11話 天然ブルドーザー 七瀬 翠 編
白木姉妹が危惧した理由がすぐにわかった。
七瀬さんは休み時間になるごとに僕のところにやってきては話しかけてくる。もちろん僕の返事は『はぁ』の相槌一択だ。それでも意に介さず僕の領域をブルドーザー、いや、土足で踏み込んでくる。
紫尊くんでさえも割り込めず、はたから僕たちを眺めているだけだ。
(ヘルプ、ヘルプ!こう言う時ぐらい役に立ってくれ、紫尊くん)
トイレに逃げ込んでも男子トイレの出入り口の前で七瀬さんは待つ始末。
逃げられない!
これが今1番肌で感じていることだ。このままだと帰りも一緒に帰ろうとか言われるだろう。そうなると白木荘に住んでいることもバレる。
同じ屋根の下に住んでいることがバレたらそれこそ地獄だ。誇張なしで地獄絵図の想像がついてしまう。白木荘に住んでいることがバレることは死んでも回避しなければならない。それが今の僕に課されたミッションだ。
キーンコーンカーンコーン
学校の終わりのチャイムが鳴る。
顔を上げた瞬間、もう目の前には笑顔の七瀬さんがいる。
「うわっ!」
「もちろん一緒に帰るよね?佐伯くん」
屈託のない笑顔が僕の返事を鈍らせる。
「ご、ごめん、今日このあと用事があるんだ。先に帰るね」
「どんな用事なの?」
超がつくほどニコニコで聞いてくる。
「えーっと、ほら、あの、そうそう、だーいすきなママと会うんだ」
(マザコンPRで幻滅してくれ、頼む。おっ、真顔になった。真顔でなにか考え込んでいる。ここで『キモい』の一言を僕にください。お願いします)
「やったー!佐伯くんのママにご挨拶できるじゃーん。ねえねえ、メイク変えたほうがいい?髪の毛切ってきたほうがいい?制服でもいいのかな?」
(逆効果〜〜、だめだ、危険だがもう奥の手を使うしかない)
「帰る前にトイレ行っていいかな?」
「うん、じゃあトイレの外で待ってるね」
「長ーいトイレかもしれないから出てこなかったら先に帰っててね」
「いいよ、待ってる時間も楽しいからずーっと待ってるるの」
僕は個室に入った。もちろんすることは1つ。髪の毛を掻き上げ、メガネを外し、耳にピアス、首にネックレス、そして指にはクロムハーツの指輪。俺は劇的に変身した。
ガチャ
トイレの外で待っている七瀬さんと俺は目が合う。
(ドキドキする。バレないと分かっていても緊張するもんだな。でもなんで俺を見続けるんだよ。まさか!?)
七瀬さんの視線がトイレの扉に移る。
(やったぁー!気付かれなかった。さようなら、七瀬さん)
俺は地獄の数時間からようやく解放された。
七瀬さんにはちょっと気の毒だが途中で諦めて帰ってくれるだろう。俺はルンルンで下駄箱に向かった。七瀬さんが白木荘に帰ってくる前に俺は先に白木荘に帰っている必要がある。急いで帰らなきゃいけない。また捕まったら地獄の再開だ。そして校舎の玄関をくぐった瞬間だった。
『待ってぇ!』
はるか後方から女の子の声が聞こえてくる。
(まさか、七瀬さんが!?)
恐ろしくて振り返られない。
俺は振り返らずに知らんぷりをして先に足を進める。
絶対に逃げ切る
俺の決意は固かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あとがき
七瀬 翠編が佳境に近づいてきました。
面白いなと思っていただいた方はぜひ
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