第5話

そこから、図書室で黒沼麗子先輩が黒沼高校の歴史書を黙々と読む時間が増えた。

仲の良さそうな人達が何を読んでいるのか、と問えば。

家のためのお勉強よ、と上品ながらも皮肉を感じさせない毒。


この人は、薬なの?毒なの?愛なの?悲しみなの?


下級生達は三年の黒沼先輩を潤んだ瞳と破裂しそうな心臓で、眺めていたが。

時に情熱が冷静さを呼び寄せてあの愛の結晶ノートへの書き込みも減っているようで……。

先輩が歴史書を読み終わった日に、二人で恐れ多くもまた本を全部引っ張り出す勢いで抜き、今度は二人分通れるよう大きく本棚を動かした。

はたして、書き込みは増えていなかった。

圧倒的な黒沼麗子先輩への書き込みは、もう追加されることがないのだろうか。

私は、ノートを許可も無しに悪いと思ったが図書委員の詰め所へと移動させた。これは管理されるべき歴史に思えたのだ。学習机の中や、結界・秘密の花園の秘密の空間には、他にも隠すように、同一の秘匿された愛情が綴られたノートが幾冊かみつかったので。

「このノート、わたしすきだわ。あなたみたい。不思議ね。あなたはこのノートに何も書いたことがないと言うのに。きっと


あなたがこのノートを大切にしてくれるからだわ。

最初は気持ちが悪かったの。でも、なんにも書かずにいてくれた、あなたがいた」


麗子先輩の顔はキスできそうなくらい、顔が近い。私は、その時にはもう、本の数と同じくらい、先輩の名を呼びたい衝動が出ていた。

先輩の話だと、図書室には秘密があり。その秘密が解かれそうな時は互いの名前を名乗ったり呼んではいけないと言うジンクスがこの高校にあったらしい。

「ねえ璃子」

麗子さんが私の両手を取る。


「わたしたち、このがっこうのひみつを握っているの。それも


ふたりで」


わたしは、なぜだろう、毎日麗子さんを見て。

とろけてしまって呂律の回らない、目も涙の膜で潤む瞳で


「はい。麗子さん。黒沼麗子先輩。私達、たくさんの人の恋慕を隠してる」


手と手を取り合って図書室で、黒沼先輩が言う。


「お願い。璃子。私、私は、初めてはあなたとがいいの。口付けをあの場所でしてくれない?絶対に璃子との間に他の人に入られたくない。子供っぽいでしょう?」


先輩が、手を熱くしたり、冷たくしたりしているので。

「先輩、年下から奪われるの、興奮しますか?」

「え?」

どういうこと?と。

「この詰め所は私の場所。私達はこうして台座の下に隠れて」

本の返却口の台の下へ潜り込む。


「あの恋慕の坩堝よりずっと、わたしのナカの場所で先輩を唇で抱きます」

そこから先は、唇と唇のあいだに、何も入らなかった。

一度して、

「ファーストキスだわ」と先輩が不思議そうに呟き。私はいっぱいいっぱいで。

「フレンチとディープ、ディープ嫌ですよね」

「なんの話?」

「麗子先輩、知らないんだ」

帰りながら教えます。

だから、今日は私と一緒に帰ってください。

大胆な願いだ。でも、じつはもう、他に生徒は残っていないし、親衛隊のような人たちもいない。

何より麗子先輩を互いに見守りながら送らなくちゃ。

「いいわ」

まるでデートの誘いに乗るように、黒沼麗子先輩は私と初帰宅しようとして、見通しの悪い場所で自転車と衝突し、病院に意識のないまま搬送された。

検査の結果軽い打撲と擦過傷だけで脳に異常はない。

しかし、目覚めた先輩は大人の、私の知っている乙女の先輩ではなくなっていた。

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