第54話 ローリングストーン

 二曲目は、ドラムから始まる。

 そして二本のギターが入るのだが、先に千歳のギターがタイミングよく入る。

(よし!)

 そして俊がMCで告げる。

『二曲目、メロスのように』

 80年代アニソンであるが、意外とカバーしている人間が多い。

 原曲は少年のような声で歌われているのだが、千歳の声にもまた、少年っぽさが艶のように混じる。

 月子の突き抜けた表現には負けるが、月子は全てを自分の歌としてしまう。

 一方の千歳は、声に多様性があって、様々な歌にマッチして歌うことが出来る。


 この曲はハーモニーの部分があり、またバックコーラスの部分もある。

『LONY WAY♪』

 歌詞は男性が歌うものとなっているが、その内容は若者に特にマッチするのではなかろうか。

 歌のメロディーラインは、基本的に難しいものではない。

 だからこそ逆に、歌うのは簡単でも、本当に歌を届けるのは難しいのかもしれない。

 

 メロスは一人きりで走ったのだ。

 曲を聴いていた時はそう思ったが、歌ってみると違う。

 月子のコーラスを聴いたり、演奏に後押しされたりと、歌っているのは自分だが、それを助けてくれる人間がいる。

 この五人は、まだまだ出会ったばかりの人間である。

 同じクラスの暁さえ、まだそれほど親しくはない。

 西園とは練習も合わせて、まだ四回しか会っていない。

 それでもはっきりと、分かっていることはある。

 この五人は、自分の仲間だと。


 俊と暁、そして信吾の三人は、こっそりと千歳に告げていた。

 まだ月子はアイドルであり、西園は会社人であると。

 だがこの六人が揃ったことには、必ず意味があると。

 根拠はと言うと、俊は勘だと答えていたが。

 千歳の見る限り、俊は極めて論理的に物事を考える人間だ。

 西園はまだ分からないが、他のメンバーを合わせても一番、この先が見えているように思う。

 そんなリーダーが、月子と西園が加わると、確信を持っている。

 そして暁と信吾は、その確信を信じている。


 実のところ信吾は、その確信が当たらなくてもいいと思っている。

 強力なボーカルという意味では、まだ未熟だが千歳も充分な力を持っている。

 ドラマーを用意するのは難しいが、ノイズが知名度を上げていけば、いずれはどこからか引き抜くことも出来るだろう。

 結局のところバンドというのは、どれだけ強力なボーカルがいるかで、ほとんどが決まる。

 もちろん月子の才能は、信吾も分かっている。

 千歳との二人のハーモニーは、肌が粟立つほどのものであった。

 ただ強力なボーカルが二人もいるというのは、どうにも贅沢すぎるとも思ったのだ。




 千歳の歌が続いていく。

 ギターはあちこちミスしているが、その分を暁の音がフォローしている。

 クリーンな音を鳴らしながら、すぐにピックアップを切り替えて、リードの部分も弾いていく。

 元々この曲は、リズムギターの重要度は一部を除いて低いのだ。


 なんとか最後まで歌って、歓声を聞く。

 気持ちのいいこの熱狂の中に、いつまでも漂っていたいとも思う。

 だがまだ、これからなのだ。

『次、行くよー!』

 MCを入れることなく、千歳が自分の声で宣言した。

『タフ・ボーイ!』

 また二つのギターの旋律が交じり合う。


 この歌もまた、千歳がメインで歌う。

 そして月子はサブに回って、音に厚みを与えるのだ。

 ただでさえ強力なボーカルが、上手く共鳴してハーモニーとなる。

 圧倒的な音圧に、オーディエンスは心地よく支配される。

 ステージ上の演奏者だけではない。

 オーディエンスが反応して初めて、ライブは成立する。

(気持ちいい)

