同級生と、娘と、恋人と、僕
Life 1 Reunion with You. 君と、夏の日の再会
しかし、暑い。
地球温暖化防止と言っておきながら、こう年々暑くなってくると、やっぱり温暖化が進んでると思う。
今は2018年、8月27日。
結局お盆という日本の文化にしか休みを取れない製造業のメンテナンスを請け負っていると、真っ当な時期に夏休みというものが取れないのは承知の上だ。
現場で立ち会っている職員の方は、当然休日手当が出ているのだろう。月給制の僕にはあまり関係のない話だが。
とはいえ、夏休みと言っても、もう38歳にもなれば、本当は奥さんの実家に挨拶に行ったり、先祖代々の墓をお参りしたり、あるいは自分の息子や娘と遊んだりしなきゃいけないのだろう。
幸か不幸か、僕はその点、非常に気楽だ。両親から失業中に借りたお金さえ払えば、割と自由の身である。世間でいう独身というやつである。遅めの夏休みでいろいろ文句を言われない立場だからこそ、フラフラしていても大丈夫なのである。
その両親の顔でも見に帰ろうと、今まさに僕は電車の中。これで座れなければ、地獄のような形相になっているに違いない。数年前なら上野駅まで出れば始発の乗り放題だったものを。
「まもなく野木、野木です。お出口は、右側です」
やっぱり違和感がある。自動放送というやつだ。音声がクリアに聞こえる反面、18歳までは定期的に電車に乗って、学校に通っていた身としては、やはり雑音まじりのマイクの音が、やっぱり慣れている。
今やどこもかしこも移動手段はほとんど自動放送だから、逆にわからなくなるんだよな。まあ、景色で察してほしいということ、もしくはスマホのアラームでも鳴らせということなのだろう。
セミも鳴かない暑さだな。
去年帰った時でも鳴いていたぐらいなのだから、如何に今年が異常な暑さかというのが身にしみてよく分かる。
モバイルSuicaで改札を出る。そして迷うことなく西口の階段を降りていく。
本当に変わらない。行きつけのゲーム屋がなくなったのと、駅前の月極駐車場がコインパーキングになった程度で、この駅前は本当に変わらない。風景だけ見れば、僕が子供の頃ともあまり変わらない。
ああ、違いはあるか。駅前にもう少し建物があって、お店がそれなりにまだやっていたな。気づけば本屋も酒屋もラーメン屋もなくなり、大きなスーパーもなくなっていた。普遍というわけでもないのか。
「どうせ、飲み物もないんだろう...」
階段を降り、駅前のコンビニへ向かう途中だった。なんか声を掛けられた気がした。
「...君、じゃないですか?」
...うーん、めんどくさいことに巻き込まれたくないな。昔、宗教の勧誘とかであった気もするし、めんどくさいことになる気がする。
踏みとどまることなくそそくさとコンビニへ向かう。あと20メートルなんだ、頼む、行かせてほしい。
ガッ、っと両手で左肩を捕まれ、もう一度同じことを聞かれる。
「...君、だよね?」
あーあ、もうしょうがない。ここまで来ると、夏の暑い日、二人で避難先にでも入ったほうがおりこうさんだろう。親には別に何時と約束して帰ってるわけでもないし、そんなに遅くなることはないだろう。
そう思って振り返ってみる。
...え、どうして?と思う僕。そうなのだ。この子には面識がある。しかも20年くらい前に、である。
クラスではあまり目立たない、幸薄そうだけど、周りに負けないぐらい整った顔立ちで、妙に男子受けするような感じの子だった。
当時としては珍しいミディアムボブに、前髪はぱっつん。目も隠れる程度。当然メイクなんかもしてないか、あるいは高校生相応の化粧ぐらいだろうか。
20年ぐらい前に偶然見かけた高校生姿。今、まさに彼女はその出で立ちで現れたのである。
唯一女々しい出来事として、僕は彼女に告白している。でも、彼女にははぐらかされてしまったので、結局はそれっきりだった。もし、約束通りなら、即結婚であるんだが。
「...って、もう忘れちゃった?」
なんとなくその面影を残しつつ、確かに彼女なのだろうが、それにしても若すぎるし、何より制服を着ている。
あまり趣味趣向に文句を言うつもりはないが、彼女だって37歳なのだろうから、制服を着てウロウロする趣味はないだろう。
