第34話 メジャーとインディーズ

 ファミレスから立ち去った三人を追うことはなく、阿部はスマートフォンを操作していた。

 調べればすぐに情報が分かるのが、今の時代である。

 ノイズというユニット、そして一回だけのライブ。

 それはすぐに見つけることが出来た。

「かっけえ……」

 撮影禁止のライブであるのに、撮ってしまった気持ちは分かる。

(この仮面を被ってるのがルナで……ああ、月子って呼ばれてたからか。それにこのギター、さっきの子だけど……ネットのノイズのメンバーは二人のユニット?)

 ルナの名前でカバーしているのは、基本的に名曲として知られているものだ。

 ただ、その中にライブで歌っていた三曲が含まれていない。またギターの演奏もおそらく打ち込みだろう。


 ライブに実際にいた人間によると、最初のオリジナルが素晴らしかったらしい。

 しかしユニットとして公開されているのは、ギターの入っていない短いバージョンだという。

(歌唱力がえぐいけど、このギターも……)

 高校生か、下手をすると中学生ぐらいに見えたが、ステージ上でのギター演奏は圧倒的であった。

 最後にはTシャツを脱いだらトップスが水着になって、ものすごい音を重ねてきている。

「これがノイズ……」

 ひょっとしたらどこかで聞いたことはあったかもしれない。

 だが数多い情報の中で、聞き逃していった。

 そもそも名前が憶えにくいではないか。


 公開されているノイジーガールと、ライブでのノイジーガールはギターが入っていたというのもあるが、全くの別物であったという。

「き……聞きたい……」

 コメントにもギターを含んだバージョンはいつ公開されるのか、という書き込みが多い。

 この短期間の公開で、もう200万再生に至っているというのが、かなりの驚きである。

(ボカロPとしての活動はそれなりに長いけど、ルナとユニットを組んで弾けた)

 それまでの楽曲にも、佳作と呼べるものはあった。

 だが確実に耳に残る曲は、これが最初のものであろう。


 これにあのギターが加わるという。

「あれ? でもあの子の情報が……名前はアッシュ。……そういえば少し、外国人っぽい髪の色をしてたけど」

 ユニットとしては、サリエリとルナの二人だけの曲ばかりだ。

 最初に10曲のカバーを公開し、それ以降もカバーは少しずつ公開している。

 だがまだ、その活動からは一ヶ月ほどしか経っていない。


 作曲作詞をサリエリがしていて、ルナとのユニットにギターのアッシュが加わったというところか。

 これはひょっとして、金の卵を見つけたのではないか。

 おそらくカバー曲のアレンジも、このサリエリが行っている。

 名前は確か、渡辺といっていただろうか。

 メイプルカラーのミキに対して、ずっと関心があった。

 だが彼女のこの最近の成長が、彼との接触によるものだとしたら、二人に加えてこのギタリスト、アッシュもまとめて手に入れたい。


 才能のある者の獲得は早い者勝ち。

 そもそも才能があっても、なぜか売れないミュージシャンはいるのだ。

 だがこの三人は、まずネットにおいて周知されてから、ライブデビューをしている。

 そして生演奏も、数は少ないが絶賛されている。戦略を自分たちで考えているのだ。おそらくはサリエリが中心になって。

(三人をまとめて、どうにか手に入れる)

