第40話 完成形

 バンドに必要なものは何か。

 俊はそんな根源的なことを考えなくてはいけなくなった。

 ビートルズは四人であった。

 ツェッペリン、QUEENなどといったあたりも四人。

 ニルヴァーナは三人だが、ヘルプやツアーのメンバーは多かった。

 そもそもレコーディングやコンサートでも、曲によっては必要な人数は変わる。


 ボーカル、ギター、ベースが揃った、と思う。

 ドラムは森脇のベースがあるなら、打ち込みである程度はフォロー出来るだろうか。

 もっともシンセサイザーとPCの機能で、どれだけのグルーヴ感を出せるか。

(人数は四人だけど、五人目……)

 それに明確に見えているのに、ポジションの分からない六人目はなんなのか。

(六人目なんて、エレキヴァイオリンでも連れてくるか?)

 あるいはサックスなどであろうか。

 ただやはりそこは、シンセサイザーとPCの音楽でどうにかなりそうだ。

 つまり打ち込みである。


 正直なところ実力だけを考えれば、俊はもう全体の調整に回った方がいい。

 なんでも出来るが飛びぬけていないことが、俊の特徴であるのだから。

 俊には才能がない。

 それだけに直感に意味を感じようとする。

 おおよその場合、これまではずっとただの思い込みであった。

 しかし月子と出会ってからは、己のインスピレーションに従って生きている。


 人生には選択肢というものが、本当にいくつもある。

 月子と接触したのも、その中の一つではあった。

 だがただの分岐ではなく、本流の大きな分岐であったのだ。

 そしてそこから暁が加入して、あんなライブをしてしまった。

 本当ならこの流れには、もっと乗っていかなくてはいけない。

 その流れをとどめてしまっているのは、完全に練習時間が足りていないからだ。


 暁はなんだかんだ言いながら、夕方以降は完全に空いている。

 西園はそもそも、ヘルプで入ってもらうので運がよければ、といったところだ。

 問題はやはり、月子なのである。

 アルバイトに時間を取られていて、さらにはレッスンの時間。

 さらにアイドルとしてのステージが、相当に多いのだ。


 それほど多くないファンから、短時間で金を使わせて、人気が落ちたらまた他のグループに作り変える。

 地下アイドルは消耗品ということを、向井は否定もしなかった。

 だがメイプルカラーは、まさにその色を変えながらも、かなり延命に成功してしまっている。

 全ては月子の歌のせいである。




 森脇信吾をバンドに加入させたのは、俊には大きな恩恵があった。

 それはバンド内に、相談できる人間が出来たということである。

「アイドルかよ……」

 月子の事情を知らせた時、そんな反応が出てきて、自分と同じ感性であることに安心する。

「アキはまだ高校生だから、そのあたりの認識が甘くて、部活の延長上みたいな感じなんだけど、信吾なら分かるよな?」

「どんなグループか見てないから、断定は出来ないけどな」

 人間性の相性の良さは、まだ分からない。

 なので信吾とは呼んでいても、まだ完全なメンバーとなったわけではない。

 しかし次のハコでのライブは、西園も参加してくれる。

 そこでの出来で、最終的な決定とする。


 とりあえず大学のスタジオを使って、西園も含めて五人となったバンドの体制となる。

 次に演奏するスパイラル・ダンスというハコは、このあたりでは一番敷居の低いライブハウスだ。

 オーナーも趣味でやっているようなところがあり、ノイズぐらいの実力であれば、当然ながらトリとなる。

 とりあえず高校生がメンバーにいれば、優先的にやらせてくれるというものだったのだ。


 本来ノイズぐらいの実力があれば、もっと大きいハコでやって、利益がしっかりと出るようなライブも出来る。

 だがまだ知名度が低いので、限られた範囲でやっていくことになる。

 特に月子と西園の予定が合わないと、練習もあまり出来ない。

「というわけで、お試し期間だけど森脇信吾君が入ることになりました」

「よろしく」

「おお~」

 女子二人は普通に拍手してくれているのだが、西園は複雑な顔をしていた。


