第4話「それだ! だんご!」「ビンゴだろ」
「驚かせてごめんな! オレは
「オレ様は白狐のシロだぜ」
目が覚めると、翼の生えた男の子と狐がそう告げた。
「えっと……」
ああ。今日はなんてひどい日だろう。
カメラの中に逃げることもできず、妖怪なんかに捕まってしまうなんて。
男の子――天真くんはわたしと同じくらいの年齢に見えた。
快活そうな目、翼と同じようなカラスみたいに黒い髪。頭の上にはクチバシの大きなお面をつけてる。着てる服は洋服じゃなくて、着物っぽい。それも、お坊さんが着てそうな感じだ。
「急に怖かったよな? ほんっとごめん!」
そう言って謝ってくる姿は、本当に申し訳なさそうで。妖怪に謝られるなんて初めてだからびっくりしてしまって……。
「だ、大丈夫です……」
と反射的に言ってしまった。本当は全然、ぜんっぜん、大丈夫じゃないけど……。
でも、すぐにでも食べられちゃうのかと思ったけど、そうじゃないみたい。まがまがしく見えた翼も、近くで見ると、むしろ綺麗に見えるような……。
油断はできないけど、少しだけ息がつける。
周りを見ると、わたしがいるのは古い建物みたいだった。
棚に並んでるのは、見たこともない置物とか、いろんな形のツボとか。箱とか。お面もある。
天真くんは「オレたちの家」って言ってたけど、どちらかというとお店みたいだ。
「それで……カラス天狗さんと、白狐さんがわたしに何の用……ですか?」
おそるおそる聞いたら、天真くんは少し目を丸くした。
「あっさり信じてくれるんだな」
「わたし、不思議なもの、昔から見えたから……」
「そっか……。それなら話が早いか。昨日、落ちてるスマホ、拾ってただろ?」
「え? そういえば……」
「あれ、オレのスマホなんだ。あの辺りで不審な妖気を追ってたら、落としちゃって」
「え!? そうだったの? こ、これですよね!」
わたしはカバンから昨日見つけたスマホを取り出す。帰りに交番に届けようと思って持ってきてたんだ。
すると天真くんはパァッと顔を明るくした。
「それだ! だんご!」
「ビンゴだろ。悪いな嬢ちゃん。こいつ、ずっと山奥で修行してたからカタカナにうといんだ」
シロはため息をついたけど、天真くんは気にしてないみたい。スマホを大事そうに受け取った。
「返ってきて良かったあ!」
「私も良かったです……。昨日は急に逃げてしまってごめんなさい」
「いやいや。返って来たんだし大丈夫。ほら、スマホも元通り……。って、ん? これ、動かないな」
「はあ? まったく天真は機械にもうとい――って壊れてるじゃねえか!」
呆れた風にのぞき込んだシロが大きくさけぶ。
わたしはその声の大きさに思わずビクッとはねちゃった。
……そういえば。
そのスマホを拾ったとき、わたし、落としちゃったような……。
もしかして、その衝撃でスマホが壊れちゃったってこと……?
「おぉい嬢ちゃん。こりゃあ一体どういうことだ。ん? んん?」
「ひ、ひぃぃ……」
シロが天真くんの頭からわたしの肩に飛び乗って、首の周りをぐるぐる回り出す。
見た目はかわいいのに、声が低くて怖い。
あとちょっと首がふさふさの毛でくすぐったい!
「こら、シロ。やめろよ。怖がらせちゃってるだろ」
「そんなこと言ったってよ、天真! このスマホがオレ様たちの頼みの綱だったんだぜ!」
「それはそうだけど……」
「……あの。頼みの綱って一体……?」
首のくすぐったさに耐えながら聞いてみたら、天真くんは困ったように頬をかいた。
「君、名前は?」
「あ。えっと。清海彩衣……です」
「彩衣。オレたちがカラス天狗と白狐って話はしたけど、そもそもそれが何だか知ってる?」
「妖怪、ですよね?
