第8話:ドラグーン

 静かな耳鳴りがするほどの静けさが周りを支配していた。暇だからといって、小さな部屋の中を歩き回るほど落着きのないまねはしない。待つという事は、誰もが辛い事であろう。だがそれをエルは、苦に思わない。椅子に座り、ある一点をじっと眺め、ネジが切れたからくり人形のようにエルは、表情をくずさない。


「きたい……はずれ……よね……」


エルは、ふとそう呟いた。


きたいはずれとは、ここのレジスタンスの事である。もっと大掛かりな組織を思い描いていたエルにとっては、きたいはずれだったのである。まるでモグラのようにあなぐらでアジトを作りレジスタンスと名乗っていようとは、思わなかったのだ。しばらく自分を質問攻めしていた男が席をはずしてエルは、男が戻ってくるのを待っていた。何か仲間と相談でもしているのだろうとエルは、思っていた。そして、ぎーっと言う音と共に部屋の扉が開き男が入ってきた。さっきの男が戻ってきたのではなく。今度は、まったく別の男が入ってきたのだ。男は、疲れたように欠伸をして頭をかくとエルの前に椅子に腰掛けて両足を机の上に投げ出した。そして、エルに足の裏を見せたまま男は、目を閉じて眠り始めたのである。エルは、その事にキョトンと不思議そうに眺めていると男は、片目を開き口を開いた。


「どうした? 俺の顔に何かついているのか? そんな顔をしたって何も出ないぞ」


「いえ、そんな!! 私は……」


「昨日から寝ていないんでな! 眠いんだ」


男は、そう言って再び眠りはじめるのだった。エルは、呆然と飽きれたように彼を眺めるのだった。



 そして1時間半の間、男は眠り続けた。


男は、目を覚ますと大きな背伸びをしてエルに笑顔を向けた。そのことにエルが少しけげんな顔をする。


「少し寝たからね! 気分が良くなった。さっきは、気分がよくなかった」


「……私……飽きれています。少しねたからと言って……気分がよいの悪いのと……」


「フッ……話をするなら気分が良い方がいいだろう?」


男は、エルの言葉にきっぱりとそう答えて笑みを浮かべた。そして、冷静な顔つきでエルを見据え、突然ニッコリと微笑むと大きく右手を振り上げた。次の瞬間には、ドンっと机にその手を叩きつけた。突然の音と男の行動にエルは、身をすくませた。


男は、笑みを浮かべたまま、スーッといつのまにか手にしていた物をエルに差し出す。



「これは?」


エルが大きく目を見開く。男がエルに差し出したのは、分厚い書類だった。


「君は、言ったね? ラーを倒すと……我々に協力すると……しかし、何度も言うようだが君が古代人である以上信用する事ができない」


「でも、私は…………」


「君の言いたい事は、わかるつもりだ! だが……我々は、命がけでレジスタンスと言う組織を作っている。帝国に見つかれば……それで終わりなんだ! それも、一瞬でだ!それほど、帝国軍は、強い! 強すぎる! まるで、人間じゃない! 化け物のようにだ。古代人がその化け物の代表だ。それでも我々は、帝国に、ラーに逆らい続けるだろう。それほどまでに民は、追いつめられている。子供達は、飢えと貧しさに次々と死んでいく! 帝国の重い税に民が苦しんでいる。飢えと貧しさに耐えきれず人を殺し金を奪う者、強盗、盗み、挙句の果てには、町ぐるみで食料の奪い合いだ! こんな世の中では、帝国に反抗する者が多い。だから我々は、命がけでここに居る」


「…………」


「我々は、命がけでここに居るんだ! 君が帝国の手先でないと言うなら、それなりの誠意を見せてもらわなければ信用は、しない。もし、その誠意を見せてくれると言うのなら、我々は、……君に……裏切り者の古代人に協力しようじゃないか!」


男は、両腕を広げて大げさに仰け反ってみせた。エルは、この男の話しで今のこの世界の現状を思い知らされた思いだった。そしてエルは、分厚い書類を手に取り口を開く。


「では、私がこの書類を届ければ良いのですね?」


「そうだ!! 北のレジスタンス反皇帝王族軍にな!」


「しかし……あなたは、それで誠意を見せろと言いました……これを届けるだけで……あまりにも私達には、分が悪いですね?」


「それは、どう言う事かね?」


男は、あくまで冷静をよそった口調で言った。この時エルは、男の企みに気がついていた。だがこの男の企みにあえてのるしかない事を感じていた。

信用されるには、それしかないと。


「私達がこの書類をもってここを出れば、直ぐにでもこのアジトを引き払うつもりなのでしょう? もし、私がスパイであれば、ここ場所に戻ってきた所で誰も居ない!北のレジスタンスから返事がなければ、失敗したか私がスパイであったと考えれば良いっと……そう考えているのでしょう?」


