第58話 ガールズバンド
本日のノイズの楽曲編成は、ロック系とバラード系を交互に持ってくるというものである。
タフボーイで大いに空気を温めてから、バラード風味のアレクサンドライトでまた落ち着かせる。
そしてノイジーガールだが、この曲は演奏するごとに細かいアレンジが加わったりする。
なにせ千歳が入ったことで、コーラスを入れることが簡単になったのだ。
既に完成していたと思った曲が、まだまだ可能性を秘めていた。
(タイトルをノイジーガールズに変える方がいいかもな)
このままでは最終的な完成が、いつになるかも分からない。
俊にとってもこの曲は、特別なものであるのだ。
盛り上がったところで、打上花火をまた歌ってもらって、やや落ち着かせて終わらせる。
あまり冷え冷えであると次のバンドがやりにくいし、温めすぎるとやはり次がやりにくい。
ほどよい温度というのはあるのだ。
「そんじゃクリムロの演奏でも見てくるか」
「わたしはステージ脇から見てるね」
「月子一人じゃ心配だな。誰か頼めるか?」
「いや、心配ってそんな子供じゃないんだから」
そんな月子に対して、俊はため息をつく。
「俺がこっちにいるから」
月子を一人にしておくと、色々と危険であるのだ。特に今日は、今までとは集まっているバンドの質が違う。
楽曲だけを聴いていれば、自分たちのオリジナルも多い、上手いバンドが多かった。
しかしメンバーの才能というか、能力だけを比べてみるなら、ノイズより上はいない。
目の前で始まったクリムゾンローズは、リーダーであるギターボーカルの存在感が強い。
そしてベースとドラムとの一体感が、より強く感じられる。
これに比べるとノイズの音はまだ、それぞれの個人技で勝負している感じが大きい。
リズムパートがしっかりしているから、その土台の上で大きく暴れる。
もっとも今日の暁は、今までの中で一番おとなしかった。
なにしろTシャツを脱ぐどころか、髪ゴムを取ることさえなかったので。
なんというか、髪ゴムを取ってまず第一段階、Tシャツを脱いで第二段階というあたり、少年マンガムーブをする暁である。
今日はそれがなかったのは、ギターソロで過激に鳴らす気分になれなかったのか。
実際のところ、今日は暁がノっていなかったが、それでも成立したのは、やはりツインボーカルの力であろう。
次はギターソロがそれなりにある楽曲を選ぼう、と思いながら俊は演奏を聞いている。
やはり一体感のある演奏だが、これぐらいならノイズがもう少し練習をすれば、軽く超えられると思う。
今は西園がかなり、技術を封印してリズムを作っているのだ。
本来ならもっと、キックの利いた音を叩けるはずだ。
もちろん一番伸び代があるのは、千歳のギターの部分であるが。
(あとは三味線も上手く使いたいな)
月子のあの技量は、POPSであまり使わないといっても、もったいないものである。
(千本桜なんか、かなり合うと思うんだけどな)
あれは俊も以前にアレンジしているので、ちょっと調整すれば演奏も可能だろう。
もっと簡単なのは、和楽器バンドがカバーしている曲を、さらにアレンジすることだろうが。
やはりこなれた感じで、クリムゾンローズはステージをバシッとしめて終わらせた。
年齢的には俊と同じぐらいなのだろうが、バンドとしての経験は圧倒的に違う。
俊も朝倉とやっていた頃に、この規模のハコでやったことはある。
だがオーディエンスとの一体感を、ノイズの時のように感じたことはない。
あれは基本的に、朝倉のバンドであったからだ。
女性三人の3ピースバンド。
そのくせファンには女性が多いという、ちょっと不思議な感じもする。
ただリーダーのカナこと新城佳奈は、どこか宝塚の男役的な雰囲気がある。
髪を短くしていて、月子よりもさらに背が高いところが、中性的な魅力となっているのだろう。
楽屋に戻ってきたクリムゾンローズは、ローディー代わりの人間までいる。
物販でプレスCDなどを販売しているのだ。
それも収まって、ようやく撤収。
だがライブハウスの外には、ファンが集まっている。
さすがにメジャー一歩手前のバンドは違うなと思いつつ、俊は金策の手段を色々と考える。
自分がボンボンであることは自覚している俊であるが、それだけにメンバーの収入は安定させなければいけないな、と思っている。
もっともミュージシャンというのがそもそも、不安定な職業であることは確かだが。
あるいはそれは職業ですらなく、立場であるとさえも思う。