ん、制服...?いや、ちょっと待て。なんかおかしい。
その制服は、もう今の現役生は来ていないはずなんだけどなあ。
とりあえず、
「いや、覚えてる。...さんでしょ。中学の時にクラス一緒だったし。」
とっさに返してみた。
「やっと覚えてる人がいた...こんなにうれしいんだ。」
彼女は嬉しさを噛み締めているような、なんか勢いが伝わってくる喜び方。
「いや、うん、暑かったよね。とりあえず飲み物でも買ってくるから、ちょっと待っててね。」
と、目の前にある自販機で水とポカリを買った。
「どっちがいい?」
「喉乾いてたんだよねえ。やっぱりポカリだよ。」
案外元気なもんだけど、解決にはなってないな。
二人でベンチに座る。
どれだけ長い時間あそこであんなことになっていたのかわからないが、とりあえず安心感は伝わる。
ずっと黙ってはいたが、顔を見る限りは、ちょっとは落ち着いたようだ。
突然、突拍子もない質問が来た。口調も砕けていた。どうも僕のチューニングを18歳ぐらいまで落とす必要があるのかどうか。
「ところで、エスカレーターっていつ付いたの?」
うーん、僕も細かいところはよくわからないんだよなあ。何しろ人生の半分はこの街にいなかったわけで。
でも、その制服といい、エスカレーターといい、言っていることがなんかおかしいんだよなあ。
「ごめん、僕も19歳からはここに住んでないから、いつ頃から付いたのかわからないんだよね。」
言った途端に、じーっと見られる。確かに丸くはなっているけど、昔の知り合いからはあまり変わってないと言われるだけあって、彼女も声を掛けようとしたのだろうか。
「ここ3年でそんなに老けちゃうんだ。すごく苦労したの?」
あ、いや、僕らはあれから20年、どこか違う場所ではあったけど、多分生きてると思うんだよなあ。
仮に、最後に会ったのは中学の卒業式だと考えて、そこから3年だから、18歳?
「3年?いや、僕は今38歳なんだけどな。」
苦笑いをしながら、ぼそっとつぶやいたのだが…。
「ね、なんで38歳とか嘘ついてるの?極端に丸くなったのを気にしてる?」
あれ、なんかおかしなこと言ったかな。僕は真っ当でもないけど、一応38年生きてるんだよなあ。
ひょっとしてアレか、からかってるんだろうか。38歳で制服着ちゃって、そのシチュなら誰か釣れて、あわよくばSNSに投稿しちゃおう的なやつですかね。
ただ、制服も引っかかる。彼女が通っていた高校は、今はこんな夏服ではないのである。もし、プレイだとしたら、よほど手の込んだ仕掛けとしか思えない。
「いや、本当に38歳なんです。いいからこれを見てくださいな!!」
とっさに運転免許証を見せた。これならそっちも高校生プレイは出来まいて。
「すごいね。夏休みに教習所に通えたんだ。誕生日10月だからまだ免許取れないし、受験が終わってから取るよ。」
あ、そうか僕5月生まれでした。彼女が10月生まれなのも今知りましたけど、確かに高校生で免許は社会的に問題ないね。
「うーん、どうしたものかな。」
そう言いながら、スマホをいじり始める。僕としては、なんとしてでも彼女のプレイを崩すだけの社会的証拠がほしい。
スマホと社会的証拠を賭けたにらめっこしていると、彼女がおかしな反応を示した。
「それ、なに?新しいゲーム機?」
「あれ、スマホじゃないの?意外ですね。普通はiPhoneとかで、インスタ映えとか気にするんじゃないの?」
我ながら、後付で会心の一撃だったはず。これなら「高校生プレイしてたら同級生が釣れました」的な書き込みも防げるし、いい加減彼女も38歳だと認めるだろう。
「ね、新しいゲーム機の名前なんでしょ。スマホって。」
…お、おぅ。思わず反応に困るというか、ここまで徹底的にキャラを作られると、さすがに切り崩しようがない。
「携帯電話だよ。うちの親すらスマホわかるのに、もしかして見たことない?」
「携帯電話ってこういうやつでしょ。そんな画面だけの電話なんてあるわけないじゃん。」
いや、その携帯電話はおかしい。一周回って、逆にそれが通話できるわけがない。
さすがのガジェヲタだった俺でも記憶にないようなストレート型の機種だ。一応ドコモと書いてあるけど、このドコモのロゴってずいぶん昔のだな。
