22話 小さな死神


「……やっぱり商売をするとしたら『精霊石』の採掘が一番儲かるはずよ」


「くるるるー」


「シロちゃんも賛成みたいね?」


「かうううくるううう」


「そうね。人手が欲しいところよね。ちょっとシロちゃんの力も借りるけどいいかしら?」


「くうううくるる!」


 私とシロちゃんだけで採掘し続けるのには限界がある。というより効率が悪い。

 そこで私が思い付いたのは、幼馴染のユーシスだ。正確にはユーシス本人を頼るのではなく、ユーシスが殺す予定の・・・・・人達を労働力として確保できたら美味しいなあと思ったのだ。


「【解門オートクル】————【追憶の箱庭】」


 思い立ったが吉日!

 私はシロちゃんを肩に乗せて、【死神の大鎌レヴァナント】侯爵家のとある館に転移する。

 館と言えば聞こえはいいが、ここは実質牢獄のような場所だ。常に薄暗い石壁と石床に囲まれた内装は圧迫感を覚える。何より不気味なのが、鉄格子に閉じ込められる亜人あじんたちが絶え間なく呻いている点だ。

 

「うぁぁうー……だすけでぇ……」

「いだい、いだいにゃあ……」

「……ぐるじいわん」


 ここは【いしずえの館】。

 アストロメリア王国の礎となる者たちを囲った館である。

 まず、前提として王国は亜人の人権を認めていない。だからこそ不当にさらって奴隷にしたりすることもある。

 そしてレヴァナント侯爵家は代々、王国のうみを刈り取る暗殺貴族の血族。ゆえに、レヴァナント家の子息は幼少の頃より暗殺術を徹底的に仕込まれる。

 落とし子として引き取られたユーシスも例にもれず、ここで亜人を使って、毒殺、絞殺、呪殺、惨殺などの練習を強制的にさせられている。。

 あらゆる殺し方を学び、ようやく【死神の大鎌レヴァナント】の一振りになれるのだとか。そんな鬼畜な所業も、アストロメリア王国の平和を守る礎となる、らしい。


 確かに王国の暗部を支えるという意味ではそうなのかもしれない。

 だけどやはり思うところもある。それは私が勇者時代に聞いた、ユーシスがぽそりと呟いた一言が引っかかっているからだ。



『もう自分がわからない』


 今思えば……ユーシスは平気で嘘をつく野郎ではあったけど、レヴァナント侯爵家に入ってから嘘の質が少しだけ変化していた気がする。

 まるで自分に・・・嘘をついているかのような、自分に言い聞かせるように暗殺術を肯定していたところだ。

 孤児院の頃のあいつは、嘘は吐くけど決して誰かを傷つけるような奴ではなかった。

 それが強制的に、何度も何度も人殺しの練習をしてゆくうちに……暗殺術は正義だと、殺しは必要なのだと、自分を騙すようになったのでは?


 本当は人殺しなんてしたくなかった。

 それでも逃れられぬ義務から……徐々に狂っていった……?

 あ、考えれば考えるほど腑に落ちるぞ!?

 というか私は今の今までどうして幼馴染があんなんでいたのに気付けなかったんだ!? いくら戦いに明け暮れていたからって……。


 ああ……でも、そうか。

 当時の私は十四歳かそこらで、必死に師匠の剣術に食らいついてたっけ。

 ユーシスがいきなり貴族のお偉方に引き取られて、自分だけ焦っていた節もあった。そこで折よく勇者としての力に目覚めて、自分にもやれることがあると歓喜して、一心不乱に剣や魔法に邁進していた。周りを見る余裕なんてなかった。

 ユーシスはそんな必死な幼馴染わたしを見て、きっと自分もこれぐらいでヘコたれるわけにはいかない、とか感じて……罪悪感に潰れそうな胸の内を隠していたのだろうな。


 ————だから、そうか。

 今、目の前で亜人種である【犬耳の娘ワンティー】を絞殺しようとするユーシスの顔は、そんなにも苦渋に歪んでいるんだな。


「ユーシス」


「……誰だ!?」


「私よ、駄犬だけん


 駄犬って……やっぱり庶民の血を引くユーシスは見下すスタイルのマリアさん。


「え、マリア……? 【太陽の花園パーティー】以来じゃないか……って、どうしてここに……? そもそも今の今までこの俺が気配に気付けなかった……!?」


 お、自分を僕と言わないあたり、レヴァナント侯爵家のぼっちゃんとしての仮面をかぶらずに私と話してくれそうかな?


