第12話

「悪いけど、もう少し詳しく説明してもらえるかい?」

 

 少しだけ考えるような素振りを見せてから、土生先輩が口を開いていた。

 その謎は即席で捻り出しただけだから、本当に謎として推理できるのかは微妙なところだ。僕はドリンクカップを持つ女子生徒に近付いて、仕方なしに付け加える。


「数分前から、彼女はカップに直接口を付けて飲み物を飲んでいました。しかし、テーブルの上には開封済みのストローと、それを包装していた袋があります。


 彼女が手に持っているのは、ファストフード店などで使われているような蓋付きの白いカップ。蓋は半透明なプラスチック製で、ストローを挿し込む位置には×型の切り込みが入ってる。敢えて言及するなら、その切り込みにストローを挿して中身を飲むのが一般的だ。

 ――でも、彼女はストローを使っていない。ストローは蓋に挿さった状態ではあるのだけれど、その蓋ごとテーブルの上に放置されているのだ。単純に考えると、ストローを使わない理由は謎として扱えるような気もする。

 そして、それに加えて更に謎なのが、ストローが入っていたと思われる白く細長い包装袋が二つあるという点。ストローは一本しか見当たらないのに、ストローの包装は二本分ある。


「えっと、名前を聞いてもいい?」

「……金城優奈かねしろ ゆうなだけど」


 便宜的に名前を尋ねてみると、ドリンクカップを持っていた女子生徒――金城さんは、戸惑いながらも名乗ってくれた。そして、不満そうにジッと見つめられた。面倒な争いごとに巻き込んでしまったわけだから、僕には申し訳ないと頭を下げることしかできない。


「ごめん。確認なんだけど、そのストローは使ってなかったよね?」

「そうだよ。ついさっき販売カウンターで替えをもらおうと思ったんだけど、発注ミスでもうストローが無いって――」

「ストップ」


 ここまで金城さんが話したところで、土生先輩が止めに入っていた。ただ、止めるのが少しだけ遅かった。ストローを交換したくても交換できない状況だったと判明したわけだから、それだけでも致命的なネタバレに思える。


「悪いけど、これはボクと日野ちゃんの勝負なんだ。それ以上は言わないでね」

「……? すみません」


 訳の分からないまま、訳の分からない理由で生徒会長に注意された金城さん。心の底から不憫だ。巻き込んでしまって本当に申し訳ない。

 そして、勝手に巻き込んでおきながら図々しいのだけれど、金城さんのためにもこの謎を早急に解き明かしたい。さっさと終わりにしてもらいたい。だから、僕は無理矢理に言葉を作った。


「今見たところ、ストローの内側と外側の一部には液体が付いています――」

「そのストローが最低でも一度は使われたという証拠だね」


 即座に声を返してくれたのは土生先輩だ。頭の回転が凄まじく速い。


「金城ちゃんは使っていたはずのストローを蓋ごとテーブルに置いて、なぜかカップに口を付けて抹茶オレを飲んでいた。そして、ストローは一本しかないのに、その袋は二本分ある。もう一本のストローはどこに行ったのか。考えれば考えるほど、興味深いね」


 でも、そんな土生先輩の言葉のせいで、新たな疑問が生まれてしまった。後々面倒くさそうだから、早めにハッキリさせておこう。


「どうしてカップの中身が抹茶オレだと分かるんですか?」

「それは簡単だよ。カップで提供されるのは、その抹茶オレだけなんだ。他の飲料は既製品だから、全て紙パックで提供されるんだよ」

「……なるほど」

「ちなみに、氷が溶けると味が薄まるからっていう理由で、抹茶オレの提供時に氷は入れられていない。当然、金城ちゃんが飲んでいる抹茶オレにも氷は入っていないと思うよ」


 金城さんは無言で頷いている。

 これまでの発言からして、土生先輩は既にある程度まで推理を進めているらしい。わざわざ氷について話してくれたのも、とある可能性を潰しておくためだと思う。僕の仕事が減りそうで嬉しい限りだ。――否、美月先輩は会話の内容を聞き逃しているだろうから、あんまり関係は無いだろうか。


