第19話「ぼくは、ぼくにできることをする!」

 よし、とつぶやいた壱也くんがさけぶ。


「天真! 彩衣を連れていけ!」

「わかった!」


 天真くんの動きは早かった。

 わたしを抱えて窓の外に飛び出す。

 させないよ、と火消婆がこっちに向かってくる。


「え、ちょ、ちょっと待って! 壱也くんたちは!?」

「ぼくは、ぼくにできることをする!」


 壱也くんはカバンを下ろした。

 カバンの中から取り出したのは、壱也くんが愛用しているノートパソコンだ。

 スマホはいっこうに電源がつかないけど、ノートパソコンは電源を入れると静かに起動しはじめたみたいだった。

 おじさんも怪訝そうに眉をひそめる。


「……壱也くん。何をするつもりだ?」

「アプリは事前に解析していたから、サーバーの目処はついてる。晃太郎おじさんがやっていることが妖怪たちにウイルスを流すようなものなら……オレはワクチンを作ってやるよ」

「……それができたとして。すでにケガレを吸い込んでいる妖怪はどうにもならないよ」

「そっちは彩衣が何とかする。……あいつが何とかしても、次から次へとケガレが増えるんじゃキリがないだろ。ぼくはその流れを止める!」


 そう、強く宣言して。

 フゥー……と一息。深呼吸。

 メガネをかけ直して――壱也くんはモーゼンとキーボードをたたき込む!

 ノートパソコンの画面にたくさんの英数字が流れていく。

 その横できららちゃんが、真剣な顔でわたしたちを見上げた。


「きららはここで待ってる。彩衣が火消婆をどうにかできたら、スマホも使えるようになるし……何かあったときのために中継役がいた方がいいでしょ?」

「うん。ありがとう、きららちゃん……!」

「きららだって役に立ちたいもの。でも、彩衣!」


 びしっと、きららちゃんがわたしを指さす。


「絶対怪我はしないでよね! きららの彩衣がひどい目にあうなんて許さないから。絶対無事に帰ってきてね! 約束よ!」


 その言葉に、きょとんとしてしまう。

 今まで、こんな風に大事にしてくれる人がいたかな? あ、天真くんと、壱也くんもそうだよね。でも女の子の友達は初めてだ。何だろう。うれしくて、心がむずむず、ソワソワしちゃう。


「おじさんが言ったことを忘れたのかい? ここにいたら君たちも危ないと思うけどね」

「それでも、何もしないでいられるか!」

「きららだって! おじさんになんか負けない……!」


 二人が強く、頼もしく言い返す。

 でも、その瞬間、人間の生首が壱也くんときららちゃんの方に飛んできた――!?


 ――ボッ


「ギャアッ!」


 飛んできた生首が悲鳴と共に床に落ちた。

 壱也くんときららちゃんが、おそるおそる顔を上げる。

 二人の前に悠然と立っていたのはシロだ。

 シロの手からは青白い火が煌々こうこうと燃え上がっている。

 すごい、キレイ……。


「しゃーねえな。オレ様も助太刀してやるよ。天真、そっちは任せたぜ」

「……ああ。二人を頼んだ!」


 力強くうなずいて、天真くんはさらに高く飛び上がった。わたしも、その腕のなかに抱えられている。

 二人とシロががんばってくれているのを、無駄になんかしない。

 さあ……。勝負だ!





 天真くんに抱えられてびゅんびゅんと空を飛んでいく。

 その間にも、見下ろした街の電気が次々と消えていく。

 いつもは明るい街が、まるで眠っているみたいだ。


「これも火消婆のせい……!?」

「だろうね。まさかここまで力をつけてるなんて……。狙いはスマホにしぼってるみたいだから、多分他の電気はそのうち回復するだろうけど……それでも街は混乱だよ」


 たしかに。

 信号まで消えちゃってるし、しっちゃかめっちゃかだ。この辺には病院だってあるのに。

 後ろを見れば、火消婆と晃太郎おじさんも追ってきていた。

 火消婆が通るところがどんどん暗くなっていく。


「つなぐ屋に着くぞ! しっかり捕まってて!」


 天真くんのさけびに、わたしはうなずく。

 勢いよく地面に降りて――でも、着地は驚くほど静かだった。

 そのままわたしたちは転がるように中に入る!

 つなぐ屋の中も暗い。

 だけど何度か来たから場所はわかる。


「雲外鏡さん!」


 わたしは声を張り上げたけど――雲外鏡さんが反応するより、晃太郎おじさんたちの方が早かった。

 後ろから声が聞こえてくる。


「彩衣はどうして邪魔をするんだい?」

「きゃ……!」

「彩衣、下がって!」


 とっさに天真くんがわたしの前に出てくれた。

 火消婆がニヤニヤと笑っている。


「ヒヒ。ワシらだけじゃないぞ。他の妖怪たちもやって来る」

「そうだよ。だから彩衣、あきらめないか?」

「い、イヤだよ!」


 あきらめることなんてできない。

 このまま妖怪たちが暴れて襲ってきたら、みんなどうなっちゃうの?

 そんなの、人間にも妖怪にも良くないよ。


「おじさん……もう一回聞かせて。どうしてこんなことをするの?」


 わたしが必死に頼み込むと、おじさんは困ったように眉を下げた。


「どうして、か。そうだな……」


 そして、ほんのりと笑って。


「彩衣のためでもあるんだよ」


 ……え?

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