15話 高貴なる令嬢たちのお茶会


 王宮に到着した私を待っていたのは高位貴族のご令嬢ばかりだった。

 温室庭園には柔らかい緑と美しい花々が咲いており、優しい陽光が降り注いでいる。そんな最高のロケーションで、テーブルを挟んでかしましく紅茶やお菓子を堪能するご令嬢たち。


 一見すると楽しい会話に花開かせているようで、その実……ここに集まるメンバーが交わす話は将来の王国を動かす内容だったりする。

 なぜなら彼女たちは間違いなく大物たちの息女だからだ。


 なにせ彼女の母親たちは、親交のある高位貴族の夫人たちだけが参加を許されるお茶会サロンを開いている。

 地位や権力のある夫に影響を与える夫人たちの集まり、すなわち彼女らの間で行き交う会話は王国を裏で動かす。


 そんな母親たちを見ていれば、当然この場にいる彼女たちも思うわけだ。

ここで温められた旧交は、将来の彼女たちを繋ぐと。



「あら? ようやくいらしたのね? みなさん、本日は初参加のご令嬢がいらっしゃるのよ」


 太陽のごとき豪奢な金髪をなびかせながら出迎えてくれたのはステラ姫だ。

 しれっと一番遅くに来たと揶揄されたが、指定時間の1時間前に到着したはず。

 それでも私以外の全員が揃っている、それすなわち私に伝えられた時間が故意に遅れたものだったわけだ。

 初手からやってくれる。


 この場にいるほとんどの令嬢は私より家格が上の者ばかり。

 そんな中、重役出勤とは無礼も甚だしい失態だ。


 しかし、ここで王族からの招待状に誤りがあったなどと指摘してはいけない。

 主宰ひめさまの顔に泥を塗るような行為をいきなりぶちかますのは、この派閥との繋がりを断つに等しい蛮行だ。


「新参者であるにも関わらず、このような醜態をみなさまに晒してしまったことを深くお詫びいたします」


 まずは上下関係をしっかり認識しているとアピールするために、私はこの場の全員に頭を下げる。


「許します。さあみなさん、ご拝聴なさって。彼女は先日、私を猛毒の魔の手から、身を挺して救ってくださったご令嬢よ」


 姫から名乗りの許可をもらったので、なるべく毅然きぜんとした態度で臨む。


「お初にお目にかかります。王国の星々が一つ、マリア・シルヴィアイス・フローズメイデンと申します。本日は恐れ多くもステラ姫殿下にお声がけいただき、このような栄誉ある星々の集いに参加いただけこと、深く感謝いたします。また、星々の威光を頂く皆様に、こうしてお目通り叶ったことも、【美姫の星神アンドロメダ】のお導きかと存じます」


【美姫の星神アンドロメダ】。

 かの美姫はどの女神よりも美しかったため、星神へと引き上げられた。

 その導きだと思うその意味は、この場におわすご令嬢すべてが神に匹敵する美しさ、もしくは能力を持っていると私は考えている。そんな集まりに参加できて嬉しいですよーって感じだ。


「あらあら、お上手ですこと。みなさんはマリアさんをいかが存じますか?」


「大いに立場を弁えていらっしゃるようで何よりです」

「お時間も1時間前に来られたので、私たちへの想いに嘘偽りはなさそうですね」

「前回、姫殿下がお戯れでお声がけなさった子爵令嬢なんて、私たちがお茶会を終える頃にいらしたものね」


 やっぱりか。

 わざと新参者に遅い時間を伝えて招待するのは、一種の試験のようなものらしい。私の反応を見て、このお茶会にふさわしいかどうかを決めるやり取りなんだろう。

 はーメンドクサ!


 それからどうにか受け入れられた私は、可もなく不可もなくご令嬢たちの話に溶け込んでゆく。下位から中位の普通の貴族令嬢であれば、最初デビューが肝心と息巻いて目立った発言するかもしれないが、ここの主宰はそれを望まない。

 なにせ『姫である私よりも目立つから処刑する』なんて言いかねない人物だからだ。


 それから概ね、このお茶会サロンを取り仕切る中心人物がだんだんと見えてきた。


 まずは何を置いても14歳のステラ姫。

 彼女が話題の中心であり、彼女の反応こそがこの場の誰よりも求められる成果である。

 この王国内で最も強力だと讃えられる、星系統の鍵魔法を操る王族の一員。

 現在の王位継承権は二位だが、姫が形勢する派閥の勢いはミカエル王子の派閥に届きそうな勢いだ。


 次が17歳のアクアレイン公爵令嬢だ。

 水系統の鍵魔法が得意な家柄で、【大いなる恵みの雨アクアレイン】の家紋を誇る。一族の中には王家と婚姻した者もいたので、王陛下との結びつきが深い。

 さらに私は彼女が辿る未来も知っている。


 そして三番手が15歳のオリゾント侯爵令嬢だ。

 土系統の鍵魔法が得意な家柄で、【頑強なる地平線オリゾント】の家紋を誇る。

 勇者時代、オリゾント家は妙に師匠の家、というか今は私の家フローズメイデンを敵対視したり、ちょっかいをかけてきたっけ。そういえば先日、【土の精霊石ノーム・ストーン】などを採った【精霊の鉱脈筋】は、オリゾント侯爵領内にある。