「くだらない」


 そこで、全てを薙ぎ倒すように吐き捨てたのが生徒会副会長の水原先輩だ。


「ストローを床に落としてしまったから、それを使っていなかったというだけの話でしょう。考える余地なんて無い――」

「それは違うよ」


 その声に被せながら否定するのは、やはり土生先輩だった。


「見ての通り、ストローは蓋に刺さった状態だ。もしそれを床に落としたのなら、ストロー単体じゃなくて蓋ごと落としたことになる。でも、蓋はカップにピッタリとはまるサイズだから、何らかの外力が働かなければカップから外れて床に落ちることはない。つまり、蓋がカップから外れた原因の部分には推理の余地がある」

「蓋を外したのではなく、カップごと床に落としたのでしょう。単純に手を滑らせたことが原因として片付けられます」

「そうだとしたら、落とした際の衝撃や重力でカップの中身が多少は溢れているはずだよ。床に落としてストローが汚れたという筋書きなんだから、ストローが床に接地するよう逆様の状態でカップを落とす必要があるからね。でも、この周辺には抹茶オレを溢したような痕跡は見当たらない。ストローを床に落としたと考えるのは無理があるんじゃないかな」

「では、彼女の趣向の問題としてストローを使わなかっただけなのでは? カップに口を付けてドリンクを飲むことを好む人間もいます」

「面白い考えだね。でも、それだと一度はストローを使っている点が不自然だよ。なにより、ストローの袋が二本分あることに関して説明ができていない」

「それは……。そうかもしれませんけど」

「ほら。結局は推理の余地が十分にある。即席にしては良い謎じゃないか」


 なぜか味方であるはずの土生先輩から言いくるめられた水原先輩は、そのまましゅんと縮こまってしまった。その大人っぽい雰囲気と相まって、なんだか不思議な光景だ。

 ――そして縮こまると言えば、我らが名探偵の美月先輩も同じような状態だった。僕が詳しい説明を始めたあたりから、明らかに様子がおかしい。

 何か見えない物に絡み付かれ、それらを振り払うように頭を振り回している。様子がおかしい。苦しんでいるように見える。悲しんでいるようにも見える。奇行と呼んでも差し支え無いほどに不自然な動き。

 彼女は明らかに推理モードへ突入している。こうなると、正真正銘のポンコツでしかない。それは金曜日の一件で分かりきっている。


「わかった! 抹茶オレを飲んでいる途中で蓋を開けて、カップの中の氷を食べてたんだよっ! その時に手を滑らせて、ストローを蓋ごと床に落としちゃったってこと!」


 案の定、彼女は本領を発揮していた。ポンコツの方の本領だ。


「美月先輩。それはありえません」

「へ? 氷をボリボリ食べる人っているよね?」

「それはいると思います。でも、抹茶オレに氷は入ってないんです」

「そんなっ! それなら先に教えてよぉっ!」


 先ほど土生先輩が氷について触れたのは、親切にも今の推理を否定しておくためだったと思う。もう美月先輩の負けなのではなかろうか。

 彼女は真っ赤に染めた顔を両手で覆い、「う~」と唸りながらしゃがみ込む。彼女が誤った推理を披露するのは既に恒例にも思えるのだけれど、観衆の前での的外れな推理となると流石に恥じらいを覚えたらしい。そのまま暫く丸まって頬の赤みを落ち着かせ、指の間から綺麗な目を覗かせて、強請ねだるように言ってきたのだ。


