12話 精霊の鉱脈筋


 現在、アストロメリア王国はエルヘルム帝国に宣戦布告され、戦争状態に入っている。

 通常であれば戦争が始まると様々な物価が高騰する。

 特に金属の値段は著しく上がる。なぜなら、武器防具を生産するのに大量に消費されるからだ。

 そして今回の戦争でも、金属の高騰を予見した商人や貴族たちはこぞって金属を取り扱い始める。


 だけど私は知っていた。

 金属の高騰は最初こそ通例通り上昇するけど、それよりも遥かに価値が上がる物がある。


「……精霊石ね」


 未だ帝国と初戦を交えていない王国軍は知らない。

 精霊石はエルヘルム帝国の新兵器だ。精霊石は精霊力を封じて、誰でも精霊力をその場で行使できてしまう優れもの。

 

 エルヘルム帝国の国土はアストロメリア王国の半分ほどで、まともにぶつかりあえば帝国の敗北は必至。だからこそ王国貴族たちや王国民も、今回の宣戦布告に対してどこか緊張感のない空気が流れていた。

 当然、王国が勝利するだろう、とすら確信している。


 しかし、それは大きな誤算となる。エルヘルム帝国は多くの精霊使いを囲い込み、精霊石にその力を宿すことに成功したのだ。そうして新兵器となる精霊石は鍵魔法を扱えぬ一兵卒の戦力を大幅に増強し、破竹の勢いで王国軍を破ってゆく。

 苦戦を強いられた王国は、師匠パパを含めた圧倒的な個人戦力を誇る貴族に頼る他なく、どうにか反撃に転じていく。同時に王国内にも精霊石を採掘できる場所がないか、王家が中心となって血眼に探し始めることになる。


「くるるる、かうぅー?」


 どうやらシロちゃんも精霊石を知っているようだ。

 私の頭の上にぴょこりと乗ったり、私の頬を尻尾でぺちぺち叩いたり、ベッドの上をぽふんぽふんしたりしながら、『この辺りで精霊石が採れる場所を教えるから、かまって?』といった意思が伝わってくる。

 正直に言うと勇者時代の経験から、すでにアストロメリア国内で精霊石が取れる場所は全て把握している。

 でも、可愛い幼竜のかまって攻撃を無碍にはできなかった。


「シロちゃーん!」

「くっくううううるうう!」


 シロちゃんとベッドの上ではしゃぐ。

 伯爵令嬢にあるまじきはしたない行為だけど、そんなの誰も見てないから関係ない。

 ひとしきりシロちゃんとジャレつけば、竜特有の『大満足したよ』ってポーズになる。すなわち、私の膝の上で丸まってしまうのだ。


「さて。おかねのためにがんばりましょう。シロちゃんもお金、大好きよね?」

「くるるるーん♪」


 シロちゃんは可愛いなあ。

 やさしくあご下をなでてあげると『くるるー』って喉を鳴らしちゃうのだから、永遠に撫で続けられる。

 いや、いつまでもなでなでしてる場合じゃない!

 可愛いシロちゃんのためにも財宝を集めよう!


 さいわいにして、師匠との先日の模擬戦が功を奏したのか、今のマリアローズわたしは多少の自由が許されていた。

 普段通りだったら、花嫁修業や令嬢作法などの家庭教師たちと予定は埋まっているけど、なぜか『ステラ姫殿下のお茶会サロンまでゆっくりしていろ』と師匠パパに言われてしまったのだ。


