、条件がある」

 最短でのメジャーデビューなどであろうか。

「一つは、俺の仕事の優先を認めること、そしてもう一つは、月子を完全にこちらに入れることだ」

 それは自分も考えていたが、西園が言うのは意外であった。


 月子がメイプルカラーのスケジュールに縛られている限り、ノイズの活動も制限される。

 たとえばいくらSNSなどで名前が拡散しても、現地に行かなければ演奏を聞かせることが出来ないのだ。

 そのためにもフェスには、ぜひ参加したいとは思っていたのだが。

「あれは、上限が見えてる。周りに月子を押し上げる力がない」

 それはとっくの昔から、俊にも分かっている。

 だがあれは、月子のメンタルの安全装置でもあるのだ。


 月子と衝突するかもしれない。

 ただメイプルカラーも、アイドルフェスへの出場が決まっている。

 そこで現実を知ってほしい、と俊はかなり他力本願である。

 あるいはその場で、月子のみが目立つかもしれない。




 やらなければいけないことがたくさんある。

 とりあえずやらなければいけないのが、新曲の作成である。

 あのディープ・パープルのごった煮であった曲を、今は洗練させることが出来る。

 ただそれでも、オリジナルが三曲というのは、まだ少ないだろう。

 カバーがあってもいいが、それを入れるならタフボーイだ。

 あれは確実に、他のカバーよりも多い熱量を持っている。


(時間が足りない!)

 ある程度は信吾が手伝ってくれたりするし、暁のギターコードの連続で、曲のフレーズが浮かんだりもする。

 基本的にこの二人の、ギターとベースでメロディラインも作れるのだ。

 ただシンセサイザーがあるのに、これを活かさないという手はない。

(フェスに出場出来たとして、その時点ではまだ月子をメイプルカラーから奪うのは無理かもな)

