20話 アーチヴォルトの血筋


 なぜ私があんなにもアーチヴォルト公爵に挑発的な態度をとったのか。


 理由は明白で、女性が剣の道を歩んだり軍略に携わるなど、言語道断といった風潮が根強いからだ。しかし公爵が私たちの見学を認めたと騎士たちに広く伝われば、アクア様も私も無用なそしりを受けなくなる。

 意外にも騎士たちは自分の領分を侵されるとグチグチ言ってきたりする。それほど真剣に打ち込んでいるからこそ、軽く見られたくないという気持ちはわからなくもない。しかし、興味を抱く者や理解を示そうとする者を頭ごなしに否定するのはどうかとも思う。

 

 というわけで、一気に相手の首級を取ってしまえば、誰も文句を言えなくなるという寸法だ。


「はじめい」


 アーチヴォルト公爵の号令のもと、私とスタンは動きだす。

 彼は公爵の血筋にしては上背がそこまで高くない。せいぜいが182cm前後だろう。リーチの差は私と30~35cmほどか? まあ、どのみち小柄わたしにとってはかなり不利だ。


 勇者時代、アーチヴォルト公爵や彼の弟であるリカルドとはよく手合わせをしたが……スタンとは初めてだ。

 20歳という若さでどれほどの使い手なのか、少しだけ楽しみだな。


「はあっ!」


 気合いのこもった裂帛とともに、重い剣戟が私を襲う。

 ここでいきなり受け流して相手スタンの体勢を崩し、空いた胴を薙いでしまうのはアーチヴォルト公爵が言っていた『いい勝負』にはならない。

 だからこそまともに受け切ると同時に、その威力を殺すためにふわりと後方へ回転を加えながら飛ぶ。


たけいかずち、黄金の獅子、我が剣と身体に走れ————」


 なるほど。

 大きく踏み込んでの一撃を浴びせ、相手が引いたその隙に鍵魔法の詠唱に入ると。

 私と自分スタンの膂力差を把握した上で、さらに優位に立とうとする姿勢は評価できる。


「【解錠アンロック】————【雷鳴界の黄金獅子じし】」

「【解門オートクル】————【氷獄界の呪縛】」


 とはいえ、アーチヴォルト公爵家の雷と獣の鍵魔法はかなり有名だ。

 その真骨頂は身体能力の大幅な上昇、いわゆる豪快な機動力とパワーだ。そして雷撃によって相手を麻痺させたり、焼き焦がす殲滅力も兼ね備えている。


 雷獣らいじゅうを自身の剣と身体に宿らせたスタンだが、地底深くの氷獄に封印された悪魔や堕天使すらをも縛る氷の鎖たちが彼の自由を束縛する。


「ぐっ、なっ!? 詠唱破棄!?」


 とはいえ、スタンの鍵魔法の練度もすさまじい。

 剣身を伝う雷撃と己の力に物を言わせて、強引に鎖を引きちぎってしまった。それでも私の背後で開かれた門からは、無数の鎖が彼の自由を奪わんと躍りかかる。

 スタンは目まぐるしく自身を捉えようとする鎖への対処で手一杯になる。彼は懸命に足を動かし、鎖の魔の手から逃れようとする。

 そこへ私が並走しながら、華麗にちょこちょこと嫌がらせ————

 もとい死角を突くように、スタンがギリギリ気付けるかどうかのタイミングで仕掛ける。

 なかなか『いい勝負』に見えるだろうか?