 阿部はそう考えると、計画を練り始めるのであった。




 もらった名刺を暁はひらひらさせている。

 月子は必要ないと言ったのだが、これが必要になるのは俊ではないか。

 そして月子と別れて、俊の袖を引いて少し話すことにしたのだ。

「俊さん、このままだとツキちゃん、メイプルカラーの中で浮いちゃうんじゃない? 社長さんも話は聞いてたみたいだし」

「まあそうだろうな」

「分かってて放っておくの?」

「最初から分かってたことだ。月子は音楽を、アイドルとかじゃなくてガチの音楽をやる以外に、まともに生きていけない人間だ」

「そんな……」

「だって他に何が出来る?」

 出来ることはあるだろう。

 だが人並に出来ることは、間違いなく少ない。


 音楽をやらなければ、ヤク中かアル中になるしかない。そういう人間はいる。

 実際は音楽をやっていてもヤク中かアル中になって、名前だけを残して死んでいくわけだが。

 幸い月子は、そういった破滅型の人間ではない。

「さすがに人生全部の面倒は見れないけど、生きていくだけの力は付けてやるつもりだし」

「え、ツキちゃん愛されてる?」

「いや、これは……なんだろうな? 女性としては全く見てないし」

 そう言う俊は、どうにも女性に対して無欲なところがあるかな、と暁は思ったりする。

 今のところそれは、この三人の中ではいい要素となっている。


 俊からはある種の男臭さがしない。

 暁のような、ブスではないがちょっと特殊な容姿の少女でも、ある程度はそういった視線を感じるものだ。

 月子の場合はおそらく、そう見られていても気づかない。

「将来的には、メジャーデビューがしたいんだよね?」

「それは手段であって目的ではないな」

 そして俊は、暁の持つ名刺に手を伸ばす。

「そういえばあたし、どうもレコード会社とレーベルと音楽事務所の関係とか違いが微妙に分からないんだけど」

「そのあたりは、色々と形があるからなあ」

「……ツキちゃんには言えなくても、あたしには教えてほしいな」

 月子と違い暁は、こちらの方向で音楽の世界を向いている。

 そしてその中において、俊も一緒に存在すると思っているのだ。


 調べればすぐ分かることだが、俊としてもいずれは説明しなくてはいけないと思っていた。

「メジャーレーベルにも色々あるけど、ABENOはそれなりにまともなところだと思う」

 基本的にネットで情報を拾っていくと、マイナスの話ばかりが集まってくるものだ。

 それは成功している人間は、わざわざ自分のレーベルを宣伝したりはしない。

 相手にされなかったり、曲が売れずに契約解除されたところで、責任を相手のものとする。

 人間というのはそういうものだ。




 月子はまだともかく、確かに暁には、ある程度の細かいプランを話しておくのは悪くない。

 ただまだ高校生の暁が、理解出来るかという問題はあるが。また、運の要素もある。

「レコード会社とかの違いは、お父さんに聞けばいいと思うけど、俺たちの戦略は少し前にも言ったが、ネットで確実なファン層を獲得する」

 このあたりは前にも少し説明している。

「アキが入ったことで、ライブも出来るバンドになった。ただ今はまだ、メンバーを集めないとな」

「ドラムはいるって言ってたね」

「誰かさんたちが暴走するからな。とにかくドラマーがいて、あと出来ればベーシストもいないと、バンドとしてのバランスが悪いんだ」

 実は暁があまりにも走りすぎるので、リズムギターも入れたいと思ったりしている。


 ただ俊には、あの啓示のように思えた夢がある。

 あと二人か三人、今のメンバーに加わらないといけない。

 他に、コーラスで歌える人間もほしい。

 タフボーイなどはさすがに、暁もわずかに声を入れた。

 しかし彼女が全力を出すと、完全にギターに持っていかれて、声を出す余裕はなくなる。


「メンバー集めが、まず第一の難関なんだな。そして集めるためには、ライブをしないといけない」

 まだバンドメンバーを募集して、簡単に集まるほどの知名度はない。

 それに月子と暁が女性であるため、人間性まで考慮して選考しないといけない。

 贅沢な言い方かもしれないが、俊としては問題を起こさない男を入れたい。

 そもそもベースとドラマーは、女性が少ないということもあるが。

「ライブが安定して出来る体制を作りたいな。そしてかけられた声に飛びつくんじゃなく、複数のアプローチを受けるようにしたい」

「もったいつけるわけ?」

「こちらの価値を出来るだけ上げて、有利な状態で契約したい」

 彩のような失敗はご免だ。


 彼女は間違いなく、才能はあった。

 単純な憎しみや嫉妬ではなく、色々なものが彼女に対しては混じっている。

 そんな彼女が、あんなつまらない歌を歌うようになった。

「インディーズでトップレベルになる。今の時代、広告は自分たちでもやっていけるからな」

「インディーズとメジャーの違いもあやふやになってきたって言われてるよね」

「さすがにそこは、資本力とノウハウが違いすぎるのは確かなんだが」

