第18話 ギターと孤独と蒼い惑星
音楽の本質とは何か、俊は考えることがある。
おそらくこんなことを考えないまま、好き放題に演奏し、好き放題に歌う方が、その本質には迫るのだろうな、とも思いながら。
人によって様々な答えがあって、それをいちいち適切なものであるかなど考える方がおかしい。
ただその一つに、間違いなく熱狂というものはあるだろう。
朝倉のバンドなどは、ハードロックのバンドをカバーしながらも、基本はメタル寄りの曲を演奏することが多い。
リーダーである朝倉の性格が反映されてか、プログレの系統にはあまり興味がない。
ヘビーメタル、スピードメタルなど、ギターをはじめとする楽器演奏の技術を重視し、あまり退廃的な要素がある曲はやらないのだ。
ノリが一番重要なのだ、と朝倉は言っていた。
ライブバンドは確かに、それが一番なのかなと、俊も思っている。
ただ月子の声は一応、バラードに向いているのは確かだ。
それはこれまでのカバー曲に対する、視聴者の反応でも分かっている。
もちろん楽曲自体の力の差、というのもあるだろう。
しかし俊は、月子と同じような曲をカバーしている、他の歌い手についても比較して判断している。
ノイジーガールだけは、テンポは早いが月子の歌も聞かせることが出来る、上手い作り方になっている。
実はこれは、カラオケでもそれなりに歌いやすい曲なのだ。
ただし歌いやすいだけに、実力差は明らかになる。
聞かせるだけではなく、歌わせる。
これを俊は狙っていた。
(けれどこのタイミングでライブをやるのか……)
まだ早いのではないか、というのが常識的な判断。
しかしそれと同じぐらい、今が大事とも思うのだ。
ライブ経験はここのところ、ヘルプで入っているばかりの俊である。
なのでここは、他人の意見も聞いてみる。
「ライブをするべきかどうかって、そりゃ目的次第だろ」
岡町としてはそう言うしかない。
元々彼は、仲間たちとライブハウスから成り上がった世代である。
しかし今の時勢を分かっていないわけでもない。
ライブ活動というのは、とにかく金がかかるのだ。
そして今は音楽を広めるだけなら、ネットによる配信がある。
俊のノイズは、一発目で大きな成功を収めた。
固定ファンになるかどうかは、二曲目が重要であろう。
だがそれとは別に、月子の実力はカバー曲で衆知させていっている。
「ただ本当の、なんていうのかな、あのオーディエンスと一体になったような無敵感は、ライブじゃないと味わえないだろうな」
「それは分かるんだけど、それが今のこのタイミングでいいのかな、と」
「俊、万全の準備なんか整えてたら、あっという間におっさんだぞ」
俊の弱点というか欠点は、この慎重すぎるところだ。
もちろん俊からすると、月子のメンタルに対する心配もあるのだが。
あとは致命的に、足りていない部分もあるのだ。
「それはそうだけど、ある程度の打ち込みと、俺のリアルタイム演奏を重ねて歌わせてみたんだけど、上手く合わなかったんだよなあ」
「そうなのか?」
「致命的に演奏のパワーが足りてない」
正確には普通に、月子は歌っていたのだ。
だが演奏のパワーに、合わせてしまっていた。
レコーディングの時のような、えげつないパワーを感じさせなかった。
考えてみればメイプルカラーのステージでも、いまだにかなり月子は、周囲のレベルに合わせているところがある。
「強烈な生音の伴奏が必要なんだと思う」
「朝倉のバンドとセッションしてみたりするのはどうなんだ?」
「それはいくつか問題が……」
一つには朝倉には自分がサリエリという、内緒のチャンネルをもう一つ持っていることを教えていないことだ。
もう一つは朝倉の、女癖の悪さにある。
それでも一度セッションするだけなら、あのバンドの演奏力は、それなりに高いとは思う。
「ほしいのはギターなのか?」
「まあ、そうかなあ。少なくともプロ並に上手くて、女癖が悪くなくて、出来れば継続して参加してくれそうなギター」
「そんなもんいるわけが……」
否定しかけて岡町は、条件をぴったりと満たしている人物を思い出した。
つい先日、そのことについて古くからの仲間から、相談を受けたのだ。
