潜伏
今の自分はさぞかし憔悴しきっていることだろう。
華山はそう思いながら考えに耽っていた。昨日の大規模奇襲によって第308師団は完全に崩壊している。これ以上の師団としての組織的抵抗は不可能であった。12月9日明朝七時現在、彼らは森に身を潜めていた。
「華山、どうする」
隣にいる春山カツキがさも聞きづらそうに質問を投げかける。目下、彼らが直面している問題は大隊長の不在であった。昨日の奇襲で戦死したようで、あの潰走ののち、ほとんどの損耗を出さずに大隊が集結することはできたものの、それを指揮する大隊長が居ないのであった。
「どうするも何も、指揮官がいないんだから、どうしようもないだろう」
後方からの連絡でもなんでも来れば御の字、だがそれすらも無いのならば、いよいよ覚悟を決めなければならない。
「中隊長殿」
通信魔導兵だ。何か報せでもあったのか、こちらへと駆け寄ってくる。
「何だ」
「連絡です。秘匿魔導通信で、後方から連絡が………12月9日午前七時半、現時刻を以て華山ミズキ大尉を少佐へと昇進、以後この第201大隊を指揮せよ、とのことです」
野戦任官の知らせであった。あくまで一時的処置であるために、今この一時のみ、華山は己の所属する201大隊を操る権利を与えられたのだった。
「他にあるか?」
「は、以後第201大隊はその全力を以てして本土領域へと撤退せよ、です」
「それだけか?」
「はい、これだけです」
本土へと撤退すること、それが上層部からの命令であった。しかしながら、それ以外に言及はされていない。つまるところ、手段を選ばず帰れ、ということだ。
「……春山少尉」
「は、ここに」
雰囲気が、空気が変わった。というより、華山が―――彼が変えたのだと、春山は感じた。大隊長になった以上、彼は大隊長として振舞わねばならないし、恐らくそう考えているから彼は己の思考を、あるいは何とも言えぬ何かを変えたのだろう。そう春山は思うことにした。
「貴官の偵察小隊には本隊先鋒を務めてもらう。異議は?」
「いくらか質問を宜しいでしょうか。質問といっても、確認に近いものですが」
「構わない」
「では、いくつか。何故私の小隊なのでしょうか、他にも偵察小隊はいます」
「………貴官の小隊は特に獣人で構成されている。獣人は鼻がいいから、敵の感知ができる範囲も広大だ。それが理由になる。他には?」
「はい、以後我々第201大隊はどのようにして行動するのでしょうか。差し支えなければ、ここでお教えくださいませんか?」
春山がそう聞くと、華山は目を瞑って、目頭を抑えながら言葉を紡ぎだした。
「………落伍兵が出るのを承知の上で、我々はこの森を戦闘隊形で行軍する。行軍隊形では戦闘隊形に移行するのに時間がかかるし、森の中では不意遭遇戦が起こると考えられる」
「は、それでは、我々偵察小隊の任務は大隊の通る道の模索ととらえても宜しいのでしょうか」
「良い。我々大隊の道を切り開いてもらう。それと、友軍の落伍兵を見つけたら保護しろ。特に、獣人や偵察兵は積極的に偵察小隊に組み込め」
「了解いたしました。それでは失礼いたします」
「あぁそれと、これは極めて私的な発言になってしまうが―――――死ぬなよ、生きて帰るぞ」
「――――あぁ、生きて帰ろう」
世界暦396年12月9日 7:30 春乃宮皇国陸軍所属、華山ミズキ大尉が少佐へと昇進、以後大隊指揮を行う。
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