「陽太くん。私が聞き逃してそうな情報があったら、改めて教えてくれない?」

「任せてください」

「おぉ! なんだか乗り気だねっ!」

「さっさと推理を終わらせて、早くこの場から離れたいだけです」

「えー。そんなこと言って、本当はみんなと仲良くしたいくせにーっ」

「美月先輩って、たまにちょっとだけウザいですよね」

「しんらつ!」


 涙を拭くようなあざとい演技をかます美月先輩に、僕は『早く解いてくれ』と急かす気持ちを込めて言ってやった。


「本人は、ストローを交換したくても在庫切れで交換できなかった、という趣旨の発言をしていました」

「ふむふむ。つまり、なにかストローを使えなくなるようなトラブルが起こったことは間違いないね」

「そうですね。ストローを交換したくてもできなかったから、ストローの使用を諦めたと考えるのが妥当です。ただ、ストローの袋が二つあったことの説明ができません」

「可能性としてあるのは、一度目までは在庫が残ってたっていう説かな」


 彼女の表情は真剣だった。


「何かのトラブルでストローを替えてもらった。その際、最初に持っていたストローだけを捨てた。袋の方は捨て忘れていた。その後に同様のトラブルがあって、またストローを交換しなければならなくなった。でも、その時にはストローの在庫が切れていて、新しいストローを貰えなかった」

「たしかに、そう考えれば一応の辻褄は合います。でも、肝心のトラブルってやつが厄介です」

「そうなんだよねえ。根本的に解かないといけないのは、そのトラブルの内容だね。ストローが使えなくなるようなトラブル……。トラブルぅ……」


 そこまでで彼女の推理は詰まってしまったらしい。


「もっと情報がほしいっ! どんなに些細なことでもいいから、他にも気になることがあったら教えて! お願いっ!」


 些細でもいいとおっしゃるのなら、とりあえずは聞いていただこう。でも、些細なだけで役に立ちそうも無い情報だ。


「金城さんが二人掛けのテーブルに一人で座っていることが不自然に思えます」

「えっと、金城さんってどちら様?」

「本気で言ってますか? 流石にボケですよね?」

「……」


 無言を返されたことから察するに、どうにもボケではなかったらしい。彼女は金城さんの名前すら把握できていなかった。


「金城さんは、抹茶オレを飲んでいた女子生徒です」

「そっか!」

「話を戻しますけど、彼女が二人掛けのテーブルを一人で使っているのには少しだけ違和感を感じます」

「どうして?」


 彼女の反応が正常なのだろう。僕が気にしすぎているだけだと思う。


「一人席だって沢山あるんですから、彼女がわざわざ二人掛けのテーブルを選んだのには理由があると思うんです」

「……どんな席を選ぶかなんて、その人の自由だからなあ。単純に、広いテーブルでご飯を食べたかっただけかもしれないっ」


 当たり前の意見だ。これはきっと、美月先輩が正しい。


「それと、金城さんがまだ食堂にいることにも違和感を覚えます」

「どうして?」

「金城さんは既に食事を終えていて、残っているのは抹茶オレだけです。そして、ドリンクカップは持ち運びができるので、僕なら教室に持って帰ってから飲みます。『アイツ、一年のくせに数量限定の抹茶オレを飲んでるぞ』って思われるが嫌なので」

「えーっ、それは気にしすぎじゃないかな」


 重ね重ね、それはそうだと同意してしまいそうな返答だ。僕だって頼まれていなければ、こんなどうでもいい違和感は言葉にしない。

 

「――でも、もしかして!」

 

 突然、顎に手をあて、ブツブツと何かを呟く美月先輩。


「……さっきの説が間違いで、金城ちゃんが一度もストローを替えてなかったとしたら……。だから、ストローの袋が二本分あったんだとしたら……!」


 その呟きが止まらない。僕の陳腐な脳では彼女の思考についていけない。


「わかっちゃった!」


 そして、美月先輩の口から発せられた明るい声。

 何か重大な事実に気付いたような、何か壮大な真実に辿りついたような、そんな雰囲気の声だった。

 彼女は僕の手を握り、毎度の如くキラキラと目を輝かせる。


「甘酸っぱくて素敵だね!」

「はい? 抹茶オレは酸っぱくないと思いますけど」

「そうじゃなくて!」


 美月先輩はコホンと咳払いをしてから、推理ショーを始めたのだ。

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