第10話「お前は燃えるゴミか、燃やせないゴミか……?」
わたしが玄関に向かうと、居心地悪そうな壱也くんが待ち構えていた。
「壱也くん? どうしたの?」
「……ちょっと話、したくて」
気まずそうな壱也くん。
壱也くんの緊張みたいなものがわたしにも伝染して、ちょっとギクシャクしてしまう。
「えっと、ここじゃない方がいいよね? 部屋……は人が来てるから」
「人?」
「あ、えっと……とにかく、外でどう?」
天真くんとシロの説明に困って、あいまいに誤魔化す。妖怪がいる、なんて壱也くんに言ったら絶対不審がられちゃう。
「そうだな」
賛同した壱也くんと二人で外に出る。
夏だから、夕方になってもまだ風は生ぬるかった。
地面に目を落とすと、わたしと壱也くんの影が二つ、並んでゆらゆら揺れている。
「……星宮の件、悪かった」
「へ?」
「写真……お前が盗むような奴じゃないってわかってたし、周りに言ったんだけど、あんまり聞いてもらえなくて……余計に波風立ちそうで、強くも言えなくて」
「ああ……いいよ、別に」
壱也くん、人気者だし。下手なことを言ったら余計にやっかまれちゃうってのは、ちょっとわかる。
それより、壱也くんは信じてくれてたっていうことの方がうれしい……かな。
だからわたしは笑ったんだけど、壱也くんは困ったような、少し怒ったような、難しい顔をした。
「彩衣はそんなんだから。もっと、怒ったりしないと……」
そう言って説教が始まりそうになったとき。
壱也くんの言葉をさえぎるように急にバイブ音が聞こえた。わたしのじゃない。ということは、壱也くんだ。
「電話?」
「いや、クリボのアラームだ」
「くりぼ……? あ、壱也くんが作ったお掃除ロボットだっけ」
きららちゃんと一緒に壱也くんの家に遊びに行ったときに見せてもらったもんね。
あのときは百々目鬼を見てすぐ逃げちゃったから、クリボのことはあんまりじっくり見れなかったけど……。
「そう。プロトタイプを作ったのはずいぶん昔で今回はそれに改良を加えたものなんだけど、その際に稼働するときはスマホと連動してアラームが鳴るようにしていて……」
うわわ、何を言っているかわからない!
あと、急に口調が早くなった!
早口言葉みたいになってるよ!
「え、えっと。じゃあ、今はクリボが動いてるってこと?」
「……そうなるな。でもしばらく自動運転も設定していないし……こないだもそうだったんだよな……故障か?」
壱也くんが首をかしげた、そのとき。
「シュート!」
「「!」」
いきなり元気な声が聞こえてきて、わたしと壱也くんはビクッと固まった。
「あっ、惜しい! 外れちまった」
声は知らない男の人だ。
三十メートルくらい先のところで、男の人が「あちゃー」と額に手をついていた。
その近くには空き缶が転がっている。
あの男の人が空き缶をゴミ箱に向かって投げたけど、外れちゃったんだ。
まあ、それだけなら何でもないことだったんだけど……。
「お前は燃えるゴミか、燃やせないゴミか……?」
まさかのまさか、そんな低い声が聞こえてきた……!
これって、ウワサの……!?
よくよく見たら、缶を投げた男の人に、小さな男の子が向き合っている。
男の子は、歳はわたしと変わらないかもしれないけど、背はきっとわたしより小さい。
褐色の肌と、長いのを束ねてシッポみたいになった黒い髪。
何より目立つのは、たずさえた大きな掃除機。
問われた男の人は怪訝そうだ。
「はあ? この缶の話か? そりゃあ……」
たっぷり間を置いて、男の人は、ぐっと親指を立てる。
「資源ゴミだろ!」
クイズだと思ったみたい。
いや、うん、いきなり聞かれたら、そう思う……かな?
「そうか……」
掃除機の男の子は、一度、うつむいて。
次に顔を上げたとき。
カッ! と目を見開いた!
「それならお前は、いらないゴミだぁ!」
や、やっぱりウワサ通りだ!
男の子が掃除機を振り回して、男の人に向ける。
ブオオオオオオオオ!
ただの掃除機と思えないほどすごいパワー……!
「な、何だこりゃ!」
「いらないゴミは抹消、マッショウ、マッショウスル……」
物騒なことを言いながらどんどん近づいていく男の子。
さすがに怖くなった男の人が、わあああっとさけんで逃げていく。
それを見ていた壱也くんがハッとした。
「クリボ……!」
「え?」
「あの掃除機、クリボだ……!」
「どういうこと? クリボって箱みたいな四角い形だったよね?」
「掃除機型に変形もできるんだ! 何よりあの栗マークは間違いない!」
言うなり、壱也くんが飛び出した。
わたしもあわてて追いかける。
たしかに掃除機のすみっこに栗のイラストが印刷されてるみたいだった。
それにしても変形する掃除機を作るなんて、壱也くん、すごい……!
「お前! ぼくのクリボを使って何してるんだ!」
「ゴミはマッショウ……キレイにスル……邪魔するおまえらも、ゴミ……!」
だめだ、ぜんぜん話を聞いてくれない!
それにゴミかどうかの判定がガバガバすぎるよ!
さっきの人だってシュートを外しただけで、ちゃんと捨て直そうとしていたかもしれないのに……。
――ケガレが増えて暴走している妖怪のせいかもしれない。
そう言っていた天真くんを思い出す。
わたしは妖怪カメラを起動した。
――リィン……
図鑑モードでクリボを見ると、鈴の音と共にメッセージがあらわれた。
【クリボ(つくも神)
つくも神とは、長い年月を経た道具などに精霊が宿ったもの】
つくも神……。クリボ自体が妖怪化したってこと?
でも、「長い年月を経た」って書いてあるよね。いくら壱也くんが愛用してたと言っても、そんなに長い時間が経ってるとは思えないけど……。
あ! 男の子がこっちに掃除機を向けてきた!
「ゴミ! マッショウ!」
「壱也くん! 危ない!」
壱也くんを押して、男の子――クリボから距離を取る。
掃除機はわたしたちをそれて、後ろの空き缶をすごい勢いで吸い取っていった。ゴミ箱に入っていた空き缶までごっそりだ。
あ、あれに吸い込まれたらどうなっちゃうの? ウワサ通り、異世界に……?
「彩衣、悪い……!」
「ううん! とりあえず今は――逃げよう!」
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