「くっ! はあっ!」


 大きな身体で、大きなフェイント入れての反撃もなかなかに評価できる。

 このレベルなら初陣で死ぬ可能性は低いだろう。現に勇者時代でも、初陣乗り越えられていた。

 私の開いた門が閉じる頃になれば、彼の身体に宿る金獅子の加護も消失する。

 しかし彼はそこが反撃のチャンスと見て、一気に距離を詰めてきた。


「【解錠アンロック】————【氷花一輪いちりん刺し】」


 私は素早く身をかがめ、下から上へと剣を突き刺す。

 瞬時にして花開くは、槍よりも太くて長い一輪の青薔薇。その氷の花には無数の棘があり、鋭利な刃となってスタンを襲う。


「くっ、何のこれしきっ!」


 しかし彼も伊達にアーチヴォルト公爵家の次期当主をやっているわけではない。すんでのところで横にかわし、私の剣を叩き折る勢いで横合いから殴る。

 青薔薇が咲く方向は大きく逸れて、ついにその棘はスタンに届かなかった。しかも彼はすぐ私のそばまで接近しており、体格差を活かして体当たりまでぶちかましてきた。

 もちろん、派手に吹き飛ばされた私だがしっかりと受け身を取って、スタンの容赦ない追撃にも対応しておく。

 今度ばかりは真っ向から受け切らずに、剣の威力を斜めに滑らすようしのいでゆく。


「荒ぶるいかずち、砕くいのしし、その牙を我が剣に宿せ————」


 激しい攻撃の最中でも冷静に魔力を練れるのはやはり評価できる。さすがはアーチヴォルト公爵のご長男だな。


「【解錠アンロック】————【猪突雷進ちょとつらいしん】」

「【解錠アンロック】————【雷鳴界の黄金獅子】」


 スタンがごうなら私はじゅう

 一点突破を狙って雷撃の刺突を繰り出すスタンに対し、私は包み込むような剣さばきでことごとくをいなす。

 雷獣と化すのは久しぶりだったので、全身がピリつく感覚に思わず笑みが浮かぶ。


「なっ……一度、見ただけで……アーチヴォルトが誇る雷獣を使いこなしただと!?」


 すみません。

 貴方の父アレクサンダー様や弟のリカルドと鍛錬を積むうちに習得したものです。なんて言えるはずもなく、私は反撃の手を緩めない。

 スタンが発動した【猪突雷進ちょとつらいしん】は、発動時間が短いのが特徴だ。その分、高火力を一瞬で出せる優れモノだけど、私に凌がれてしまえばどうしても彼は後手に回ってしまう。


「【解錠アンロック】————【水星界の円舞曲ワルツ】」


 ここで私はアクアレイン公爵家が得意とする水系統の鍵魔法をすかさず発動。

 水が宙を踊るように幾重もの円環となってスタンを囲む。それらの水しぶきは肉を裂く刃となって彼の身体を薄く刻むが————それだけでは終わらない。

 同時に水精霊に【沈黙語りイノセンス】を駆使して、【水乙女ウンディネのドレス】も発動してもらう。

 瞬間、ドレスのスカートが翻るかのように水流は形を変えてスタンを包む。

 そこへ私の剣身に走る電撃をそっと添えてやれば————


「ぐっがっ……あっ!? ぐぅぅぅっ……」


 普段から雷を自身の身体に宿す特訓をしてるとはいえ、さすがに水から伝播した電流には抗えないようだった。

 水流を通して穴という穴に電撃を注ぎ込まれたスタンはたまらず膝をつく。


「ま、まいった……」


「とても楽しかったですわ」


「……一つ、聞かせてほしい。マリアローズ嬢」


「なんなりと」


「その年齢としで……どうやってここまで剣と魔法を扱えるようになったのか」


「一つはフローズメイデンが誇る青薔薇のおかげですわ」


 これは師匠パパや騎士団の教え、そして領民全てを指している。いわゆるお貴族様によくありがちな、その地を統べる者としての誇りと矜持ゆえ、努力の結果であると答える。


「そしてもう一つは、私のお友達である【大いなる恵みの雨アクアレイン】のお力添えあってですわ」


 この発言にアクア様は『まあ』と嬉しそうな声を上げる。

 対してスタンは納得のいってない雰囲気だ。


「雷撃が水流に乗れば、それは龍のごとく飛翔いたします」


 電撃単体ではそこまでの威力が出ずとも、水と合わさればその効力は龍が天に上るがごとく飛躍的に上昇すると。

 そこまで言えば、スタンは水こそが雷を高めたのだと察知する。


「アクア様はよくおっしゃっています。魔法は演奏と同じで、合わせて奏でると美しくなると」


「なるほど……音楽のように、か……」


 こっそりアクア様にウィンクをかましておくと、彼女は頬を染めながら感謝の笑顔を咲かせてくれた。スタンがアクア様に興味を抱くようにと、私がこのような発言をしたと理解してくれている。

 

「そこまで! 此度の試合、マリア嬢の勝利とする! ふむ、マリア嬢は大層な口をきくだけあって剣も魔法も熟知しているようだ」


 ここでアーチヴォルト公爵が私たちの間に入って試合は終了と宣言してくれる。


「お褒めに与かり光栄でございます」


「はっ。まったく面白いのう。特に三属性の鍵魔法が扱えるなどと……このわしですら到達しとらんぞ! のう、フローズメイデン伯爵は実の娘に何を教えている!? この剣と魔法は一体なんだ!?」


「公爵様は先ほど、一体私の剣が何を切れるのかとお尋ねしましたね? その答えがこちらとなります」


「ふむ?」


「私の剣は……私の家族や家臣、そして友人を守るためにあります。時に名誉のために振るいもするでしょう。そして、私の愛する者の敵を容赦なく切り伏せます。そう在りたいからこそ、学びが必要なのです。この想いは……私の友人でもあるアクア様も同じお気持ちです」


 嘘です。私の剣はシロちゃんと金貨のために捧げてます! 今だってアーチヴォルト公爵家やアクアレイン公爵家と顔つなぎをしておけば、お金稼ぎしやすそうだな~とか思ってます!

