第16話 ノイジーガール!
チャンネル開設三日目。
この日も三曲を公開し、評価は上々。
固定のファンも付いて、キタ━━(゚∀゚)━━ !! だのという顔文字を貼り付けていったりする。
ネット界隈ではやはりTell Your Worldの人気が高いらしい。
10年以上も前となれば、俊もまだボカロには手を出しておらず、黎明期は終わっていたものの、今ほどの盛り上がりはなかった時代……というわけでもない。
実はボカロの世界は何度かの隆盛と衰退を繰り返しており、これが発表された時はまさに最盛期であったそうな。
当初のカバーとして予定されていたモザイクロールなどは、これよりもさらに古い2010年の発表作。
俊としてはずっと右肩上がりだと思っていたボカロの世界が、一時的に衰退していた時期があったというのは、調べていて驚いたものだ。
そもそもTell Your Worldは確かにボーカロイドの曲ではあるが、作成したのはCMに使われるということが決まっていて、一般曲に近い扱いである。
2012年頃が最初のボカロの最盛期というのだから、栄枯衰退とは不思議なものだ。
これはボカロの戦場が移行していったことや、また短い切り抜き動画の誕生も影響している。
曲自体はハイトーンが見事に活かせる曲であり、テンポはそれなりに早いリズムを叩くが、歌自体は高音の伸びが重視される。
月子の特性を充分に活かせる選曲である、とは間違いなく言えた。
他の二曲は、ガーネットとフレンズ。
ガーネットはそのままで月子の歌とマッチしたが、フレンズはアレンジが必要であった。
BPMを落としてバラードの印象を強くする。
リズム自体も音を減らして、より歌だけが目立つようにするアレンジ。
アレンジをそう簡単に出来るだけで、充分に才能があるように思えるが、これは勉強と経験がものを言うだけである。
実際に俊の知り合いには、ピアノアレンジだけならば、自分よりよほど上手い人間がいたりするのだ。
ただ確かに総合的に見れば、プロでも俊ほど器用な人間は、少ないかもしれない。
俊はユーティリティプレイヤーなのだ。
作曲や作詞に、アレンジまでやってしまえる。
楽器はギターにベース、キーボードを含むピアノ、ドラムを多少にヴァイオリンをそれなり。
凡人は凡人なりに、その教養の幅の広さで、技術を増やしていくのだ。
どれもが中途半端だが、やりたいことをやっていたらこうなったわけで、仕方がないと言うしかない。
ここまで反応が良かった曲は、一般の曲ではなく、アニソンやボカロ曲の方が多かった。
月子の渾身のマリーゴールドよりも、アニソンとボカロの再生数に負けている。
もちろん公開した順番も、ある程度は関係しているのだろう。
マリーゴールドは本家の再生数がとんでもないので、そちらを普通に聞きにいって、月子のものまでは興味がないのだろうか。
だが月子の他の歌を聴けば、マリーゴールドも聞きたいと思うはずなのだが。
このあたり、どういう思惑があるのか、さっぱり分からない。
だがチェリーはやはり再生数が多いというのは、不思議と思うべきなのか。
分析をしようにも、やはり俊の分析能力では、どういう理屈なのか分からない。
ただどの曲も、変に大きく伸びていたりはしないので、これで順調だとは思うのだ。
(考えてみれば、新しいチャンネルを作るノウハウで、完全な新人を歌い手にするのは無理があったかな)
俊は自信作をサリエリ、習作をサーフェス、そして実験的なネタ曲をこしあんPという名前で公開している。
その中で一番再生数の多い曲は、こしあんPの名義で発表した「スキスキダイスキ」だ。
とてつもなく頭の悪い、しかしながら自分でも面白いと思った曲が、渾身の自信作よりも再生数が多い。
大きな挫折だが、ありえなくはないのだろう。
どこかの誰かさんは無料小説投稿サイトで、渾身のファンタジーが全く伸びず、構想三日の野球小説が連載三年以上の超大作になったという。
世の中にはそういうことが本当によくある。
