第14話「ピータンは食べ物だろうが」
「ケガレが溜まっていたとはいえ、主にまで襲いかかるなんて……」
穴があったら入りたい! とめそめそ泣いたクリボは、今、茶色の四角い箱型に戻っていた。側面にはやっぱり栗のシール。わたしが最初に見た形だ。
箱型の掃除機が
「主……って、もしかしてぼくのことか……?」
「はい。ボクを作ってくれたのは主です! 主はいつもまじめにボクを研究し手入れも欠かさずしてくださって、寝る前に名前を呼んで感謝までしてくださって……向上心も高く物にも優しい本当にすばらしい人です」
「ちょ、黙って」
「なぜですか!」
「なんか恥ずかしいんだよ!」
「恥ずべきことなどありませんよ! 主は大会でも認められましたがその程度で収まる器ではありません! もっと広く世に知られるべきお方です!」
「いいから! わかったから!」
泣いていたかと思えば、急に生き生きと壱也くんを褒め出すクリボ。
クリボの怒涛の褒め言葉に、壱也くんが真っ赤になってメガネをいじっている。
壱也くんをあそこまで赤面させるなんて、クリボ、すごい……。
ていうか、ケガレがなかったらこんな性格だったんだ。
さっきまで怖かったけど、これなら親しみがわく……かな……?
「まあ、ケガ人らしいケガ人がいなくて良かったじゃねぇの」
「そうだね」
シロは呆れ混じりに、天真くんは笑って言う。
それから改めて、天真くんは壱也くんにいろんな説明をしてくれた。
妖怪のこと、アプリのこと、わたしたちの関係。
今まで「非科学的なことなんて信じない!」ってずっと言ってた壱也くんは、話が進むにつれてどんどんビミョーな顔つきになっていったけど……。
でも、何よりクリボのことが大きかったんだと思う。
深々とため息をついて、眉間をぐりぐりともんだ。
「目の前で見たんだから、とりあえず受け入れるしかないよな……。……彩衣、今まで悪かった。頭ごなしに否定して……」
「う、ううん。見えないなら仕方ないよ」
あわてて首を振って、ふと、気づく。
「あれ? でも壱也くん、クリボのことは見えたんだ」
「……そう言われてみれば」
「あー。妖怪の見え方って何パ……ピタ? 何ピータンかあるっぽいんだよ」
「ピータンは食べ物だろうが。パターンだっての、パターン」
「あ、そっか」
ため息をつくシロと、頬をふくらませて拗ねる天真くん。
わたしはこっそり笑っちゃった。だって、なんか、仲良しだ。
「えっと。パターンって?」
「コホン。一つは彩衣みたいに妖怪の存在を認知してて、何もしなくても互いに気付きやすいパターン」
ぴ、と天真くんが人差し指を一本立てた。パターン、って強調して言ってるのがちょっと面白い。
それからさらに中指も立てる。
「それと妖怪の方から接触してくるパターン」
さらに、薬指も。
「あとはちょっと例外かもしれないけど、今のオレみたいに人間のフリしてるパターンとか。クリボの場合は接触してきたパターンかなぁ。口裂け女とか赤マントとか雪女とか……人間に見えてなきゃ意味ないやつらっているだろ? それにつくも神なら実態としての本体もあるし、壱也はクリボを作った人だから縁も強かっただろうし……」
最初は説明してくれる感じだったのに、だんだんと自分で考え始めてブツブツとつぶやきはじめた天真くん。
わたしはポカン。
壱也くんもさっきから難しい顔をして……、
「そのアプリ……妖怪カメラだったか」
「? うん。すごいよね」
「機能としてはすごいが、改良点が多々あるな。あの程度の動きでブレるのはスマホ側よりアプリ側の問題も大きいと思う。それに図鑑モードとカメラモードを切り替える際にわざわざホームに戻らなければいけないのも手間が多い。ぼくだったらもっと――」
こ、今度はこっちがブツブツ言い出した!
何をいっているか、相変わらずわからないけれど!
「明るさ調整もわかりやすいと助かるよな。それから……」
「い、壱也くん、落ち着いて」
「あっ。悪い。機械のことになると周りが見えなくなっちゃって……」
我にかえった壱也くんがバツが悪そうに頬をかく。
天真くんが「なるほど」とうなずいた。
「つまり彩衣にとってのカメラが、壱也にとっての機械なんだな」
「え?」
「どっちも自分が熱中できるものだろ?」
言われてみれば、そうかも。
わたしにとって、カメラは世界とわたしを繋げてくれる、大切で、大好きなもの。壱也くんにとっての機械も、きっとそれくらい熱中できて大事なもの。
……でもね。わたしにとって、大事なのはもうカメラだけじゃないかもしれない……なんて、思うんだ。
友達になってくれたきららちゃん。まじめな壱也くんと、能天気なカラス天狗の天真くん。そしてシロ……。この関係が、この場所が、……わたしはきっと、好きになってる。大切に、なっている。
天真くんもシロも妖怪なのに、大切だなんて。昔のわたしなら考えられなかった。
そんな風に思いながら、夕日が暮れていくのを見つめていた。
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