「いるぞ。というか、お前も何度か会ったことはあるんだが」
「プロでなくて、プロ並に上手くて、俺も何度か会ったことがある?」
「会ってみるか?」
「それは、まあそんな人間がいるなら」
俊としてはそう言うしかないが、本当にそんな者がいるのかは疑問であった。
「名前は?」
「安藤暁(あきら)」
その名前というか、名字の方には確かに、俊も記憶中枢を刺激された。
俊の言葉から月子は、不安な要素を感じていた。
元々人生が上手く行くことが少ないので、最悪を想定しておくことには慣れている。
スタジオで実際に合わせてみたとき、確かにしっくりとしない何かを感じはしたのだ。
レコーディングなら何度も繰り返せたが、ライブではそうはいかない。
またチケットノルマなども言われると、貧乏生活の月子としては、ためらうところがある。
俊とはまた違った、リアルな生活上の理由から、月子は安全策を取るしかない。
メイプルカラーの場合は、チケットノルマなどがないため、それだけでも助かっている。
もっとも、社長の向井の半ば趣味なので、金をかけられることもあまりないが。
それでも自分は何かをやっている、という気にはなれた。
俊と共に歩む道は、手を引かれているにも関わらず、一歩間違うと転びそうな、不安感に支配されている。
成功への道に近づいているはずなのに、どんどんと道は険しくなる。
ただそれは当たり前の話である。
地下アイドルになるのは、事務所にもよるがそれなりに簡単だ。
スポンサーが一人、道楽でやっていればそれで成立する。
ただこれは、そのスポンサーがこけたら、それで終わりということでもある。
そんな俊が、やっと話を持ってきた。
ギタリストに会うか、という話であった。
「メンバーを増やすの?」
「この間、歌ってみてバックが薄っぺらいとは思っただろ?」
「それは確かに……」
レコーディングならミックスからマスタリングの作業で、強い音を作って歌に合わせていける。
だがライブだとそれでは上手くいかない。
ただ月子はそれを聞いても、首を傾げるところであるのだ。
「でもこの間、俊さんもギター弾いたよね?」
「俺のギターは下手じゃない程度だからな」
どうしようもない時の穴埋め、という程度にしか俊は思っていない。
それにあの、夢の中で聞いた完成版のノイジーガール。
強烈なギターイントロとリフ、そしてソロが必要になっていたものだ。
俊の中の理想の姿であると思う。
技術的にも確かに難しいが、それ以上にアレは、夢の中だけにフィーリングを強く感じた。
普通の人間が、弾けるというものではないと思う。なんならプロでさえ、特別のステージでテンションが高くないと無理なような。
正直に言えば、今の月子の歌でも、あのイメージにはまだ遠い。
ともあれ二人は日程を調整し、岡町推薦のギタリストと会うことにした。
「で、経歴とかは?」
「俺の親父やオカちゃんの友人の子供で、今年高校生になったばかりらしいんだけど」
「こうこうせい~?」
月子の反応は理解出来る。
「子供の頃からギターは弾いてたんだけど、さすがに他の人ともセッションしてみたくなって、高校の軽音部に入ったらしい。それであまりのレベルの差に耐えられず、すぐに退部と」
「え~、レベル違うのとかはあるかもしれないけど、高校生でそんなこと言う? 言っちゃう? 協調性ないんじゃない?」
「どうだろうなあ」
そこは確かに、俊としても不安なところなのだ。
ユニットと言うよりはもう、バンドに近くなってきている。バンドは音楽性もだが、人間関係も破綻の原因となる。
「他に特徴とかは?」
「ああ、母親がフランス系カナダ人で、髪が赤茶色だったかな」
「うわ、そういうのも悪目立ちしそう」
実際に悪目立ちしていた月子としては、会う前から変な印象が出来ていた。
それはむしろ共感という、いい方向のものであったが。
約束していた大学のレッスンスタジオには、二人の方が早く到着した。
実際に音を聞いてみて、それからが最終判断だ。
それに高校生というのが、活動の障害になる可能性もある。
「まあ最悪、ライブ一回だけ参加っていう選択もあるしな」