ブライアンズタイムはおまけでついてきたはずなのに、本命のサンシャインフォーエヴァーより、はるかにいい馬を排出したのだ。
ゴッホの絵が生前全く売れなかったこと、宮沢賢治が死後に発見されたことなど、評価はすぐにされるとは限らない。
全く世の中は、本当に分からないものである。
何が売れるのかは、本当に分からない。
もしもノイジーガールの初動が悪かったら、こしあんPの正体を明かして、変な目で見られたとしても、導線を作るべきだろう。
最後の手段として、それは避けたいものだが。
そしていよいよ、ノイジーガール発表の日を迎える。
この日、ルナの名義で公開する最後の曲はAXIAである。
別に難しい曲ではないのだが、微妙に一番アレンジというか、微調整に手間がかかったものであるかもしれない。
EDMの電子音を多く使っているが、ストリングスの音色が気に入らず、自分で弾いて録音したものなのだ。
ここまでに公開した他のカバーと違って、この曲は知名度が微妙である。
それでも俊がよしとしたのは、コアなマニア層に受けるのでは、と思ったからだ。
一世を風靡したというわけでもなく、ネットの中でも再生数やカバー数は少ない。
だが一つのアニメ作品の中で、OPでもEDでもなく、作中に脇キャラが歌って、その作品の中で一番人気があったという。
その理由から、数は少ないがコアな層を、確実に捕えられるかもと思ったからだ。
アニメタイアップ曲については、俊はかなり研究したつもりである。
だがアニソンとアニメタイアップ曲は、似ているようで大きな違いがある。
昨今ではこの両者の垣根が少なくなっているのも確かだ。
その中でこれは、完全にアニソンと言える。
俊は己の技術と、将来的なことを考えて、月子を歌い手として扱うことにした。
だが同じ歌い手でも、中の人がいるVtuberの歌い手というのも存在する。
こちらはイラストに加え、3DCGモデリングなど、かかる経費と技術が大きく違う。
月子のルックスは、芸能人として充分に通用するものであるため、顔は出すがあえて隠す、という面倒な手段をとった。
将来的にはどこか、効果的なタイミングでその顔を晒す。
ブスが顔を隠すのではなく、美人が顔を隠す。
このインパクトは上手く使えば、かなりの話題を呼ぶはずだ。
最初のこの山で上手く伸びなくても、次々にカバーは発表していく。
とにかくノイズの方に人気を持っていくためには、サリエリかルナのどちらかが有名にならなければいけないのだ。
そして俊にとって簡単なのは、既に存在する名曲を、俊の力で月子に最適にアレンジし、圧倒的な歌唱力で歌ってもらうこと。
(ただこの曲でも伸びなければ、俺の感性は決定的に、一般とは乖離してることになるぞ)
やがて時間となる。
AXIAをルナのチャンネルで、ノイジーガールをノイズのチャンネルで公開する。
やはりルナの方は、コアなアニソンファン層が食いついてきた。
それに対してノイジーガールの方は、再生数は回るが、コメントがすぐにはつかない。
(間違ったのか……)
だが数分、コメントがつく。
『神曲キタ━━(゚∀゚)━━ !! 』
『サリエリ氏、覚醒したな』
『鳥肌物の神曲!』
『もうアマデウスかウォルフガングかモーツァルトに改名しろ』
『元々サリエリの方がモーツァルトより格上ではあったけどな』
『これは今年の覇権候補と言っていいのでは』
考えてみればコメントがつくのは、完全なオリジナルなのだから、数分遅れるのは当たり前のことだ。
『三回リピートしてからカキコ。すげー! 神曲に神声!』
『前からセンスいいとは思ってたけどこれは本当に凄い。伸びるぞ~』
さほど有力とも言えないサリエリには、ある意味気安い口調での書き込みが目立つ。
『完全に歌い手とマッチしてるな。ケミストリー炸裂して最高』
再生回数が一定になってからは、コメントがどんどんと増えてくる。
またそれに返信するコメントなども。
俊は強く拳を握った。
「よし! よし! よし!」
そして両手を大きく振る。
メイプルカラーのメンバーからのメッセージが届く中、月子からの電話の着信。
『俊さん! やりましたね!』
俊のこれまでに発表した作品と比較しても、圧倒的に再生数の伸びが早い。
そしてコメントの数が多いのは、それだけ衝撃が大きかったということのはずだ。
スキスキダイスキの時は、ある意味では適当に作って、思いもよらない高評価を得た。
だがこれは自分に自信があって、狙って取った数字である。
「ありがとう、君のおかげだ」
『そんな、二人と、それに皆のおかげだよ』
また月子は、いい子ちゃんなことを言う。
だがそれもいいのだろう。全てが自分の力であると、傲慢になって柔軟性を失うよりは。
「じゃあ、次の曲も考えないとな」
『いやいや、さすがに今日ぐらいは喜ぼうよ』
「流れを感じるんだ」
才能とかではなく、ネットでの評判には継続した投下が必要だ。
せっかく人が集まってきたのだから、そこにどんどんと燃料を投下していくのだ。
ネットでは勢いが急速に拡散していくものなのだから。
「でもまあ、すぐには出来ないよ。まずは次のカバー曲を考えよう」
初動は完全に成功した。
サリエリのようなまだ微妙なボカロPが、強力な歌い手とユニットを組んで神曲を公開した。
これだけで最初に見つけた人間の何人かは、周囲に宣伝してくれる。
強力なインフルエンサーにまで、これが届くかどうか。
もし伸びが微妙なものなら、それこそ月子の叔母にお願いしてみてみる。
コネだろうが伝手だろうが、宣伝は重要なことなのだ。
聞かれて初めて、音楽は評価されるのだから。そのための努力は全てやるべきことだ。
ただ業者に頼んで、再生数を回すことは、さすがに無意味なことであるとは思うが。
俊はそこから、次の作曲を考える。
増える再生数を見ているのは、確かに歓喜をもたらしてくれる。
だがもう公開してしまったものは、ここから何かを変えることなど出来ない。
建設的に考えれば、次の作曲にかかるべきだ。
重要なのは、一発屋にならないこと。
スキスキダイスキは完全に、悪ノリの極致を目指して作った曲だ。
それまでにも実験的なネタ曲を公開していた、また別のチャンネルで公開した。
確かにそれまでにない再生数を記録したが、次も同じような方向性で作って、さほど受けることもなかった。
同じ路線を継承しても、ノイジーガールは超えられない。
ただ同じ路線を求められている可能性はある。
しかしそれなら、今度はノイジーガールの完全版こそ出してみたい。
もっともそれは、かなり先の話になると思うのだが。
新曲を作りながら、俊はそのまま寝落ちする。
ノートPCは自動的にスリープモードになっていた。
(今日はまだ大学もあるからなあ)
ルナのチャンネルの開設に、週末を合わせてしまったということもある。
こんなことならいっそ、もっとカバー曲を増やしてから、やはり週末にノイジーガールを公開すべきであったか。
だがそれだと、発表までに間延びしてしまったかもしれない。
何が正解かは分からない。だが結果で失敗だけは分かる。
ネットにつないで、どれだけ再生数が伸びたのかを確認する俊。
そして思わず、二度見してしまった。
公開から俊が眠るまでに、もう1万近くの再生数を稼いでいたノイジーガール。
だがそれから七時間ほどを経過して、再生数は10万を突破していた。
「マジか……」
思わず呟いた俊は、身震いしている自分に気づいて、乾いた笑いを浮かべた。
SNSによるフォロワーがかなり増えている。
また公開したという告知も、大きく拡散されていた。
メイプルカラーのメンバーなどからは、再生数が一定を超えるごとに、メッセージが送られてきてもいた。
さすがに深夜に、月子からの着信などはなかったが。
SNSによる情報の拡散を甘く見ていた。
楽曲などは数分聴けば、そこからすぐに紹介することが出来る。
そして無料の配信であれば、それだけ踏み込む一歩は簡単なのだ。
(本当にこれが、俺の曲への評価なのか? いや、もちろん月子の力も大きいんだろうけど)
結局のところ、自分の曲を一番信用していなかったのは、俊自身であったのかもしれない。
予想外の評価に、心臓の鼓動がうるさい。
それでも世間は日常に支配されている。
俊の音楽がどれだけ評価されたと言っても、この段階ではまだ、あくまでもネットの中から名曲が一つ生まれたというだけ。
世間を動かすムーブメントとなるにはほど遠い。
音楽としての力は、まだまだ弱いのだ。
それでも嬉しいことは確かだ。
大学に向う途中では、新聞配達を終えたらしい月子から、電話がかかってきた。
『俊さん、凄いです!』
「落ち着いて」
そう言う俊自身が、ちょっと世界が揺れて見えるのは確かだが。
スキスキダイスキもよく動いたが、初動からここまで再生されたわけではない。
ネットで発表したものは、バズれば一気に広がっていくというのは確かだ。
大学に到着した俊は、授業の前にまず、岡町のところを訪れた。
「オカちゃん、勝った」
語彙力が低下して、俊はそんな説明をして、スマートフォンから画面を見せる。
再生数が伸びにくいこの間にも、まだ再生数は増えている。
24時間も経過していないのに、もう11万再生となっている。
これまでの名曲と呼ばれる作品の動きと比べても、かなり驚異的な動きではないのだろうか。
そういった動きは調べていなかった俊としては、興奮している自分を認識している。
岡町もどこか、確信していたような笑みを浮かべた。
「いい曲でいい歌手なことは分かってたけど、それでもすぐには受けなかったりするのが、ネットの世界だからな」
だがいずれは発掘されるだろう、とまでは思っていた岡町である。
だが初動で成功したからには、かけるべき言葉は変わってくる。
「問題は次だぞ」
「分かってる」
ボカロの中には、カバーやMADまで含めれば億のPVを記録していても、他の曲はぱっとしていないというボカロPもいる。
ただ俊の場合は、月子の歌という一点突破の武器があるが。
俊はまだ未完成の、次の曲を岡町に聞かせる。
「ちょっと個性が異質すぎるかな?」
「いや、確かに好き嫌いは発生するかもしれないが、大きくヒットした後の同じような楽曲を続けるのはまずい」
それは自分の経験からくるもので、プロデューサーなどを納得はさせやすいが、聞いている人間からすればただの縮小再生産と思われるのだ。
「全員を80点で満足させるよりも、半分を100点、残り半分を50点にするような、そういう曲でいい」
新曲はノイジーガールほどではないが、月子の存在に触発され、彼女の長所を完全に聞かせるものになっている。
俊は自分の才能など信じていないが、それでも分かっていることはある。
無難な作品を作るならば、音楽などやっている意味はないのだと。
ボカロPとしての地味な実績を積み重ね、ルナの歌を先行公開したことで、期待を煽ることは出来た。
その結果がこれなのだから、おそらくは大成功なのだ。
「どうする? メジャーはともかく、どこかインディーズのレーベルと会ってみるか?」
「……いや、まだ早い」
いずれは音楽を最大限に届かせるためには、巨大な組織の存在は必要となる。
だが今はまだ、足元を固めないといけない。
自分の音楽性を守るためにも、まずは実績が必要となるのだ。
「今はもっと、実績を積み上げていく。単にCDを物販で出すだけなら、ここの設備でも出来るし」
「調子に乗らないやつだな、お前は」
「そうでもないよ」
ただこの、見えている道を進むには、今はまだ無駄に何かを背負いたくはない。
自分自身で、自分と月子をプロデュースしないといけない。
難しいことではあるが、むしろそういった方向の方が、自分は得意だろう。
俊にはそんな、商売人としての確信だけはあったのである。
×××
プロローグ・了
次章「ギターヒーロー」
10万字かけてやっとプロローグ終わり……。
やっと本編入れる……。
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