第32話 ギターとアイドル

 一度、月子のステージを見てみたい。

 そう思った暁であったが、高校生である彼女は、基本的にアルバイトを禁止されている。

 チケットはそれほど高いものではないが、それでも高校生のお小遣いから出すのは、それなりに高いものではある。

 正確に言うと、最近はより高くなってきていたのだが。

「じゃあゲストで来てくれたらいいのに」

 ゲスト。そういうものもあるのか。

 

 基本的に出演者は、ゲストという形で何人かをチケットなしで招待することが出来る。

 もっとも対バンを組んでチケットを売っている場合、その数もあまり多くは出来ないのだが。

 全く客がいなくて盛り下がるよりはいい、という保身もあったりする。

 メイプルカラーの場合は、各自一人はゲストで入れてもいいという。

「う~ん、でも悪い気が……」

「それなら……わたしたちのステージで、ギター伴奏をしてくれるとか?」

「え! ……あたしが?」

「もちろん暴走しないように」

「う……」

 暁がギターを弾くと暴走するというのは、ある程度の条件がある。

 一つにはやはり、暴走してもそれに呼応するぐらいの、存在がそこにいること。

 逆に一人で弾いている時も、暴走しているようにでたらめに弾くこともあるが。


 当たり前のことかどうかは知らないが、暁のギターもコピーから始まった。

 リッチーやキースやギルモアのコピーを、幼稚園の時代からやろうとしていたのである。

 もちろん物理的に無理である。指の長さや手の長さが関係するのだ。

 ただそんな時代から弾いていたことは、やはり関係あるのか。

 暁は身長もさほどないが、腕の長さと指の長さがかなりのものなのだ。

 これに関してはそんな子供時代からのギターが関係しているのか、非常に遺伝的には疑問である。

 ただピアニストは遺伝に関係なく、おおよそ指は細い。


 暁としては、暴走しない演奏の仕方も知っている。

 それはひどく簡単なことでもある。

「今度レッスン中にお邪魔したりしていいかな?」

「いいけど、ギターアイドル目指すの?」

「そんな言葉はない! ……いや、意外とあったりするのかな?」

 ギターヒーローという言葉は確かにあり、キース・リチャーズやリッチー・ブラックモア、デヴィッド・ギルモアなどといったあたりは暁の分かりやすいお気に入りだ。

 ジミヘンは凄いのは分かるが、ちょっと理解の外にある。憧れとかそういう単純な言葉で説明出来るものではない。

 そういえば女でもギターヒーローなのかな、とは思う。女性でも優れたギタリストは、それなりにいる。


 しかしそのためには、準備しておくものがある。

 一応は家にもあるが、この間の俊の家での楽器の整備をしていた時に見つけたのだ。

(いい音がしたもんね)

