第24話 マネジメント
才能は枯れることがあるのか。
日本の音楽シーンを見た場合、多くのミュージシャンは三年ももてば充分ではないか、と思える。
一発屋もいるし、その一発で延々と歌っているミュージシャンもいる。
ミュージックシーンの変化に、ついていけないということなのだろうか。
あるいは新陳代謝として、人気バンドが変わっていくのは健康であるのかもしれない。
まあ国内を見ただけでも、それこそスピッツは20年以上ヒットを飛ばしている。
だがそれでもシングルを長く出さない期間があったり、ずっとトップを走っていたというわけではない。むしろ先頭から二番手あたりを、ずっと走っていたというのが俊の抱くイメージだ。
(ビートルズはメジャーで八年、アメリカ上陸から解散までなら六年、ツェッペリンは事故もあったけど12年)
その中でセックスピストルズなどは極端に短かったが、歴史的な意義は大きかった。
あるいはそれ以上の影響を、ちゃんと音楽性として残したのはニルヴァーナであろうか。
カート・コバーンがメジャーシーンで活躍したのは四年もなく、しかし短かったからこそあそこまで神格化されたのか、とも思う。
昔のロックスターは早死にが多いが、それによって神格化されたというのは多いと思う。
シド・ビシャスなどはその一番典型的な例であろう、とも。
だがどのみち、一度は売れなければ、神格化されない。
ジャンルは違うが、ゴッホや宮沢賢治という例もないではないが。
他には音楽なら、クラシックのシューベルトがその例であろうか。
(ジミヘンは本気で訳が分からんが)
生きている間の、ほんの数年間で音楽を変えて、いまだによく分からない。
同じギタリストの暁がどう思っているのか、もうちょっと話してみたいな、と俊は思う。
そんな俊はステージパフォーマンスについても、色々と考えていた。
自分はおそらく、あの二人の暴走を止めるために、精一杯になるであろう。
曲の構成に加えて、他にも考えなくてはいけない。
それは自分たちが、どういうスタイルで音楽をやるか、ということだ。
暁の存在に月子が充分についていけるところから、ロックの系統であることは間違いない。
ただロックというものは、広大な範囲を含むのだ。
愛すべき白タイツの変態もまた、間違いなくロックである。
……ロックスターは変人や変態が多すぎるという大前提はあるが。
形から入るべきではないだろうな、という程度のことは分かる。
幸いと言うべきか、月子はボーカリストとしての才能だけではなく、美貌も備えている。
会話をさせるとちょっと、残念なところが出てしまうが。
正統派の衣装で歌ってもらえばいい。アイドルのようなスカートは論外だ。
(母さんの衣装が丁度合うぐらいか)
体格もほぼ同じぐらいだと思う。
わずかな調整であれば、一日でやってもらえるあてはある。
俊自身は、ジャケットを羽織った感じでカジュアルでもややフォーマルな印象にしたい。
念のためにサングラスでもして、注目度は下げておきたい。髪型も変えればいいだろう。
どのみちほとんどのオーディエンスは、あの二人に目を向けるだろうが。
(誰が味方で誰が敵か)
あるいは利益をもたらすか、不利益をもたらすか。
俊の父親のような成功者は、自然と敵を作っている。それは味方の数より多いと思っていい。
そして本来なら味方になってくれるような存在も、敵対しなければいけなかったりする。
暗い考えを振り切って、暁のことを考える。
彼女は激しい曲を弾いても穏やかな曲を弾いても、その性質は基本的には活発なものだ。
オルタナ系の曲は試していないが、果たして出来るものなのかどうか。
そんな彼女に、どういう衣装を着てもらうか。
(制服はまずいだろうし、いっそワンピースのスカートでも着てもらえばギャップ萌えがあるかな)
まあこのあたりは本人たちと話すべきことだ。
俊はとりあえず、このライブが赤字にならないように考える。
いや、包括的に見れば、間違いなく赤字になるのだろうが。
チケットノルマに関しては、暁が父親の関係から、何枚か買ってくれた。
月子の方でも捌けてしまったのは、いいことなのか悪いことなのか。
俊の場合、大学の交友関係で、チケットを捌くわけにはいかない。それでは自分がサーフェスではなくサリエリとばれてしまうからだ。
