32話 すれ違う太陽と月


 仮面の少年が私に【岩飾りの娘ドワーフィン】を捧ぐと宣言してから、彼の言葉通り

深緑を守る大鹿バラシオン】の部下は手も足も出なくなってしまった。


「き、金貨12枚」

「ボクは金貨24枚で買う」

「でしたら……金貨30枚!」

「ボクは金貨60枚で買う」

「…………」


 何度かってはいたが、【深緑を守る大鹿バラシオン】の部下は早々に匙を投げた。

 というのも彼は【深緑を守る大鹿バラシオン】の家紋を胸に刺繍している身だ。家紋を用いるということはそれだけ権威を主張でき、それなりの待遇が確約される。

 逆に言えばどこの者なのか喧伝しているので、敵に回しては・・・・・・いけない相手・・・・・・とやり合うのはよろしくない。


 初手で金貨100枚と宣言した仮面の少年に対し、誰もが警戒心を抱くのは尤もだ。

 だが、それは最初だけのブラフと見る者もいる。だからこそ【深緑を守る大鹿バラシオン】の部下は何度か競って、相手が本物かどうか見極めようとしたのだ。

 結果は大金を余裕で何度も出せる大物。そうとわかれば、無駄に【岩飾りの娘ドワーフィン】の値を釣りあげて、恨みを買うような真似は避けたい。



「————僕が金貨5枚で買おう」


「金貨5枚! 金貨5枚以上で【岩飾りの娘ドワーフィン】を他に買われるお方はいますか!?」


「…………」


 それは会場のみんなも同じで、仮面の少年が入札する商品には手を出さない方が良いという認識が暗黙の了解で広がってゆく。


「6人の【岩飾りの娘ドワーフィン】を見事お買い上げなさった仮面の貴公子に、大いなる拍手を」


 司会までもが上客と見て、ヨイショしている。

 周囲の客たちも彼は一体何者なのかと興味津々だ。特に商家の者は新しい取引き先相手にできないかと、お近づきになりたそうにうずうずしている。

 そんな中、少年は私の方へと真っすぐに身体を向けて声高らかに宣誓する。


「全ては! 奴隷に見せた慈悲深いレディの姿に感銘を受けたからしたまでのこと。そのように賛美されるようなものではない」


 私がいつ奴隷に慈悲深い態度を取った? あぁ……買ったからには、もう私の従業員であるから侮辱するなって言った時か?

 仮面の貴公子が『全ては私のために買い占めた』と言えば聞こえはいいが……あの少年は何が狙いなんだろう?

 合計で金貨200枚弱を私のために出してくれ、【岩飾りの娘ドワーフィン】も全てあげるなどとそんな美味うまいい話があるわけない。

岩飾りの娘ドワーフィン】6人を譲る代わりに、私は何を求められるのだろうか。



「ではレディ、後ほどお話いたしましょう」


「楽しみにしておりますわ」


 ぜんっぜん楽しみじゃない。

 むしろ悪い予感しかしないけど、ここは【岩飾りの娘ドワーフィン】たちを手に入れるために……交渉の場に改めて立たなければならないと、気合を入れ直した。





「お嬢様……あの仮面の貴公子には本名を名乗られるのですか?」

「迷いどころよね……」


凍てつく青薔薇フローズメイデン】伯爵家の名を出せば、無理難題をふっかけられるというのは回避できる。あの師匠パパを、【絶氷の君】を敵に回したい者などアストロメリア王国内にはいないはずだ。

 ただ、それは私たちも同じ。


【奴隷オークション】にフローズメイデンの名を出して、後々になって師匠パパに知られてしまったら……殺されそうで怖い。

 ならマリア・ローズという商家の娘を演じ続けるべきなのだろうか?