 好き放題にやるには、まずインディーズで確固とした評価と基盤を得ること。


 ライブに続いて俊が考えているのは、ツアーとフェスである。

 だがフェスはともかくツアーは、月子も暁も自由に動けるわけではない。

 俊にしても学生なので、長期休暇の時にしかやる機会はない。

 大学をわざと留年して、さらに一年色々と学ぶというのは、実際のところありである。




 マーキュリーでのライブが決まった時期のこと。

 今回は五曲を披露する予定で、その中でオリジナルが二曲。

 前回のトリで大きな歓声を受けたタフボーイはそのままに、他の二曲をどうするか考える。

 既に公開している曲でも良かったのだが、月子がさらにキャッチーな曲はないのか、と言ったのが始まりであったか。

 とにかく俊はなんでもアレンジするし、暁はなんでも弾ける。ならば歌いたい。

 出来ればかなり古くて、それでいてタフボーイぐらい受けるような。

 無茶を言う、と俊は思ったものだ。


 洋楽であればいくらでもあるのだ。

 しかし月子にただ歌わせるのではなく、表現させるためには英語だと問題がある。

 いずれは歌ってもらいたい曲はたくさんある。

 ただ俊にしても暁にしても、60年代から70年代は、邦楽にはほとんど触れていない。

 いわゆる昭和歌謡といったあたりで、ここもシティポップなどの視点から見ると、70年代には名曲が出ているのだが。

「そもそもなんでタフボーイなんか選んだの?」

「ネットをディグってた時に、たまたま外国人が日本語で歌っているを見つけたから」

「他にそういう曲ってないの?」

「う~ん、ペガサス幻想とか」

「知らない」

「これだけど」

 最初のギターリフから、暁が目を輝かせるのが分かった。

「かっけー」

「でもこれって……」

「あ、ツキちゃんが歌うのは難しいか」

「歌えなくはないと思うけど」

「ちなみにこれもアニソンだな」


 80年代のアニソンというのは、なんだか海外で人気があったりするらしい。

 もっとも海外のアーティストも、それなりに日本の曲をカバーしていたりはするのだ。

 それをすると、世界で二番目に広い音楽市場を持つ、日本でも売ることが出来るため。

「タフボーイはそうでもないけど、これは本当にアニソンなんだね」

「ギターはでもかっこいいぞ」

「う~ん、今はまだ歌えないかなあ」

 月子がそう言うのなら仕方がない。


 いっそ普通に、昭和歌謡と呼ばれるものから選んでみようか。

「いっそのこと愛をとりもどせ、とかいっちゃう?」

「いや、それはちょっと」

「でも女の人のカバーあるよ」

「クリスタルキングの名曲ではあるけど、本来はツインボーカルで歌う曲だしなあ。まあそこはアレンジすればいいけど」

 ギターパートが少ないのも問題ではないだろうか。


「80年代アニソンって、ひょっとして名曲多い?」

「俺に聞かれてもなあ。親の世代だし」

 あの頃はアニソンを聞いていると馬鹿にされていたらしい。

 例外らしきものが、シティハンターのGet wildあたりから、というようにも聞いている。

「いっそのこと宇宙戦艦ヤマトでも歌うか?」

「真面目に考えて」

 暁に言われてしまったが、そういえばあれはギターが全くなかったかもしれない。

「銀河鉄道999とかもいいかもな~」

「ネタになっちゃうじゃん」

 アニソンだとネタになってしまうのか。

 ただ鉄腕アトムの作詞など、谷川俊太郎がやっていたりもするのだが。


 休憩中に、俊のノートPCをいじる二人。

 まあ見られて困るものは……あるが、パスをかけているので問題ない。

「もうルパン三世とかコブラとかいっちゃうぞ」

「いや真面目にギターがある曲探してよ……あれ?]

 暁がクリックしたらしいその曲は、間違いなくギターから始まっていた。

「あ~! これでいいじゃん!」

「聞いたことある。どこでだったかなあ」

「それは確かにあるだろうな」

 いまだに特定の場所では、普通に毎年演奏されているし、流れてもいるはずだ。

 確かに原曲はギターイントロから始まっているが、今ではもう国民的に使われている曲だ。

「しかしまたアニソンか……」

 俊としてはもうちょっと、硬派な曲をやりたいのだが。

「かっこよくアレンジすればいいじゃん。それに本当に硬派にするなら、それこそ洋楽を持ってこないと」

 視線を向けられると、月子はぶんぶんと首を振る。


 ただ、ずっと俊は考えているのだ。

「声だけで届けられるものはあるけど、歌詞を伴わないとやっぱり伝えるのは難しいしな」

 それはそれとして、ライブのレパートリーは決まった。

 オリジナル二曲にタフボーイ。

 そして新たなカバーが二曲である。

「節操のない選曲とは言われるかもしれないなあ」

「音楽ってのは、いいか悪いかしかないよ」

 スタイルを悩む俊に対して暁が言って、月子も力強く頷いた。

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