第43話 出発

「おっほほ~~、こりゃ可愛いのぅ!」


 王立学園に出発する朝。

 誰よりも上機嫌なのは、おじいちゃまだった。


 威厳たっぷりの髭面をニコニコのえびす顔にしている。


 なぜなら。

 今、私は、制服を着ているからだ。


 帝都騎士団と似たデザインの詰め襟の上着は、六歳の私にはちょっと大きすぎる気がする。ちょっと萌え袖ぎみだし。さらに、昭和の不良少女のごとくくるぶしまである長い吊りスカート。こっちは、私がチビなのではなくて、もともとこういうデザインなのだとか。ちょっと新鮮だ。


(これ、何回買い換えなきゃいけないんだろ……)


 制服といって思い出すのは、中学生の頃。

 私はあまりよろしくない家庭環境により、慢性的な寝不足で背が伸びなかった。それに対して、ぐんぐん背が伸びた同級生がいた。その子はなんと、在学中に毎年制服を買い換えることになったのだ……制服がピチピチのパツパツになるタイミングが、毎年夏休みだったのも悪かった。もう半年タイミングがズレていれば、先輩たちからのお下がりをもらえたかもしれないのに。


 六歳の私は、今後は成長期になり美しくナイスバディなキャラデザになっていくわけだ。そうなると、この制服は何度も買い換えなくてはならないだろう。

 結構高そうなのですが……と考えたところで、思い出した。


 私、王族だった。

 今、目の前でニコニコしているおじいちゃまは、この国の皇帝陛下なのだ。


 制服の買い換えにかかるお金を心配するのは、逆に失礼だ。


「サクラちゃん、頑張ってね」


 と、お母様。

 続けて、お父様が私の頭を撫でる。


「といっても、頑張りすぎないようにな」

「う、うんっ!」


 どっちだよ、と思うけれど。

 でも、たぶん、どちらも本心なのだ。

 親って、そういうものなのかも。


 お父様とお母様と、あとおじいちゃま。

 三人に見送られて、私は馬車に乗り込む。


 王立学園は、王都から少し離れた場所にある。

 馬車で移動すれば1時間もかからない距離だけれど、しばらく住んでいた街を離れるのはなんだか寂しい。

 北の村から夜逃げしてきたときには、「寂しい」なんて思う暇もないほど怒濤の展開の連続だったから、なおさら感傷的になってしまうのかもしれない。


「足元に気をつけて」

「うん」


 どこからどう見ても麗しの淑女といった装いのノアルさんにエスコートされて馬車に乗り込む。といっても、ノアルさん自身が御者として、学園まで馬車を走らせてくれるのだけれど。

 相変わらずなんでもできるんだ、この人。


 ちなみに。

 護衛として、アインツさんと数人の騎士団員が馬に乗って付き添ってくれることになっている。文字通り、VIP待遇というやつだ。


「ノアルちゃんとアインツくんが一緒なら、護衛も必要ないわねえ」


 にこにこ顔のお母様。

 いつの間にか、「ノアルちゃん」とか「アインツくん」とか呼んでいるし。

 のほほんとして憎めない人柄だな、とは思っていたけれど、帝国の王女様という出自を考えるとこの鷹揚さも納得してしまう。


「それでは、いってまいりますっ」


 走り出した馬車の窓から身を乗り出して、ぶんぶんと手を振る。

 家族に見送られて、学校へ……いよいよ、自由でのびのびした学園生活のスタートっていうわけだ。

 馬車が王城の門をくぐる。

 王都を馬車が、ぱかぽこガラガラ走る。この車輪が石畳に擦れるかんじは、全然慣れない。お尻が痛い!


「……ん?」


 なんだか、外が騒がしい気がする。

 そっと窓から様子をうかがってみると、街の人たちが手を振っている。

 私に向かって。


「聖女様、ばんざーい!!」


 ご唱和していますね、はい。


「な、なにこれっ」


 先日の騒動で、なんだか「ちいさな聖女様」に心酔している人がいるって聞いたけれど……なんだか、多くないですか。もしかして、布教活動とかしてますか。


「か、かんべんしてよお」


 とにかく、目立たずに平穏な幼少期を過ごしたいだけなのに!

 私は思わず頭を抱えた。

 学園には、妙な噂が広まっていませんように、と祈る。

 とにかく、平穏に暮らしたいのだ。

 断じて私はハイスペック大聖女なんかではなく、過労死レベルの周回性能なんてない、ごくごく普通の女の子なんですから。


 ……もう遅いとか、そんなことないからね。

 


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