21話 軍歌の足音
恋のキューピッド作戦といってもやることはシンプルだ。
アクア様にピアノを弾かせて終わり。あとは勝手にスタンの方からホイホイ寄って来るだろう。
「マリア嬢。先ほどの鍵魔法、それに剣術は素晴らしかった。まさに完敗だ」
「スタン様も非常に練り込まれた剣術でしたので、何度も冷や汗をかきましたわ」
「ご冗談を」
というわけで案の定と言うべきか、スタンは立食会が始まってからすぐさま私の方へ来ては戦術論や剣術論の話題を振って来た。
「なるほど。そのような志で剣術を……さすがだな。やはりマリア嬢がご婚約された場合、未来の夫と共に戦場に出るのだろうか?」
「何も直接的な剣で、夫を支えるだけが妻の役目ではございませんわ」
「ふむ? というと?」
「私の友人、アクア様は
「
「はい。戦とはどのような場であるか。如何に残酷で、無謀で、理不尽な、誉ある殿方の聖域であるのか。この目で見て深く理解することこそが、未来の夫に寄り添えるのだと、アクア様は確信しておられるのです」
意外に男だって甘えたがりなんだよな。
人間だれしも弱ったり悩んだりすれば、誰かに頼りたくなるというもの。特に戦場での光景はトラウマになりやすい。
勇者時代、アーチヴォルト公爵は『自分の弱みを全てさらけ出せる、懐の深い女房がいた方が強くなれる!』とか言ってたし。
「ですわよね。アクア様?」
即興でのフリだが、そこはアクア様も伊達に公爵令嬢をやってない。
すぐにコクリと頷き、熱い眼差しでスタンを見つめて言葉を紡ぐ。
「時に痛みや傷を分かち合い、喜びと誇りを分かち合える妻になりたく存じます」
いいぞ! アクア様!
言ってることは全部スタンに対する好意だし、願望なのだろうけど間違ってないぞ!
「ふ、む……」
よしよし。
自然にアクア様を会話の輪に入れられたし、あとは決め手のピアノを披露するターンだ!
「アクア様。スタン様はピンとこられてないようですので、ここは一つアクア様の心音をご披露されるのはいかがでしょうか?」
「そんな、いきなりは……」
告白しろってことじゃないよ。
「アクア様がお弾きになるピアノは素晴らしいとお聞きしております。もしよろしかったら、私も聞きとう存じます」
「しかし……ピアノなんてどこにも……」
「ご心配には及びませんわ。【
瞬時にして氷のグランドピアノを召喚してみせる。
ちなみに鍵盤は氷ではないので安心してほしい。
「まあ、素敵なピアノですわね」
「アクア様にふさわしいピアノは限られますので。こちらのピアノでも釣り合うかどうか不安です」
「マリアさんにそこまで言われたら、私も腕が鳴りますわね。では承知いたしました。スタン様、どうか少しの間お耳汚しをお許しください」
「わ、私は別に構わないが」
スタンはサラッと了承した風だが、その目は言葉通りではない。
氷のグランドピアノを興味津々に見詰め、さらにアクア様の立ち振る舞いにも注目していた。大好きな音楽が目の前で披露されるとなると、やはり態度に出てしまうようだ。
「どうか、私が作曲しました『騎士の一日』をお聞きください」
え、アクア様ってその歳で作曲とかしてたのか。すごいな。
彼女の指が鍵盤に触れると、勇猛な騎士たちが集う立食会に、勇ましくも荘厳なピアノの音色がこだます。
これは————戦に赴く男たちの覚悟。祖国の敵を打ち砕くと決意した朝。
音を通じてその情景がまざまざと浮かぶのは、アクア様の卓越した表現力の賜物だろう。
それから繊細かつ魂が揺さぶられる熱さが躍動し、曲調は次第に盛り上がりを見せる。
決戦の時、昂る緊張と、戦意にあふれる昼。
そして一気に激しいクライマックスへと跳ね上がった。
敵を屠り、武勇の誉れを知った夕方。
しかしここで儚くも美しいメロディへと変貌を遂げる。
ああ、何も戦う理由は栄誉だけでない。祖国で自分を待ち続ける愛する者のために、侵略を許さないために剣を振るうのだと。
必ず生きて帰ると約束した————想い人を胸に星空を見上げる夜。
この曲は————
これから戦争へと赴く全ての騎士たちに向けたメッセージなのだろう。
必ず生きて帰ってきてほしいと、切実な願いを込めた
いや、アクア様がスタンに込めた想いなのだろう。
「す、す、素晴らしい……!」
そして音楽が大好きなスタンはやはりというべきか、アクア様の技量とセンスに感動しきっていた。というか彼女の演奏中も自身がヴァイオリンを弾いているかのような動きをしてたので、その辺が少し笑えた。
「アクア嬢っ!」
演奏が終わり、大喝采の中でスタンがアクア様に歩み寄る。
そしてスタンは私の物真似とは明らかに違いすぎる優雅な所作で、アクア様の前に
「アクア嬢。どうか、この【
戦後すぐにデュエットをしたいと申し出る意味。
それは自分が立てた戦功を貴女に捧げたいと、この喜びを分かち合ってほしいと言っている。さらに一緒に曲を奏でる=いわゆる人生を共にするのを前提に、お話をしてみたい、との誘いでもあった。
これにはさすがの騎士たちも和気あいあいとなってはやし立てる。
あまりにもトントン拍子で一瞬だけ呆けてしまったアクア様も、ここぞとばかりにご令嬢としての品位で以って返す。
「喜んでお受けいたします。スタン様の栄明轟く時が、楽しみで仕方ありませんわ」
にっこりと笑い、二人はそこから言葉を交わすことはなかった。
互いに秘めた想いと誓いは、ここでたやすく成就するほど軽いものではない。全てはスタンの初陣が終わってから。彼が戦い抜いて、有言実行を為し遂げた時こそアクア様を誘えるようになる。
好きなら今からたくさん話しかければいいし、気になるならガンガン互いを知り合えばいいものを。なんとも貴族的なロマンに辟易するけど、アクア様の嬉しそうな顔を見れたので満足だ。
「マリアさん! これも全てマリアさんのおかげよ! あぁーどうしましょう。私ったら、まだ胸が高鳴っていますわ」
「スタン様に射止められた
「まさにそうなのっ!」
それからフフフッと微笑しながらアクア様は『ありがとうございます』と頭を下げてきた。
まじか。
公爵令嬢がこうも多大なる感謝の意を示すとは。
「マリアさん! いえ、マリア! マリアと呼んでもよろしくて?」
「もちろんですわアクア様」
「もうっ、様なんてつけて……私、寂しいですわ」
「ですが……」
「私のこともアクアと仰ってくださると嬉しいですわ」
「で、では……アクア」
遠慮がちに、そーっと言ってみる。
するとアクアは極上の花が開いたかのように綺麗な笑みを咲かせた。
「本当にっ本当に! 感謝いたしますわ! 今後、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってください。アクアレイン公爵家は全面的にフローズメイデン伯爵家の側につきますわ!」
やっほいいいい。
これはこれは大きな後ろ盾を得たぜ!
計画通りアクアの恋が実りの春を迎えそうなので一安心。
とはいえ、いくら順風満帆な春風が吹こうと、こういった騎士団同士の演習を間近で見た後では帝国の影が落ちる。
戦争の足音が刻々と近づいてきている……。
私も稼ぎ時に備えて、明日から本格的に準備を進めるとするか。
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