 なんだかいけすかない家だから、遠慮なく精霊石は取り尽くしておこう。


 さて、私はただ姫様の派閥のステータスを探りにきたわけではない。

 私や戦友たちが、姫様に使い捨てされづらくなるためには、しっかりと他のご令嬢とも縁を結んでおかなければならない。


 できればストレートに姫様の動向や思惑を知れればベストだけど、とはいえいきなり姫様の信頼を勝ち取るのは難しい。

 ならば外堀から手をつければいい。そして私が有益な存在であると取り巻きから伝われば、徐々に姫様が私に接触してくるって計算だ。

 お茶会の話題が、花やお菓子、流行りのドレスに転じたところでアクアレイン公爵令嬢が私に話を振ってきた。


「ドレスといえば、本日のフローズメイデン伯爵令嬢のドレスは素晴らしいですわね。特に家紋である青薔薇の意匠が凝っていらっしゃって、非常に目を惹かれます」


 有力令嬢が私を褒めたことで、他のご令嬢たちもそろって口を開いた。


「私も同じことを思っておりましたわ」

「フローズメイデン伯爵令嬢のお綺麗な銀髪によくお似合いですわよね」

「羨ましいですわ。フローズメイデン伯爵様の美貌もさることながら、ご令嬢もその美しさをしっかり受け継いでおられますのね?」


 彼女たちは上位貴族令嬢の許しを得たとばかりに、私に話題を振り始める。

 ここでようやく『本当に』このお茶会に受け入れられた。そう、普通のご令嬢なら錯覚してしまうだろうが私は違う。


「みなさまのお口からそのようなお言葉をいただき光栄です。ですがお美しいと仰るなら、ステラ姫殿下がお付けになさっている髪飾りほど、輝かしい物などございませんわ」


 ここで姫のドレスを褒めたら、気を遣ってお世辞を使ったとバレバレだ。

 しかし間接的に髪飾りにフォーカスを当て、かつ憧れのお茶会に招かれて少しだけはしゃいでしまった素直な13歳の少女を演じるのだ!


「太陽のように燦然と輝く御髪に、星々の煌めきを宿した髪飾りなんて……私、もう虜ですわ! ご無礼ながら、さきほどから視線がどうしてもそのお美しさに吸い寄せられてしまいっ」


「あら? マリアさんは目の付け所が良いですわね? こちらの髪飾りの一粒一粒には【七星の玉座石ロア・ストーン】をはめこんでいるのよ」


「はわぁ……お綺麗です……」


 はー、今すぐにくびり殺してやりたい相手を褒めなくちゃいけないなんてウンザリだ。

 なんて内心はおくびにも出さず、熱烈な憧憬の眼差しを姫に送る。


「あらあら、ステラ姫殿下のお美しさに当てられて惚けていらっしゃいますわ」

「ふふふ、フローズメイデン伯爵令嬢はお可愛いですわね」

「私たちも初めてこのお茶会にお招きいただいた時のことを思い出すわ」

「あの時のステラ姫殿下の装いも素晴らしかったですわよね」


 はー! メンドクサ!


「昨今は帝国の宣戦布告もありましたし……このような心安らぐ場をご提供くださる姫殿下には感謝の念が尽きませんわ」


「帝国との戦争、といえば……アクアレイン公爵令嬢のご心中お察しいたします」


 出た。

 ようやく私が狙っていた話題が出たぞ。



 私はアクアレイン公爵令嬢の未来を知っている。


 まず彼女は三つ年上のスタン・ライカ・ネル・アーチヴォルト公爵令息に恋焦がれている。アーチヴォルト公爵家の長男にして、雷と獣系統の鍵魔法を得意とする美青年だ。現時点では・・・・・アーチヴォルト公爵家の次期当主でもある。


 勇者時代は彼の父と弟とは縁深かったけど、スタンとはそれほど面識がない。

 なぜなら彼は————


 帝国戦争の次に起こる、魔人戦争で命を落とすことになるからだ。


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