約束していたのは、少し離れたところにある居酒屋チェーンである。
こちらに未成年が多いのだが、アルコール以外の飲み物もある。
「久しぶりに飲めるな」
運転する俊は飲めないのだが、信吾と西園は飲む気満々である。
やがて少し遅れて、クリムゾンローズのメンバーがやってきた。
「どうもお待たせしました」
「いえ、お疲れ様です」
とりあえず食べるものだけは、先に頼んでおいたノイズの面々。
そして酒! である。
「アキちゃんとちーちゃんはオレンジジュース? 俊さんは運転するからウーロンだよね? じゃあとりあえず生をこっちは三つで」
「こら」
月子はまだ18歳である。
いや、俊的に法律違反はどうでもいいのだが、アイドルが未成年飲酒をしてはいけない。
「月子もオレンジジュースか。こういう時はファミレスの方が選択肢多いな」
「ああ、未成年多いんですね、すみません」
「こういうことも、どうせそのうち学んでいくことですし」
クリムゾンローズのメンバーは、機材や楽器は既に運んでもらっているらしい。
ノイズも基本はバンの中に置いてあるのだが、暁だけはギターケースを手放さない。
もしも盗まれでもしたら、絶対に代えがないものであるからだ。
酒が来たあたりで、まずは乾杯である。
「いや~、まずまず成功しましたね」
「クリムロさんはもう、百戦錬磨でしょ」
「ライブは慣れですけど、デビューの話になるとまた別ですから」
「ああ、もう確定なんですか」
「それがちょっともめてるとこもあって」
「聞いていい話なんですか?」
「むしろ聞いてほしくて。メンバー増やせって言われてるんですよ~」
「ああ~、ギターもう一本かキーボードあたりですか」
「そうそう。ガールズバンドにキーボード勧めてくるのなんで~」
酔っ払っているわけではなさそうだが、佳奈はそう嘆く。
ただ俊は、メジャーレーベルの人間の言うことも、分からないではない。
「音の厚みを増やしたいんですかね?」
「そう言われるんだけど、サポートならともかくうちらのバンドはこの三人なわけですよ。ノイズさんは必要なさそうでいいですよね」
「まあ俺がだいたいシンセで作りますからね」
「シンセサイザー、いいなあ。作詞作曲もサリエリさんなんですよね?」
「最近はアキ……アッシュと信吾も少しアレンジに加わってますけどね」
「そう! この二人若い!」
暁と千歳の二人に視線を向ける佳奈である。
「歌はまだ才能って納得するけど、ギターえげつないほど最高じゃん」
「ども」
「まだ高校生? 大学生かな?」
「あ、うちら二人は高校一年の、同じクラスで」
「なんだよ~! 天才が二人出会ってるじゃん~!」
やはり佳奈は酒に弱そうである。
他の二人のメンバーは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
リーダーではあるが、このあたりの厄介さも一番なのかもしれない。
「千歳は天才かもしれないけど、あたしは単に練習量が多いだけだし」
「いやいやいや。少なくとも私の二倍は上手いでしょ」
「でもギター歴10年軽く超えてますよ?」
「私も七年ぐらいやってるんだけど~」
なんだか絡み酒になっていて、あまり良くない気もする。
だが相手は女子であるし、そこまでの心配はいらないか。
他のメンバーと話していると、やはり追加で一人入れたい、というのが会社の要望らしい。
ただこの三人で、高校時代からやってきたのだ。
全員が大学四年生なので、このチャンスを逃すわけにはいかないが。
「年上だったんですね」
「え、サリエリさん学生?」
「大学三年です」
「へ~、それであんだけ技術あんの? あ、信吾君は同じだっけ?」
「よく知ってるね」
「アトミック・ハートで一度対バンしてたんだけど、憶えてないか」
「あ~、アトミック・ハートも最初はメンバーの入れ替えとかあったし、正直対バンまでは」
クリムゾンローズの愚痴のような話から、ノイズのインディーズアルバムへと、話は移っていく。
「シェヘラザードって、あそこ経由したらメジャーデビュー確定みたいなレーベルじゃん」
「俊君有能~」
本名を明らかにしてから、馴れ馴れしく呼ばれるようになる俊である。
本人としては絡まれても、あまり嬉しくないのだが。
佳奈は既に潰れていて、他の二人との話になっている。
「ノイズって本当、ボーカルとギターが突然出てきたから、うちらの古参界隈では話題なんだよね」