個人練習あなただけの時に来れてよかったわ。レヴァナント侯爵に教わっているところと鉢合わせたら面倒だったもの」


「……マリアは一体、レヴァナントうちの……いや、俺のどこまでを知っている……?」


「さあ? とにかく今はその【犬耳の娘ワンティー】を殺すか離すかどっちかハッキリなさい」


「……」


 ボギリッとくぐもった音と共に、【犬耳の娘ワンティー】はこと切れた人形のようにユーシスの腕の中で脱力した。

 どうやら絞殺したようだ。


 うん。

 まあ、私もここで偽善を振りかざすつもりはない。

 必要な特訓なんだろうし。

 でもやっぱり【犬耳の娘ワンティー】はすごく不憫に思う。


「マリア、その肩に乗っているトカゲは……魔物かな?」


「貴方の罪悪感をやわらげる救世主かしら?」


「一体なにを言ってるの……?」


「論より証拠ね。シロちゃん、見せてあげなさい」


「くーるーるーるー!」


 シロちゃんが【犬耳の娘ワンティー】だったものに真っ白な魔力を注ぎ込むと、薄暗い牢獄内がわずかな光に照らされる。

 その神秘的な光が消える頃には、額に十字の痣が刻まれた【犬耳の娘ワンティー】が目に涙を浮かべて立っていた。


「あう……あなたが、いや、あなたがたが、あたしを蘇らせてっ、くれたわん……!?」


「黄泉の世界からおかえりなさい。最初の【かえり人】さん」


「あたしが【還り人】……?」


 死んだはずの者を黄泉の世界から復活させる禁忌魔法、【魂を白く染めるリィンカーネーション】。シロちゃんが庭などにいた虫や鳥の死体で何度か試していたのを目撃して、詳しく聞いてみたら最近使えるようになったらしい。

 条件は死後24時間以内。

 そして自分より魔力量が低い者に限るそうだ。というのも復活させるのに、死んだ者の魂の重みの分だけ自身の魔力が消費されてしまうらしい。

 つまり、自分より強い魔力の持主を復活させると最悪シロちゃんが死に至るケースだってある。その辺の見極めは慎重にしなければいけないけど、復活させる前にだいたいの魔力消費量はわかるらしい。


 さて蘇った【犬耳の娘ワンティー】だけど、やっぱりユーシスには怯えの色を見せつつも私とシロちゃんには│すがるような視線を送ってきていた。

 第一段階の作戦は成功だ。


「哀れな【かえり人】よ。貴女の魂を救済したのはシロちゃんと私ですわ。ですから、その事実を深く胸と魂に刻み、私たちに仕えなさい」


 ユーシスによって死の恐怖と苦痛を刻まれた瞬間、救世主の登場!

 簡単なシナリオと演出だな?


「はわわわわ……慈悲深き神獣様と聖女様だわん……どうかあたしをこの殺人鬼から御守りくださいわんんん」


 ここでそれっぽい雰囲気を出しておけば、簡単に絶対服従と崇拝が手に入りそうだ!

 やっほい!

 この調子でユーシスが殺していった亜人を蘇らせて鉱山の労働力に充てるぞー!

とはいえ私は使い捨てが大嫌いだ。ステラ姫のように何でもかんでも駒を使い捨てるやり方は天地がひっくり返っても認めない。

 それ相応の働きをすれば評価し、ふさわしい待遇を与えるつもりだ。 


「私たちの加護が欲しくば勤勉になさい。家畜のごとく、馬車馬のごとく、私たちの手足となって働きなさい。さすれば小汚い者であろうと、卑しい性根であろうと、私たちの祝福を受けられますわ」


「はわわあああ……かしこまりましたわん……! 誠心誠意、尽くさせていただきますわん!」


「マリアは……いや、そのトカゲは一体なにをしたんだい……?」


「ユーシスの罪悪感を薄めてくれたのよ。駄犬の貴方に理解できるかしら?」


「なっ……」


「人殺し、嫌なのでしょう?」


 私が真顔でユーシスに詰め寄ると、彼は真意を突かれたかのようにウッと仰け反った。


「……そ、そんなことはないね。別にそういうのはない」


 おやおや。

 左のまゆがピクリとしたなユーシスくん。

 それ、お前が嘘をつくときの癖だぞ?

 

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