第17話「さあ――百鬼夜行のはじまりだ」

 七月十日、第一二四三回百鬼夜行当日。

 わたしたちの学校、たそがれ小学校は、けっこうな人で賑わっていた。


「人がいっぱいだ」

「わざわざ怖い思いをしようってんだから、人間ってのは物好きなもんだぜ」


 キョロキョロと周りを見ながら天真くんとシロが感心してる。

 実は第一二四三回百鬼夜行の日、もう一つのイベントがあった。

 それが、学校主催の『肝試し』。わたしたちみたいな街の子どもたちが参加するお祭りだ。

 どうして、肝試しと百鬼夜行が同じ日にあるんだろう?


「この肝試しはグループで決められた学校内のルートを進んで、三階の視聴覚室に置いてあるお札を取ってきたらゴールだ。そのお札だが、お札というテイで、本当は商店街で使える商品券なんだ」

「だから参加させたい親も多いのよね」


 そう言ってわたしたちの方に歩いてきたのは、もちろん。


「壱也くん、きららちゃん!」

「この四人で肝試しか」

「懐中電灯ももらってきたよ」

「わ、ありがとう、二人とも」


 壱也くんと、きららちゃん。

 グループ学習のときもわたしはこの二人に挟まれて、クラスで悪目立ちしていたけど……今回はさらに天真くんも加わって、ますます周りの視線が痛い。


「あの男の子、誰? 見たことない……」

「でもカッコいいね」

「この肝試しで友達になれないかなぁ」


 ……そうだよね。

 こうして見ると、天真くんもカッコいいんだよね……。


「どうしたの、彩衣。ボーッとして」

「あ、ううん! 何でもない!」


 天真くんに顔をのぞき込まれて、あわてて首を振る。

 気を引き締めなくっちゃ!





 暗い廊下を懐中電灯で照らしながら、そろり、そろりと進んでいく。

 途中で「キャー!」という悲鳴とか、変な笑い声が遠くから聞こえてきたりもして……脅かし役がいるだけだってわかってるけど、緊張する……!


「もう十八時だよね。何が起きるのかな……」

「そりゃあ、百鬼夜行って言うくらいだから……妖怪がいっぱい出るんじゃないのか」

「きららも緊張してきた……。でも大丈夫よね。きららと壱也くんも妖怪カメラを使えるし」


 そう。わたしだけじゃなくて、二人にもスマホに妖怪カメラを入れてもらったんだ。

 すごく心強い。

 わたしはがんばろうねと声をかけようとして――チカチカと、懐中電灯が点滅。

 え、うそ。やだ、電池切れっ?

 あわててる間にどんどん電気が小さくなって――フツリと消えちゃった。


「何だ!?」

「きゃあ!」

「彩衣、壱也、きらら。落ち着いて。スマホの明かりは?」


 天真くんに言われて、ハッとする。

 そうだ、スマホ!

 スマホのライトなら懐中電灯のかわりになるはず!

 わたしたちはスマホを引っ張り出して、ライトをつけて――


「ヒヒ」


 耳元で声がした。

 わたしのスマホを持つ手が、ガサガサとした手に押さえられる。

 ライトがついたばかりのスマホは急に真っ暗になった。

 ……えっ、電源ごと落ちた!?

 つ、つかない!

 何度電源を入れようとしても、ちっとも動かないよ!


「きららのもつかない!」

「ぼくのもだ!」

「無駄だよ。スマホの電源は落とさせてもらった」

「だ、誰!? はなして!」

「ヒヒ」


 しわがれた声は、とっても不気味。

 目をこらせばその姿が見えてくる。

 わたしの手をつかんでいたのは、すごく腰の曲がったおばあちゃんだ。

 ガサガサと骨張った手が、なかなか離れてくれない……!


「イヤ!」


 必死に身体をよじって、ようやく離れた!


「火消婆じゃねえか」

「ひけし……ばばあ?」


 シロの言葉に、おばあちゃんはまた笑った。

 それからペラペラとしゃべり出す。


「ヒヒ。そうじゃ。ワシの役目は火を吹き消すこと。だというのに最近はどこもかしこも電気、電気、電気。惜しくてたまらん。ワシの生きがいが減っていく。ああ嘆かわしい」

「え、えっと……」

「そこでじゃ。ワシはひらめいた」

「?」

「火がダメなら電気を消せばいいのじゃ」


 ど、どうしてそうなっちゃうの!?


「ヒヒ。特に人間は電気をつけっぱなしにすることが多すぎるの。もったいない。じつにもったいないぞ。じゃからワシはボランティアすることにした」

「ボランティア……?」

「生きがいは自分で見つけねばの。そうやって電気を消して回っているうちにこれもだいぶやみつきになってのぅ。ヒヒ、二つ名として節電婆と呼ばれる日も近いかもしれないの」


 それってうれしいことなのかな……?

 でも火消婆はなんとなく得意げだ。


「今宵も大仕事よ。百鬼夜行のために、今、辺りの電気を消させてもらった。これはそのうち回復するかもしれんがの……スマホの電源は、完全に落とさせてもらったぞ」

「スマホがつかないのも、火消婆のせい……!」


 ハッとする。

 そのとき、急に火消婆の後ろから声が聞こえた。


「そうだよ。さすがの君たちも、妖怪カメラが使えなければ何もできないだろ? スマホさえ電源が入らなければ何も怖くない」


 誰かいる!

 暗くて顔は見えない。

 だけどこんなときに、そんなことを言うなんて、絶対にただものじゃない。妖怪カメラのことも知ってるなんて!


「さあ――百鬼夜行のはじまりだ」

「……!」


 その人は、はっきりとそう宣言した。

 どんどん近づいて来る。

 でも、待って。

 この声……聞き覚えがあるような……。


 そうしてようやく顔が見えるようになって、わたしはガクゼンとした。


「……晃太郎おじさん……?」

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