「ボーカルはともかく、ギターが突然出てくるのって珍しいし。しかもレフティの女の子」
まあ左利きというだけで、ライブでは目立つものだろう。
「レスポール・スペシャルタイプのTVイエローだよね?」
「タイプっていうか、本物のギブソンですけど」
少し照れながらも、そっとギターを見せびらかす暁である。
「うわ~、本物だ。よくレフティなんてあったね」
「エピフォンじゃなくて本物って、今なら30万以上はするよね?」
「京都で買ったんですけど、税込みで30万ぐらいでした」
そこでまた、運命の出会いについて語りだす暁であった。
こうやって打ち上げと称し、他のバンドと交流するのは悪いことではない。
ノイズは月子のルックスがいいのと、高校生二人がいるため、それをフォロー出来る人数がいないと、なかなかこういった機会がない。
信吾はそれなりに顔が広いが、どこか下品なノリは嫌うところがある。
そこがお高くとまっているようにも見えるのかもしれないが、俊としてはむしろ好感を覚える部分だ。
あとはクリムゾンローズも、夏のフェスには出る。
日本の夏フェスでは、かなりトップレベルのものであり、さすがにメインステージではないが、軽く20万人以上は動員されるイベントである。
「佳奈はああ言うけど、やっぱりもう一人メンバーは増やした方がいいってのは分かるんだよね」
「今だと佳奈の負担が大きいし」
作詞はともかく、作曲はかなり佳奈が一人でやっているらしい。
そしてそちらにも、かなり手が入りそうであるという。
それは問題だな、と俊が感じるのは単純に金の問題である。
音楽の楽曲著作権で得られる収入は、アーティストの演奏の収入よりも多い。
下手をすれば3ピースバンドなら、インディーズの方が稼げるのではないか。
特に楽曲まで外注すれば、おそらく賞味期限切れでカットされる。
「そういう作曲の話を、俊君とかもしたかったんだろうけどね」
「ああ、それで」
ガールズバンドから声をかけてくるというのは、ちょっと珍しいのではと思ったものだ。
こちらの構成が男女半分であったこともあるのかもしれないが。
ノイジーガールは公開されてから今まで、ずっとその数が伸びている。
おそらくヘビーローテーションしてくれている人間が、何人もいるのだろう。
もっともライブ版のノイジーガールは、また違うものだが。
サリエリの名前で以前に作った曲は、そこまでの伸びはない。
やはりあれは、特別な曲であったのだ。
(デビュー曲が一番よかった、なんてことにはなってほしくないけどな)
ただノイジーガール以上の曲は、なかなか出てくるものではない。
そもそも今が、忙しすぎるのだ。
潰れてしまった佳奈を、二人がかりで連れて行く。
大変そうだが、けっこうあることであるらしい。
「場所がもうちょっと近かったら、乗せていけたんだろうけど」
「大丈夫大丈夫、ここから普通に帰れるから」
「本題には入れなかったけどね」
「本題?」
それこそ先に話しておくべきことではなかったのか。
「まあ佳奈が愚痴言うの、珍しかったから」
「ちょっと頼みたいのは、込み入ったことだし」
一応連絡先は交換しておいた。
俊としては自分だけと交換というのは、なんだか不思議な気もしたが。
クリムゾンローズの三人が特に話しかけていたのは、俊と暁であった。
バンドリーダーの俊と、暁の二人に話がある。
なんとなくその内容は、俊も分からないではない。
「メジャーデビューが決まってるっていっても、大変なんだね」
暁はどうやら、全く気づいていないようであるが。
「音楽性の方針変更は、ちょっと音楽をやってる人間としては受け入れがたいだろうしな」
ただ世の中、売れなければ続かないというのは確かなのだ。
帰りのバンの中では、千歳が少し元気になっていた。
「大丈夫、あたしも大学四年生まで頑張れば、ある程度は弾けるように」
「俺たちはデビューまで、最長でも二年以内にするからな」
「に……ねん?」
以前に言っていたような気がするが、その時は千歳はいなかったか、あるいは聞いていなかったのか。
これは出来るだけ早い方がいいのだ。
俊が卒業するというのもあるし、信吾はさっさとバイト生活からは足を洗いたい。
ただ全ては、月子次第ということになるが。
「次は楽しいレコーディングだぞ」
そう、いよいよである。
ノイズの初めてのアルバム作成に向けた、レコーディングが始まるのである。
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