第7話「ひとりは、もうイヤだよぉ……」

 きららちゃんを追ってたどり着いたのは、小さな公園だった。

 小さいからか、あまり遊ぶ人もいないみたい。

 きょろきょろ、辺りを探してみる。

 きららちゃんは……いた!

 トンネルの遊具のカゲ!


「きららちゃん……!」


 声をかけると、きららちゃんはビクッと肩を震わせた。

 きららちゃんは、腕や足にも、目玉が増えてる……っ。


「彩衣、アプリの図鑑モードであの子を写してみて」

「……こう?」


 天真くんの声はほんの少しかたかった。

 何だかわたしも緊張しちゃって、手が震えてくる。

 なんとかスマホのカメラをきららちゃんに向けたとたん、リィン、と鈴の音がした。

 画面に文字が出てくる。


【百々目鬼(どどめき)

 たくさんの目を持つ妖怪。盗み癖のある者に憑いて、その体を人間から化け物に変える】


「どどめき……?」

「それがあの子に憑いてる妖怪みたいだ。盗みをする人に憑くから、盗みを認めて気持ちを改めれば解放されるはずなんだけど……」

「やめてよ! 見ないで! 撮らないで!」


 きららちゃんが悲鳴をあげる。

 ふだん妖怪が見えなくても、さすがに自分の異変には気づいているんだ。


「きららちゃん。聞いた? その身体を治すために、盗みを認めないと……」

「知らない! きららは盗んでないもん!」

「きららちゃん……!」

「だって、あの写真はきららにくれたでしょ? きららがもらったものをどう使っても自由じゃない。それに、それに……みんなが『賞に応募しなよ』って言ったの。それで応募しなかったら嫌われちゃう……。他にどうすればよかったの?」


 きららちゃんは、そう言って泣き始める。

 その間にも、目玉が――三つ、四つ、五つと増えていく。

 手にも、足にも、顔にも。見えないけど、きっと背中にもだ。


「いやああああ!」


 きららちゃんの身体中に増えた、ぶよぶよとした目玉。


「て、天真君。写真を盗んだだけで、こんな風になっちゃうの?」

「嬢ちゃんの写真だけじゃないんじゃねーかな」


 つぶやいたのはシロだった。


「オレ様も気になってちと調べてみたんだが……」

「ってわたしのスマホ!」


 シロが天真くんの頭の上でいじっている! いつの間に!


「コレがそっちの嬢ちゃんのSNSみたいなんだけどよ」


 見せられたのは、かわいらしい猫のアイコン。

 投稿には、すっごくかわいい猫の写真もいっぱい。

 それに対する周りの反応も「かわいい」とか「もっと見たい」とか。

 それを可愛らしい肉球でコツコツ叩きながら、シロが言う。


「この写真、無断転載ってやつだろ?」


 シロの言葉に、きららちゃんがビクっとした。

 ぎょろり、ぐるり、多くの目玉が動く。


「むだん」

「てんさい?」


 わたしと天真くんが同時に首をかしげると、シロが説明してくれる。


「別の誰かが公開していたモノを、自分のもののように公開しちゃうことだよ。この猫も本当にそこの嬢ちゃんが飼ってるわけじゃないんだろ。写真も全部別のブログとかに載ってたやつだ」

「なるほど。それは盗みも同然だな」


 だから。

 だから百々目鬼がきららちゃんに憑いたの?


「たくさん拡散されてるみたいだし、その分百々目鬼の影響も大きいんだろうな」

「悪いことだなんて、思ってなかった!

 たくさんの目玉に埋もれながら、きららちゃんがさけぶ。


「だって! それを見せれば、みんなが喜んでくれるんだもの!」


 それは、こっちの胸が苦しくなるような、悲痛な声で。


「きらら、お勉強もできないし、運動もフツウだし。でも、写真を投稿するときだけは、みんなが褒めてくれるの。かわいいね、ステキだねって言ってくれるの。きららにはそれしかないんだもん。やらなくなったら、みんなに嫌われちゃうもん……!」


 しゃくりあげたきららちゃんは、耐えきれなくなったようにへたり込んだ。


「やだよぉ……。嫌われるの、嫌だよぉ……。小学校のときみたいに、一人ぼっちになるの、やだぁ……」


 そう言って泣くきららちゃんは、まるで小さな子どものようで。

 思い出すのは、クラスでいつもニコニコしているきららちゃん。

 たしかにきららちゃんは、いつでも、誰といてもかわいらしく笑っていることが多かった。

 いつもビクビクしてうつむいているわたしとは正反対。

 だけどそれも、きららちゃんががんばってやってきたことなんだとしたら……。

 わたしなんかより、ずっと、ずっと努力していたんだとしたら……。


「ひとりは、もうイヤだよぉ……」


 顔を覆ったきららちゃんが、消えそうな声でつぶやいた、そのとき。

 ぶわりときららちゃんの身体から黒い影が飛び出した!


「彩衣! 今だ! 撮って!」

「う、うん!」


 図鑑モードから、カメラモードに!

 スマホを構えて――撮る!


 ――リィィン……


 シャッター音のかわりに、澄んだ鈴の音が響いた。

 それとほとんど同時に、黒い影がかき消える。

 きららちゃんの身体からも目玉が消えて――かわりに目の前に一人の女の子が現れた。

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