14話 お嬢様の専属メイドは大忙し


「このような見すぼらしいドレスが、栄えある【凍てつく青薔薇フローズメイデン】にふさわしいわけないでしょう」


「し、しかし……そう言われましても……伯爵様にオーダーされた通りのデザインでございまして」


「あら? 貴方は私のお父様にセンスがないとおっしゃるのかしら?」


「めめめめめめ、めっそうもございません!」


 現在、マリアお嬢様は【星巡りの天球都市アストラ・メイデン】随一の仕立て屋に冷たいお言葉を落とされています。

 それもそのはずです。

 完成したドレスは……マリアお嬢様の星々よりも煌めく銀髪、海よりも遥かに透き通った蒼眼、そして何よりも愛くるしいご尊顔を引き立てるには力不足が過ぎるのです。


 金貨数百枚分の価値がある銀聖糸シルバスをふんだんに使われていようと、芸術レベルの青薔薇をモチーフにしたレースが随所にあしらわれていようと、貴族のご令嬢が一目で感動と羨望の溜息をこぼす出来栄えだとしても!

 マリアお嬢様の魅力にはふさわしくありません。


「アン? 貴女もよ? もう少し私にふさわしい飾りつけができないのかしら? まったくこれだから平民の血が流れる者は愚図の極みよね」


「申し訳ございません。姫殿下のお茶会までにはご満足いただけるよう、全身全霊を賭してお嬢様の輝きにふさわしいものに仕上げさせていただきます!」


「ぐぎぎぎっ……き、期待しているわ、アン」


 全てマリアお嬢様の仰る通りです。

 齢13の若さにして旦那様と剣技で渡り合ってしまうお嬢様だからこそ、望まれる物にも一切の妥協がないのでしょう。


 私も15歳にしては天才の域にあると誉めそやされており、騎士団に入れるほどの実力だと自負していたのですが……お嬢様と旦那様の戦いを見せられた後では、如何に自分の剣術が稚拙かを思い知りました。

 剣の腕に覚えのある者ならば、誰もが理解しています。


 マリアお嬢様の剣は尋常ならざる修練の賜物だと。

 あの頂きに到達するまでに、一体どれほど血の滲むような特訓をなさっていたのか。専属メイドである私にすら隠れて必死に剣を振るい続けていたに違いありません。

 そしてその事実を誇るでも顕示するでもなく、ただただ淡々と『できて当たり前』といった態度を一貫しておられます。


 痺れます。

 憧れてしまいます!


 おっと、マリアお嬢様のお美しさに惚けている場合ではありません。

 ドレスの試着に宝飾品の合わせ、髪飾りの選定など、やることはごまんとあります。

 それに午後には旦那様とお嬢様が庭園でお茶をするそうなので、そちら用の御召し物もプロデュースして……あっ、お嬢様のお好みのハーブティーもご用意しなくてなりませんね!


 なんて目まぐるしくメイドとして従事していると、至福の時間は確定でやってきます!


「…………例のトカゲはいないな」

「はい。今朝がたお父様に苦言をいただいたばかりですので」


 あぁ、あぁ、我らが誇る【凍てつく青薔薇フローズメイデン】のなんたる美しさ、なんたる壮観さですか!

 旦那様は常に研ぎ澄まされた刃のごとき鋭利さをまとっておられ、お嬢様は氷の野ばらに咲き誇る銀氷の青薔薇そのものです!

 鬼気迫る美しさにゾクゾクくるのは私だけでしょうか?


 いいえ、きっと全領民が目を奪われ、心を奪われること間違いなしです!

 美丈夫と美少女のコラボレーションは絵になりすぎますうううう!


 あぁ、このような高貴さに溢れるお二方を間近で見れるなんて、至福の極み以外のなにものでもありません!


「苦言……? そのようなつもりはなかったが……」

「さようでございますか」


 はあああ、しかもそんなお二人がっ! 私のっ! れたっ! お紅茶をっ!

 飲んでいらっしゃる!


 こんな栄誉をいただけるなんてメイド冥利につきます!


 そんなこんなで眼福の嵐だった私ですが、まだまだ本日のお仕事は終わらせたくありま————終わりません!


