第31話 セカンドライブへ

 ノイズはネットにおいてもライブハウスにおいても、鮮烈なデビューを果たすことが出来た。

 だがそれでも広い視野から見れば、なんだかまた新しい才能が出てきたな、という程度のものなのだ。

 それでも50人程度の、あのライブを直接見た者は、凄いものだったと口コミで伝えていく。

 今の時代は逆にそのささやかな口コミが、ネットによってすぐに虚飾され拡散されていく。

 普通に事実も多く混じっているが。

「乗るしかない、このビッグウェーブに」

 俊はそう言って、二度目のライブの予定を計算する。

 まず月子の予定から、かなり限定されてしまう。

 暁は高校生なので、基本的には時間の問題はない。部活にも入っていないし、友達もいない。

 逆に少し心配になるが。俊でさえ打算的とはいえ、友人はいるのに。


 一番難しいのが、西園である。

 基本的に働いている勤め人ではあるが、ミュージシャンというのはやはり時間も日程も、かなり変則的であるらしい。

 それでも元のバンドにいた頃よりは、ずっと安定しているらしいが。

 ノイズは次は、トリにしてくれとCLIPのマスターからは言われてしまった。

 あんなライブをやってしまったのだから、それは仕方がないだろう。

 順調に人気を獲得しているのに、進む道は全く順調ではない。

 俊としては以前のバンドに比べれば、人気が出ているのが分かるだけ、まだマシとも思えるのだが。


 西園がいつまでも協力してくれると考えてはいけない。

 おそらく彼が考えているのは、未来ある若者を助けるということと、自分が捨ててしまったステージへの郷愁。

 あるいはモチベーションの回復、などがありえるのだろう。

 ドラマーかベースを探さないといけないことは間違いない。

「ドラマーいないかな……」

「なんでだ?」

 無意識の呟きであったが、それに反応する距離に朝倉がいた。


 食堂で片耳にイヤホンを突っ込みながらでは、気づかないのも当然であろう。

「うちのボンならたいがい空いてるぞ」

「いや、それはな」

 朝倉のバンドのドラマーは、あちこちに助っ人として駆り出されることもある。

 当然俊とも顔見知り以上の関係ではあるが、小器用に色々とこなす程度では困るのだ。

 もちろん俊よりはよほど上手いドラマーではある。


 朝倉に事情を話すのは、別に構わないように思える。

 ただこいつの女癖の悪さは、月子や暁には近づけたくない。

 そう考えて俊は、自分が朝倉に対して、あまり寛容ではなくなっているのに気づく。

(なんでだ?)

 こういう時も自己分析を欠かさないのが俊である。

「またバンド組むのか?」

「ドラムとベースで上手いやつがいればな」

「それはいねえだろ」

 朝倉もメンバーチェンジを繰り返しているだけに、そのあたりは難しいと分かっているはずだ。




 バンドが解散したり、あるいはメンバーが抜けるというのは、ごく普通にあることだ。

 そもそも俊自身が抜けているので、そういうものなのだとは分かっている。

 ノイズにしても、究極的には自分には月子は必要だが、暁はそれより優先順位は低いと考えている。

 だがそれでも絶対に手放したくはない、とも思ってしまう。

(ああ、そうか)

 俊が朝倉に対して、寛容さを失った理由。

 それは才能へのリスペクトを感じなくなったからだ。


 別に自分が朝倉よりギターが上手くなったとかではない。

 だがずっと年少であり、それでいて朝倉よりもずっと上手い暁と出会ったことで、朝倉をそのギター技術ごと低く見ることになったのだ。

(傲慢だな)

「メンバーがばらけそうなバンドなら、幾つも知ってるけどな」

 こうやって情報もくれるのだ。

「有名どころだとアトミック・ハートがやばいとか」

「あそこメジャーデビューが決まったんじゃなかったか?」

 ギターとベースが特に上手いバンドで、俊も嫉妬していたぐらいである。

「ギターがちょっと渋ってるらしいな」

「ギターか……」

 メジャーデビューの折にメンバーが変わるというのは、本当に昔からの伝統だ。

 音楽性の違い、レーベルの方向性への反発など、本当に色々な種類でメンバーは変わる。


 ただちょっと意外ではあった。

 あそこのギターは堅実なテクニックを持ちながらも、主張は薄いタイプであったと思ったからだ。

 どのみちギターでは……。

(あいつと比べても、アキの方が上手いな)

