第20話「世界が変わるんだよ」

 晃太郎おじさんの言葉に、わたしは呆然として動けなかった。

 わたしの、ため?

 この百鬼夜行も、妖怪にケガレを送り込んでおかしくするのも?

 どういうこと?


「おかしなことを言って、彩衣を混乱させる気か……!?」

「そんなことはしないさ。おじさんは素直に話してあげてるだけだよ。……彩衣、考えたことはなかったかな? どうして自分にだけ変なものが見えるんだろう。どうしてフツウになれないんだろうって」

「……!」


 それ、は。それは。

 わたしが、ずっと思っていたことだ。

 おじさんにも、何度も話していた。

 何でみんなとはちがうんだろうって。

 フツウになりたいって……何度も……。

 妖怪や幽霊が見えるのも、それでおかしな子扱いされるのも、何もできなくて怯えるしかなかった自分も……ずっと、イヤだった。


「見えるものを見えると言って、それでウソツキ呼ばわりされるなんて悲しいだろう? ちゃんといるのに、それを信じない周りの方がおかしいだろう?」


 言われるたびに、わたしの心臓がバクバクとうるさく鳴り始める。



『清海さん、どうして妖怪がいるなんて嘘をつくの?』

『こないだ一人でしゃべってたよ? 誰かいたの?』



 今まで言われた、思い出すたびに今でも胸が痛くなる言葉。

 だからわたしは写真の世界に逃げ込んで、夢中になって……でも、フツウじゃないわたしは、写真が好きなことも人に話すことができなくて……。

 ずっと、ずっと窮屈だった。

 さびし、かった。


「おじさんもそうだったからね。彩衣の相談を聞いていて心が痛かったよ」

「誤魔化すな! それとこの騒動に何の関係が――」

「妖怪にケガレが増えて人を襲うようになれば、きっと妖怪を見える人も増えてくるだろう?」

「な……!?」


 わたしは、前に天真くんが話してくれた、妖怪が見えるパターンを思い出した。

 その中には、人を襲うために妖怪の方から接触してくるパターンがあったはずだ。


「妖怪が見える人が増えれば、それがフツウになる。そうしたらおじさんや彩衣の方がフツウだ。世界が変わるんだよ。すごいだろう、彩衣」

「晃太郎おじさん……」


 わたしは、何も言えない。

 おかしいって思うのに。いけないって思うのに。

 それを言葉にすることができない。


「彩衣はあなたとはちがう!」


 ――さけんだのは、天真くんだった。


「たしかに彩衣は他の人たちとはちがうのかもしれない。でも、だからって他の人や妖怪を傷つけようとなんてしなかった! そんなこと、望んでなかった!」


 強い口調で、天真くんはおじさんをにらみ上げる。


「彩衣は一人で戦ってた! 彩衣があなたの言う『フツウ』じゃないからこそ、助けられた者だってここにいる!」

「天真くん……」

「そんな彩衣を、ブジョクするな!」


 大きく翼を広げて、おじさんを威嚇する天真くん。

 最初見たときは、まがまがしそうで怖かった翼。だけど近くで見ていると、キレイで、たくさんわたしを助けてくれた翼。

 その翼を見て。天真くんの言葉一つ一つを聞いて。わたしは胸が苦しくなった。

 ぎゅっと、拳を握る。

 ……うん。

 天真くんがここまで言ってくれているのに……黙ってちゃ、ダメだ。



 わたしは、自分のカメラを取り出した。

 晃太郎おじさんがくれた、わたしを一時的にでもフツウにしてくれた、大切なカメラ。

 それをぎゅっと抱き抱える。

 ……何て言ったら、ちゃんと伝わるかな。


「天真くん、晃太郎おじさん。わたしね、最初は妖怪カメラを使うの、イヤだったの。そんなの、ますますフツウじゃなくなりそうだって思ってた。だけど天真くんたちと妖怪カメラを使っているうちに……人間も妖怪もいろいろいるんだって知ったよ」


 きららちゃんがあんな風に悩んでいたことも。壱也くんがああやって力になってくれることも。前までのわたしなら、きっと気づかなかった。正反対なわたしたちなのに、似ているところもあるなんて、きっと知らないままだった。

 それから、妖怪たちを助けたくて山から出てきた天真くんや、それをフォローするシロ、ケガレで不本意に人を傷つけちゃってショックを受けていたクリボ……いろんな姿や形、性格もバラバラな妖怪たち。


「いろいろいるんだから……フツウなんてくくり方はできないのかも、って思うようになってきたんだ」


 前までのわたしなら、ただ怖くて、逃げてるだけだった。ひとりぼっちでいるしかなかった。そんな自分がイヤだった。

 でもみんなに会えて、みんなを知れて、良かった。そう思うの。

 妖怪にもいろいろいて、ただの「変なもの」じゃなかったみたいに。

 わたしだって、きっと、ただの「フツウじゃない子」や「変な子」じゃない。

 だから。だからね。


「ちゃんと向き合えば……わたしがわたしのままでも、わたしを『清海彩衣』っていう一人の人間として見てくれる人が……歩み寄ってくれる人や妖怪がいるのかもって……今はそう思うんだ」


 それは、天真くんやシロだったり。

 きららちゃんや壱也くんだったり……。

 それから……。


「あとね、天真くん。一つ訂正するね」

「え?」

「わたし、今までも一人で戦ってたわけじゃなかったよ。晃太郎おじさんがたくさん話を聞いてくれたから……一人じゃないから、助けられてたよ」

「……彩衣……」

「ありがとう、おじさん」


 おじさんの目が丸くなる。ポカンと口が開く。

 おじさんの手が力なくダランと落ちた。



「ヒヒ」


 わたしのお礼に続いたのは、火消婆の笑い声!

 今まで天真くんが火消婆を牽制けんせいして場を保ってくれてたみたい。

 だけど晃太郎おじさんの気が緩んだから、動きを見せたんだ。


「そこの男が改心したところで、百鬼夜行は止まらんぞ?」

「それは……」


 たじろぐと、ふいに、涼やかな声が降ってきた。


「ワタシの出番かな」

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