第2話 地球外生命体とは、僕らのことですか?

空腹が我慢の限界を迎え、命綱だった残りの所持金を手にふらりと立ち寄った定食屋。そこで大盛りのご飯で腹は物理的にも満たされたが、お金を失い無一文に、さらには食事の最中に味覚すら失ってしまった。

初めは食事になにか細工でもされたのかと、無意識にも無実の罪、疑いの念を持ってしまったが、僕はそれ以外の一つの可能性を見出した。

それは僕自身が味覚を感じなくなってしまったということ。


しかし、それを現時点で決めつけるのは自分の身体だとしても良くない。

まずは検証して見ることにした。

先に味覚障害とは突然起こるものなのか、それを調べる必要があった。

もし仮にこれが病気だとしたらこれを治すことが出来るかもしれない。それができれば、また以前のように美味しいご飯を食べられる。

図書館で味覚障害に関する書物をとりあえず何冊かピックアップして、周りの普通の人たちを怖がらせない、迷惑にならないように端っこの席で隅から隅まで調べていった。だが、よくよく考えてみるとこれらは全て「普通」の人間の身体の医学本だ。

僕自身は人間の両親を持ち、人間として育てられてきた普通の人間。だと思っているが、実際鏡に映るこの身体は世間で言う地球外生命体そのものである。

ここには地球外生命体の身体に関する医学本は存在しない。いくら調べたところで意味がないのかもしれない。

なら、やはりやるべきことは自分の身体で試してみるしかない。


「検証一回目。まずは公園の食べられる草を食べてみる」

幸いな事に今のような生活が長引いていたお陰で食べられる野草を見分ける能力を身に着けていた。野草でも食べられるものであれば腹を壊すこともないはずだ。

僕は公園や河川敷に自生している食べられる野草を出来る限り多く、味を感じられるものああるかもしれないと種類も大量に取りまくった。

「ざっとこんなものか…。本気で探せば結構あるもんだな」

全部で20種類ほど。中には食べられはするが正直微妙なものまであえて選んでみた。苦味やえぐみでも味として認識できれば可能性はあるからだ。

人気の少ない公園に野草を持ち込み、スーパーの外に誰でも持ち帰りOKと書かれたダンボールの上にそれを広げて食べてみる。

一つひとつ、しっかりと噛み締め、咀嚼し、舌の上で味を感じ取れるか試みる。

1つ食べては味が混ざらないように公園の水飲み場で口を濯ぐ。そしてまた別の野草を口に含み咀嚼する。それを何回も繰り返して、可能性を手繰り寄せる。

だが、全てを食べ終えた結果は惨敗。どの野草にも苦味もえぐみも美味しさも何も感じなかった。

「まじかよ…。食べられる物の中でも特に生で食べると苦味やエグミが強いものを選んで採ったのに…」

僕の身体は一体どうなってしまったのか…つい最近までは普通にご飯の味も野草の味も感じていたのに何故突然こんな事になってしまったのか…。一回の検証で自分の身体の変化を決めつけるわけにはいかない。次は本当はやりたくないがこれしかない。

次の検証で食べるものは、森の木々の蜜を主食に生息している昆虫たちだ。

昆虫食は最近のニュースや動画サイトでもよく見ていて、正直気になってはいた。動画の中で美味しそうに虫を頬張る投稿主にコメントでどんな味ですか?や初心者でも食べられますかなど質問したことがある。

もちろん、質問の答えはこうだ。

「虫は確かに食べられるけど 、初めて食べるなら普通に市販されているものをおすすめするよ」

確かに、投稿主が言っていることは正しい。野生に生息している昆虫にはどんな寄生虫がついているかもわからない。彼らはそれらに詳しいからこそ、野生の昆虫を食べられているわけであって、僕はそこらへんの知識なんて全くない。むしろ、虫なんて素手で触れないぐらい苦手だ。それでもこの検証には必要な事。

僕はひとまず味は感じずとも少しばかりは膨れた腹で身体を動かし、公園の奥地にあるフェンスで仕切られた敷地を超えた先にある森へと入っていった。

野草取りに夢中になっていて時間を確認していなかったが、この森へ入る前に公園に設置されている時計を見てみると、時刻は午後18時をちょうど回った頃。どうりで空の色も水色から薄暗いオレンジと黒が入り混じったような見た目をしているわけだ。