 西園にはメジャーデビューというのがどれだけ難しいか、そしてそれ以上に売れ続けるのがどれだけ難しいか、しっかりと分かっている。

 この信吾の判断は、果たして正しいのか。

 ただメジャーシーンにおいては、一歩下がることが重要である場合も多い。

 より高く飛び上がるためには、一度深く屈まなければいけない。

 もっともこのバンドには、致命的な問題がある。

 ボーカルの月子に、上昇志向がないことだ。

 いや、上昇志向と言うのは正確ではないか。

 ボーカリストとしてプロでやっていく覚悟、と言った方がいいだろうか。


 それはともかく、限られた時間の中で、しっかりと練習をしていかなければいけない。

 次はまた、五曲を演奏する。

 その中で俊が作った新曲、パープルファントム。

 ディープ・パープルの盛大なパクリと暁が看破したこの曲は、暁と信吾の二人から修正の嵐を食らう。

 信吾が作曲とアレンジに積極的にダメ出しをするため、暁としても言いやすくなったらしい。

 これまでもかなり、ギターパートには口を出してきたし、演奏などでは即興をぶちかましてきたりもしたものだが。




 新曲はとりあえず間に合わない。

 なのでオリジナル二曲に、カバーが三曲となる。

 バランス的に一曲はバラード系でもいいだろう。

 またチャンネルの方でも何度も要望を受けている、タフボーイは外せない。

 あと二曲をどうするか、既に公開している曲であるなら、なんとかなる。

 ただ新曲をやるなら、何がいいのか。


 練習時間もあまり取れない。

 しかしタフボーイをやってみたところ、リズム隊が揃ったためか、よりリードギターとボーカルが暴れまわることになった。

 音はより圧倒的に、しかしながら二人の疲労度はそれほどでもない。

 重低音とリズムをしっかりと支えることによって、ここまで歌いやすくなるのか。

(これは……五人で完成形じゃないのか?)

 夢で見た光景。

 ボーカルの月子、ギターの暁、ベースの信吾。

 そして、ヘルプのはずの西園。


 夢の啓示は、ただの印象というか、イメージなのであろうか。

 西園は現在、会社員であるのだ。

 それがこのように練習に付き合ってくれているのは、未練なのかそれとも趣味なのか。

 常識的な人間である自分の潜在意識が、西園を加えようする夢を見るというのは、なんだかおかしいのではないか。

 確かに願望というか、ベースラインがしっかりとした今日の練習は、よりドラムを激しく叩いていた。

 これまでの余裕を持った、リズムキープのドラムではなく、自分の主張をしっかりと示すもの。


 セーブしていたパワーが、ようやく出せるといったところか。

(これが本物のプロ)

 あえてこれまでは、合わせる程度の演奏しかしていなかったということか。

 ただ西園と信吾が本気でやりだすと、上手く合わなくなってくる。

 暁はそれなりにというか、かなり上手く合わせてくるのだが、問題は月子だった。


 俊としても、うすうす気づいてはいたのだ。

「表現力が、ある分野では低い」

 信吾はしっかりと指摘した。

 先日のライブでも、はっきりとしていたのだ。

 原曲が有名で、そして暁が抑えて演奏したため、オーディエンスには充分であったろう。

 だが「いとしのエリー」はともかく「タッチ」はまだ不完全なものであった。

「ノイジーガールも演奏自体は速くても、歌のメロディラインはそれほど速くはなかったからな」

 声という才能を、月子は持っている。

 だが今のところ、表現の手段がかなり限られている。 

 たとえばラップなどは歌えない。そもそも歌という意識がないのか。

 一度自分の歌にしてしまう必要があり、そのために俊はアレンジをしている。


 ブルースやソウルは問題ないのだ。

 ロックにしてもシャウト系は歌うことが出来ない。

 一度ミクさんに修正してからなら、なんとか歌えたりはする。

 だが小刻みに語りかけるような、そういう歌にまだ合っていないのだ。




 カバー曲二曲は、信吾の意見が採用された。

「ベースライン、確かに面白いけどな」

 俊は調べてみたのだが、片方はそもそも小説を題材に作られたのが、それがアニメ化された折に採用されたというものであり、もう一方もアニメにタイアップされた曲であったりした。