ただ三万のフォロワーがいるサリエリが作った、ノイズというユニットのフォロワーは、もう軽く3000人を超えている。
この中から、ライブハウスデビューを見たいという人間が、何人かはいるだろう。
実際にSNSも使って募集してみれば、すぐに集まった。
さすがに東京近郊の人間ばかりだろうから、少しは心配もしていたのだが。
チケットは捌けたが、それでもまだ諸々は赤字である。
最初のライブで、全部捌けたという時点で奇跡的なことなのだが。
月子のボーカル目当て、というのがおそらくは多いのだろう。
(物販も何か作りたいよなあ)
CDのプレスなどもしてみたいし、機材は大学のものを使える。
高い授業料を払っているが、レコーディングといいかなりの元を取ってはいる。
「しかし……ライブか……」
二人がやりたがっていてモチベーションにつながるから、やらざるをえない。
だがこのタイミングでか、という思いはある。
「メジャーに行けないバンドが多い理由が分かる気がするな」
ひらひらと一枚のチケットを揺らしながら、俊は今後の展開を考えていた。
道はまだいくつかに分かれている。
だが進めば進むほど、分岐点は少なくなっていく。
代わりに、道は太くなっていく。
しかし足元を掬おうとしてくる者が出てくる。
(父さんは……いや、今はいい)
喫茶店の中、ノートPCを開いて作業をしていた俊は、待ち合わせをしていた相手の姿を認めた。
「待たせたかな」
「いえ、お忙しいところすみません」
「会社経営なんてのは、いかに社長がいなくても回らなくすることが重要でね。君の方が忙しいんじゃないかな?」
向井の言ったとおり、確かに俊は忙しい。
だがやっておくべきことは、順調に推移していっている。
用意していたチケットを、向井に見せる。
「見に来られるなら、差し上げます」
「いや、日程に問題はないし、買うよ」
「……そうですか」
この、自分の倍ほども生きている男性は、間違いのない成功者である。今の時点では。
そして実質的な、月子の保護者。
次の初ライブは、月子の転機になる可能性が高い。
そしてそこからは、元の道に戻ることは出来ないであろう。
向井は少なくとも分かっている。そもそも彼は、メイプルカラーがただの部活の延長のような存在だと、俊にも話していた。
そこから卒業する者がいるなら、それは仕方がないことだと。
ただ月子がいなくなったら、メイプルカラーは元のように戻れるのか。
一度は人気を伸ばし、動員がかなり増えてきた。
月子の歌によって。
彼は無理だ、と考えているのではないだろうか。
単純にまた一人、メンバーを入れればいいというわけではない。
ライブが成功したとしたら、むしろそれがメイプルカラー解散の引き金になるかもしれない。
だがそれが、自然の流れだとも思える。
誰もがやがては、地に足をつけて歩いていかないといけないのだから。
「あたしはあえて普段着でいこうかと」
「普段着の定義にもよるが、どういった感じになるんだ?」
「ワンピースの普通の女の子が、ガンガンギターを鳴らすという感じで」
「う~ん……」
それは確かに、ギャップが強烈だとは思う。
「普段着ならTシャツにジーンズとかの方がいいんじゃないか? ロックなんだし」
「そういう服も持ってはいるけど……」
「それにちょっとスカートだと、ギターの取り回しがわるくならないか?」
「う~ん……」
正直なところ、暴走状態になった暁は、アンガス・ヤングに似ている。
あのファッションセンスも、よく分からないところがある。
俊は常識的な人間なので。
月子の衣装については、俊のアイデアで全面的に完成した。
インパクトのあるもので、ちょっと仕掛けは必要だが、難しいものではない。
こうやって練習の休憩中に、アイデアを固めているというわけだ。
「ツキちゃんが一見フォーマルで、俊さんがノータイジャケット、それであたしがジーンズと」
「三曲目まではな」
何度か練習をしている間に、俊と月子は暁の困った習性を知ってしまった。
それについてもまあ、解決策は考えたが。
白地のバンドTシャツというのを、暁はいくつも持っている。
あまり過激なパフォーマンスをするつもりはないが、暁は暴走しやすい自分を発見している。
アクセルは強烈であるが、ブレーキがかかりにくい。
まるでレース用の機械のように、自然の減速を待つしかない。