「早く見つけて森を出ないと今日は森の中で一泊する羽目になりそうだ」公園のベンチで寝るのは慣れているが、草花が鬱蒼としている森の中でテントもダンボールもなしに一泊は嫌だ。さっさと虫を食べられる虫を見つけて森を出よう。

真っ暗闇の中、僕は月明かりを頼りに動画やネットで調べた食べられる虫を探した。

5分程歩いていき、森の木から出ている樹液の匂いを辿って、蜜に群がっている虫を捕らえていく。甲殻類と同じ体表を持っていて食べられなくはないが、味は個体によって差があるというカブトムシや古い腐りかけの倒木の真ん中を切り、中からカミキリムシの幼虫を幸運にも数匹見つけて、残りはネットの情報をもとに名前はあまり聞いたことはないものの食べられると記載があるものを手当たり次第採っていく。


さて、野草同様に約10種類の虫を捕獲することに成功した。

取る度に道中道すがらに手に入れたペットボトルや子供が忘れていった虫かごに虫を入れて苦手ながらもここまで来れた。

先程から捕獲した虫の羽音が気持ち悪くて仕方がない。

「動画ではしっかりと調理していたけど、僕は今からこれを生で食べないと行けないのか」

採ったばかりの虫たちは元気がよく六本の足を無造作に動かしている姿は鳥肌もので、思わず喉が鳴る。

いつまでもうじうじしている暇はない!

ええ~い!ままよ!

僕は虫かごから取り出したカブトムシを心の掛け声と一緒に勢いに任せて口の中に放り込んだ。

なかなか噛み砕けない硬い甲殻、口の中で鋭い脚の棘が暴れまわる。噛み砕こうとカブトムシの身体を奥歯に移動させ、思いっきりできるだけ一呼吸で上下の歯を噛み合わせる。すると硬い甲殻の中からドロっとした液体と中の妙に柔らかいおそらく虫の肉の部分が分離している気がする。

時折、角が歯の間に挟まるが食感的には段々とスナック菓子に近い。

動画では硬すぎて食べられたものじゃないと言っていたが、食べてしまえばなんてことないな。

カブトムシで調子がついたのか、虫かごの虫を次々と口の中に放り込んでいく。

「なんだろ、意外と悪く…ない…な」

あんなに嫌だった虫がいざ食べてみると嫌じゃない。むしろ、定食屋で食べていたご飯よりも感じが良い。

確かに味覚こそ感じないが、今までの食事よりもまだ身体にあってはいる気がする…

そう言えば、僕が露頭に迷う前の頃、興味本位で地球外生命体生活地域に潜入してみたことがあった。地球外生命体が生活している地域は全て特区として分類されているが、潜入した地域はその中でもまだ比較的安全なところで、主に奴らの食料などを売買しているいわゆる市場だった。そこで売買されていたものは全て人間が到底食べるような食材ではなく、虫や海洋生物らしきもの、それに見たこともない謎の生物まで人間の市場と何ら変わらない活気で包まれていた。やつらは生きている虫を美味しそうに頬張り、虫を肴に酒を飲んでいた。

「まさか、僕の身体は本当に奴らと同じ…」

その時だった。森の奥から人の気配を感じた。僕はとっさに茂みに身を隠し、様子を伺った。すると現れたのは小汚い格好をしたホームレスだった。

手にはビニール袋やしきものと、ナタのような刃物。

何故この場所で、しかも刃物なんて…

怖くなった僕は気配を悟られないように森から出ようとした。だがそこで、突然鼻の奥を甘美な香りが刺激した。

それはホームレスの男が持っている袋とナタから香ってくる。

その香りに僕は一瞬嫌な考えが頭を過ぎった。

「いや、まさか、そんなはずは…嫌、絶対にない、ありえない!」

香りにつられて、今にも男に飛びかかりそうになってしまう自分の意思をなんとか抑えて、男が目の前を通り過ぎるのを待つ。

暫くして、完全に気配が無くなったのを確認した。

「やっといなくなった…あれ?」男がいなくなったというのにまだ強い香りが残っている。まるで犬のように鼻を効かせて辺りを見回すと、香りは何故か僕の足元から香っていた。暗闇の中、目を凝らして香りのもとに顔を近づける。何度か意識を持っていかれそうになりながら見てみると、それは何か液体のようだった。

恐る恐る液体に人差し指で触れてみた。

だが、僕は自分が我を失いそうになる香りの正体に、本当に自分の身体がおかしいという確信を得てしまった。

「これって…血…?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る