 英才教育というか環境のせいと言うか、近隣のバンドのギタリストをざっと見ても、暁より上手い人間が浮かばない。

 女で、まだ未成年であるが、ギターヒーローだ。

 しかもこれまでは好きに一人で弾いていたのが、ここから合わせることを覚えていく。

 月子との相性は、最高すぎて暴走の気配があるが、二人は高めあえる関係だ。


 ドラムとベース。

 せめてどちらかがいれば、リズムキープは出来ると思うのだが。

 このポジションは地味に、埋めるのが難しい。

 自分がベースをするにしても、すると全体を見ることが出来なくて、打ち込みのコントロールをした方がマシとなる。

 西園が都合をつけてくれている間に、やはり抑えることを憶えるべきなのか。

 しかし上手くリズムキープをするのではなく、ブレーキをかけるだけならしたくはない。

 それをやるぐらいなら、俊が苦労をした方がマシだ。

 悩みは尽きない。




 二度目のライブは、CLIPよりも大きなハコに決まった。

 別に大きなハコを求めたわけではないが、それぞれのスケジュールを考えると、他のライブハウスを探した方が良かったのだ。

 その中で選んだのが、マーキュリーという老舗のライブハウス。

 収容は100人とCLIPよりも倍はいて、さらに初めてということでテストもあった。

 これは日中ということもあり、西園は参加出来ない。

 だが暁がさくっと演奏し、月子がさらっと歌っただけで、無事に合格となった。


「新しくバンドを作った、というのとは少し違うのか?」

 機材をしまっている間に、俊に対してマスターが尋ねてくる。

 前に朝倉のバンドで、ここでもライブはしたことがある。

 その時のことを憶えていてくれたらしい。

「ノイズっていうのは、たった一回のライブで随分と知れ渡ったからな」

 本当に今は、情報の拡散が早すぎる。

「それで、本番はやっぱりマスクしてやるのか? ヴィジュアル勝負を嫌うっていうなら、ちょっと意識が無駄に高いと思うぞ」

「いや、単純に彼女、ジャンル違いのとこでも歌ってるんで、正体がバレるのまずいんですよ」

「……音大生か何かか?」

 そう問われても、苦笑するだけの俊である。


 俊としても嬉しさはあるが、同時に怖さも感じている。

 とんとん拍子に行きすぎだ、という感覚もあるのだ。

 もちろん根本的な問題はある。

 当初予定はユニットであったのに、バンドに構成を変えてしまったということだ。

 暁の才能に、目が眩んでしまったと言ってもいい。

 それに悪い方向には行っていないのだ。難しい方向には行っているかもしれないが。


 マーキュリーは基本的にロックバンドが主流で、ある種の硬派さがある。

 そこにメンバーのフロントが女性であるバンドが、どう乗り込むのか。

「まあ全員女のバンドもやったことあるから、それは問題ないと思うが」

 問題はその内容である。

 彼女たちはメジャーに行ったが、それなりに売れてぱっと三年で解散した。

 音楽性の違いが、レーベルや事務所との軋轢となり、嫌になったらしい。


 俊が理想としてしまうのは、ニルヴァーナであろうか。

 当時のロックシーンからすれば、アンダーグラウンドに分類されていたオルタナティブロック。

 その中でも特にグランジと、定義されたロックの形。

 ただあれは、カート・コバーンが天才すぎたというのもあると思う。

 理想と現実、そしてドラッグによる精神状態の悪化により、27歳で自ら命を絶った。

 だがその影響はとてつもなく大きい。


 俊は当初、ニルヴァーナの曲を「普通のいい曲」としか思っていなかった。

 生まれる前に解散しているバンドで、曲数も少ないのである程度は仕方がないのかもしれない。

 ただその後のメンバーの活動や、後の時代のバンドのムーブメントを学んでから聞くと、いかに重要なバンドであるかが分かったものだ。

 このあたり俊が、自分は凡人だと考える所以である。


 インディーズ、アンダーグラウンドのシーンから、メジャーで売れる曲を作る。

 要するに自分たちの音楽性を保ったまま、メジャーに聞かせるというのが俊の目的ではあるのだが、これは相当に難しいと思う。

 またノイジーガールは正統派のハードロックからメタル気味の曲になっているし、アレクサンドライトもPOPSのバラード要素が強い。

 それ以前の曲に関しては、そもそも売れ筋を探ったりネタに走ったりしている。

 そのネタ曲が一番ウケがいいのは、かなり悲しい。




 ライブハウスからの帰り道、三人は話す。

「わたしはいいか悪いか……いや、好きか嫌いかでしか分からないから」

「あたしはどうだろ? 基本的にはハードロックからメタルが好きだけど、ニルヴァーナも嫌いじゃないし」

 ひどく乱暴な分け方になるが、ハードロックを商業的にしたのがヘヴィメタルだ、などとも呼ばれる。

 視覚的なファッション性は、確かにある方向性がある。

 もっともヘヴィメタルの曲を見てみれば、技巧的に優れている曲はたくさんあるのだ。