 ベースイントロで始まったり、ベースの扱いが特徴的であったりと、いい曲ではあるのだが。

「そんなこと言っても、あたしが生まれる前の曲だし」

 暁はそう言って、特に嫌悪感などはない。

 月子としては「歌ってみた」を探して歌えそうだという印象はあるらしい。


 曲がいいのは、間違いないのだ。

 ただこのままではコミックバンド扱いされてしまうのではないか。

 90年代から普通に、アニメとのタイアップはある。

 80年代とは違い、アニメタイアップが馬鹿にされなくなった時代と言えるだろうか。

 それでも原作次第、というのはあるのだが。


 片方は演奏や雰囲気など、ヘヴィメタルに上手く歌唱力が必要な要素を組み込んでいる。

 月子にとってこれは、歌いやすいのは間違いないだろう。

 もう片方も女性の歌い手がカバーしており、月子も歌えると言った。

 ただどうしても練習不足だな、という感は否めない。

 練習と言うよりは、合わせる時間が足りていないのだ。


 バンドの音楽というのは、それぞれが技術を高めればいいというものではない。

 それぞれの人間が、有機的につながっていく。

 もちろん数回の練習とリハで、すぐに合わせることも、ミュージシャンなら重要なことである。

 特に西園などは、その性質上どんなバンドででも、すぐに合わせられなくては困る。

 まだ20代でそんな柔軟性を持っているのは、さすがと言うべきなのだろうが。


 スタジオを使える時間が終わった。

 一応演奏できる程度には合わせたが、まだメンバー全員が全力を出して、それでも上手く合う、という状態にまではなっていない。

 西園のリズムを、信吾が受けて低音を支え、それを土台に暁が暴れて、月子が歌う。

 それでも回数を重ねてきたオリジナル二曲は、かなりのポテンシャルを発揮していると言えるだろう。

 ただそれでも、暁と信吾のアレンジの意見で、まだ良くなっている。

 そして俊は、これでもまだ何か足りないと感じている。


 ギターリフやアドリブに、強烈なベースライン。

 曲としてはこれでもう、完成なのではないか。

 音に厚みをさらに出すなら、シンセサイザーで他の楽器を足してみればいい。

 生音をさらに足していくと、むしろバンドの編成としてはガチャガチャしてくる。

 そもそもそういった部分をこそ、自分が最小限にフォローするものであろう。




 俊は帰る途中の西園を、少し追いかけて並ぶ。

「歩きながら、少し話していいですか?」

「おう、いいけど」

「俺は、夢を見るんです」

 最初はステージに立っているというそれだけのものであった。

 だがやがてそのステージには、月子と暁の姿が現れた。

 そしてそこに立っているのは、六人であるとも分かった。


 今、およそ完成した形で、ノイズは成立している。

 ここにまだ、果たして何が足りないというのか。

「そりゃあ、足そうと思えば色々足せるだろ」

 西園は色々なタイプのバンドを見ている。

「ストリングス系とかサックスとか、ロックでも使ってるのは多いだろ」

 これがジャズなら、トランペットなりサックスなりが、それこそ必須になるかもしれない。

 だが足していけばいい、というそれだけの単純な話ではない。

 そして俊自身も、それは分かっているようだった。


 六人目に必要な能力。

「それよりは月子に、もっと幅の広い力を付けさせるべきじゃないか?」

 必要かどうかは別として、月子は突出した能力を持っているが、技術では足りないものも多い。

 たとえばラップの要素などを加えられるなら、もっとスタミナを温存できる。

 そんな楽曲を必要とするのなら、ばだが。


 月子は以前に「アイドル」を歌ってみたいと言ったことがある。

 だがラップ部分が全く歌えなかった。

 しかしそんなものは、俊は求めていない。

 簡単な部分だけなら、わずかに暁も歌えなくはない。

 コーラスは信吾が加わったことにより、男声も少し加えられるようになった。


 これでまだ、あと一人加えるよりは、月子の表現の幅を広げるべきだろう。

 西園の言うことは間違いではない。

 ただ俊は、あの夢には確信があるのだ。

「栄二さんはもう、表に立つつもりはないんですか?」

「俺? 俺は会社に命令されれば、普通に組むことはあるだろうな」

 しかしそれは、オリジナルのメンバーというものとは違うだろう。

「俺の見た五人目は、栄二さんでした」

 西園は驚いたような顔をしたが、すぐに苦笑する。

「そりゃあまあ、俺ぐらいのドラマーでアマチュアの人間はいないだろうからな」

 これもまた、その通りではあるのだ。


 俊がやっていることは、単純に凄い腕を持っている人間を集めているだけだ。

 むしろ向こうから集まってきたというあたりに、どこか運命めいたものを感じるが。

「俺を引き入れるなら、もっと確信できるものが必要だな。確かに今のままでも、暇を見つけて助けてやるぐらいの力はあるが、確かにお前の言うとおり、まだ足りない何かを感じるよ」

 それは西園の素直な本音であったろう。

「家族のためにバンドを抜けた人間を、またバンドに引き入れようとするなら、それなりのものが必要になるさ」

 正論である。

 そして西園は、今のノイズにはまだまだ足りていない部分が多いのを分かっている。

「まあそれが埋められたら、話ぐらいは聞いてやるよ」

 リップサービスであろうが、そこまで言ってくれた。


 何かがまだ足りない。

 俊はそれが何か、いくらでも思いつく。

 月子の表現力は、そのクリアボイスがゆえに、どうしても表現しにくい部分がある。

 暁は走りすぎる部分があるので、もっと抑制しながらも訴えかける力がほしい。

 信吾は単純にまだ合わせてから時間が足りない。

 そして俊は、そもそも突出したものがない。

 もちろん俊がいなければ、ノイズが全く動かないのも確かであるが。

(最後の一人……)

 それが何か分かれば、西園の要求する水準に達するのだろうか。

 俊はまたも考えすぎることになった。



  三章 了  次章「ラストピース」

 なお章の名前は変更の可能性あり。

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