今まではそんなことはなかったのは、セッションしてきた相手が、全て父の知り合いばかりであったからだろう。
要するにプロで、それぐらいのパワーがないと暁を止めることが出来ない。
月子は一緒に暴走してしまうし。
この二人を制御しようと思ったら、やはりリズム班が必要となるだろう。
ただしプロレベルの腕を持っていないといけない。
それに満たないなら、俊がやったように引きずられるだけである。
(女の子じゃ無理だろうな)
偏見というわけではなく、パワーが足りないだろう。
あとは俊としても、自分一人が男というのは、どうにも座りが悪い。
するとある程度キャリアがあって、デビュー前あたりで音楽性の違いなどで分裂。
女癖の悪くないドラマー。あるいはベーシスト。
(そんな都合のいいもん、どこにいるんだ)
ただ前と違って、女子が二人いるため、警戒と言うか注意は少し薄れている。
「そのうちセーラー服で弾いてみたらいいんじゃない?」
「いやいや、ライブハウスでそんなことやったら問題でしょ」
月子がいい加減なことを言って、暁が苦笑している。
「学校の文化祭とかは?」
「……ぼっちのあたしに誰と組めと?」
悲しい存在である。
「高校を卒業してから、セーラー服で弾いたらいいんじゃないのか?」
適当に言った俊に対して、二人が思った以上に引いていたので、慌てて釈明したりもした。
どうにか客の前で披露するのに、問題はないだろうというところまでは完成度を上げてきた。
だが本番でどうなるのかは、やってみないと分からない。
暁のテンポアップの性癖も、それなりの解決法が見つかりはした。
ただリズム班が打ち込みなので、キーボードを操作しながら、そちらも調整しないといけない俊は大変である。
学校とアルバイトと、様々な手続きまで一人で行っている。
そして作曲も少しずつやっていくのだが、さすがに手が足りない。
「アキ、ちょっと楽器の調整やってくれ」
なのでさすがに、他の人間に頼めるものは頼む。
「楽器の調整?」
「主にギターだけど」
そう言って俊は、レッスンスタジオになっている場所の奥から楽器ケースを持ち出す。
ガレージからつながっているもう一つの入り口は、最初はグランドピアノを持ち込むために使ったものだ。
その横の保管倉庫とでもいうところには、ギターにベース、ドラムやヴァイオリンなどが眠っている。
普段は俊がある程度鳴らして、楽器が腐らないようにしている。
楽器は基本的に、弾かないと腐っていくというか、ねじれたり反ったりしていくのだ。
「すごい量」
「これでも親父が死んだときに、相続税払うために、かなり手放したんだけどな。たとえば本物のジミヘンが使ってたギターとか」
「ホワッ!?」
「使ったことがあるっていうだけで、愛用のギターとかじゃないけど」
「ジミヘンの……」
「わたしも鳴らすの?」
「むしろ普通に右利きだから、三味線の延長で使えないか?」
月子にも同じように頼む。
ジミヘンは右利き用のギターに、弦を逆に張って左利き用に無理やり変えて使っていた。
ちなみに他の左利きは、普通に左利き用のギターを使っている場合がほとんどだろう。
ただポール・マッカートニーは左利きのくせに、右でもある程度弾けるらしいが。
将来的に暁に出会うことが分かっていたなら、保管しておいても良かったかもしれない。
右利き用のギターを、暁が左で使うならばだが。
だがジミヘンが使ったことがあるというだけで、あれは随分といい値段がついたものだ。
本人のサインがあった、というのが大きな理由だが。
弾いてみたところ、特別に優れたところのない、60年代のストラトであった。
暁は今のところ、品質が妙に高いレスポール・スペシャルを使っている。
エフェクターで音を作れば、それで充分というのが彼女の弾き方だ。
だがやがて、それでは出せない音が出てくるかもしれない。
その時には、ここに眠るヴィンテージを左用に弦を張り替えて、使っていく必要があるかもしれない。
「なんかシリアルナンバーがやばそうなレスポールがあるうう!」
俊が手放したのは、文化的な価値があるという楽器。
単純に音のいいヴィンテージは、出来るだけ手放さないようにしたものだ。
つまりここは、楽器を扱う多くの者にとって、お宝の山であるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます