第5話 最初の船出

西暦2030年7月28日 ロシア連邦サンクトペテルブルグ ロシア海軍レニングラード基地


 この日、サンクトペテルブルグでは海軍記念日に合わせた大規模な式典が執り行われていたが、その中でも最も注目されていたのは「スヴォドーナヤ・ロシア」であった。


 全長273メートル、基準排水量51000トンという巨体は、コトリン島南部の多数の小型艦艇が停泊している中でひときわ目立っており、多くの海軍軍人がその威容に声を失っていた。


「しかし、改めて完成したのを見ると、誇り高い気になるな。あの筆髭スターリンも造りたがる筈だ」


 大統領の呟きに対し、隣に立つ海軍司令官も神妙そうに頷く。


 改ソビエツキー・ソユーズ級戦艦「スヴォドーナヤ・ロシア」は、B-37改50口径40.6センチ砲を9門装備し、沿岸部の敵をその巨弾で撃破するのみならず、ロシアの高い造船技術を世界に見せつける目的で建造されたものであるが、実のところバランスのよい性能を有していた。


 装備としては、主砲以外には艦首側の甲板にリトゥード艦対空ミサイル用のミサイル垂直発射装置VLSを128セル、艦尾側の甲板にツィルコン巡航ミサイルやカリブル対潜ミサイル用のUKSK型VLSを64セル装備しており、それらを管制するべくポリメント多機能型フェーズドアレイレーダーやザーリャ艦首ソナーも有する。


 無論、近距離に対する対策も怠らない。艦橋付近には新型のレーザー光線砲が2基装備されているほか、実弾兵器として13センチ単装速射砲4門とパーントゥイリ近接防御火器CIWSを4基装備しており、リトゥードやカリブルと合わせてマルチロールな活躍が見込まれた。


 その側には、随伴を担うミサイル駆逐艦「アドミラル・ロジェストベンスキー」の姿もある。本艦は黒海艦隊の新旗艦「セバストポリ」と同型のミサイル駆逐艦であり、ゴルシコフ級の倍のミサイルを装備出来る性能を有していた。


 とはいえ、流石に露日戦争のツシマ沖海戦で敗れた敗軍の将で艦名不足を補うのは如何なものかと言う事で、共産党を中心に旧ソ連時代に用いられていた艦名を再利用すべきとの声が強まっているが、大統領はウラジオストクにまで赴く事は無いだろうから大丈夫だろうと自身に言い聞かせる事とした。


「閣下、彼女がこの艦の艦長です」


 と、バルト海艦隊司令官が一人の女性軍人を紹介し、彼女は敬礼してから口を開く。


「艦長を任されました、アンナ・カミンスカヤ大佐であります」


「この艦最初の任務は、カリーニングラード州バルチースクに対する演習航海である。無事に本艦を送り届ける様に頼むぞ」


「了解しました、閣下。必ずや、任務を完璧に果たしてみせます」


 カミンスカヤ艦長ははきはきとそう答え、大統領はしっかりと頷く。


 この後、大統領の演説を経て「スヴォドーナヤ・ロシア」はレニングラード海軍基地を出港。カリーニングラード州の港湾都市バルチースクへと向かい始めた。この様子はスウェーデンやポーランドの潜水艦、そして各種人工衛星によって補足され、各国のメディアでは『ロシア海軍最大の戦艦、出航』『ロシア最新の旧式艦、就役する』『ロシア海軍、100年かけてようやく列強レベルの戦艦完成か』と話題となるのだった。


 とはいえ、重厚な対空兵装と堅牢な装甲によってミサイルを耐えながら、沿岸部の防衛システムを巨砲で粉砕してくるであろう戦艦の出現は、バルト海諸国に対して相当なプレッシャーを与えており、各国は海軍戦力の拡大と地対艦ミサイルの充実に急ぐ事となったのである。

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