「そうだ、こういうやつ詳しかったよね確か。予備校行って、帰りの電車降りて、ちょっとふらつくからベンチで座ってたら、寝てたの。そしたら、携帯が圏外になっててね。」
それは圏外ですよ。モノクロ液晶ですし、その携帯電話。
「親が夜にしか帰ってこないから家に掛けても誰も出ないし。」
「まあ、それはなくはないだろうからいいとして、その携帯電話ちょっと見せて。」
「ほい、よーく調べてね。壊したらまた親に怒られちゃうから。」
親に怒られる?ああ、僕もさすがに順応してきた。両親の思い出が詰まってる小道具ってことなんだろこれは。
そして渡された携帯電話の軽さに驚愕しつつ、とりあえず型番やらを調べてみることに。
…F501iって書いてあるぞこれ。しかもやたらキレイだ。とても19年も前の携帯電話とは思えない。こんなのがあったら富士通の記念館に寄付してあげたいぐらいだ。
「なんか、広末涼子がCMやってたケータイだよ。もしかして、ちょっとうらやましい?」
「…ううん、違う意味で羨ましいけど、これいつ買ったの?」
想像を絶する、後々思うと、そこまで高校生プレイとか、心の中で思ってしまったことを若干後悔するような答えだった。
「2週間前かな。お盆は夏期講習あったから、その前に田舎に行ったんだけど、その時に麦茶こぼして前のケータイ壊しちゃった。」
2018年8月27日の2週間前、8月13日、まあそれぐらいの頃に壊したんだろう。
お盆の準備で午前中一番忙しいであろうこの日。世間では、ダラダラと冷えたエアコンの中で、延々と高校球児の活躍をTVを通してみている頃だ。僕は仕事だったけど。
少なくとも、今のドコモのラインナップにはF501iなんて携帯電話はない。
それどころか、この携帯電話はmovaだ。当然のことながら、movaは2012年ごろにサービス終了している。圏外になっているのも当然なのである。
いい加減、核心を突いたほうがいいんだろうかな。
「なんか今身分証とかって持ってる?」
「どうして?なんか電話が圏外なのと関係あるの?」
手強いな。なんて返すべきなんだろう。彼女の年齢を知りたいからとか、そういう話はもう論破されてるしな。
「助けてくれたんだし、特別に見せてあげるね。あんまり写真映り良くないからイヤなんだけど…。」
彼女はそそくさとバックを開けて、何やら生徒手帳的なものを取り出している。小道具と考えた場合、ここまで来ると徹底しているな。
「これが私の身分証明書です!」
パッと開いた最後のページ。なんとなく、言動からもそう思ってたけど、やっぱり信じがたいよなこの事実は。
確かに彼女が出したその身分証は、高校の発行したものだった。公的なものでないにせよ、1999年のものだった。
そういえば、っとその彼女のF501iを見ると99/08/27と表示されている。懐かしいな。そういえばこの頃は2000年問題もあったけど、携帯電話のカレンダー表記は平成と付いてないで、西暦だったんだな。
さて、どう切り出したらいいものかな。
こんなとき、若かったらもっと慌ててるだろうな、と思いつつ、彼女に今日の日付を伝えた。
「今日は、2018年の8月27日なんだよ。何を言ってるかわかる?」
お互いに言葉に詰まってしまった。
とりあえず、ガジェヲタ的にはヨダレが出てしまいそうなF501iを返し、涼しいファミレスにでも行こうと考えた、が、なんとなく実家の近くで他の人に見られるのも嫌なので、
「ちゃんと僕が丸くなった理由を説明するから、とりあえず電車で小山まで行こう。そこでイチから説明するよ。」
と、茶化しながらも、事の重大さを伝える時間を稼ぐべく、二駅先まで行って、カフェに入ることにしたのだが…。
思ったとおり、彼女はいろいろ聞いてくる。考える時間をなかなか与えてくれない。
おかしいな。僕が知っている彼女は、もう少し落ち着いたイメージだった。
何回か高校生になった彼女も見たことがあったけど、やっぱり聞いていた通り、私立でも女子校通いなだけあって、言葉使いもなんとなく懐かしい。
そう言えば女子校通いになると急に性格が凶暴になったりするとかあるらしいからなあ。僕の知らない2年ちょいで多分変わってしまったのであろう。
そういえば、会ってから1時間と経ってないよな。それだけの時間で、今はもうケロッとしてる。やっぱり僕が騙されてるのかなあ。