「じゃあシロちゃん。まずは土精霊アースが活発な所にいくわよ?」

「きゅっくるるるるー!」


 こうして私は転移門を発生させる【追憶の箱庭】を発動した。




 シロちゃんと転移したのは【星が瞬く地下回廊ノーマス・ノービス】だ。

地下ダンジョンの一種だけれど、ここに魔物などは住み着いていない。

 じゃあ、何が見えるのか。


 それは見渡す限りの星空————

 もとい、闇夜に輝く鉱石たちの光だった。

 壁や天井の至る所に、淡くぼんやりと煌めく鉱石たちが埋まっている。それらがあたかも星々のように見えるから【星が瞬く地下回廊ノーマス・ノービス】と呼ばれる所以ゆえん


『ヨッホッホー』

『ワッホッホー』

『キャッホッホー』


 そして辺りには小人たちがそこかしこにいる。常人では目にすることができない土属性の精霊【土の小守り人ノーム】だ。

 緑や茶の頭巾をかぶった小人たちは、俺やシロちゃんを見ると陽気に話しかけてきた。


「やっほっほー、でございますわ」

「くっるっるー!」


 この【精霊の鉱脈筋こうみゃくすじ】はオリゾント侯爵領の地下深くにあって、今から二年後に発見される。

 オリゾント一族には悪いけれど、一足先にいただいてしまおう。


「あら? シロちゃんは精霊石も大好きなのね?」

「ぐうううーぎゃるるるー」


 ガジガジとその辺の精霊石にかじりつきながら、目を輝かせるシロちゃん。

 竜にとっては精霊石もお宝らしい。


「ここにある精霊石は……【土の精霊石ノーム・ストーン】が大半だけれど、あら? まれに【岩の精霊石タイタン・ストーン】もあるのね?」


 どうやらここの精霊石は、土と岩にゆかりのある精霊力を宿せるようだ。

 一つの【精霊の鉱脈筋】で複数の精霊石が採れるのは割と珍しい。この際だから【土の小守り人ノーム】が枯れない程度に持って行こう。



「【解城カリオストロ】————【忠実なる我が居城】」


 物を保管する鍵魔法を発動する。

 地下鉱脈の一角に巨大な城扉が開いたので、あとはそこに精霊石を入れてゆくだけだ。

 とはいえ一人と一匹で精霊石を採取するのは骨が折れた。

 これは後々、従業員を雇う必要が出て来るなあ。


「ふー……さすがに疲れたわね。地上はすっかり日も暮れたでしょうけれど、今日中にもう一カ所だけ行っておきたい【精霊の鉱脈筋】があるの。シロちゃんは大丈夫かしら?」

「くっるるるるるー! がう!」


 ふふ、新しいお宝が手に入るなら元気一杯のようだ。

 私は再び【追憶の箱庭】を発動して、数十年前に滅びてしまった地へと転移する。


 そこはかつて天空都市とうたわれた場所。

 標高が高い山々の頂上に居を構え、【星を掴める都市】と言われたほどに美しい街だった。

 そこも今となっては【星が落ちた都】と言われ、荒れ放題だった。

 そう、星の神々アストラルの怒りに触れたとされ、流星が落ちた都市は一夜にしてその栄華を崩壊させた。


 こちらは王家の直轄領であるけど長らく放置されているし、【精霊の鉱脈筋】だと判明するのは三年後なので取れるだけ取ってしまえ!


『きらきらにんげん』

『ぎんのひかり』

『なにするかがやき?』


 倒壊した建物の影から、ちらちらと輝くのは星精霊スターズたちだ。


「【解門オートクル】————【星海に流れる天の川】」


 彼らは臆病で人間と接するのを拒む傾向にあるけれど、私が星の門にまつわる鍵魔法を発動してやればきゃっきゃとはしゃぎまわる。

星屑と踊る子供エトワール】もいれば【星明かりの巨人ギャラクシア】も集まり、星々の輝きが私やシロちゃんの周囲に溢れてゆく。


「すごく……幻想的ね」

「がうっるる」


 滅んだ都市を彩る本物の星々の煌めきは、【星が瞬く地下回廊ノーマス・ノービス】に勝るとも劣らない美しい光景だった。

 

「さあ、シロちゃん! 景色と私に見惚れるのはそこまでよ! ここで採れる精霊石は私の戦友を救う鍵になるかもしれないの。たくさん取るわよ!?」


 死にゆく運命さだめにあるかつての戦友。

 彼の命の輝きが消えないように————


 そう、星々に願いを込めて。

 私はシロちゃんと一生懸命、【流星の精霊石オーティン・ストーン】を採取していった。



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