「さすがによく知ってるな」
答えたわたしに、天真くんはうれしそうに笑った。
だけどシロがわたしの頭の上に乗っかって、フサフサのシッポを顔に垂らしてきたからそれも見えなくなっちゃった。
「昔はあちこちにいたんだぜ。でも最近じゃだいぶ減っちまったな」
「減ったといってもちゃんと残ってる。しかも独自に時代に適応してった妖怪たちも多いんだ」
「独自に適応?」
「油取りはオリーブオイルにハマって健康志向になってるらしいし。肉吸いは効果的に贅肉が消える凄腕エステシャンとしてがんばってるって聞いてる。あとは人魚が歯医者になったとか」
「歯医者じゃなくて配信者な」
シロがすかさずツッコむ。
細かいな、と天真くんは頬をふくらませた。
「でも……最近、ケガレが妙に増えて、おかしくなってる妖怪が多いんだ」
「ケガレ……?」
「不浄なもの、不潔なもの、善くないもののことだよ。それが溜まると人はもちろん、妖怪も元気がなくなったり暴走したりするんだ」
「えっ……それって大変ですよね?」
「それを解決するのがこのスマホに入ってる『妖怪カメラ』っていうアプリなんだぜ」
シロがそう言って胸を張った。
え? 妖怪カメラ?
しかもアプリって言った?
妖怪とかケガレとか、そういう言葉とあんまり合わなさそうな単語じゃない?
「オレも仕組みはよくわかんないけど……写真って、
「そういえば、そんな風に聞いたこともあるような」
「その応用みたいなもんらしいよ。このアプリを使って妖怪を撮ると、ケガレを吸い込んで元に戻してくれるんだ。妖怪の真の状態を写して撮る、ってのがポイントとか何とか」
「ほ、ほぇー……」
「で、だ! 天真は修行の一つとして、このケガレ騒動を解決するためにわざわざ人のいる街へ下りてきたわけだが――」
シロがビシ! ビシィ! とわたしとスマホを交互に指差す。
ううん、指じゃなくてシッポ差すって言った方が正しいかも。
「それが壊れてるってどういうことだ、嬢ちゃん!」
「ひぃぃ!」
「こら、シロ。脅かすなって!」
「だってよぉ。天真。どうするんだよ」
不満そうに言われた天真くんは、少し考え込んで。
真っ直ぐにわたしを見た。
「壊れたオレのスマホは修理するとして……それまでの間、彩衣に妖怪助けを手伝ってもらえないか?」
「え!?」
突然の言葉に、わたしは目をみはる。
「妖怪カメラは誰でもイン……インスタント?」
「インストールな」
「そう。誰でもインストールできるから。彩衣のスマホに妖怪カメラをインストールして、オレたちと一緒にケガレに困ってる妖怪を撮ってほしいんだ」
「こ、困る!」
わたしは反射的にさけんでいた。
あまりにも必死で、敬語を使っていたのも忘れちゃうくらい。
「そ、そんなのできっこないよ! 今まで逃げてばかりで、妖怪とちゃんと話したのもはじめてなんだし。しかも、妖怪カメラをインストールするっていうことは、写真に妖怪が写るっていうことだよね?」
「そうだけど……」
「だめだよ! 写真は、わたしの逃げる場所なの。写真を見ている間だけは妖怪も見なくて済んだの。だから……」
写真でさえ変なものを見なきゃいけないなんて、い、イヤだ……!
そう言ったのに、シロが私の顔にだきついてきて、モフモフと揺らす。一応、嫌がらせのつもりみたい。でもあったかくてふわふわで気持ちいい。
「拒否できる立場か。誰のせいだと思ってんだ、誰の」
「う、うぐぐ。でも、元はと言えば天真くんがスマホを落とすからじゃ……」
「それはごめん。でも彩衣、そうも言ってられないんだよ」
素直に謝った天真くんは、どこか緊張した声音だった。
「彩衣といっしょにいた女の子がいるだろ」
「きららちゃんのこと……?」
「その子、多分だけど、妖怪に
「え……?」
「だから……お願いできないかな。頼むよ」
わたしは、やっぱり断ってしまいたかった。
だって、写真はわたしの最後の
でも……。
きららちゃんは、同級生でもある。
一人きりだったわたしに話しかけてくれた人でも、ある。
もし、本当に妖怪のせいで、きららちゃんがひどい目にあったとしたら……。
「……わかった。少しの間だけなら」
そう言うと、天真くんはまた明るい顔をした。
それに対して、わたしは真っ暗な気分だ。写真でさえ逃げ場にならないなんて。
わたしは一体、どうなっちゃうんだろう。
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