男は、エルの鋭い言葉にピクリと繭をうごかした。

そして、一呼吸おいて男は、口を開いた。


「面白い推測だ。古代人である君が協力してくれると言うのは、ほんらいなら歓迎すべき事なのだがこう言う対応しかできない事を許して欲しい。それから、もの好きな者が部下に居てね。君を見て、君と行動を共にしたいと言ってきた」


「……」


「ニブル・ニート=カハ!!」


男がそう叫ぶと部屋の扉が開き、一人の男性が入ってきた。

エルが顔を向けてその男性の顔をみる。精悍な顔立ちの男性。悪く言えば、野生的と言った所。年は、20代後半。名前は、ニブル・ニート=カハと言う。

今までエルと話しをしていた男の名は、ルクス・フォン・ランドールっと言った。ルクスは、下級貴族の出で彼の父は、貴族であったが政治、人間関係が苦手であった。そのためろくな役職にも付けずにランドール家は、貧困のどん底を舐めてきた。それが今、レジスタンスの頭目であり、切れ者と噂されるようにまでなったのだ。


「彼が君と共に行動したいと言っている者だ」


ルクスがそう言うとニブルは、エルに向き直り直ぐ側までやってきた。

ニブルは、エルと同じ視線になるように腰を落として握手を求めた。


「俺の名は、ニブル・ニート=カハ。ニブルと読んでくれ」


「私の名前は、エル……それだけです」


エルは、そう言ってニブルと硬い握手をするのだった。「貴方は、私に興味があると?共に行動をしたいと聞いてます……私は、貴方を拒むつもりは、ありません。私に協力してくれると言うのなら、歓迎します。ただ、私はまだここの人達には、信用されていませんが……」


「わかっている。信用される為に北のレジスタンスに行くんだろ?」


「はい!」


エルは、優しく言うニブルに微笑むのだった。




 同じ匂いがするのだと、ある人物と同じ臭いがするとニブルがエルに言った。ニブルがエルに興味をもったのは、そんな理由からだ。単純な理由だと思うだろうがニブルにとって、それは、懐かしい感じであり、忘れられないものだった。2年以上前にラストシティーで別れた古代人。彼は、自分の記憶を無くし苦しんでいた。そんな彼とニブルは、出会い一緒に旅を続けたのだ。何度も死戦を一緒にのりこえてきたのである。そして、彼は、ニブルと別れる時その命が尽きようとしていた。そんな古代人とエルが重なって、ニブルには、見えるのだ。


「匂いが同じ? 私が古代人だからですか?」


「いや、そうじゃないなんていうかよ……そうそれだ!! その目が似ている。そう感じるんだよ」


ニブルは、エルを指差して言った。


エルとニブルの居る場所は、変わらずさっきの小部屋の中。ルクスフォンランドールの姿は、なかった。壁際にある椅子にエルが腰掛けてニブルは、その横で壁を背にもたれていた。ドタンっと激しく扉が開かれるとルクスが荒々しく入って来た。

ルクスは、木の机を前にしてエルの目前まで来るとドンっと両手で机を叩くのだった。



「君は、……やはりスパイであったか?」


「違います! どうしたんですか? さっきは、あれほど……」


「直にでも帝国の強化兵が攻めてくるぞ! ここの場所がばれたのだ!」


ルクスは、声を荒げに叫びエルを睨みつける。

ニブルは、ルクスとエルの間に割って入った。


「それは、本当ですか?」


ニブルが丁寧な口調でルクスに聞く。


「間違いない! 強化兵がここを目指している! その数、およそ500!! 強化兵だ、数に惑わされない方がいい」


「強化兵か……一人で五人以上の働きをする。単純計算で2千500人以上の戦力か」



ルクスの言葉にニブルは、呟くように言った。ここのレジスタンスカハの軍は、近くの町、村からの援助を受けて成り立っている。戦力となる若者をかき集めても2千人程度にしかならない。そう、500人程度ではあるが帝国の強化兵に攻めてこられては、ひとたまりもない。


「あなたに幾ら言ったとしても信じてくれないと思いますが私は、本当に帝国にスパイだとかそういったものではありません!! もう、信じろとは、言いません。しかし、私がこの場所を教えたのではないという事をわかって欲しいのです」


エルは、しんけんにルクスに訴えた。

ルクスは、そんなエルを奥歯を噛み締めて睨みつける。


「ルクス様、この子は嘘を付いていない」


「……」


「同じ匂いがするんだ! あいつと同じ感じが……」


「フッ……匂いか? よほど変わった匂いらしいな!? いいだろう、私個人としては、信じてみよう。このアジトを捨てる!! 用意していたもう一つの場所へ向かう。ニブル、おまえは、その子と共に北のレジスタンスに向かってくれ」


