第37話 完成形と発展途上

 打ち上げに参加しないか、という俊の言葉に、メンバーはあっさりと返事する。

「奥さんが待ってるから」

 西園はあっさりとそう言って帰る。

「う……お金ないし、明日も新聞配達なので」

 そして月子も帰宅である。

 高校生である暁も帰るかと思ったが。

「父が来てると思うんで聞いてきます」

 そう言って俊と一緒にハウスに戻る。


 アトミック・ハートのバンドはかなり完成度の高いものである。

 ノイズがあんな演奏をしたのに、しっかりとトリとして盛り上げている。

 ただ上手くまとめすぎているな、と俊は感じていた。

「なんだかつまらなさそうにギター弾いてるね」

 暁はそう言っているが、森脇のギターはテクニックはあるし、何より正確である。

 しかしリードギターというのはハードロックであれば、もっと自己主張が激しくなければいけない。

 それはメタルにおいても言えることであろう。


 確かにプロでもおかしくはない。

 以前に数度聞いたが、オリジナル曲も自分たちでしっかりと作っている。

 ただこれがもう、完成形なのだろうか。

 このバンドの、未来というものが見えてこない。

(伸び代が感じられない)

 だから森脇は、ここからの離脱を考えているのだろうか。


 もっともそこからノイズに接近し、加入を考えているとは思えない。

 彼のギターは間違いなくリードギターの部分を弾いているが、暁の言うとおりどうもちぐはぐさが感じられる。

 以前もこうだったろうかと思い出そうとするのだが、今日の演奏が上書きしてしまっている。

(確かにバンドってのは、入れ替えが激しいもんなんだよな)

 それは洋楽に限らず、邦楽でもある程度はあることだ。

 ただメジャーデビューまですると、勢いが落ちるまではメンバーを固定する。 

 ソロの仕事が増えれば、そこからまたメンバーチェンジがあったりするが。


 俊と暁の父親たちのバンドは、リーダーであるギターボーカルの死によって解散した。

 かなりのカリスマ性を持っていたということもあるが、やはり誰と一緒にするか、がバンドは重要なのだ。

 あの朝倉にしても、ころころとメンバーを入れ替えているように見えて、ドラムは一度も替えていなかったりする。

(ノイズはどうなんだろうな)

 とりあえず男女の恋愛沙汰が入ってこなければ、どうにか続いていくだろうか。




 最後尾から見守るように、安藤は演奏を見ていた。

 だがその近くに、知り合ってしまった顔を見つける。

「どうも」

 軽く会釈だけして通り過ぎようとした俊であったが、その腕をがっしと阿部は掴んだ。

「お話、出来ませんか?」

「今日はアトミック・ハートの打ち上げに呼ばれてるので、その時でよければ」

 呆気なく許可が出て、拍子抜けする阿部だが、俊としてはどうせ結論は決まっているのだ。


 安藤の下へたどりつくと、彼もこちらに気づいた。

 許可を得るよりも早く、まずは質問する。

「どうでした?」

「そうだな……」

 演奏の轟音の中、耳元で安藤は声を出す。

「まだまだではあるが、次も聞きたいと思った!」

 それはいい。バンドの音楽は常に進化し、成長していかなければいけないのだ。


 そして打ち上げに参加すると言うと、他に誰が行くのか、と問い返される。

「二人だけになるのか、俊、酒を飲まずにアキをちゃんと送って来れるか?」

「元々酒は飲みたくない人間なんで」

 このあたり俊は、ミュージシャンとしては珍しい人間であろう。

 幻想を作り出そうという立場ながら、頭はいつもクリアでいたいと思っている。

 もっとも夢の中のイメージは、よく使うのだが。


「俺も予定がなければなあ」

「お父さんは仕事だから仕方ないでしょ」

 そんな親子の会話を聞きつつ、ライブの演奏を見る。

 聞くのではなく、見ているのが俊だ。

(予定調和じゃないのか?)