 なんて本音は出さずに、私たちは本気で学ぶために軍事演習を見たいのだと仄めかす。

 ここまで行動と言動が一貫していれば、アーチヴォルト公爵の好みにドンピシャだろう。愛する者を守りたいから剣術をこれだけ習得した。同じく軍略術だって学び吸収したい。そんな思い、というか嘘がきっと公爵には響くはず。


 なにせ彼は勇者時代も武に関して貪欲かつ、真っすぐな者は気に入る傾向にあった。それが例え女子供おんなこどもであろうと、その趣向は変わらないと信じたい。


「無論、麗しき魔剣姫レディたちには、我らの演習をその目に焼き付けてほしいぞ! 皆の者、見たな!? 聞いたな!? 魔剣姫たちに我等が剣を見せつけてやろうぞ!」


 こうしてアーチヴォルト騎士団とフローズメイデン騎士団は、私たちの見学を否応がなく受け入れる流れとなった。

 ちなみにアーチヴォルト騎士団の面々はこの試合結果に、驚愕を通り越して放心状態になっていた。片やフローズメイデン騎士団は『我らがお嬢様が勝利して当然だ』と、泰然とした態度を貫き通していた。


「まったく。お前たちは二代そろって我が一族にケンカをふっかけてきよって。まったく面白い」

「懐かしいですな」


「ふっ。まったくだ。またあの頃のように本気でし合いたいぞ」

「公爵が望まれるのであれば」


「この帝国戦争が終わった暁にでも、一杯やりながら剣で語るとするかのう」

「ご冗談を。公爵はシラフでなければ足腰が立たないでしょう?」


「その綺麗な顔面を絶望と蒼白で染めてやろうかのう? 貴公が咲かす青薔薇のようにな」

「ふふ……ご長男と仲睦まじく父子おやこ揃って我らに敗北したら、雷に打たれた獣のごとく言葉を失いますでしょうな」


「減らず口め。ところでマリア嬢だが、どうだ。我が息子と縁組みをするのも面白そうじゃないか? あの強さの秘密、そして貴公の血統、ぜひ我がアーチヴォルトの血と交えたい」

「公爵は此度の演習を……演習ではなく、本気の殺し合いを望まれるのですか」


「ふっはっは、そう凄むな。簡単に青薔薇の至宝は渡せぬのは理解した」





「マリアさん! マリアさん! 私、騎士たちの戦いがあんなにも凄い物だなんて、まるで知らなかったわ! 夢物語に出てくるように激しくて、情熱的で、雄々しくて、みなさんからみなぎる危険な香りたまりませんわ!?」


 軍事演習の見学を終えたアクア様はかなり興奮していた。

 公爵令嬢として箱入り娘に育てられたからなのか、実際の戦場よりもぬるい戦いを見て瞳を輝かせていた。

 というか、ちょっと言動におかしいところあるような気もする。


「スタン様もご健闘されておりましたね」


「スタン様ももちろんすごかったわ! でもマリアさんの剣や魔法の腕にもっ! 私、感動いたしましたのよ!?」


「愛しのレディのためならこの剣、捧げてみせましょう」


 ちょっとしたおふざけで、勇者時代によくやっていた騎士の誓いとやらをアクア様にしてみせる。ひざまずき、手の甲に軽いキスを落とすといった儀式だ。


「まあっ!」


 アクア様はまんざらでもなさそうにポーッとした表情になる。

 うーん、アクア様ってシンプルに可愛いよな。

 器量よし、心根もよし、公爵令嬢として慎み深く思慮深い。そして教養も高ければ、鍵魔法もそこそこ扱える。しかもピアノが凄腕って……すごく優良物件じゃないか!?


 っち。お膳立てしたとはいえ、なんだかスタンが恨めしくなってきた。

 そんな邪念を察知したのか、アクア様はここぞとばかりにスタンの話を切り出してきた。


「マリアさん。先ほどは私を話題に出してくださり、感謝しておりますのよ」


「いえいえ。アクア様は私の大切なお友達ですもの。そういえば、このあとは各騎士団が旧交を温めるための立食会が開かれます。アクア様はそちらでスタン様と————」


 私が言い切る前に全てを察したアクア様は、前のめりになって両手を掴んでくる。


「マリアさん。この御恩は絶対忘れませんわ!」


 アクア様は乗り気だなあ。

 さてさて、恋のキューピッド作戦を開始しますか。


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