「そうこなくちゃな」


ニブルは、そう叫んで笑みをもらした。

ルクスは、一瞬エルの顔を見据えると直ぐに背を向けて部屋を出て行こうとする。そんな彼にエルは、声をかけた。


「ルクス様、私は、貴方達を裏切はしません」


ルクスは、そんなエルの言葉にほくそえむと、くるりと背を向けて部屋を出て行くのだった。


「行こうぜ! エル、こんな所でぐずぐずしていたくねぇ!」


「はい! しかし、私と共にここへ来た人達は何処に?」


「ああ、あの親子か? 知ってるぜ! ついてきな」


ニブルは、そう言って部屋を飛び出した。その後をエルは、追うように部屋を飛び出していく。今、運命と言う名の蛇がエル達を飲み込もうと狙い定めている。

全ての終焉にエルは、行きつく事ができるのだろうか。




「うおぉ〜っ!」


男達が雄たけびを上げて手にそれぞれ武器を持ちいっせいに走り出した。森の中、攻めてきた帝国の強化兵500人をレジスタンスの男達が200人ほどで相手をしようというのである。


はっきり言って自殺行為である。

だが彼らには、役目がある。アジトから全員撤退するまでも時間を稼ぐことだ。

帝国の強化兵は、全員軽装である。素早く動けるように重い鎧など着けていないのだ。強化兵は、一般兵の約3倍のスピードで動き、まるでレジスタンスの男達を蹴散らすように切り殺していく。圧倒的な強さだ。時間稼ぎどころか直ぐにでも全滅してしまいそうな勢いであるのだ。


「クッ……駄目だ! 強すぎる!」


一人のレジスタンスの男があっさりと殺されていく仲間を見て思わずつぶやくのだった。


レジスタンスの誰もが帝国の強化兵の強さに驚愕した時、強化兵の一人が悲鳴をあげた。



「うぎゃ〜っ!! うががが……」


レジスタンスではなく強化兵がである。

その事に全ての者が目を大きくして戦場でるにもかかわらず全体の動きが一瞬止まったかに見えた。

そして、森の中でのレジスタンスと強化兵の戦場は、戦場ではなくなってしまったのだ。


戦場の片隅には、化け物が立っていた。


そう人間にとっては、化け物以外の何物でもない姿、形の恐ろしい物である。白銀に輝く身体は、硬い鱗で覆われ、その姿は、人間のようで手には鋭い爪と口には、大きな牙、尻には、蜥蜴のような尻尾、頭には角が生え、爬虫類のような目がギロっと輝いている。それは、白銀のドラゴンのようであった。人の形をしたドラゴン、この世界の人間は、そろってそれを見て叫ぶであろう。


「竜戦士(ドラグーン)!!」


っと、それを見たものは、呟くか心の中で叫んでいた。


強化兵が一人、最初の餌食になり頭を白銀の竜戦士(ドラグーン)の手に掴まれていた。ギリギリっと強化兵の頭を締め上げていき、その鋭い爪が食い込んでいく。


「グッぐわぁ〜!!」


強化兵は、恐怖と痛みに身を固めて何もできずにいた。いや、抵抗しても無駄だとわかっているのかもしれない。


そして、竜戦士(ドラグーン)の目がギロリとうごめいた。


ドスっ!!!!


肉がぶつかるような音がしたかとおもうと竜戦士(ドラグーン)の右腕が強化兵の胸に潜り込んでいた。その腕は、強化兵の背を突き抜けて心臓を掴みとっていた。心臓を抜き取られた強化兵は、竜戦士(ドラグーン)の腕を掴んだままピクピクと痙攣したかとおもうと口から多量の血を吐き出し、竜戦士(ドラグーン)の腕にその兵の血が胸から染み出してくる。その強化兵が死んだ事を確認すると竜戦士(ドラグーン)は掴んでいた心臓を握りつぶした。その時飛び散ったあまりにも赤い血が合図であるかのように竜戦士(ドラグーン)の殺戮が始まったのである。頭を引き千切られる者、腹を引き裂かれ内臓を引きずり出される者、肢体を引き裂かれ肉片になる者。この戦場は、赤く血の色に染まっていった。


ここは、もう戦場と呼べるものではなく処刑場である言ってもいい。誰もがその竜戦士(ドラグーン)の凄まじい強さに驚愕し、誰一人として太刀打ちできない。激しい兵達の悲鳴が森の中に響きわたり、ときおり竜戦士(ドラグーン)の咆哮がこだました。まるで無知で無力な人間達をあざ笑うかのように。




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