「それじゃちょっと不誠実じゃない?」
そんなことを話していたところへ、ドアが開いて岡町が顔を見せる。
「お、先に来てたか」
その肩越しに、ギターケースの先が見えた。
「俊も久しぶりだよな。憶えてるかなあ」
ひょっこりと顔を出したのは、確かに赤茶けた髪の持ち主ではある。
「え……女の子?」
思わず呟いた月子であるが、これは無理もないであろう。
セーラー服を着た、中学生ぐらいにしか見えない、ポニーテールのクセっ毛の女の子。
そういえばアキラという名前なら女でもいるのか、と月子はとにかく意外であった。
「俊は憶えてるよな、暁ちゃん。暁ちゃん、こっちは俊とユニットを組んでる、久遠寺月子さん」
「初めまして。ユニットではルナと名乗ってます」
「安藤暁です。男と間違われやすいので、アキと呼んでください」
そう言った暁は背中にギターのセミハードケースを背負い、手にはおそらく機材の入ったバッグをぶら下げている。
(自分で音作りまでやってるタイプか? それにあのケースはひょっとして)
俊はただの挨拶の間に、暁をしっかりと観察していた。
人は見かけによらない、と言われている。
彼女の父親はバンド解散の後もスタジオミュージシャンをしていて、その影響で子供の頃からギターを弾いていた、というのも聞いている。
だがどれだけ弾けるのかは、そういった経歴や環境から生まれるものではない。
「えっと、お二人でバンドをしていると? メンバー集めの途中ではなく?」
「一応今はユニットだね。ボーカルの彼女と、作詞作曲に打ち込みの俺。演奏は一応、キーボードを担当することが多いけど」
そう説明すると、暁は岡町の方にぐるりと首を向ける。
「オカさん、あたしのやりたいの、ロックバンドって言いましたよね?」
「ロックもやるぞ」
そもそもノイジーガールが、完成形であるとオルタナとメタル要素を含む曲になるのだ。
「ロックって片手間にやるものじゃないと思う……」
また拗らせたことを言う暁だが、岡町がその肩をポンポンと叩く。
「まあセッションしてみたら分かるさ。とりあえず何か弾いてやってくれ」
気が進まない、とそのまま表情が物語っていたが、暁はバッグを降ろした。
ギターケースの形から、俊は暁の使うギターには、ある程度あたりをつけていた。
(このサイズのセミハードケースだと、ギブソン系なんだろうけど)
あとはその種類だが、さすがに本家ではなく、コピーだろうと思っていた。
(SGかな? エピフォンの可能性もあるか)
しかしケースから出てきたヘッドには、間違いなくギブソンのロゴがある。
そこからさらに俊を驚かせたのは、主に二つ。
「レスポール・スペシャルで、しかもレフティ?」
色は鮮やかなTVイエロー。
こんな意外なギターを、メインで使っているというのか。いや、それよりも左利きである。
「珍しいギターなの?」
月子の言葉に、説明の必要があるか、と俊は向き直る。
ただ基本的に月子は、ギターの種類になどは無知である。また憶えようともしない。
基本的に月子は、文章で説明されること全般が、記憶するのは苦手であるのだ。無知と言うよりは知識を手軽に手に入れることが難しいのだ。
今では説明動画などで、昔に比べればまだ易しくなってきたが。
ただこの珍しいギターについては、俊も興味があった。
「まず左利き用のギターという時点で珍しい」
「あ、そういえばそうなの」
「ギターの神様ジミヘンは、右利き用に逆に弦を張って、左で弾いてましたけどね」
暁はそう言うが、あの変態はいくら神でも基準にしてはいけない。加えて俊が説明する。
「ギター全体が右利きに合わせて量産されてるから、左利きの人間でも、ギターだけは右利きにすることが多いんだ。逆に野球なんかだと、ピッチャーは左の方が有利だから、投げるのだけ左に矯正したりする」
「あれ? 全体的に右利きが多いから、野球もやっぱり右の方が教える方も簡単なんじゃないの?」
「どうなんだろうな? 多分右利きのピッチャーが多い中、左のピッチャーが出てきたら打ちにくいとか、そういう理由じゃないかな。ちょっと前に両利きのピッチャーが話題になってたし」