「ね、そのスマホ?ってゲーム機。自動改札において通ってたけど、今のゲーム機って、切符買わなくてもいいの?」
さすがにその質問の意味が理解できない。でも、彼女の世界のゲーム機だと、いいところゲームボーイポケットぐらいの時代だろうか。
「そう、スマホに切符の情報が入ってるの。降りるときにも置けば改札から出られるの。」
説明がちぐはぐだが、しっかり説明していてもしょうがないし、それはもっと大事なことを伝えたあとでいい。
「私だけ切符なの?なんか隠してるよね。その機械でズルしてるんじゃないの?」
怪しそうな目でこっちを見てるな。まあ、今考えるとSuicaが出た当時なんて、世間の目はそんなもんだった。あまりに当たり前過ぎて、過去のことがわからなくなってるんだな。
「Suicaっていう機能があるの。それを使って、自動改札が通れるの。」
「スイカで通れるわけないでしょ。絶対なにかズルしてる。」
そうは言うものの、しっかり付いてくるあたり、どっちか計りかねる部分はある。飲み込めていない部分もあるだろうし、
僕がひねくれてるというのもあるけど、それ以上に彼女が無邪気すぎる。イタズラとも、無意識とも思えるこの眩しさやら、瑞々しさやら。
38歳は若いと言われつつも、やっぱり年齢の衰えは感じ始める時期に、その半分しか生きていないと思われる、妹よりも更に干支一回り違う年齢の女の子はそう見えてしまう。何か間違えればこれぐらいの子供がいてもおかしくない年齢だし。
そして、夏場の日中だったことが、ある意味良かったんだけど、この組み合わせ、明らかに僕側に背徳感を感じさせることにしか思えない。そんなことを心配してもしょうがないのに。
まあ、苦労はしましたよ。
電車のドアチャイムには驚き、ドア上の表示機に驚き、さらにスタバに入って驚き、彼女はコロコロと表情豊かに変わる。いや、から元気というのもあるだろうけど。
しかし、やはり真実味があるのは、誰一人として、彼女と同じ制服を着ている女子高生がいないことだ。そして、僕はこの制服に見覚えがあるのだから、まず間違いないのだろう。
便宜上、ショバ代としてアイスコーヒーでも良かったのだが、彼女には好きなものを選ばせてあげた。おそらく生まれてはじめてのスタバだろう。
「普段コーヒーなんて飲んだことないから、何を飲んでいいかわからないよ?」
「フラペチーノがいいんじゃない。かき氷みたいなものだから、多分甘いよ。君でも美味しいだろ。」
すごく甘そうな...名前までは忘れたけど、クリームの入ったフラペチーノを注文していた。結構なお値段ですよ。
ここで頼んだフラペチーノが、彼女の思い出の飲み物になった。毎回名前を忘れるんだけど...まあ本人が好きならいいよ。
「ね、いつの間にこんなカフェ、駅に出来てたの?」
「ごめん、僕もわからないんだ…。」
やっぱり、何一つ地元のことを知らないのもアレなんだよな。僕が胡散臭い感じを出していることを反省しつつ。
「あんまり信用されるとも思っていないけど…」
スマホの待受画面を見せる。
「スマホってすごいね。色が付いているだね。」
あー絶妙に食いついて欲しいところが違うんだよな。
「いや、そうじゃなくて、日付をよく見てみなさいよ。」
「2018/08/27って書いてあるよ。ずるいよね。さっきいじって驚かそうとしたんでしょ。」
ダメだ。不信感というより、あまりに現実味がなさすぎるんだよな。いや、それは僕も一緒です。
「そう、今は2018年、平成で言うと30年。...が寝る前は、1999年の8月27日だったことは、さっき携帯電話で確認したから、まあ、ありえない話なんだけど…」
「???」
「どうしても言わなきゃダメ?」
「その、なんというか、言葉が出てこない。なんていうんだっけ。」
「簡単に言うと、だよ。タイムトラベルしてきたということになる。」
「タイムトラベルかぁ。一見して、駅すら変わっちゃってたし、急にふわっとしたまま気を失ってたら、こんな感じだった。おかしいかなって。」
まあ、本人も薄々は気づいていたんだな。今まで制服プレイとか言ってて、本当に申し訳ない。
「でも、駅前とか、駅の中とかがそんなに変わってなかったから、きっと今まで気づいてなかったんだなって思ったの。」
