第9話:剣

「T・ハンドの気配が……消えた」


バルド城の一室で皇帝ラーは、玉座に座り頬杖をつきながらそう言った。そして彼の前には、美しい女性がひざまずき、顔を上げる。


「ルーテイシア、T・ハンドの行方に心当たりがあるか?」


ラーにルーテイシアと呼ばれた女性は、その美しい顔を険しくした。ルーテイシアは、皇帝ラーに従う古代人である。だから年齢は、わからないが見かけは、20代といったところ。


古代人は、年をとらないのだ。


「いえ! しかし、あのような者を野放しにしてるのは、よろしくないかと。あの者は、危険です!」


ルーテイシアのその言葉にラーは、薄ら笑いを浮かべると美しいワインレッドの瞳を大きくした。


「T・ハンドの野心の激しさは、わかっているつもりだ。あいつを野放しにしているのは、まだ利用価値があるからだ」


「しかし……」


「元々現在人のT・ハンドが我々古代人以上の事は、できはしない」


ラーは、それが当然であるかの様に不適な笑みを浮かべる。ルーテイシアは、そんなラーを冷静な表情で眺めた。


「ところで……宇宙船ELLEとヒルデガードの消息は、つかめたのか?」


「いいえ、ただ宇宙船ELLEらしき物が西へ向かったとの報告がありました。シアン・シルスを確認に向かわせましたが……いまだに連絡は、なく……」


遠い目で言ったラーにルーテイシアは、申し訳なさそうに報告した。少し上目使いにラーを見るルーテイシア。ラーは、静かに両目を閉じる。


「シアンも消息不明という事か……宇宙船ELLEに間違いないだろう動かしているのは、ヒルデガードかもしれんな……また厄介なものを起動させたな。ルーテイシア、こちらの戦力は、どのぐらいだ?」


「今、起動できるのは、炎の剣が3機。風の刃が25機、オーバー・ホール中ですが、起動するだけなら問題は、無いかと」


「フム、宇宙船ELLEを相手にするには、少し戦力が足らんな。天空の剣を出す準備は、しておけ」


「しかし、それは……」


「何か問題でもあるのか?」


ラーは、そう言って鋭くルーテイシアを睨みつける。


「いえ……ただ……天空の剣は、まだ艤装中です。通常の3割の出力が出るかどうか」


「それでも、かまわんよ。単体でアレを足止めできるのは、天空の剣しかないのだ」


「わかりました。それでは、さっそく準備に取り掛かります」


ルーテイシアは、そう言って立ちあがった。




 ラーの居る部屋を後にしてルーテイシアは、城内を歩いていた。美しい花々が植えられている中庭が伺える通路でルーテイシアは、誰かに呼び止められた。


「ルーテイシア!! こんな所に居たのかい?」


「リーン!?……リーン・マッシャー!?」


ルーテイシアは、驚いたように振り向き声を上げた。

自分の後ろからやってきたリーンに向き直り、ルーテイシアは、鋭い視線を向けた。


「新しい情報は、無いのかい? じっとしてるのは、性に合わないんでね。なんなら、シアンの消息を探しに出てもいい!」


リーンは、ふてぶてしい態度でルーテイシアに近づいてきた。


「あなたに話すような情報は、ないわ!]


「ハハハッ!! なんだい? つれないねぇ〜、私はね、あの裏切り者ヒルデガードとデュアルが許せないんだよ! だから、一刻でも早く見つけてこの手でやつ裂きにしたいのさ!!」


リーンは、自分に冷たい視線を向けるルーテイシアに右手拳を突き出した。


ルーテイシアは、静かにリーンの右手拳を掴む。


「デュアルは、わたさない! 彼は、私が倒すのよ!!」


ルーテイシアは、そう言ってリーンの右手拳を掴んでいた手に強く力を込める。

ルーテイシアの内に秘められた激しい炎が垣間見られた瞬間でもあった。


「フフッ……そうかい? そうだったねぇ〜、あんたの旦那と娘を手にかけたデュアルが許せないのかい? じゃ、私は、あんたの妹ヒルデガードだけでがまんしてやるよ!!」


「……」


リーンは、不適な笑みを浮かべると右手拳を引き戻した。そして、ゆっくりとルーテイシアの前から去っていくのだった。



 ルーテイシアは、バルド城内に作られた研究施設の部屋で作業を行っていた。


大きな精密機械がひしめき合う所である。部屋の端には、大きなフタ付きのベットが三つ並んで据え付けられている。その内の一つは、使用中でフタが閉まっており、中には、がたいの良い男が眠っていた。ルーテイシアは、眼鏡を付けた姿でディスプレーに映し出された画面を眺めながらキーボードを叩いていた。そして、しばらくするとプシューっと空気が抜けたような音がすると使用中のベットのフタが開いた。ルーテイシアは、それに気がつき立ちあがった。ベットの中から男がむっくりと起きあがる。男が気分悪そうに手で顔を押さえるといつのまにかルーテイシアがとなりに来ていた。ルーテイシアの右手には、コーヒーの入ったカップがにぎられていた。それを男に手渡すと口を開いた。


「右腕の調子はどう?」


ルーテイシアがそう聞くと男は、カップを左手に持ち替えて、右腕を軽く動かしてみた。



「ああ、この前よりいい感じだ!」


男がそう答えるとルーテイシアは、ニッコリと微笑んだ。男の名は、バーキスと言う。


彼もラーに従う古代人の一人である。


「ルーテイシア、1ヶ月ぶりか?」


「ええ、そのぐらい!」


「あいつ……いや、ラーは、どうしてるんだ?」


バーキスがそう聞くとルーテイシアは、可笑しそうにわらった。


「フフ、相変わらずよ! 仲が良かったものね? あなたとラーは、……そんなに心配?」


「よせやい! 数千年も昔の話しだよ。今のあいつは、……昔とは、違う」


バーキスは、少し焦ったように言った。そして、カップに入ったコーヒーを一口飲み込む。


「なあ、ルーテイシア。なんで、ヒルダのやつは、俺達を裏切ったんだ? デュアルは、わかる! あの性格だからな。しかし、ヒルダは、……」


突然のバーキスの問いにルーテイシアは、戸惑いながらも微笑んで答えようと口を開いた。


「わからない……あの子……幼い頃から、わがままでね。姉の私の言う事なんて一言も聞いてくれなかった。何か気にいらない事でもあったのよ……それで、裏切ったんだわ」


「そんな事で……裏切るのか? 俺達の使命すら忘れて……それとも何か? 俺達の知らない事でもあるのか? ラーがおかしくなったのもヒルダが裏切ってからだ」


バーキスは、少し感情的に言ったがルーテイシアは、これ以上何も答えてくれなかった。ただ遠い目で何かを考えてるような顔だった。そんなルーテイシアを見てバーキスは、深いため息をつくのだった。


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