13話 シロちゃんの成長


「さっそく精霊石に精霊力を込めてゆきますわ」

「くるるるーふぁうー」


 すでにおねむなシロちゃんを抱きかかえ、私は星精霊と語らい合う。

 どうか【流星の精霊石オーティン・ストーン】に、みんなの力を宿してほしいと。


星屑と踊る子供エトワール】や【星明かりの巨人ギャラクシア】たちは快く私の願いを聞き入れてくれ、いくつかの【流星の精霊石オーティン・ストーン】に彼らの輝きが込められた。

 それでも手に入れた精霊石全部に行き届くわけではない。

 せいぜいが十数個だ。


 こういうのは、時と場所によって込められる力にも違いが生じてくるし、自室のテラスなどで見かける星精霊に頼めば効能が変わってくる。なので一つ一つゆっくりと試してゆこう。


「この調子なら、帝国と本格的な戦争が始まる前には間に合うかしら?」

「くぅーくぅー……すぅーぴぃー……」


 私が勇者たりえた所以ゆえんは、あらゆる異界の扉を開く鍵魔法への適性があったからだ。

 そしてそれは精霊力でも同じで、全属性の精霊力と共鳴できる。


 自然に存在する精霊を視認できる人間は少数だ。そして精霊の力を使役できる者はもっと限られ、【精霊使い】と呼ばれている。

 通常の精霊使いであれば一属性のみ。稀に、二属性や三属性の精霊と共鳴できる者もいるけど、私が知る限り王国に一人と帝国に五人しかいない。

 単純計算すると精霊力に優れている者がエルヘルム帝国は5倍。しかしその実態は、精霊使いの数に関すると、約100倍以上となっている。


 なぜこうも王国と帝国には精霊使いの数に差があるのか、その原因は価値観の相違にある。


 エルヘルム帝国の始祖は『精霊の皇帝エルフヘルム』と畏怖されるほど、精霊力の共鳴に長けた人物だったそうだ。

 伝記によれば私と同じく全属性の精霊と共鳴できたとか。


 国の始祖が強大な精霊使いであり、その血を引く王族たちも優秀な精霊使い。であるならば当然、精霊使いの雇用・登用が盛んになる。自然と精霊使いが集まりやすくもなる。

 帝国貴族たちは精霊力こそが至高といった伝統を誇り、精霊たちを信仰している。



 対する王国は、星々の神を信仰している。

 あらゆる星や別世界におわす神々の奇跡を行使すること、それすなわち鍵魔法。

 そして、その信仰心でもって敵を砕き、願いを成就させる。そういった文化や信仰があり、鍵魔法が盛んだ。

 鍵魔法を習得し、神々へと通ずる異界の扉を開く者を『解き使い』と呼ぶ。


「どちらが優れているか……領土の広さを尺度にすれば、鍵魔法に軍配が上がるのかしら?」


 王国の領土は帝国の約二倍もある。

 とはいえ、それは早計な判断な気もする。

 精霊力は鍵魔法と比べて自分にかかる負担が少ない。元からそこにある自然の力を借りるわけで、自らの魔力を消費して異界から奇跡を引っ張り出してくるのとは燃費が違いすぎるからだ。


 戦の観点から見ても、精霊力は侮れない。

 使い手が限定され、使い手に消耗が強いられる鍵魔法。

 片や、事前に精霊石に精霊力さえ込めてしまえば、多くの兵士たちが精霊力の恩恵を戦場で行使できる。さらに、使い手が消耗することもない。


勇者わたしがいなくて……王国は大丈夫なのかしら……?」


 そういえば今世での勇者アルスはどうしているんだろう?

 今まで環境の変化に食らいつくのに必死ですっかり失念していた。

 確かこの時期は……孤児院で勇者としての力に目覚めて、そろそろ師匠パパに目をつけられる頃合いのはず?

 少し怖い気もするけど……近々、孤児院に直接足を運んでみるのもいいかもしれない?

 もしくは勇者アルスと幼馴染のユーシスなら何か知っているかも?


 そんな風に思考を巡らせながら、次々と精霊力を精霊石へと込めてゆく。

 100個を超えたあたりで私は満足し、今は我が家となっているフローズメイデン伯爵家の邸宅へ転移で帰宅。


 それからメイドのアンに湯あみをしてもらい、寝間着を着せてもらう。

 天蓋付きの豪奢で広いベッドにシロちゃんと横になる。


「……ふかふかのベッドも心地よいけれど、簡素で硬いあの寝心地も……少しだけ恋しいわ……」


 孤児院の兄妹たちと縮こまりながら狭いベッドに潜っていたのは懐かしい思い出だ。

 勇者になってから忙しさにかまかけて、ろくに会えずじまいになってしまった兄妹たち。

 今世でもみんな元気にしているだろうか?


 兄妹たちの無邪気な顔を想い浮かべながら、私は眠りについた。





 明くる朝。

 孤児院の兄妹たちの寝相ねぞうで起こされ————


 シロちゃんが寝ぼけまなこのままスリスリにしてきたので目を覚ます。


「んん、今日もシロちゃんは世界で一番可愛いわね?」

「くるるーるー」


「あら? シロちゃん……ちょっと、いや、だいぶ大きくなったわね!?」

「がうあうあー!」


 昨夜までのシロちゃんは子犬ほどの大きさしかなかった。

 しかし今では背中に立派な翼が生え、狼ほどの体格に急成長していた。


「一日、二日でこれだけ成長するなんて……やっぱり竜を育てるには財宝や金貨を集めるのが一番ね?」


 昨夜の精霊石も財宝のうちに入るわけで、帝国戦争の中期になれば昨日の収穫だけでも金貨千枚ほどの価値がある。

 この調子でどんどん金銀財宝を集めるぞ!