 思わず笑みが洩れてしまう暁である。




 俊はバンドメンバーの要望は、出来るだけかなえるようにしている。

 ただ暁のお願いは、ちょっと迷うものであった。

「これを? 弾くの? 左用に弦張り替えて?」

「駄目かな?」

 笑っている暁であるが、これが他の誰かであれば、どう反応していたであろうか。

 おそらく「冗談はよせ」ぐらいが最低のものであったろう。

「そりゃアコギはエレキより簡単ではあるけど、それでもピックガードがなあ」

 トーンやボリュームのスイッチは、アコースティックギターにはない。それでもピックガードは普通にある。

「ヴィンテージのマーティンD-45、死蔵しておくのはもったいないでしょ」

「……言っておくけどこれ、新品よりも高いんだぞ」

 遺産相続の時は、上手く誤魔化したものだ。


 ヴィンテージのギターというのは、基本的にヴィンテージだからといっていい音が出るとは限らない。

 むしろペグなどが駄目になっていたり、ピックアップも壊れている場合が多い。

 それでもオリジナルにどこまで近いかが、価値となってしまうのである。

 楽器ではなく芸術品やアイテムのコレクションに近い。

 もちろんヴィンテージでも、再現モデルという意味のヴィンテージは違うが。

 弾けるように修理していると、当然ながらオリジナルパーツは外すこととなる。

 楽器なのに、弾けるように修理すると、価値は安くなってしまう。

 つまるところただのコレクションなのだ。


 だが俊の持っているこれは、本物のヴィンテージであり、同時にちゃんと楽器としてもいい音が鳴る。

 ただのコレクションは、遺産相続の時にかなり処分してしまった。

 市場に流れている同じ品は、コレクションとして700万円ほどの物もある。

 しかしこれはちゃんと保管されて、定期的に弾かれていた。

 楽器として機能するヴィンテージ品が、果たしてどれぐらいの価値があるものか。

 別に俊としては断ってもいいのだが、彼にもそれなりに性格の癖というものがある。

 それは商業音楽が嫌いという、芸術家にはあるだろうものであり、そこから使えない楽器に対する憎悪と、楽器は使ってこそという信念が発生する。


 迷いはしたが、結局は貸すことにした。

 どのみち細かい傷自体は、既についているのだ。

 ヴィンテージはそれも含めて、価値が定められる。

「指弾きするから大丈夫」

 そのあたり俊は、特に心配していない。

 楽器を大切にする暁が弾いて傷がつくなら、それはそういう運命なのだろう。




 暁はメイプルカラーの歌を、オリジナルは全て聴いている。

 今のバージョンは全て俊のアレンジが入っているの「あ、このフレーズはあそこからパクったな」と楽しむことが出来る。

 過去に存在するメロティやフレーズだけで、それなりの曲を作ってしまうのが俊だ。

 そしてそれでは足りない、と思っている。

 ノイジーガールは技巧的でありながら、王道のコード進行も使っていて、それでいてPOPSにしっかりと寄った作品であった。

 他の過去にサリエリという名で発表した作品は、統一感がない。

 手探り状態であったため、プログレっぽいのやハードロックっぽいの、メタル系にオルタナ系など、実験的という印象だ。


 バックボーンの広さは感じさせるが、これはボカロPに特定の個性を求めるリスナーからは、それはなかなか受けないだろうなと思ったのも確かだ。

 暁自身はアレンジはしても、一から作曲などはしない。

 ただ俊が苦しんでいるのは分かる。

 そしてその苦しみというか試行錯誤の結果が、まずノイジーガールであると思うのだ。

(作曲家としての才能はあると思うけどなあ)

 暁はそう思うが、おそらく俊は自身に対する要求水準が高すぎるのだ。

 だからといって彩に言った、インプットうんぬんは変な感じだと思うが。


 レッスンスタジオにやってきた暁は、メイプルカラーのメンバーからは歓迎された。

「ミキは友達いなかったもんね……」

 ルリがナチュラルにひどいことを言っているが、確かに月子はアルバイト先の弁当工場でも、仲のいい人間を作れていない。

 ただ暁としては、月子のことは単純に友達とは思っていない。

 自分にも友達はほぼいないが、月子は少し年上ということもあるが、もっと適当な言い方があると思う。


 仲間、であろうか。確かにバンドメンバーなので、それは間違っていない。

 ただ演奏をしている時などは、共鳴し合いながらも、お互いを支配下に置こうという音になったりもする。

 そういった人間関係は、ライバルではないのだろうか。

 しかしお互いを必要としあっているのも間違いない。


 暁がいつもとは違う、アコースティックギターを取り出す。

「アコギなんだ?」

「レスポールで伴奏をすると、ちょっと歌に合わないと思ったし」

 しっとりと演奏するなら、アコースティックギターに限る。

 あとは、暁はしていないが作曲などは、アコギを使う作曲家が多いとも言われる。

 とにかく今日の練習は、この伴奏が付いてくる。




 メイプルカラーのメンバーは、あのライブを見ていた。

 月子の歌が大きく響いていたが、それとは別にギターもソロパートなどはひどく目立っていた。

 話し始める前から、ギターを触っていたという暁。

 それは間違いなく英才教育ではある。

 ただ本人としては、教えてもらったというイメージはない。

 弾けない場所があれば、自分から教わりにはいったが。


 あれがロックバンドの本気のライブなのか、とメイプルカラーのメンバーは思った。

 ただあのライブはSNSなどで少し調べたら、ちょっと普通ではないというのも分かる。

 たった一回であるが、圧倒されてしまった。

 そしてあれ以降、月子の歌はより力強くなっている。

 それでいてどこか弱さというか危うさもある。

 要するに表現力が強くなっているのだ。


 暁は個人的な好みとしては、エレキギターの人工的な音が好きだ。

 人間がどうやって音を鳴らすか、という表現力では、エフェクターも使えるエレキの方が幅は広い。

 だがアコギの音も、もちろん嫌いなわけではない。

 家にいる時なども、テレビで流れている曲を、父のアコギで耳コピしたりすることが多い。


 そしてメイプルカラーの楽曲にも、アコギであればしっかりと合わせられる。

 その響きにはレスポールにはなかった、歌を柔らかく包み込むというものがあった。

 メイプルカラーの曲以外に、次にアイドルのカバー曲も、一度聞けばだいたい弾ける。

 こういうものが、一般人には天才に思えるらしいが、こういったものは蓄積なのだ。

 似たフレーズというものは、どうしても出てくるものだ。

 そこを弾きなれていれば、普通に似たものも弾ける。

 