 どこか吹っ切れたように、千歳は歌い続ける。

 ギターの演奏をミスしている部分を、俊がシンセサイザーでフォローしているのにも気づかずに。


 月子と千歳は、タイプの違うボーカルだ。

 月子のボーカルは凄く、千歳は巧い。

 もちろんどちらも、それだけで説明のつくボーカルではないが。

 結局は共に、才能の絶対値は高いのだ。

 月子は誰にも真似できないようにさえ歌ってしまう。

 千歳はどんな曲も歌う万能性がある。

 両方がいてその表現力は、倍どころではなく三倍にも四倍にも、それ以上にもなる。


 特別な声を持っている二人。

 俊はこれを、最近の主流であるネットではなく、現実の空間で見つけた。

 もちろんこれは偶然であり、俊が探し回っていたわけではない。

 だが月子にしても千歳にしても、自分たちの演奏だけをして切り上げていれば、出会うことはなかったのだ。

 運命的なものを感じる。

 ならばこの先にも、導かれるような道があるのではないか。

 遠く厳しくても、間違いなくつながっている道が。




 四曲目、アレクサンドライト。

 これは完全に、月子のための曲である。メインの月子に、わずかなバックコーラス。

 だが普段は暁も歌えるようなパートなので、さほど難しくはない。

 自分がメインで歌う時と、月子のコーラスとして歌う場合。

 上手く切り替えられるのは、母と一緒に歌っていたからであろうか。


 月子のハイトーンは、この曲を高く響かせる。

 そして千歳の声には、寂寥の感がある。

 月下の砂漠を、一人行く。

 そのイメージが、しっかりと伝わってくる。

 ギターの旋律も、悲しみを伴っている。


 そして五曲目、ノイジーガール。

 月子がメインで歌うが、コーラスの部分がより深みを帯びている。

 これがほぼ完成形。

 微細な部分は修正する必要があるが、あとはもう少し千歳のギターが上達すれば、完全になる。

 ライブハウスを盛り上げて、本来の曲はこれで終わる。

 しかしアンコールがかかった。


 何を歌うかは、もちろん決めてある。

 そしてその歌い出しが、前回とは違う。

『打上花火』

 前回は月子が先に、女声パートを歌った。

 だが今回は、千歳が先に歌いだす。


 月子の声が純粋であるのに対し、千歳の声は多彩。

 そのためにはこの順番の方が良かった。

 前回は千歳に上手く歌いだしてほしいため、先に月子が歌ったのだ。

 だが本来この歌は、千歳が鮮やかに歌い始めてから、月子の突き抜ける声が入って行った方が映える。

 まさにツインボーカルの強み。

 しっとりとした曲であるのに、夏の去り際の切なさを、高らかに歌い上げる。

 夏はまだ、これからであるのに。




 楽屋に戻ってきて、一息をつく一同。

「なんだか、今までで一番よくなかった?」

 月子がそう言って、全員がそれに頷く。

 六人になって、やっと音の厚みが理想的になったと言うべきか。

「今日は打ち上げ、全員来れるか?」

「おうよ」

「わたしも明日は休み」

「うちも了解取ってる」

「一応フミちゃんに確認してみる」


 四人はそう言ったが、西園だけは返答を返さなかった。

「お前らに紹介したい人がいるんだが」

 楽屋がノックされ、見知ったスタッフが顔を出す。

「あの~、雑誌の記者ってのと、レーベルの人が、それぞれ会いたいって来てるんだけど」

「レーベル?」

 西園の反応に、俊は気づく。

「記者の方には心当たりがあると?」

「まあそうなんだが……」

 ともあれこの楽屋に、ずっといるわけにもいかない。

 六人は楽屋を出たが、俊の知っている顔はそこにいなかった。


 スタイリッシュな若い男と、やはりスタイリッシュな30絡みの女性。

 まずは男の方が名刺を出してきた。

 それはインディーズだがメジャーに近い、有名会社の名刺である。

 そして女性が渡したのは、名高いロック系雑誌の編集というものであった。

「こちらは西園さんの?」

「あ~、俺の嫁さん。取材したいって言うから連れてきた」

「ううん?」

 そういえば西園の家庭環境は、一人娘がいるという以外は、あまり聞いていなかったか。


 俊としては、取材は大いに歓迎である。コネのようなものであっても。

 ただそこにインディーズレーベルの人間まで関わってくると、処理能力の限界があるかもしれない。

「とりあえず場所を移しましょうか。居酒屋……は人数も多いし未成年もいるから、ファミレスにでも」

 八人がそうやって、ライブハウスから移動する。

 なんだか急に話が動いてきたようである。

 ただこういったことは、急に始まって止まらないのだ。

 そう、転がる岩のように。




 ファミレスに集合し、とりあえず注文などもしたわけだが、だれが口火を切るのか。

「取材となると長くなりそうだから、先に少しだけいいですか?」

 そう言ったのは、インディーズレーベルの人間で、鈴本と名乗った。

「最初に確認したいんだけど、どこかと契約ってまだしてないかな?」

「そうですね。ちょっと声だけはかかってる人間はいますけど」

「わたしはあそこには行かないから」

 そう、声がかかっているのは、ノイズではなく月子である。

「うん、うちのレーベルについてどれぐらい知ってるかな?」

「一枚ごとの契約で作っていて、かなり流通には強いですよね。東京の今のポップやロックって、かなりここからメジャーに上がっていったような」

「そう、だから君たちに、一枚アルバム作ってみませんかっていうお誘いだったんだけど、どこかで時間取れるかな」

「そうですね。じゃあ僕の名刺を渡しておきます。後で連絡をいただければ、調整してお話を聞きます」

 それだけの速やかな話をして、鈴本は去っていった。

 こちらの状況を見て、さっさと終わらせるあたり、なんとも話が通じやすそうだ。


 そして残ったのは、西園の妻である。

「ザ・ソリッドの編集をしています。西園舞子です」

 これまで西園は、ノイズとは一定の距離を置いてきた。

 自分はあくまでもヘルプである、という距離感なのだ。

 ただここまで、チケットのノルマは免除とはいっても、練習にも付き合って、かなりライブでも叩いてくれている。

 それがここにきて、雑誌の紹介であると。


 コネというか、伝手というか。

「あ、ちなみに旦那から何かを聞いたわけじゃなく、普通に編集部で話題になってたから、取材を決めたんで」

 なるほど、むしろ西園が、伝手として使われたわけか。

「前に聞いたのは五人組だったけど、正式に六人組になったのね」

「それは俺も言っただろ」

「私はサリエリ君に訊いてるの」

「あの、渡辺でいいです。皆も本名は知ってるでしょうし」

 こういう場所で、いわば芸名で呼ばれると、むしろ困る。

 サリエリはネットの世界のボカロPであるのだから。


 そもそも最初は、月子とのユニットで売り出す予定であったのだ。

 どうしてこうなった?

(俺が暁のサウンドに魅了されたからだな)

 原因は俊自身にある。

 そんな内心の葛藤は当然知らず、舞子はかなりの爆弾を投げてきた。

「ねえ、もしもフェスに出られるとしたら、出てみたい?」

「……夏の、ですか?」

「そう、けっこう大規模なものの、そこそこのステージに」

「詳しい話を聞かせてほしいですね」

 どうやらノイズは、本当に転がり始めたようである。

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