「あんな胡散臭い男にマリアが名乗る必要なんてないと思うな」


「でも……【岩飾りの娘ドワーフィン】を譲ってくれるのに、後になってこちらが偽名を使っていたと知られたら『誠意なし』と見られるわ。駄犬はパッと金貨200枚を出せる相手を、無碍にしてもいいと判断したわけ?」


「……そうじゃないけど。なんだかアイツは気に入らないね」


 そんな風に迷っていると【奴隷オークション】は終わってしまった。

 そして仮面の貴公子一団は、さっそくと言わんばかりに認識阻害の仮面をつけたまま私たちの元へと近づいてきた。


「やあ、レディ」


「先ほどは【岩飾りの娘ドワーフィン】を私の名代としてご購入いただき、誠にありがとうございます」


 さすがのマリアさんも、金貨200枚以上の大金を出してくれた相手に対しては殊勝な態度でカーテシーをしてくれる。現金な悪女だ。


「これぐらい大したことではないさ」


 それから彼の名乗りを待ったが、彼は少しだけ困惑するように周囲のお供へ目配せをしているようだ。

 なるほど……この場合、絶対的に彼の方が上の立場にいる。貴族界であれば、身分の高い者から声をかける、もしくは名乗りでない限り、下位の者はそれを待つのが普通だ。

 しかし、彼は貴族風の挨拶に疎い様子。

 ならば貴族風でない方向で、私もその流れに一旦は合わせてみる。


「私はマリア・ローズと申します。しがない商家の娘でございます」


「商家……? なるほど」

 

 少しだけ声色が怪訝な雰囲気になった気がする。

 認識阻害の仮面は、声なども認識をブレさせるから非常に厄介だ。


「僕の名はミカ・L・エース。我等は人命に関わる事業を運営している」


 人命に関わる事業?

 孤児院や修道院、薬学院の運営か?

 そしてミドルネームを略すということは、やはり貴族の出ではない?

 いや、最近は低位の爵位ではあるけれど、豪商が貴族位をお金で買い取った事例も何件かある。

 成り上がりの跡取り息子だろうか? 準男爵位から男爵位の家系である可能性が高い? そもそもエースという家名が偽名の可能性もある?


「ではローズ嬢。先程宣言したとおり、6人の【岩飾りの娘ドワーフィン】は君に引き渡そう」


 きた。

 ここからが交渉の場か。

 ここですぐに食いついては相手の思うツボなはず。代わりに何を求められるかわかったものじゃない。


「大変よろこばしいお話なのですが……見ての通り、私は【岩飾りの娘ドワーフィン】を10人も雇える器の大きさではございません。ですから、諦める時はきっぱりと諦めます」


 先ほどの競りに負けた自分には財力がない。

 だから暗に、そちらの要求次第では【岩飾りの娘ドワーフィン】は簡単に諦めると言ってみせる。これで大きすぎる代償を持ち掛けてこられないよう、最低限の予防線を張っておく。


「うん? そうなのか? 僕はてっきり————」


 そう言いかけた仮面の貴公子だが、


「では、どうだろうか。ローズ嬢が今後、何か事業を始める際は一つだけ僕にも絡ませてほしい。その条件さえ飲んでくれるなら、【岩飾りの娘ドワーフィン】6人を君に譲ろう」


 そんな破格な条件でいいのか!?

 まずどんな事業を紹介するかの選択権もこちらにあり、これほどの出資や融資を望める後ろ盾パトロンを手に入れられる!?


 やった!!!

 なんか知らないけど金づるを手に入れたあああ!

 なんて単純な話ではない。


 やはり気がかりなのは、こんな大金をぽーんと出せてしまうのが怖すぎる点だ。

 彼は何者なのか、相手の機嫌を損ねない程度には聞いておきたい。

 というのも私は勇者時代、ステラ姫殿下に資金援助をしてもらっていた。部隊の遠征費から食料、武器の維持費などなど。

 権力や権威が大きい相手ほど、その見返りが莫大なものになる可能性がある。後になってその権威を振りかざしてこられたら、太刀打ちできないこともある。

 私は王族ほど借りを作ってしまうと怖い相手はいないと身を以て経験している。


 おそらくこの少年はそこまでの権力を持っていない。せいぜいが成り上がりの身分だろうけど、それでも資金力は確かだ。

 なので一応は確認しておくべきだろう。


「王族のような権威ある方々からの出資や事業提携ならいざ知らず、このような素敵な出会いに恵まれた金貨でしたら、私は心置きなくお取引きできます。日陰者は、陽の光より金貨の輝きに目が眩みますもの」


 暗に私は王族と関われるほど、清く正しい奴じゃないよ。

 後ろ暗さ満点だよ。大丈夫だよね? と確認する。


 すると仮面の貴公子はビクリと身体を揺らし、それからなぜか深呼吸した。

 この人も王族にバレたら睨まれそうなことを裏でやっているのか?


