第2話『きららちゃん、どういうこと?』
家に逃げ込んで、一晩中泣き明かして。
朝になってようやく二時間くらい眠れた。
眠い目をこすって朝ご飯をたべて、お母さんに心配をかけないように学校に急いだ。
遅刻ギリギリで学校に入って席についても、わたしに話しかけるひとはいない。
そんな状態でも授業ではグループ学習っていうのがあって、学校に行くのがユーウツな理由の一つだ。
三人一組でグループになって、調べ物をしたり発表したりするんだけど……。
「今回の課題は環境問題についてか」
突き合わせた机の上にノートを広げながら言ったのは、
家が近所で、いわゆる幼馴染ってやつ。
だからかわたしに話しかけてくれる数少ない内の一人、なんだけど……実は、わたしはちょっぴり苦手だったりする。
だって、いつも眉間にシワ寄せて、怖い顔なんだもん。
それに生真面目で非科学的なことを信じない壱也くんは、「変なもの」が見えるわたしの振る舞いをよく注意するんだ。わたしが妖怪を見て怯えたら、「目の錯覚だ」とか「怖いと思うから何でもそう見えるんだ」とか……。
しかもそのたびにメガネが光るから、わたしはよくビクビクしてしまう。
肩を落としていたら、クラスの女の子たちのささやき声が聞こえてきた。
「一条くん、今日もかっこいいね」
「あーあ、同じグループになりたかったなぁ」
「きららはお似合いだけどさ。よりによって清海さんが一緒なんて、壱也くんがかわいそうだよね」
今日も今日とて、周りの視線が痛い。グサグサ突き刺さってわたしの体に穴が開いちゃいそう。
グループはクジで決まったんだから、文句ならクジを作った先生に言ってほしいのに。
――でも、わたしがユーウツなのは、それだけじゃない。
「彩衣ちゃん。周りの声は気にしないで、授業に集中しよ?」
そう言ってにっこり笑ったのは、
色素の薄い髪がふんわりとウェーブしてて、目がくりくりと大きくて。きららって名前がぴったりな、キラキラ華やかで、かわいい女の子。
一方のわたしは、チビで、真っ黒な真っ直ぐの髪で、顔も平凡。一言でまとめてしまえば見本みたいな「地味」。きららちゃんとは正反対。
わたしは上手く声が出せなくて。
「あ、うん……」とボソボソ返すのが精一杯。
そうしたら、今度はわざとらしいくらいの女の子たちの声が聞こえてきた。
「きららってば、ほんっと優しいね」
「清海さん、よくヘーキな顔してられるよね。きららの写真を盗もうとしたくせに」
その言葉に、わたしも思わず顔を上げた。
「ち、ちがう。逆だよ。わたしは自分の写真をきららちゃんにあげただけで……」
「嘘つき! きららちゃんが、あんたの写真なんてほしがるわけないじゃん!」
「そうだよ。きららの写真はコンクールでも優勝したんだよ。清海さんだったらそんなのムリでしょ」
「……っ」
次々と強い言葉をぶつけられて、わたしは結局またうつむいてしまう。
本当はちゃんと反論したいのに。怖くて言葉が出てこない。
でも……本当にちがうのに。
――あれは、中学に入ってすぐ。四月に入ったばかりのころだった。
『ねえ、彩衣ちゃん。それ、彩衣ちゃんが撮ったの?』
『え? う、うん……』
自分の席で写真を眺めていたわたしに、きららちゃんはにこやかに話しかけてきた。
わたしにこうやって話しかけてくれる人は少ないから、それだけでも驚いたんだよね。
ポカンとしているわたしに構わず、きららちゃんは大きな目をキラキラさせてわたしの手元をのぞき込んでいた。
『ステキだねっ』
それは、一枚の金魚の写真。
平凡な水槽で泳いでいるだけだけど、光の加減かな、すごく……のびやかで、キレイに撮れた一枚だ。わたしも気に入っていた。
『きらら、この写真ほしいな』
『えっ?』
『だめ?』
『う、ううん! いいよ!』
『ほんと? うれしい! ありがとう、彩衣ちゃん』
にっこり笑うきららちゃんは、本当に可愛くて。わたしも顔が熱くなっちゃうくらいだった。
何より、写真を気に入ってもらえたのが本当にうれしくて。
わたしなんかに話しかけてくれたのも……すごく、うれしくて……。
だけど……。
一か月後、廊下に張り出されたポスターに、わたしは呆然とした。
【フォトコンテスト優勝者:星宮きらら】
『こ、これ、わたしの……!』
わたしがきららちゃんにあげた、金魚の写真!
『きららちゃん、どういうこと?』
そういってきららちゃんを見たら……うつむいて顔をそらす。
それを見たクラスのみんなは「きららちゃん、どうしたの?」「清海さん、何言ってるの。きららの写真だよ。それ」「そうだよ。きららちゃんに『きららの写真なんだ』って言われたもん、あたし」って、大さわぎ。わたしが説明できる空気じゃなくなってしまった。
……それから、わたしは「変なことを言う子」だけじゃなくて、「きららちゃんに意地悪をした子」になってしまった。
これが、学校に来たくない二つ目。
「環境問題についてなんだけど、ぼくがこないだ作ったお掃除ロボットが役に立つかもしれない」
壱也くんが突然、そんなことを言う。
「お掃除ロボット?」
「それってもしかして、壱也くんがプログラマーの大会で優勝したっていう?」
わたしときららちゃんが、首をかしげて聞く。
「ああ。小中学生だけの大会だけど……って、問題はそこじゃなくて。その掃除ロボットにはゴミの分別もしっかりできるようにプログラムしたんだ。良かったら、放課後、うちに見に来ないか?」
「壱也くんのおうちに? ステキ!」
きららちゃんは、そう言ってすぐに賛成。目がキラキラ光ってうれしそう。
わたしは少し気乗りしなかったけど……断る理由も、勇気もなくて。
うつむいて、二人の視線から目をそらして――あれ?
気づかなかったけど、きららちゃん、左腕に包帯してる。
昨日まではしてなかったと思うけど……ケガ、したのかな。
「彩衣? どうなんだ?」
「あ、う、うん……」
壱也くんにじっと見つめられて、わたしはしどろもどろになりながらうなずいた。
――いろいろ気まずいけど、グループ学習が終わるまでの辛抱だ。
がんばらなきゃ。
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