第3話
軽くなった本棚。本は二十、三十じゃきかなくて大仕事だった。そして、動かせるようになった本棚には、まだ数冊の本。
しかしこれだけ、どかせば!
本棚を手前に、自分側へ動かしてみる。
ズズズ……
ゆうに動いた!
あの、秘密の「空間」!だれもそこにある本が取れなかったデッドスペースへ、足を踏み込められる!
本棚を斜めにずらした、その横の本棚との隙間。細身の璃子なら、なんとか通れる。体に張り付いた制服に色っぽい何かを感じながら、体を滑り込ませて空間へと侵入した。
そう、侵入だ。これは。
なぜなら、そこに置いてあった学習机とその上のノートのこと。
璃子は西日に当たりながら真っ黒く見えるノートを開いた。
〈二年一組 赤城鳴子様
お慕いしております〉
〈三年二組 浅原由紀子様
密かに恋焦がれております〉
〈申し訳ございません。一年のとある方。どうか、勝手な想いをお許しください〉
学年とクラス、名前と愛の言葉。その羅列だった。
ゆっくりとページをめくっていくと背後が気になった。誰もいない。
それでも。
一度、璃子は本棚のその隙間からノートと共に擦り出るようにして脱出し、ガラス張りの詰め所へと隠れた。本棚は位置だけ戻し、出して積み上げた本はそのままに。
愛の言葉はまだ続く。
しかし、一年生の名前は出てこない。
どうやら、このノートは麗しい先輩たちへ秘めたる想いを綴るための結晶で、璃子は最初のうちはあの秘密の花園のような空間から持ち出した事を後悔したが、読み進めるうちに、どの慕われている先輩も美人、あるいは活発で有名なことに気づく。そして、万が一、一年生に思いの丈をぶつけてしまうと、その筆記に近い者は永遠にこの「結晶のノート」から締め出されてしまい、「今後このノートへのご記入はお控えくださいますよう。」と体良く追い払われてしまう。
ガラス張りの詰め所のなか、座り込みながら隠れて読んでいた璃子は慕われている先輩たちの確かな魅力を思い出し、そのノートに記入している者達と同じように尊敬の念を抱いていた。
しかし、自分でも書こうとは思わなかった。
なぜならば
黒沼麗子様
お慕いしております。
どうかこの想いに気づかれませんように。
嗚呼、嫉妬などしてはいけない、それでも、わたしは己を律し。
羨望、まさにそれでございます。
どうか末永く、貴女のお姿をこの目に、心に抱きしめていることを許可してくださいませ。
他にもいろんな文言が黒沼麗子嬢へと寄せられていた。
字は可愛らしいものから達筆なもの、すこし崩れたものなど、様々で。筆記用具に関しては近い印象のものが続いたり、まったく異なる細いボールペンだったりする。少なくともシャーペンは見つからない。ボールペン統一だ。ただし、丁寧に下書きしてから書いたであろう文、そして消しゴムで消して、ボールペンのインクが伸びて汚してしまったところなどは、筆記者が追記でお詫びをしている。
この学園の麗しの愛の結晶ノートはなんなのだ。
そろそろ下校時刻だ。立ち上がった璃子。
そこには、やはり誰もいなかった。
体を擦りながらやはり制服と体がすれるこの瞬間を色っぽく感じながら、ノートを花園の空間の学習机に戻し。本棚を全体重をかけて動かして、そして、出した本全てを仕舞い直し、暗くなった校舎を璃子は図書委員として掃除だけはしっかりして帰って行った。なぜか、小走りにかえって。
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