「王族への後ろめたさを抱く者も多いだろう。我が王国の太陽は眩しすぎる。ただローズ嬢のような、王家の威光にも負けずとも劣らない輝きをまとったご令嬢が、なぜ王族とはえんを結びたくないのかは知っておきたい」

 

 おいおい不敬罪すぎるだろう。

 彼は私が王族と対等な存在だと言い放ったぞ?

 わざわざ認識阻害の仮面をつけて【奴隷オークション】に足を運んでいる以上、何かしらの闇深い事情を抱えているのはわかっていたが……そこまで反王家派だったのか。

 まあ私もステラ姫に対する憎悪はあるし、ここはある程度だけ乗っておこう。


「いと高きご身分の方々は、互いに深い事情を抱えておられます。私があずかり知らぬところで術数権謀が渦巻いておられるのでしょう。そんな魔窟に、私などが入ってゆけるまでもなく」


「……なるほど、面白い」


 どうやら私の『お貴族様のドロドロしたやり取りに首を突っ込む趣味はない』という意思に納得してくれたようだ。

 これは逆に言うと、これから貴族を含めた一大事業を狙う野心家からしたらマイナスポイントになるだろう。仮面の貴公子が私の何にそこまで期待して、金貨200枚も恵んでくれたのかはわからないけれど、これで過度な期待は寄せられないはず。

 とはいえ1年後には必ず成果を上げられる事業をするつもりだから、評価が下がるという未来はない。


「では最後に……ローズ嬢はなぜ【岩飾りの娘ドワーフィン】を所望したのだ?」


 えええええ。

 それを聞いてくるのか。

 バカ正直に『金細工や宝飾細工のブランドを立ち上げるため』と答えて、じゃあ僕もその事業に参入しよう! なんて言われたらめんどうだしなあ。

 相手の素性もわからなければ信頼性も不明なわけで、いきなり共同事業はしたくない。

 んんんーここは適当に……! いや、いかにもな含み笑いを浮かべ、それらしいことを言ってしまえばいいか!


「ド、【岩飾りの娘ドワーフィン】は……希少だからです」


「希少……?」


「はい。私は貴重なものでしたり、希少種に心を奪われておりますので」


「それは……まあ、世の常というか……人の本質でもあるのか? 珍しい物は手に入れたくはなるが……」


「仰る通りでございます」


「しかしローズ嬢は、買ったばかりの【岩飾りの娘ドワーフィン】たちを従業員と豪語した。それはつまり————」


岩飾りの娘ドワーフィン】で何をさせるつもりなんだ?

 そんな核心に触れる質問に対し、私は満面の笑みで答える。


「貴重な従業員の尊厳を守るのもあるじの務めでしょう。どうか、私たちの行く末をお楽しみに」


 みなまで言わせない。

 絶対にここまでしかお答えできませんと、仮面の貴公子を黙らせる勢いで笑みを深める。

 今後、私と関わり合いを持ちたいなら今は聞いてくるなと。

 でも絶対に損はさせないよ、と。

 そんな自信たっぷりな黒い笑みを彼にぶつけ続けた。





 ようやく、ようやくフローズメイデン伯爵令嬢と言葉を交わせられる!

 合わす顔がないと思っていたけど、今なら彼女にも少しばかりの借りを返せたと胸を張って言える。


 しかし彼女を前にすると、どうにも言葉が上手く紡げなかった。

 フレイに目くばせしてもどこ吹く風だし、【鋭利なる巨石スティングストン】子爵に至っては、僕が突然このような行いをしたことに全く理解ができないと驚愕している。


 そ、それに……さっきからフローズメイデン伯爵令嬢の両脇を固めている人物も気になる。一人は傍付きのメイドだろう。だが、あの優男はなんだ?

 護衛にしては貧相すぎるし若すぎる……彼女の友人か?

 だとしても、僕を睨むように見つめる不遜な態度は気に入らないな。


「私はマリア・ローズと申します。しがない商家の娘でございます」


 どう切り出すべきか悩んでいると、彼女の名乗りが偽名で始まった。

 再会を喜ぼうとしていた僕の胸中は、『なぜ』という疑問で埋め尽くされる。


 待て、待つんだ。

 彼女からしてみれば、僕は認識阻害の仮面をつけた謎の貴公子だ。

 それは警戒するだろう。そして彼女の成すことには全て意味がある。なにせ僕やフレイが気付けなかった、毒殺の陰謀をも看破していたのだから。

 おそらくあらゆるリスクを想定したうえで、商家の娘だと自己紹介をしたわけだ。

 冷静になるんだ僕。

 彼女の隣に並び立つにふさわしい者として振舞わなければ。


「僕の名はミカ・L・エース。我等は人命に関わる事業を運営している」


 この場で仮面を脱ぐわけにはいかない。なら、彼女に僕の正体が伝わるようにやんわりと言ってみる。

 人命とはすなわち民。

 民とはすなわち王国。

 王国の舵取りをする者、すなわち王族ぼくらである。


「ではローズ嬢。先程宣言したとおり、6人の【岩飾りの娘ドワーフィン】は君に引き渡そう」


 わずか金貨200枚では僕の命を救ってくれた大恩へ報いるには到底足りない……けれど、まずは気持ち程度に受け取ってほしいと伝える。


「大変よろこばしいお話なのですが……見ての通り、私は【岩飾りの娘ドワーフィン】を10人も雇える器の大きさではございません。ですから、諦める時はきっぱりと諦めます」


 しかし、彼女はそれを固辞してきた。

 なぜ?

 そんなのは彼女の誇り高い表情が如実に語っているではないか。

 彼女はただ施される側の人間ではないと、対等を望んでいるのだ。


「では、どうだろうか。ローズ嬢が今後、何か事業を始める際は一つだけ僕にも絡ませてほしい。その条件さえ飲んでくれるなら、【岩飾りの娘ドワーフィン】6人を君に譲ろう」


「王族のような権威ある方々からの出資や事業提携ならいざ知らず、このような素敵な出会いに恵まれた金貨でしたら、私は心置きなくお取引きできます。日陰者は、陽の光より金貨の輝きに目が眩みますもの」


 やはり彼女はすぐに僕が王子であると見抜いてくれたか。

 その上で『王族での立場として契約を結ぶのでなければ、この場での取引きを望む』と持ち掛けてきたわけだ。

 だがどうしてだ?

 悪しき者は王族ぼくの威光より、金貨に目が眩む……?

 つい先日、金貨に釣られて僕に毒薬を盛ったベラドンナ子爵家の三女のように?


「王族への後ろめたさを抱く者も多いだろう。我が王国の太陽は眩しすぎる。ただローズ嬢のような、王家の威光にも負けずとも劣らない輝きをまとったご令嬢が、なぜ王族とはえんを結びたくないのかは知っておきたい」


 あくまでも王族ぼくと対等である、むしろフローズメイデン伯爵令嬢の方が輝かしい立場にあると仄めかし、その真意を探る。


「いと高きご身分の方々は、互いに深い事情を抱えておられます。私たちがあずかり知らぬところで術数権謀が渦巻いておられるのでしょう。そんな魔窟に、私などが入ってゆけるまでもなく」


 互いに深い事情を抱えている?

 なるほど……この場でのやり取りが、我が臣下の離反を生むかもしれないと、暗にそう伝えてくれているわけか。

 確かに僕がステラ派閥に属する【凍てつく青薔薇フローズメイデン】伯爵家の娘を援助したと、僕を擁立しようとしている貴族たちの耳に触れたら良くはない。

 隣にいる【鋭利なる巨石スティングストン】子爵は理解に及ぶだろうが、他の貴族がそうとは限らない。

 最悪、敵に尻尾を振る不甲斐ない王子だとレッテルを張られ、ステラ派閥に移籍する貴族も現れるかもしれない。


 そこで気付く。

 もし彼女が最初から偽名を使ってくれなかったら、【鋭利なる巨石スティングストン】子爵は『なぜ敵派閥の小娘に塩を送るのですかな?』と心象を悪くしていたかもしれない。

 戦を控えた今、絶対に【鋭利なる巨石スティングストン】子爵との関係性を悪化させてはならない。

 手を差し伸べたつもりが……。

 またもや、フローズメイデン伯爵令嬢に間接的に救われてしまったか。


 ああ、彼女はなんて広い視野の持ち主なんだ!

 少しでも彼女の領域に近づきたい。今はまだ、遥か高みを行く彼女だが、僕だってどうにか食らいついてゆきたい。

 そんな思いで最後の疑問を彼女にぶつける。


「では最後に……ローズ嬢はなぜ【岩飾りの娘ドワーフィン】を所望したのだ?」


「ド、【岩飾りの娘ドワーフィン】は……希少だからです」


「希少……?」


 希少、貴重……考えろ。

 これはこの場で、僕だけに伝わるようフローズメイデン伯爵令嬢が選んでくれたキーワードだ。

 聡明なるご令嬢からの気持ちを汲み取れ! 解き明かすんだ、僕!

 この調子ではまた『レディを頭ごなしに退けようとする殿下には、一生おわかりにならないでしょうね?』と失望されてしまいかねない!

 もう二度と、彼女の前であのような失態を繰り返してはならない!


 貴重……貴重……そういえば彼女は以前、精霊石が貴重な物だと言っていたな?

 僕と彼女の今までのやりとりから、貴重という言葉の共通項目はやはり精霊石。


 ならば……【岩飾りの娘ドワーフィン】が精霊石を生む、とか?

 いや、違う。そんな話は聞いたこともない。ならば精霊石が埋まっている場所を発見できるのか?

 いや、あんな便利な物を見つけられるなら、【鋭利なる巨石スティングストン】子爵に容易く制圧されるはずもない。少なくとも苦戦は強いられたはずだが、すみやかに【岩飾りの娘ドワーフィン】は制圧できたと十年前の記録に残っている。


 ダメだ……わからない!

 いくつか疑問を重ねようとしても、彼女の微動だにしない氷のような笑みがそれ以上は聞くなと訴えてくる。

 おそらくこの場の誰にも聞かれたくはない、もしくは聞かれると僕に不利に働く内容なのかもしれない。


 僕はまだ彼女に届かないのか!


 焦りと悔しさ、そして彼女に認められたいという気持ちが急速に膨らんでゆく。

 だから僕はせめてものお礼と、彼女との繋がりを求めて、フローズメイデン伯爵令嬢に笑いかけた。


「たった金貨200枚で借りを返せたとは思っていない。僕では不甲斐ないかもしれないが、ローズ嬢に何かあった際はエースとして力にならせてほしい」


 王族としてもエースとしても君に惜しみなく助力したい。

 そんな気持ちを込めて、懸命に言葉を紡ぐと————


 ん? 驚いている?

 僕の言葉を受け取った、彼女の表情から読み取れた気持ちは————


『借りって何のこと!? 突然どうしたこいつ!? 意味がわからなすぎる! 気持ちわる!』


 え?

 いやいや、きっと僕の勘違いだな。

 さすがの彼女も王族としての僕だけでなく、エースとして自由にお忍びで動ける僕と、両方からの支援を受けられるとは予測できていなかったのだろう。 

 ここまで聡明なのに、そんなところで驚いてしまうなんて……やはり可愛らしい。


 きっと彼女は僕の支援なんて当てにしていなかったのだろう。

 普通の貴族令嬢であれば、僕の王族としての立場を頼って……すり寄ってくるはずだ。ましてや僕は彼女に命を救われている身。どんな要求だって応えてしまう。


 しかし、フローズメイデン伯爵令嬢はつつしみ深い。

 この驚きの表情だけで、彼女の謙虚さや貞淑な人間性が垣間見えるというものだ。


 まるで太陽の輝きに代わり、星々を静かに見守る月のようだ。

 王国の光を守護するのが王族男子たいようならば、王国の闇を照らし導くのが王族女子つき。すなわち僕の婚約者となれば、彼女も『王国の月光』と呼ばれる。


 あぁ……やはり彼女は僕にとっての、月光なのかもしれない。



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