野球は詳しくない俊であり、このあたりは説明の仕方が違うな、とも思った。
単純に、作っているギターが右利きの方が多い。
だから左利きでも、最初から右利きのギターを使っていれば、自然とそちらに慣れる。
わざわざ左利きのギターを使うというのは、あまり利点がない。もしも故障したりしても、周囲には右利きばかりであるから、貸してもらうのも難しい。
「恥ずかしながらうちのお父さんが、ジミヘンに憧れて左でギターを始めた変な人で……」
「あ~……分からないでもない」
左利きというだけで、何か特別感はある。そういえば安藤さんは左で弾いてたよな、と俊も思い出す。
「お父さんのギターばかり弾いてたら、それはもう左利きを弾くようになるのは当たり前で」
「じゃあ本当は右利きなのかな?」
「ううん、元々左利きだったと思う。物心が付く前から弾いてたから、よく分からないですけど」
なんというか、変なギタリストではある。
持ってきていたエフェクターボードをアンプにつなぐ。
マルチエフェクターが一つに、複数の特化タイプ。そしてワウペダル。
「これも全部自分で?」
「他に誰にやってもらうの?」
ちょっと無神経な俊の質問にも、あっさりと暁は応じる。
ガチでやっているのは分かった。
女子高生だから、という色眼鏡では見るべきではないだろう。
チューニングのために軽く弦を鳴らすその様子だけで、こいつは上手いなというのが分かる。
(上手いギタリストに特有の空気を持ってるけど、何かまだ違う)
そもそも俊の知識からすると、使っているギターが本家ギブソンのレスポールでありながら、わざわざスペシャルを選んでいるというのが、よく意味が分からないというのもある。
(普通はカスタムかスタンダードだけど、値段が違うんだったか?)
また、確かスペシャルはその二つに比べると、基本的に軽い個体だと聞いたことはある。
セッティングが終わり、ギターを下げる暁。
その姿は妙にしっくりとくる。
「適当に何か、弾いてくれるかな?」
「ん~、じゃあ定番のを」
そしてピックを取り出したわけだが。
「あれ?」
「コイン? ブライアン・メイリスペクトか?」
「さすがに左用のレッドスペシャルは手に入らないけど。普通のピックも使うよ」
レフティのレッドスペシャルコピーなど、確か世界に一つもないはずだ。
しかし使うのが五円玉なのは、なにか他に特別な意味があるのか。
ただピックガードの傷が多いように見えた理由は分かった。
そして演奏が開始される。
最初のフレーズだけで、もちろん俊は気づく。
「レスポールなのにパープル・ヘイズ弾くのかよ……」
まあ冒頭の部分なら、普通に弾けなくはないのだが。
「なんだか不協和音に近い音じゃない?」
ひそひそと月子が囁いてくるが、その気持ちは分かる。
特徴的なイントロを弾き終えると、そのまま次の曲へ移行する。
デッデッデー
デッデッデデー
「あ、これは知ってる」
「スモーク・オン・ザ・ウォーターだな」
世界で五指に入るぐらいには、有名なギターリフではなかろうか。
そこでまた、曲が変わる。
「これも聞いたことあるような」
「BACK in BLACKだ。まあこれも有名な曲ではあるんだが」
ここまで聞いていて、俊は巨大な違和感を覚えている。
この音は本当に、レスポール・スペシャルなのか?
エフェクターによって音を変えることは、確かに出来る。
だがそもそもの音が、随分と太く感じるのだ。
それにしても、ものすごく簡単そうにギターを弾く。
選曲はハードロックばかりで、60年代から70年代の曲。
(高校生男子ならともかく、女子でこんな拗らせ方をしてるとは)
父親の影響が大きいのだろうが。
ともあれ、かなり弾けるのは間違いない。
単純に弾けるというだけではなく、エフェクターでの音作りからしてしっかりしている。
「じゃあ指も暖まったし」
そう言った暁は、軽く指をわきわきと動かした。
「インスト曲いきます」
そして簡単そうに、簡単ではない曲を弾き出した。
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