 ただいわゆるそういった商業路線に対して、オルタナだとかグランジだとか、ガレージロックが純度の高いものとしてカウンターとなったりした。

 そのニルヴァーナがトップを取ってしまうあたり、逆に視聴者の懐の深さではないのだろうか。

「どうなのかなあ。でもBGMにしかならない演奏はしたくないかなあ」

「わたしはBGMみたいに普通に聴ける音楽でもいいと思うけど」

 ここで二人には意見に違いが出る。


 言っていることは違うように思うが、実際は二人の姿勢は同じであったりする。

 月子も暁も、全力投球。

 流すような演奏は、ライブではしないのだ。

 今はそれが問題となっていたりするが。

 練習にしても、合わせるのが出来るようになると、フルパワーで歌い演奏する。

 それでもライブに比べれば、やはり違う。

 ライブは客との戦いのようなものだ。

 熱狂させなければ、陶酔させなければ、ライブをしている意味がない。


 途中で月子は別れて、俊と暁のみとなる。

 この二人になると、会話の内容が一気に60年代から80年代にタイムスリップしてしまうことが多い。

 ただ今日はニルヴァーナとカート・コバーンの影響について話したかった俊であるが、暁が先に話を振ってきた。

「俊さん、ツキちゃんのこと、どうするの?」

「どう、とは?」

「アイドル活動のこと。なんだか最近はそっちも調子が良くなってきてるんでしょ?」

「ただ、先は見えてるかな」

 俊は何度かメイプルカラーのステージを見に行っている。

 そしてその変化は明らかであった。


 そう、先は見えている。

「メイプルカラーにはメジャーに行くポテンシャルはない」

「そうなんだ……」

 グループの歌を歌っている月子は見ているが、ステージは見ていない暁である。

「あたしは実家住まいの高校生だし問題ないけど、ツキちゃんは将来を考えたら、今が大事なんじゃないかな。才能は絶対的にあるけど、ハンデも大きいし」

 確かに月子の才能の絶対値は高いが、ハンデが大きい。

 俊はそこを上手く理解しているが、普通の社会で働くには、かなり難しい障壁だ。


 そのくせ楽譜などは読めるのだから、もう音楽をするしかないだろう、と思わせる存在だ。

「アイドルは月子の夢というか、希望になるのかな。本人が納得するまではやらせるしかないと思う」

「けれど、こっちに注力した方がよくない?」

「言いたいことは分かるが、アイドルはアイドルで、オーディエンスの反応に関しては勉強になると思う」

「俊さん、でもツキちゃんだけが引き抜かれるとか、その可能性は考えてる?」

「それはずっと考えてるけどな」

 メイプルカラーの知名度が高くなってくれば、目をつけられることはある。

 そして月子のルックスや歌唱力を考えれば、純粋なシンガーとしてやらせたいとも思うだろう。


 しかし、おそらくそれは月子が拒否する。

「一人でやるぐらいなら、俺たちとやると思う」

「願望?」

「理解だな」

 実際に、最初に月子を見出したのは俊なのだ。

 そして彼女のために、カバーはアレンジしているし、作曲もしている。

 自分を理解してくれている人間の元で、生きていきたいという精神。

 それは人間として普通のことだ。




 暁の視点からすると、月子は足元の悪い道を渡りながら、こちらにもやってきているというイメージがある。

 アイドルに対する蔑視とまでは言わないが、暁としては月子は、絶対的なボーカリストなのだ。

 声質に加えて声量、表現力などを見ても、普通の存在ではない。

 ただアイドルの方を、一方的に辞めろとは言いたくない。


 アイドルという道は、月子にとっての光明であったとは聞いている。

 月子のハンデは彼女が生きていく上で、とても苦しいものであった。

 ただ生きるということが、月子には難しかったのだ。

 それでも一人で東京に来て、そして場所を得た。

 今はもう一つの場所があるのだから、一方に全力を注ぐべきでは、などと暁は思う。


 ただ俊の考えは、暁にも分からない。

 月子の判断を尊重しているように見えるが、もうちょっとこう、月子のような可愛い女の子には、優しくしてもいいのでは、などと思ったりするのだ。

 そこで冷静に考えているらしいのが、俊という人間っぽいと最近は分かってきたのだが。

(あたしが何かするべきなのかな)

 同性でなければ分からないことはあるし、俊はどうも女性に対して冷たいというか、少なくとも甘くはないイメージがある。

 あの彩とのやり取りを見ても、何かコンプレックスのようなものがあるのでは、と思うのだ。

(けれど、全部考えすぎかもしれない)

 これは一度、相談してみるべきことだろう。

 父ではなく、将来的には母と呼ぶことになるかもしれない人に。

 そして月子の、アイドルとしての姿も見て聞いておきたい。


 ここまではずっと、自分とギターの世界が中心であった。

 しかしその中に、俊と月子が入ってきている。

 暁もまた、その変化の時期に入ってきていた。

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