 ノイズが乗せた、おそらく常連ではない客は、飲み物を買っている。

 俊は自分の演奏をしながらも、客の反応もしっかりと見ていた。

 飛び道具のような始まりから、バラードで終わる最後まで、その場を動いたのは二人だけであった。

 問題はそれが、アレクサンドライトを演奏している時であったことだ。


 二曲目の完全オリジナルであるが、あれでまだクオリティが足りないのか。

 分かりやすいテンポの早い曲でなかったということも関係しているかもしれないが。

(けれど今の俺たちだと、アップテンポの曲ばかりだと、月子とアキがなあ)

 全く全力を出せていない俊自身も、相当の問題はあるのだが。

 ワンマンライブが出来るようになるまで、どれぐらいかかるものか。

(今度、安藤さんに色々と聞いてみないとな)

 頭でっかちの俊は、他人の意見を聞きたがる。

 ただそれをそのまま受け取らない頑固さは、むしろいいことであるのかもしれない。




 アトミック・ハートの演奏が終わった。

 ただ今日はトリだけに許されたアンコールがかからない。

 それを不満に思うメンバーも当然ながらいる。

「今日の客はノリが悪かったな」

「最初から何か重たい空気だったな」

「前のバンドがよっぽどしょぼい演奏してたんじゃないか?」

 そんな会話に対して、森脇が思うことは一つ。

 危機感が足りない、ということだ。


 メジャーデビューの話は進んでいるが、担当のA&Rの言葉の中に、ビジュアルに関しての話がある。

 音楽性に関しては、今の時点で既に完成度が高いという。

 間違っている。

(完成したらもう終わりだ)

 おそらく今日の打ち上げも、だらだらとした文句に終わるのだろう。

 そしておおよそは、グルーピーの女の子たちと消えていく。


 メジャーデビューしたら、こんなことは出来ないと思って。

 だが今の世の中、悪い噂はすぐに広まる。

 とは言っても決定的な証拠がなければとも言われるが、今は誰もが配信出来る時代なのだ。

 ロックスターが奇抜でも許されるという風潮は、今はどうなのだろう。

 俊であれば暁など、通常状態とギターを持った状態、そして髪ゴムを外した状態に服を脱いだところなど、四つの人格があるようにも思える。

 月子の場合は欠落した部分をそのまま、才能に持っていったというような感じもする。


 森脇の前に現れたのは、ノイズのメンバーの中では二人。

「あれ? 二人だけ?」

「片方は早朝バイトだし、もう一人は家庭があるんで」

 ただし背後霊のように、阿部が後ろに立ってたりする。

「そっちは?」

「どうも、こういうものです」

 素早く名刺を出す阿部に、森脇は驚いたように見えた。

「もう目をつけられてるのか?」

「ボーカルだけはな」

「ああ……」

「いやいや、今日の演奏を見ていたら、ギターもドラムも、それをまとめてる渡辺君も、充分に通用しますよ」

 阿部は本心からそう言っているが、俊としては懐疑的である。


 月子と暁は、環境によって作られた、育てられた天才だ。

 西園は実際プロとして、様々な人間とセッションしている。

 そんな中で自分は、幼少期から音楽には携わってきた。

 環境は充分だと考えるなら、才能の絶対量は間違いなく、俊が一番少ない。




 打ち上げに参加したといっても、アトミック・ハートの面々はローディーやグルーピーと一緒に騒いでいる。

 一人森脇だけが俊の隣に座り、俊を挟んで暁がいる。 

 その暁のさらに隣に、阿部が座っていたりするのだが。

「とりあえず乾杯するか? 生でいいか?」

「いや、俺は彼女を送らないといけないし、そもそもアルコールは基本的に飲まない」

「素面でバンドなんかやってられるのか?」

「他人はどうか知らないけど、俺はそうする。全く飲まないわけじゃないけど」

「……珍しいタイプだな」

 森脇はそう言うが、アーティストに珍しいというのは、むしろ誉め言葉であろう。

「薬物とかもやって作曲してみたことはあるんだけど、あれは醒めてから見ると子供の落書きだと分かる」

「それは……ロックだな」

 一見すると真面目そうなのに、手段を選んでいない。

 こういう人間こそを、本当にロックというのではないか。


 暁の視線が痛い。

「俊さん……」

「一度試してみただけだよ。あとはタバコも酒もほとんどやらないし」

「ドラッグは普通に手に入るからな」

「薬が手段じゃなく目的になったら、そこで終わりだな。70年代とかのロックスターはほとんどヤク中だったらしいけど」

「それこそビートルズさえマリファナで捕まってるしな」

「ポールが長年日本に来れなかったって話だっけ?」

「そうそう」


 なんだか思ったより、森脇は俊と話が合う。

「ベトナム戦争の影響が大きいとは普通に言われてるけど、日本でもヒロポンとかが流行ってたんだっけ」

 そんな俊の話題にも、森脇は合わせてくる。

「それよりさらに古い時代から、ドラッグは音楽との関わりが大きいと思うけど、果たしてどれだけ影響があったのやら」

「俺は創造性のためではなく、リラックスのために使っていたっていう方が救われるとは思う」

「まあドラッグの前から、酒でべろんべろんになったミュージシャンの話は多いしな」

 世界のトップアーティストというのは、それだけプレッシャーに晒されているのだろう。

 そこはまた、音楽性などとは違った部分での戦いだ。


「それで、本題は?

