第42話 入学準備
「これでよちっと!」
帝都大聖域の小さな祠をお掃除して、私は額の汗を拭う。
毎日のお掃除で、ボロっぽさは軽減してきた気がする。
本来は帝都大聖域は禁域に指定されているので、おいそれとは出入りできないのだけれど……そこは、
というか。
私が見た夢が『お告げ』として正式に認定されたのだ。
帝都大聖域の祠を大切にせよ……と、帝孫である私が、神様(仮)から夢でお告げを受けましたというていで、私は無事に大聖域への出入りが許されたというわけ。
「ふんふんふーん♪」
持ち込んだバケツと雑巾を片付けて、ぱんぱんと柏手を打って手を合わせる。なんだか、昔に戻ったみたいだ。
……といっても。
それも、しばらくはお休みだけれど。
もう少ししたら私は、楽しみにしていた学園生活に入るのだ。
全寮制だというから、おいそれとは帝都に帰れない。その間の祠のお掃除を、誰か他の人に頼んでおかなくてはいけないな。
洞窟を通って、外に出る。
ノアルさんが待っていてくれた。
庶民用のウマに横乗りになっている。
いつもの黒ずくめのニンジャっぽい戦闘服ではなくて、家庭教師然とした清楚でシックなスカートスタイルだ。着ている服でまったく印象が違うのは、さすが帝都隠密対といったところだ。
「もう掃除はいいのか?」
「うん、ありがとう!」
帝都のはずれ、奥の奥に隠されるようにしてある大聖域は人影もなく、行き帰りに通る道の治安も不安なところがある。
「はやく帰ろう。明日からは学院に行くのだから」
「うんっ」
ノアルに連れられて、城に戻る。
すでに入学の準備は着々と進んでいて、あとは出発を待つばかりだ。
(楽しみだなぁ、学校生活……上流階級がたくさんいるっていうのは、ちょっと緊張するけど……)
一応は現代日本人である私にとって、身分制度というのはちょっと野蛮に感じてしまう……けれど、目に見えないだけで「生まれ」だの「育ち」だのは、きっぱりと人間の生活圏を分けていたような気がする。ソシャゲの実況配信を横目にジャンクフードをかっこんで、介護とブラック労働に明け暮れて人生を(文字通り)消費しきってしまった。
(それなら、まだ目に見える「身分」があったほうが……いや、それは私がラッキーだから言えることかな)
田舎村の片隅で庶民として生きてきて、ある日急にお姫様になるなんて。
とんだシンデレラストーリーがあったものだ。
でも、あながち目に見える身分制度があったほうがマシというのは間違ったことばかりでもない……ように思う。
恵まれた身分にある人は、弱い立場の人たちを助けることが当たり前だとされている。それをしない貴族は、責められる。まあ、建前だけれどね。
(それに、能力や野心のある庶民でも、支援をうけて王立学院に入る人もいるみたいだし……)
今度から通う学校は、「帝国社交界の縮図」とか呼ばれているらしいし、本当のところがわかってくるだろう。
「ああ、そうそう。学院へは、私が付き添うことになりました」
「うん……えっ! ノアルしゃんが!?」
おもわず噛んだ。
付き添いの侍女を伴って入学することになるだろうって話は聞いていたけど、ノアルさんがどうして。
「てっきり、メアリーがいっしょにきてくれるっておもってた」
「ああ、彼女は王女殿下と宮廷魔導師殿のたっての希望で、『なるべく手をあけてやってくれ』とのことでな……〆切がどうのって」
「あー」
なるほど、たしかに私の学校生活に付き合わせたら、BL小説執筆どころではなさそうだ。いや、もしかしたら取材になるのかもしれないけれど……。
とにかく。どんどん新作を書いてほしいファンたちにとっては、彼女をみすみす手放したくはないだろう。
ノアルが、「それに」と付け足す。
「……
「あっ」
身につけている人の魔力や気配を消してくれる、特別なペンダント。
……壊したのは、私です。はい。
「はわあ……ご、ごめ、ごめんなさっ」
「あの石を当て込んでいた隠密隊としての仕事は、ちょっと見直しだ。それで、あなたの護衛として付きそうことにしたというわけだな」
「ごめんなさいいいぃぃ!」
あまりのことに私は平謝りである。
ノアルさんが、ちょっと不満そうにぼそっと呟く。
「あれを使って気配を消すことができるのが、私のアドバンテージだったんだが……」
「ほ、ほんとうにごめんなさい。べんしょー……もむずかしいかもしれないけど」
「まあな。あれは旅の巫女だった私の母が残していったものだって聞いてる」
「うわーーーーーっ! ぜったいこわしちゃだめなやちゅーーー!!」
自己嫌悪がすごい。だってそれ、形見ってやつでは。
どうしよう、何かの機会にこの失態を挽回しなくては申し訳なさすぎる。
私が頭を抱えていると、ノアルさんが「ふふっ」と微笑む。あれ、もしかして、さっきの不満げな顔はお芝居だったのか……?
「まあ、いいんだ……あなたといるの、楽しいし」
「え?」
今、ノアルさんが何か言ってたような?
「なんでもない。アインツと話すきっかけができたことは感謝してるよ」
「あ、やっぱりノアルさんってアインツさんのこと……」
「なっ、なななな、何を言う!」
「きゃっ」
ノアルさんの大声で、ウマが驚いてしまった。
あぶない、振り落とされるところだった……。
とにかく。
ノアルさんが一緒に来てくれるのなら安心だ。
もうすぐ、学園に出立する予定日になる。
荷造りは完璧、のはずだ。心強い同伴者もいるし……楽しみだな。
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