 そんなことも考えながら、俊はインディーズの人間との時間も作っていた。


 シェヘラザードという、いかにも大量のアルバムを出していそうなレーベル名。

 実際にインディーズではトップクラスの知名度を誇り、主にバンドのアルバムを出すことで有名だ。

 もっとも今ではインディーズとメジャーの境目など、どんどんとなくなってきている時代でもある。

 むしろ身軽なインディーズの方が、色々な冒険が出来るとも言われる。

 シェヘラザードはアルバム、もしくはマキシシングルを一枚出すごとに、バンドやユニットと契約する会社である。

 バックアップはそれなりに手厚く、流通や宣伝もやってくれる。

 またレコーディングそれ自体にかかる費用も、限度はあるが出してくれる。


 このあたりはいい条件である。

 事務所と契約などといってものではないので、給料などが出るわけではない。

 しかし純粋に、音が良ければ売れる。

 また今の時代、知名度はどんどんとネットによって上がっていく。

 ノイズの場合はやはり、サリエリの名前が一番、ネットにおいては大きい。


 さすがの俊もあまり分かっていないのが、流通や宣伝といった分野である。

 ノイズのCDなどを作って、果たしてどれだけ売れるのか。

 確かにほしがっている人間は多いが、活動は都内にとどまっている。

 そして重要なことがもう一つあった。

 レコーディングから販売までの時間である。

 俊はとりあえず、フェスの運営に渡す音源を、一枚でいいからほしいのだ。

 しかしエンジニアの都合などを考えると、ある程度の時間はかかってしまうものらしい。

 俊が月子のレコーディングから公開までをすぐに出来ているのは、既にある音に歌を乗せて、それを俊がそのままミックスしてマスタリングしているからだ。


 他の条件としては、アルバムに評判のいいカバー曲を数曲入れるというものであった。

 これは理解出来るが、権利関係がまた面倒になる。

 もっともそこの手続きも、レーベルがやってはくれるのだ。

 また、圧倒的にまだ、オリジナル曲が少ないという問題もある。

 ボカロPとして作った曲を、ノイズとして月子に歌わせてはいる。

 だがそれをバンドの音にして、さらに未発表の曲なども入れていきたいのだ。




 移動時間さえ惜しいため、ノイズメンバーは俊の家ではなく、渋谷のファミレスに集まった。

「音源なんてデモ録りでいいんだけどな」

 西園はそう言ったが、確かに今、人々の耳に入るのは、俊が作った打ち込みに、月子が歌を乗せた二曲と、サリエリの曲を歌った三曲。

 これだけでしかないのだ。

「そんで何枚プレスしてくれるんだ?」

 信吾としてはそこが重要なところである。

「5000枚だって」

「う~ん……かなりの冒険だな」

 信吾と西園はそう考えるが、女子三人には分からない。


 ノイズの活動範囲としては、都内だけになっている。

 また今は、ネットでの配信もあるのだ。

「ちなみにアトミック・ハートは最初はどうだったの?」

 暁の質問に、信吾は腕を組んで記憶を辿る。

「俺らの場合は自前でプレスした自録りのCD100枚の手売りから始まったからなあ。何度もプレスして、最終的にはどうなったんだったかな……」

「50倍……」

「うっせ。俺や栄二さんがいるからってのもあるんだぞ」

 それはあるだろう。


 ノイズは最初から、サリエリという登録者数三万人の基盤があって、そこに既に名前の知られた信吾などが加入している。

 つまり既に、ある程度の見込みがあるのだ。

 ただ信吾たちが初めてプレスした時代からも、世の中の流れは変わっている。

「5000枚ってことは、3000円だとしたら1500万円!?」

 金に敏感な月子は、そんな計算までもしている。

「そんな甘いもんじゃない。当然レーベルに取られるし、流通で取次にも取られるし、売ってる店の取り分もあるし、カバーしてるならその曲の分も引かれる」

「だからぶっちゃけ、集客が多いバンドなら、自前でプレスして売った方が金になる」

「それな。まあそもそもレコーディングの技術なんて普通は持ってないんだが」

 俊に信吾、西園あたりはある程度の経験がある。

「そういえばメイプルカラーは、CDが売れてもお給料とは関係なかったなあ」

 月子が言うが、あれはチェキ券が本体なのである。


 具体的な金額は、俊はメジャーレーベルの場合を出した。

「メジャーレーベルの場合は普通、1%が演奏するアーティストの収入になる」

「……1%? たったの?」

 これまた月子が愕然としているが、事情を知らない女性陣も愕然としていた。

「だから1500万の売り上げがあっても、15万円しかもらえないし、それをさらに六等分することになる」

「んん~? 今ってCD売れない時代だよね? メジャーの人ってどうやって食べてるの?」

「ライブのチケット収入、事務所からの給料、グッズ販売の一部にテレビの仕事とかがあればその出演料とかかな」

 俊の説明に、西園と信吾は頷いている。


 5000人のファンが、アルバムを買ってくれる。

 それなのに、15万円にしかならない。

 完全に食っていけない。だから事務所に所属して給料をもらうのか。

「メジャーデビューしても食べていけないってこと?」

「いや、暁のお父さんは会社のスタジオミュージシャンだからプロとして食ってるだろ。あと作詞作曲をしてると、著作権の印税が入ってくる」

「それって俊さんだけじゃん」

「そうなんだよ」

 このあたりは難しい問題であるのだ。

 バンドで作詞作曲をしている場合、完全に一人だけで作曲などをしていない場合がある。

 その分配を巡って、解散してしまうバンドもあるというわけだ。


 しかしインディーズというのは、実はメジャーよりも強い部分もある。

 それはこのアーティストに払う分配率が、通常メジャーよりもいいのだ。

 メジャーは大きな販売網と、巨大な広告を打ってくる。

 それが出来ない代わりに、アーティストへの還元も大きい。

「今回はどんだけなんだ?」

「10%だ。これを五人で分けてくれればいい。俺は作詞作曲の著作権があるから、今回はいい」

 俊は金持ちのボンボンであるから、こんなことが平気で言える。

 ただ今回はというだけであって、今はとにかく音源を作るための時間が重要なのだ。




 以前は宣伝の力というのは、どうしても大手の広告代理店などが強く、雑誌などでの紹介やテレビ出演で認知度を上げる必要があった。

 メジャーで売れるというのは、桁違いに売れることで、成功のためにはメジャーデビューが必須とも言えた。

 しかし現在では、インターネットがある。

 口コミでの広がりというのも、以前とは比べ物にならない。

 ノイズのコメントなどを見ていると、相当の数のファンが付いているとも言える。

 ならばCDを売るのに、メジャーにこだわる必要はないとも言える。


 ただネットの力はさらに強くなり、もはや音楽も配信となり、CDがそもそも売れない時代になっている。

 もっともコンセプトアルバムとして考えるなら、今でもCDで売るという意義はある。

 それに間違いなくコレクターズグッズとはなっているため、完全になくなるのには時間がかかるだろう。

 これでも日本はまだ、CDが売れている国であるのだ。


 今は完全に、時代の変革期にあると言っていい。

 CD現物という文化が、果たしてどれぐらい残るのか。

 レンタル店がどんどんと潰れていっているというのも、ネットに負けているからだ。

 生き残れるのは、ライブで稼げるバンド。

 物販の強いバンドでもある。

「あと、ジャケットのことも考えないといけないんだよなあ」

 これまで俊は、とにかく一人でノイズを回してきたと言っていい。

 西園にはある程度のノウハウがあるが、それでも本業が優先。

 信吾もバンドを続けるために、生活するためにアルバイトをしている。


 そういった点ではやはり、まだ学生であるという点では、若者は使える時間が多い。

 学業に時間を取られているといっても、労働の時間よりはずっと短い。

 この間に何をすべきか。

「とりあえず、新曲をいくつか作ってきたから、アルバムに入れる曲を決めよう」

 新曲であれば、また練習の時間も必要となる。

「提出する音源も俺が作るしかないか……」

 俊の仕事量は、完全にオーバーワークになっている。

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