「くるるー」

「あら? 体のサイズを調整できるの?」


 と、思ったらシロちゃんは子犬サイズに戻ってしまった。


「くーるーるー」

「ん? いつでも私と一緒にいれるように? 確かに大きくなりすぎたらお部屋には一緒にいられなくなってしまうものね……」


 それからシロちゃんは大きくなったり小さくなったり、身体のサイズをたくさん変える遊びに夢中になる。


「あうふぁー」

「シロちゃんは器用なのね」

「きゃっきゃっ! くー!」


 どうやら最大サイズはさっき見せた狼ぐらいの体格っぽいな。



「マリアお嬢様、失礼してよろしいでしょうか?」

「アン? いいわよ?」


「朝のご準備に参りまし————た? し、シロ様が大きくなっていらっしゃる!? お、お嬢様! お怪我はございませんか!?」


「大袈裟ね、アン。シロが私を傷つけるわけないじゃない。それより今日はお父様と朝食をとる予定でしょう? 早く着替えの準備をなさい」


「か、かしこまりました。あ、あのお嬢様……まさかシロ様も朝食の場にお連れするのですか?」

「当たり前じゃないの」


 だってあの師匠パパは生前から竜を一目見たいと言っていたのだ。

 あ、生前というか今だから、ちょうど今現在! 竜を見たがっているに違いない!

 前に朝食を共にした時はシロちゃんに一切触れてこなかったのは、きっと犬か何かと勘違いしてたんだろう。それか全く興味がなかったかのどちらかだ。

 それが今ではだいぶ立派になりつつあるし、どう見ても犬には見えない。竜の特徴がどんどん身体の随所に現れてきている。

 もちろんサイズを小さくしたら、出会った頃のふわふわ幼竜のままだけど。


 とにかく今は最大サイズで出陣あるのみ。

 これには師匠が感動する顔も期待できるなあ————





「ふん……そのようなトカゲを朝からはべらすとは……」


 なんて思っていた時期が私にもありました、はい。


「マリア。次からはそのレッサー・リザードもどきを朝食に連れてくるな」


 師匠パパはシロちゃんを射殺さんばかりに、絶対零度の視線をぶつけてきた。


 うわー。

 師匠パパはシロちゃんと私にそういう態度取っちゃうのか。

 じゃあ、こっちにも考えがあるなあ。

 師匠が竜を見たいって言ってからシロちゃんを紹介しようと思ってたし、なんなら【白金貨と眠る古都ドラゴンズ・スリープ】に連れて行こうと予定していたのに。


 へえ、ふーん。

 そういう態度なら、師匠パパにはあの美しい古都も、日に日に成長してゆくシロちゃんの愛らしさや荘厳さを共有しない。

 これに尽きる。



「旦那さま————素直にお嬢様と——————ペットに——嫉妬心など————お見苦しいですな————ここはしっかりと————」


 なにやら筆頭執事のセバスが師匠パパに耳打ちをしているけど、うん?

 ペット、見苦しい? しっかり、言う?


 うわあ。

 セバスもシロを食卓に招くのは反対派かあ。

 まあでもそうだよなあ。伯爵令嬢の振舞いとしてはペットを食卓に持ち込むのはよくないかもしれない。

 会食にお招きするお客様の中にはペットの類を苦手とする貴族もいるだろうし。


 でもなあ。

 シロちゃんはもう私にとって家族同然だし、家族とご飯を一緒に食べるくらい許してもらえないかなあ。


「シ、シルヴィー……話は変わるが今日は少し時間があるか?」


「いえ? 本日はステラ姫殿下のお茶会に備えて、ドレスを試着しますわ。そのため、城下町の仕立て屋に行く予定がございます」


「なに? そんなものわざわざシルヴィーが出向くまでもない。仕立て職人に登城させればよい」


「……承知いたしました」


 あーこっちは城下町に行きたい理由が他にもあったんだけどなあ。

 仕方ない。

 後日、お忍びで城下町を散策してみようか。


「で、ではシルヴィー…………コホンッ、空いた時間で……午後は紅茶でも、私と一緒に飲まないか?」


 なるほど。

 師匠パパが物凄く眉間にしわを寄せながら、私を睨み殺さんばかりに発言する理由。それは私がステラ姫殿下のお茶会で粗相をしないか、レディとしてのマナーをテストしたいらしい。

 しかし、ただでさえ多忙な師匠パパだ。

 令嬢マナーの確認など『私の手を煩わせるな』と、そんな副音声すら聞こえてきそうだ。


 私がどう答えるのが最善か迷っていると、師匠の目つきは更に鋭さを増してゆく。

物凄い緊張感とプレッシャーだ。

 ああ、この師匠パパは本当に娘の面倒を見るのが億劫で嫌なんだろうなあ。それでもフローズメイデン伯爵家の家紋に泥を塗られては困るから、マナーチェックを提案したと。


 よし、受けて立とうじゃないか。


「もちろんですわ。喜んでご一緒いたします」


 私がそう答えた瞬間、師匠パパのまとった重苦しい空気が一気に霧散した。

 え、なんで?


 これからが本番テストですよね? 師匠?



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