いや、その感想は正しい。僕だって20年前の自分が、野木駅前を見ればそう思う。まあ、逆口に降りていれば、はっきりと変化はあったんだけどな。
「それで、すごく暑くて、日陰に入りながら、誰か知り合いが通らないかなあと、2時間ぐらい待ってたけど、誰も知らない人だった。」
現実はそんなものだ。ファンタジーがあるとすれば彼女自身で、その彼女も、今は自宅があるのか、昔あったのかはわからないけど、地方の街で、人に尋ねることは出来ても、知り合いにたどり着くことは難しいと思う。
「携帯電話が圏外になってたから、家に公衆電話から家に電話したけど、やっぱりつながらないし、でも親が帰ってきてる時間じゃないのは知ってたから…。」
と、僕はその時、非常にマズイことに気がついた。そもそも、彼女がここにいる、ということは、37歳になっているであろう、彼女ははどうなっているのだろうか、と。
考えるだけで恐ろしさを感じただが、少なくとも目の前の彼女をなんとかしないとマズイという、変な責任感が生まれてしまった。これが僕のマズイところだ。
「で、そこにたまたま僕が来たわけで、君も必死に止めたのだと。」
「…。」
うーん、まあ、そうなるか。僕もこの状況をよく飲み込めてないし、そもそもに彼女がそれを知ってしまった以上、一から丁寧に説明していくのが大人の役割というやつなのだろう。彼女も18...いや17歳か。ハッキリと言えば今の彼女の状況を知りたい。
女性には嫌な男に見られるだろうが、いかんせん話を集約しないと、僕も理解が追いつかない。
「それじゃあ、簡単に話をまとめていこうか。予備校通いなら、そういう風にまとめたほうがわかりやすいでしょ?」
伊達に長い年月を生きているわけではないし、性格も知りたいが、正確な状況も知りたい。
「...というわけ。で、いつもならお母さんが迎えに来ているはずなんだけど、今日はなぜか来ていないかったし、なんか駅前も駐車場だらけだったし。」
最初は降りた駅を間違えたぐらいの思いだったんだろうな。でも2時間経っても迎えは来ない、電話も当然つながらないと。
軽くため息が漏れてしまった。僕は人の親になったことはないのだけれど、年頃の娘がいたらこう悩むのだろうなと、少し恥ずかしい思いもしながら。
「ため息してる。私の話、本当に信じてないでしょ?」
「そりゃあ、信じろというほうが難しいけどね。僕だって君のことを疑うつもりはないんだよ。歳を取ると、ついね。」
いかん、本音が駄々洩れである。
「でも、君が今この時間に、ここにいることだけは、少なくとも理解したよ。色々大変だったね。」
嬉しそうな顔。しかし表情がここまでコロコロ変わると色々面白いと思いつつも、とりあえず逃げるぐらいなら、一緒に考えてあげようと思うことにした。
とは言え、周りから見たら、これ絶対に親子みたいに見えるよな。大人は世間体なんか気にしちゃうから、やっぱり疲れる。
ひとまず、落ち着かせて、どうしたらいいのかを考える。あんまり神様とかは信じてないが、少なくともタイムトラベルしてしまっている彼女がいる以上、もう一度タイムトラベルして戻ってくれるのが一番いいけど、そもそもそれを期待するほうが難しい。
まあ、良識的には、
「警察には行った?」
「交番の場所がわからなかった。110番してもかからなかったし。」
ごもっともな意見だが、交番の場所がわからないのは良くないな。僕も近くに無ければ場所は知らないだろうが。
「うーん、どうしようか。さすがにちょっと実家に連れて帰るとかもまずいし、だからと言って、今の時代で、家族が野木に住んでいるのかわからないし。」
「ねえ、例えば住んでたとして、今のお父さんとお母さんは受け入れてくれるかな?」
無論、受け入れていただきたいが、まさか本人と遭遇という可能性も否定ができないし、仮に本人同士が会うことで、中二病的な言語でいう「世界線」の分岐になるのは、少なくともこの次元では起こしたくない。
残酷なのは、受け入れられないパターンだろうし、20年という年月が彼女をどう受け入れるか。
無言で考えを廻らす。こういう時に僕のネガティブ思考が邪魔をする。ポジティブ思考なら、行っちゃえってなるんだろうけどね。
「...考えてるよね?」