 お嬢様の湯あみや寝間着のお着換えなども、一切合切! 何が何でも他のメイドになんか任せてやりません!

 絶対に完璧に! マリアお嬢様の専属メイドとして全てをこなしてみせます!

 どんな時でも優雅で在り続けるお嬢様にふさわしいメイドとして!


 そして明日に迫ったステラ姫殿下のお茶会に向け、夜なべしてご準備を————



「アン……今夜は、私の隣で……横になる栄誉をあげるわ」


「ふぇ?」


 思わずだらしない声が出てしまいました。

 今、マリアお嬢様はなんとおっしゃった?

 いやいや、専属メイドである私がお嬢様の言葉を聞き返すなんて持っての他です。無礼です。


 冷静に、落ち着いて、言葉の意味をかみしめましょう。

 まずは状況を把握いたします。


 マリアお嬢様は湯上りの火照った顔で、それはそれは純白の頬を可憐な薔薇色に染めていらっしゃる。普段であれば毅然とした青色の瞳も、今はどこか不安を押し殺すように揺れていて————

 そんな麗しいお姿で、悶絶級のお可愛らしい発言をされるなんて……!?

 私を殺す気ですか!?

 もうさっきから心臓がバックバクのドッキドキです!

 えっ!?

 私が!? マリアお嬢様の!? ベッドで!? 一緒に添い寝!?


 ふー落ち着きなさいアン、アンナ・リーシュ。

 私はお嬢様の専属メイド。そしてマリアお嬢様は私がお仕えすべき主。


 そう、いつも凛とした誇り高きマリアお嬢様が————

 私に甘えていらっしゃる!?


 さすがのお嬢様も明日に控えた姫殿下のお茶会はご不安なのでしょうか!?

 あぁ……ほんっとにお可愛らしい。


 そうですよね。いくらマリアお嬢様でもまだ13歳の子供です。

 生れたと同時にお母さまを亡くされて、きっと一人で頑張ってきたのでしょう。誰にも甘えることなく、ずっとずっと【凍てつく青薔薇フローズメイデン】にふさわしい存在になるために走り続けてきたのでしょう。


 私にもマリアお嬢様ほどではありませんが、似たような覚えがあります。

 庶子というハンデを覆すために躍起になって剣術に打ち込み、メイドでありながら護衛役もこなせるアピールポイントを獲得したものの……旦那様に雇ってもらえるか心配でした。

 雇用の合否通達がくるまで、それはそれは緊張の嵐でした。

 夜しか眠れませんでした。


 きっとマリアお嬢様もそのようなお気持ちなのですね?

 でしたらこのアン! 一肌も二肌も脱ぎますとも!


「マリアお嬢様のお隣で、横になる栄誉を賜りたく存じます。お許しいただけますか?」


「許すわ」


 私は淑やかなる母や姉のように笑えているでしょうか?

 マリアお嬢様を少しでも安心させられているでしょうか?

 私、鼻息が荒くなっていませんよね?


「さ、シロちゃんは右で、アンは左にお願い」


「グルルルルルゥ……」


「シロちゃん? 姫殿下のお茶会が明日だからって興奮しちゃダメよ?」


「クルルルルゥゥ……」


 さあ、私はたまのように瑞々みずみずしいぷりっぷりなお嬢様の天使なもち肌ウォッ! それとなくさりげなく堪能しますんじゃーい!

 それから銀糸のようにきめ細かいサラッサラなお髪をヨシヨシしますんじゃーい!

 子守歌を歌うどさくさに紛れてっ、はぁっはぁっハァッ……!


 ん?

 お嬢様のもち肌以外の何かが当たりますね?

 シロ様はいつもの定位置にいらっしゃるのにおかしいです。


 ん?

 マリアお嬢様と私をへだてるようにシロ様の尻尾が……?

 くうううう、シロ様どいてええええ。

 もうほんのちょっとだけお嬢様のおそばに、おそばにいかせてええええ!


 はああああ、こんな形でお預けをくらうなんて身も心も持ちませんよ!?

 今日は特にっ、お嬢様のお言葉に一喜一憂してしまいましたし!?


