第8話「なによぅ! 誰がゆるふわ大きな目玉がキュートな美少女よー!」

 わたしたちの前に現れたのは、髪の毛を耳の下で二つにくくった、小さな女の子。

 髪の毛をくくるヘアゴムの飾りは目玉がモチーフみたい。

 ちょっと……いや、けっこー不気味。


「この子は……」

「百々目鬼だよ」

「この子が!?」

「なによぅ! 誰がゆるふわ大きな目玉がキュートな美少女よー!」


 そ、そこまでは言ってないけど!

 きららちゃんも、百々目鬼ちゃんが見えているみたいで、座り込んだままポカンとしてる。


「あれ? 天真じゃないのよ」

「そーだよ。久しぶり。百々目鬼、大丈夫か? ケガレをそんなに溜め込んで……何があった?」

「それは百々目鬼ちゃんにもわからないのよぅ。ああ、でもドライアイでイライラしてたのは覚えてるのよ。それからちょっと記憶がふわふわなのよ……」


 百々目鬼はしきりに首をかしげている。本当にわからないみたい。


「そっか……ま、元に戻ったならいいか。気をつけてな!」

「ええ。……助けてくれてありがとうなのよ」


 天真くんに笑いかけられた百々目鬼は、少し照れたみたいにプイとソッポを向いた。

 その先にはわたしがいて、うっかり目が合っちゃった。


「あなたもありがとなのよ」

「わたしは、そんな……」


 天真くんに言われるがままにやっただけだから、お礼を言われると、なんだかむずかゆい……。

 それから百々目鬼はきららちゃんを見て、びしっと指差し。


「無断転載は絶対にやめるのよ! こうやって、絶対いつかバレるんだからなのよ!」


 そう言って、去っていった。

 あとに残されたのは、私たち三人と一匹。

 シロは相変わらず天真くんの頭の上で、ふわふわの尻尾を垂らしている。


「……きららちゃん」


 呆然としてるきららちゃんに声をかける。

 きららちゃんはビクッと肩を震わせた。


「大丈夫……? あ、この子は天真くんっていってね、カラス天狗で、こっちのキツネがシロで、ええと」


 説明しようとして、言葉がどんどんこんがらがっていく。

 違う。今、本当にわたしが言いたいのはこんなことじゃない。

 さっきのきららちゃんの話を聞いて、わたしが言いたくなったのは……。


「あ、あの、わたしが友達じゃ、ダメかな……!?」

「……え?」


 きららちゃんの大きな目がまん丸に開かれる。


「きららちゃんには友達もいっぱいいるし、わたしと友達なんて、イヤかもしれないけれど……」

「……何で、そんな……だって、きらら、彩衣ちゃんにひどいことした……」

「そんなことない! だって、写真、褒めてくれたよ」

「……あ……」

「わたしの写真、ステキって言ってくれたよ。ひとりでいたわたしに、話しかけてくれたよ」


 わたしが写真に撮った「ステキなもの」を共有できたことも。気兼ねなくわたしに話しかけてくれたことも。

 うれしかったんだよ。わたし、本当に。

 その日はドキドキして眠れなくなるくらい。


「あの、ね。きららちゃん。もっと話そうよ。そうしたらもっとステキだって思い合えるもの、たくさんあるかも。逆にイヤなことも教えてくれたら、わたしも気をつけるよ。……わたし、きららちゃんのこと、まだ何も知らない。知りたいよ、もっと」


 いつもニコニコかわいいきららちゃんと、いつもビクビクして写真に逃げ込んでばかりのわたし。まるで正反対だけど……周りの目を気にしてちゃんと自分を出せないのは、似ている気がしたんだ。

 ひとりはイヤだって、本当はさびしいって、そう思ってるのも……。


「だから……わたしと、友達になろう?」


 そう言って、わたしは手を差し出した。本当はこんなこと言うの、すごく緊張して、差し出した手も震えてしまったけれど……勇気を出して、引っ込めない。

 しばらくその手を見ていたきららちゃんの目に、じわり、涙が浮かぶ。

 その涙はどんどんふくらんで、それと同じくらいきららちゃんの感情もふくらんで。

 涙がこぼれ落ちるのと同時に、風船みたいに破裂した。


「……っ、ふ、……わぁん……ッ!」


 わたしの手を握ったきららちゃんが、顔をくしゃくしゃにさせて、ボロボロと涙をこぼす。


「彩衣ちゃん、ごめんね。ごめんねええ」

「ううん、大丈夫だよ……」

「友達……ほしかったの。なんでも話せる友達、欲しかったの……」


 そう言いながら、きららちゃんはしゃくり上げて、肩を震わせて。

 目もほっぺも赤くて、長いまつ毛が濡れて。

 その姿は、まるで、わたしの代わりに泣いてくれているみたいで。わたしも少し、涙ぐんでしまった。

 天真くんとシロは顔を見合わせている。

 泣いている女子二人の前で、どうしたらいいか分からなかったみたい。


 夕暮れが落ちていく。

 今までなら不安になり始めるこの時間帯も……今はどこか温かく感じられた。

 明日からは、わたしときららちゃんは学校でもお友達。わたしの、初めての友達なんだ。

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