第4話 ウクライナ海軍再建

西暦2030年1月24日 ウクライナ共和国南部 オデッサ


 この日、オデッサにあるウクライナ海軍基地では、ヴィクトル・セザレヴィチ大統領は、終戦記念式典に参加していた。


 11年前に選挙で選ばれ、戦中は類まれなるカリスマと政策、そして政治家としての立ち回りでロシア相手に善戦し、戦後は元の職業であったコメディアンとして自由な時を過ごす前代大統領より引き継いだ彼は、元々は政府の若手官僚であるが、戦中の政治家としての優秀な働きにより高い支持を受け、こうして戦後に複数政党からの指示を受けて立候補。新たな大統領として重責を背負うに至ったのである。


「にしても、よくぞ海軍はここまで蘇る事が出来たものだ」


 セザレヴィチはそう呟きながら、目前の洋上に浮かぶ数隻の軍艦を見つめる。


 戦争後、ウクライナは西側諸国からの経済支援やロシアからの賠償、そして前代大統領がセザレヴィチに遺した『台本』を元に経済再建を進めたのだが、海軍戦力の強化も同時に行っていた。


 事実上戦争に勝利し、東部地域を奪還出来たとはいえ、クリミア半島は未だにロシアの旗がはためく地域であり、『もし二度目の侵攻を行えば、今度こそ武力で取り戻す』という意気を見せつける力が必要であった。これに対する国民の反発も少なかった。もし海軍がまともに動ける状態であれば、ズミイヌイ島で国境警備隊が『ロシアの軍艦よ、くたばれ』の呪詛をまき散らす事にならなかったろうし、巡洋艦「モスクワ」も2か月も早く黒海の海底に叩き込んで、南部空域を艦対空ミサイルの脅威から解放出来た筈であった。


 そのため、戦争後のウクライナ海軍の戦略方針は『準外洋海軍』の形で定まった。海軍の将校や士官は、戦時に支援してくれたアメリカやイギリス、イタリアに日本といった海軍の有力な国々へ赴き、どういう戦い方をするのか学んだ。そしてその結果は今、このオデッサで発揮されていた。


 先ず目前に見える巨艦は、ウクライナ海軍艦隊旗艦を担う強襲揚陸艦「レオニード・クラフチュク」である。イタリア海軍の強襲揚陸艦「トリエステ」をベースとした本艦は、76ミリ砲の代わりに35ミリ対空機関砲を装備し、発展型シースパロー対空ミサイルが発射可能なミサイル垂直発射装置VLSも有する。だが最大の特徴としては、アメリカ製の〈F-35B〉戦闘機が運用可能な軽空母としても行動できるという点にある。


 よって万が一有事となった場合、〈F-35B〉によって制空権を奪いつつ、〈バイラクタル〉無人攻撃機によって電子戦及び軽度の攻撃を実施。味方水上艦の攻撃をサポートするという戦い方が想定された。特に〈バイラクタル〉は上陸作戦時の航空支援でも有用であるため、開発元のトルコ海軍では強襲揚陸艦の相方として重宝されていた。


 その付近に停泊するのは、キエフ級ミサイル駆逐艦である。クリミア危機後、経済的な問題により海軍はミサイル艇や哨戒艇を主体とした沿岸海軍として、自国の戦略と経済状況に見合った整備を行っていたのだが、ロシア海軍黒海艦隊の影響力は想像以上のものであった。


 戦後直ぐに、トルコからのフリゲート艦2隻の購入や、自沈していた「ヘーチマン・サハイダーチュヌイ」の復活などが行われていたが、それだけで近代化進む黒海艦隊に対抗できる筈等ないと考えられたため、海上自衛隊のもがみ型護衛艦を参考にした水上戦闘艦の建造が決定された。


 そうして2隻が建造されたキエフ級は、艦首側の甲板には12.7センチ単装砲を1門備え、その後方にはアスター艦対空ミサイルやMICA艦対空ミサイルを搭載できるシルヴァーミサイルVLSが32セル。巡洋艦「モスクワ」に引導を渡した事で有名なネプチューン艦対艦ミサイル四連装発射筒を艦中央部に搭載し、艦尾ヘリコプター格納庫を挟む様に短魚雷発射管と35ミリ機関砲を装備した本艦は、その武装から分かる通り、アメリカやフランスからの技術支援によって完成させられた水上艦である。


 現時点でウクライナ海軍の総戦力は、キエフ級駆逐艦が2隻にトルコ製フリゲートが2隻、不死鳥の様に蘇った「ヘーチマン・サハイダーチュヌイ」に国産フリゲートの「ウォロディミル・ヴェリキー」、沿岸防備を主任務としたミサイル哨戒艇12隻、「レオニード・クラフチュク」を中心とした揚陸艦3隻にエアクッション揚陸艇2隻、ドイツよりライセンス建造した214型潜水艦4隻の計29隻である。対するロシア海軍黒海艦隊は、経済制裁の緩和や、民需を優先しての再建の副次効果である稼働率の改善、そして現職大統領の下で進められる海軍近代化プログラムにより、アドミラル・グリゴロヴィッチ級フリゲート4隻、グレミヤシチ級フリゲート4隻、各種コルベット12隻、潜水艦6隻、揚陸艦4隻と、ウクライナ海軍にとって脅威的なレベルにまで立ち直っていた。


 しかもロシア海軍は、新たにアドミラル・ゴルシコフ級フリゲートの拡大発展型であるミサイル駆逐艦「セバストポリ」や、強襲揚陸艦「モスカレンコ」の建造を進めており、黒海の軍事的緊張は日増しに高まっていると言えた。


「平和を取り戻せたと言えども、火種は未だに消えずか…」


 セザレヴィチの失望を含んだ呟きは、周囲の高官や将兵にとっては、オデッサ上空の曇り空と合わせて意味深く聞こえた。

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