 ですが……諦めませんよ?

 なにせマリアお嬢様専属メイドの夜は長いのですから。

 いつだって大忙しなのです!





 昨夜のマリアわたしは少しおかしかった。

 いざ、再び憎き姫様のお茶会りょういきに飛び込むとなると、処刑された時の光景がフラッシュバックしてしまったのだ。不安になった私は思わず、アンにそばにいてほしい、なんて言ってしまい……迷惑をかけてしまったのだろう。


 その証拠にアンは朝になっても目を覚まさなかった。

 きっと疲れがたまってしまったのかもしれない。


「アン、起きて。起きなさい、アン!」


「ふぇ……お嬢様に朝チュンモーニングコールされました……? ここは天国ですかあ?」


「寝ぼけているのかしら? それ以上の醜態は専属メイドとして恥よ?」


 心ではアンの疲れを案じていても、この口はなかなか素直な言葉を吐き出してはくれない。


「ふぇぁー? ……ふぁっ!? え、嘘!? 現実!?」


「現実よ。ついでに今日はステラ姫殿下のお茶会よ。早く支度なさい」


「こ、こ、このようなお見苦しい醜態をお見せしてしまい、誠に申し訳ござ————」


「許すわ。それよりいつまでシロちゃんの尻尾に抱き着いているの? そんな寝相で熟睡なんて、よほどシロちゃんの尻尾が気に入ったのね?」


「えっやっ……これは違くて…………く、悔しいいぃ……」


「くるるるるーん♪」


 なぜかアンは物凄く悔しがっていた。

 対照的にシロちゃんからは達成感が伝わってくる。

 

 私にはよくわからないけれど、今日は決戦の日だ。


「くるるー?」


「ええ。頑張るわ。でもシロちゃんはお留守番よ? 我慢してね?」


「くるる!? がうあうあうあー……」


「ハッ! そうですね。さすがのシロ様でも姫殿下のお茶会にいきなりお連れになるのは難しいですもんね? で、す、が! 私、アンは! マリアお嬢様の専属メイドですので、ご一緒させていだきます。シロ様はお留守番よろしくおねがいしますねー?」


 しょげるシロちゃん。

 そして今度は対照的にアンが勝ち誇っていた。


「くるるるるー? がうがううー?」


「ごねてもダメですよシロ様? マリアお嬢様のご迷惑になるようなことはお控えください」


 なぜシロちゃんを連れていかないのか。

 それは、そっちの方が楽しそうだからに決まっている。


 竜はここぞといった時にだけ、その強大さと偉大さを誇示すればいい。

 いつか姫様の鼻をアーッと明かす時までの秘密だ。


 確かにあの姫様のお茶会に行くなんて危険かもしれないけれど、いきなり私を毒殺するなんて暴挙には出ないはず。帝国との戦が控えた今、師匠パパが持つ戦力は大きい。

 その娘が姫様のお茶会にて事件が起きようものなら、師匠パパの忠誠心に影が差すかもしれない。例え冷え切った関係の娘であったとしても、外聞というものがある。

 現時点で師匠パパの離反を促すほど、姫様も馬鹿じゃないだろう。



「お待たせいたしました。お嬢様。ご覧になってください」


 そんなことを考えていたら、アンによるドレスアップが終わっていた。

 姿見の前では、まだ蕾が開花する前の未成熟な少女が立っている。ただし、その可愛らしさときたら形容しがたいほどだ。


 蒼き永遠の薔薇をモチーフに作られた豪奢なドレスに身を包むのは、銀と青に煌めく絶世の美少女。

 あのムキムキだった勇者わたしが、今じゃ可憐すぎる悪逆令嬢ねえ。

 


「天使や神々をも凌駕するお美しさでございますよ!」


 大袈裟に褒めるアンを隣に、なんだか少しだけ笑えてきた。


「いくわよ、アン」


「承知いたしました。マリアお嬢様」


 私は再び戦場へと舞い戻る。

 数多の戦地を駆け抜けた私がたどり着いた、次なる戦場は————


 高貴なお嬢様がたのお茶会だ。

 本当に笑える。

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