「俺たちの演奏をどう思った?」

 森脇が回答に困る質問をしてきた。 

 ただ俊は暁と一緒に、このことについては話していたのだ。

「完成度の高い演奏とパフォーマンスだったな」

「うん、あたしもそう思った」

 そこで森脇はため息をつく。

「完成度じゃなく、いいか悪いかで単純に言ってほしい」

「単純にか……」

「それはちょっと……」

 言わないという時点で、そういう評価なのだろう。

 だがそれは森脇にとっては、ありがたいことであるのだ。




 質問は一方的ではいけない。

「俺たちの音はどうだった?」

 俊の問いに、森脇としても答えを用意していた。

「凄く良かった、だけどまだ未完成だろ」

「やっぱり分かるか~」

 俊としても、指摘されれば認めるしかない。

「オリジナル曲、バラードの方はともかく、ノイジーガールはネットで公開されているのとは違ったな。なんでギターを外してるんだ?」

「その頃はまだ合流してなかったんだ」

「ん? まだ結成して新しかったよな?」

「最初は俺とボーカルのユニットだけで始まって、ギターが入って初ライブ。それからドラムに入ってもらって今日が二回目だな」

「二回目……」

 さすがにこれは、森脇の予想を超えていた。ドラムはそういえば、あの映像では入っていなかったか。


 ただ、他にも言いたいことは色々とある。

「二曲とも、完全な完成形とは言えないんだな」

「ああ、だから一応レコーディングはしても、音源には出来ない」

「俊さん、CD作るつもりあったんだ」

「まあ今時必要じゃないのかもしれないが、名刺代わりにはなるしな」

 あとはコレクターズアイテムであろうか。


 それにしてもアトミック・ハートの他のメンバーと、森脇は本当に混ざっていない。

 色々とインディーズで人気のバンドからは、聞きたい話もあったのだが。

「練習はどれぐらいやってるんだ?」

「全員が揃うことはあまりないな。月……ボーカルの空いた時間に、俺と彼女の時間が重なれば、といったところかな。ドラムも本業はあるし」

「それは……足りないだろ」

「だからライブじゃなく、ネット公開の方で知名度は高めてるんだ」

 どうも森脇の常識と、俊の常識は合致しない。


 俊としては、まだ尋ねたいことがある。

「ベースやキーボードはどう思った?」

「キーボードもベースも、空いてる穴を必死で塞いでるって感じだったかな」

「そう聞こえるだろうなあ」

 やはり圧倒的に、練習量が足りていないのだ。

 そのくせ月子などは、歌唱力自体はどんどんと上がっている。


 個々の力は上がっている。

 だがバンドとして見ればどうなのか、という話になる。

「なあ、一度練習しているところを見せてくれないか?」

「見学? なんのために?」

「俺に足りていないもの、必要なものを見つけるためにだ」

「そんなことをして俺たちに、何か得はあるのか?」

「メジャーデビュー直前のバンドのメンバーが、どうしてそれを渋っているのか聞きたくないか?」

「それについては、おおよそ見当がついてるんだが……」

 ただ、俊としても森脇の存在を利用することが出来るとは思っている。

「いいだろう。ただし、ギターも持ってくること」

「え、あたしと合わせるつもりなの?」

「ギターの音の厚みを増せばどうなるのかは、ずっと興味があったんだ」

 俊はそう言いながらも、森脇の狙いがいまいち分からない。


 今日の演奏を聞いていて思ったのだが、森脇の本質はリズムを弾くギターであろう。

 それが技術が高いため、リードギターをしていた。

 確かにリズムギターがいれば、暁を上手く抑制出来るのかもしれない。

 ただ俊はこれ以上、暁のギターを抑制したいなどとは思っていない。

「じゃあアドレス交換だ」

「ああ」

 ノイズはまだ、発展途上。

 そこには何を加えても、成長の因子にしかならない。

 俊はまだ、ひたすら前に進むことしか考えていないのだ。

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