「うん、考えてる。いろいろ考えてるよ。えっと、君のご両親って、いくつなんだっけか?」
「えーと、お父さんは46、お母さんが44かな。」
ふむ、まあそんなに問題はなさそうだけど、念のため釘はさしておこうか。
「君のご両親がまずご健在であっても、今はその歳に20歳がプラスされてるわけ。で、僕と同い年の君もどこかにいるはずなんだ。」
ちょっと口調を強める。若干たじろぐ彼女。
「僕も合わせるのが手っ取り早いとは思うけど、その場合に、君は本当の親から拒絶される可能性が非常に高い。」
親が仮に存命だとしても、もう一つの問題が、彼女を拒絶する原因になると思ったから、
「なぜなら、君はこの世界に二人いる可能性が高いからね。なんで君にこんなことを言うか、それは、君自身が動揺して、間違った方向へ行ってしまうのを、何とか食い止めたいし、今なら少なくとも僕だけが事実として受け止めるだけで済むなら、それで解決しようと思ったから。」
「...結構色々考えてくれたんだ。」
「歳を取ると、どういうわけか、一瞬でいろんな考えが出来てしまうんだよ。年の功っていうやつかな。」
急に親を見るような目に変わっていた。瞳に吸い込まれそうだというのは、こういうことを言うのだろう。
「なんとなくわかった。それじゃあ、戻る方法もわからないわけだし、私はもう受験生でもない、高校生でもない、ただの女の子ってことかあ。」
ぼんやりとした感じ、でも難しい話をしたあとだし、安堵の表情というか、今日一番落ち着いた雰囲気だった。
「ちょっと憧れてたかも。毎日勉強して、進路もギリギリまで考えて、とか考えなくて済むってことでしょ?これからしばらく休んでいいってことでしょ?」
確かに受験生にとって、3年の夏は嫌々ながらに勉強するしかなかったから、そういう点では解放されたというわけか。彼女の生きる支えには、十分すぎる対価になっただろうか。
いくらか考えたが、ひとまず受験生ということを考慮して、ビジネスホテルを取ってあげて、僕が帰省から帰るときに、一緒に引き取るか、あるいは僕の妹に預けるか、ぐらいしかできないな。
妹を説得するのが難しいが、最悪あの部屋で同居はさせてあげたくないよなあ。
「高校生がホテルに泊まるって、本当にいいの?」
「まあ、苗字は違うけど、一応『保護』者だから、多分大丈夫。今晩は20年後の世界に慣れるといいよ。」
手続きを済ませて、前払いでとりあえず東京へ帰るまでの宿代は出しておいた。それと、連絡手段に携帯電話を契約してあげた。2Gでつながらない携帯電話に近い形のモデルにした。スマホを買い与えるには、まだ情報量が追いつかないだろうと。
「とりあえず、なんかあったら、電話帳に番号入れてあるから、掛けてきていいからね。」
「ねえ、少し早いけど、これって付き合えって神様が言っていることなのかな?」
また古い、こっ恥ずかしい話を出してきたな。少なくとも本気だったんだな。あの言葉...
「どうだろう、ちょっと僕のほうが整理出来ていないからね。まあ、本当なら君の望んだ通りに僕が現れたことになるから、確かに運命みたいなものは感じるかもね。」
それでも、とりあえず、とどまらせること。絶望しなくても済むような方法があれば、しばらくはそうして生きていくしかないのかな。
「でも、しばらくは保護者。君が自活できるぐらいまで育てないと...僕は君の親じゃないのに、不思議なことを言っているね。」
「真面目で真摯だったよね。そういうところが好きだった。でも、なんでかあの頃は告白してくる人が多かったから、みんな同じに答えてた。でもね、実は特別だったんだよ、君は。答えにしっかり応えてくれたんだから。あとは、君の気持ちと、私の気持ち次第かもね。」
ビジネスホテルなので、ご飯も買ってあげた。外で食べるにしても、僕にも親が待っているから、そこは譲らなかった。いろいろな話をしてあげるのは、それからでいい。
「明日また迎えに来るから。ホテルの人に迷惑を掛けるなよ。」
「そこまで子供じゃないです。ありがとう。おやすみなさい。」
さて、どうしたものか。
まさか38歳にして、17歳の娘とも恋人ともいえぬ拾い子をしてしまった。
今日はこの辺で。
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