 俊のアレンジで歌った時も思ったが、優れたミュージシャンというのは、本当にパフォーマンスを底上げしてくれる。

 暁のギターの音は、どこか切ない。

 あのライブで聴いたイメージでは、ロビンソンが美しいものであったが、こういった切なさはなかった。

 ギターでの表現力で、やはり暁は高校生離れしている。

 恋愛などしたことないのに、ラブソングが弾けるのだ。

 ただそれは、似たような感情を持ってくればいいだけである。


 寂しさが、それに近い。

 会えなくて寂しい、もっと一緒にいたい、離れたくない。

 それは暁が、子供の頃からずっと感じていたものだ。

 そのギターに導かれて、メイプルカラーの歌にも感情が溢れる。

 歌というのは本来、そういうものであるのだろう。

 漠然と歌っていたメンバーと、月子との違い。

 それは民謡に溢れている、日本のソウルを体感していたかどうか、という点にあるのだろう。




 メイプルカラーのステージの端っこに、暁は立つことになった。

 正確には椅子に座るので、ステージに上がることになった、というべきであるが。

 ラスト一曲のバラードを、暁のギターで歌って終了。

 特にスポットなども当たらない、地味な扱いでのアイドルステージデビューである。


 そこで後ろから、ステージとお客さんの反応を見る。

 全体を見るとしては、ある意味一番いい場所であったかもしれない。

 子供の頃から暁は、同級生などがアイドルにきゃいきゃい騒ぐことの意味が分からなかった。

 人格の育成過程に、かなりの偏りがあった。

 ギターの上手い男、あるいは女がかっこいい。それが暁の、最初の基準であったのだ。

 さすがに今はそこまで極端ではないが、それでも男や女の顔に興味はない。

 美醜ぐらいはさすがに、世間一般の基準と離れているわけではないが。


 アイドルという存在は大変なんだな、と暁は思うのみである。

 客のほとんどは男であり、女にも人気の女アイドルというのは、幻想なのかとも思う。

 単にメイプルカラーの客層が、そういうものなのであるかもしれないが。

 ただアイドルのライブというものに対する自分の見方は、偏見であるのだろうな、というのは分かった。

 ミュージシャンでもステージパフォーマンスのすごい人間がいる。

 過去の例を挙げても、ビートルズはアイドル的に人気があったし、ジミヘンはライブでギターを燃やした。

 フレディは頭のおかしな白タイツで歌い、アンガスは学校の制服で頭を振ってギターを鳴らす。

 ジム・モリスンなどもステージからものすごい影響力を観衆に与えていたというが、これはちょっと映像ではもう分からない。


 アイドルなんてその旬は短い、と言われるかもしれない。

 だが逆で、短いからこそ価値があるのではないか。

 音楽ではなく、彼女たちが彼女たちであることに価値があり、楽曲はそれを彩る手段の一つでしかない。

 視点の問題であり、暁の価値観からでは無価値でも、そこに価値があると思う人間はいる。

 ただアイドルの将来性は、ちょっと思いつかなかったが。


 結局のところなんとなく理解出来たのは、今の月子にはまだ、この場所が必要なのだろうな、ということであった。

 メイプルカラーのライブの頻度は、自分たちとは比較にならないほど多い。

 これでチェキや物販などから、利益を出す。

 そのためにたくさんのライブが必要で、ステージ経験は月子にとっても、いい経験になっているのだろう。

 それでも思うのは、いずれこちらの世界は、月子を必要としなくなるだろう、という予想だ。

 メイプルカラーのメンバーは、基本的に仲がいい。

 レッスンを見ていても、真剣にやっていることは分かった。

 ただそれだけでは、上に行けないのがこの世界である、という現実がそこにある。




 ステージが終わった。

 頻度が高いため、いちいち打ち上げなどはせずに、後で反省や感想を言い合うだけ。

 そんなわけで月子と暁は、一緒にライブハウスを後にする。

 暁が見上げる月子の顔は、今日のライブにも満足した、というものであると思う。

「どうかした?」

「いや、アイドルはアイドルで大変だなって」

 そもそも完全に、割に合わないものであるのは確かだ。


 世間一般の良く見るアイドルも、それほどの活躍期間はなく、バラエティに行っているような気がする。

 断言できないのは、暁が本当にアイドルに対して興味がなかったからだ。

 芸能界としては、父の背中越しに見えている世界がある。

 父と同じバンドを構成していた者で、まだ芸能界にいるのは父だけだ。

 あとは楽器などの講師になったり、稼いだ金で店をやったりしている。


 月子は不器用な人間だ。

 暁は自分もそういう人間だという自覚があるが、月子ほどではない。

 何か言うべきかな、と思っていたところに背後から声がかかる。

「ちょっとごめんなさい、メイプルカラーのミキさんよね?」

 ややラフな感じだが、カジュアルスーツを着た女性が、そこにいた。

「私、こういう者ですけど、ちょっとお話出来ません?」

 彼女の差し出した名刺は、芸能事務所のものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る