第40話 家族の絆と、謎の祠

 お父さまとお母さまは、私を連れて岩場の間を歩いていく。


「足元に気をつけてね、サクラちゃん」

「あいっ」


 まったく知らない場所なのに、なんだか懐かしい……ような気がする。

 暗い洞窟を、奥へ奥へと歩いていくと、ぼんやりとした青い光がみえてきた。


 ひらけた場所。

 地面に刻まれた大きな魔法陣。


 よく見ると、ただの魔法陣ではない。

 小さな魔法陣をいくつもつなぎ合わせて、繋いで、繋いで、ひとつの大きな魔法陣を構築しているみたいだ。なんて、綺麗なんだろう。緻密だ。


 ──これは、すごい!


 ……といっても、私に魔法とか魔術のことはわからない。

 具体的にどうすごいかは、さっぱりわからないけれど、とにかくすごいことだけはわかる。たしか、帝都大聖域の魔法陣は、伝承では誰が描いたかも分からないロストテクノロジーらしい。

 世界に危機がせまると、異世界から「英雄」を召喚する魔法陣だ。

 

 さて。

 魔法陣の中心には、小さな祠がある。

 ……ん?


(んんんん、あれって?)


 小さな祠だ。

 しかも、ぼろい。

 そしてなぜか、和の心を感じる。


 私の脳裏に、しばらく忘れていた前世の記憶が蘇った。

 そうだ、この祠は──


(う、うちの近くの祠だーーーーっ!)


 大好きな祖父が大事にしていた、小さな祠。

 団地ができて、ついに誰にも顧みられなくなってしまった祠を掃除するのが日課だった。ブラック労働と祖父の介護に家事でふらふらでも、さいごまで放棄することはできなかった……楽しかった「おじいちゃんとの思い出」だったから。


 苦労ばかりの前世だった。

 家族の楽しい思い出なんて、ほとんどなくて。

 唯一、優しくしてくれたお祖父ちゃんが弱っていくのを見ていることしかできなかった。


(どうして、この祠が?)


 不思議に思って、じっと祠をみつめていると。


「ここに、あなたがいたのよ」


 懐かしそうに、お母様が呟いた。


「といっても、私は直接は見てないけどね」

「……アマンダが、俺に言ったんだ。『一緒に、遠くの村で暮らそう』って。名案だと思った。俺みたいな一介の狩人が、お姫様と一緒になるなんてできないからね」

「それに、私はね──子どもができない身体だと、お医者様に言われていたの」


 そうだ。

 第二王女の呪いを受けていたお母様には、不妊の呪いがかけられていた……といっても、私がモヤモヤを握りつぶしたら、その呪いも粉砕されちゃったのだけれど。


「計画していた駆け落ちが近くなったある日……私に手を貸してくれていた使用人が私に言ったの。『女神の日』に生まれた、親のいない赤ん坊がいるって……その子をつれていくといいって」

「それが、わたし?」

「ああ、そうだ」


 お父さまが頷く。


「アマンダは子どもを欲しがっていた。だから、俺は、絶対にその赤ん坊を連れていこうと決めたんだ……結局、それは帝都大聖域に召喚された君をなかったことにするための策略だったってことだが」


 要するに、邪魔な姉夫婦がいなくなるついでに、帝都大聖域に召喚された私も帝都から遠ざけてしまおう……もしもバレたときに、母さんと父さんが罪人になるように仕組んだというわけだ。なんて巧妙。


「だまされちゃったんだね」


 私がぽつりと言うと、お母様とお父様は驚いたように私を見下ろした。


「サクラ、一応言っておくけれど……俺たちはね、彼らに感謝しているくらいなんだよ」

「え?」

「こんなに可愛くて大切な宝物と出会えたのよ?」


 お父さまが、私を抱き上げてくれる。

 北の村にいたときよりも、ずっと逞しい腕だ。

 狩りや農作業に従事していたから、もともと強い男だったのに──どれだけ一生懸命に、訓練に取り組んでいるのだろうか。


 お母様が、優しく呟く。


「結果として、こうして王室に戻れたけれど……もし、投獄されていたとしても、放逐されていたとしても──あなたを育てたことに後悔なんてないの」

「……おかあさま」

「ああ。あの村で過ごした日々は、父さんと母さんの宝物だ。何ものにも代えがたい、宝物なんだ」

「おとうさま……っ!」


 じわ、と涙が浮かんでしまった。いけない。こんな、お約束通りのお涙頂戴展開で泣くなんて。

 この二人は、なんてお人好しなんだろう。

 逃亡中の身でありながら、他人の借金を肩代わりしてしまうくらいなのだ。そりゃあ、お人好しに決まっているけれど。

 

「……帝都大聖域に、あなたが来てくれたことに感謝しなくちゃね」


 そうか。

 私がやってきた場所を、見せたかったんだ。


「サクラちゃん」


 お母様が微笑む。


「私たちの子になってくれて、ありがとう」


 ぎゅう、と抱きしめられた。

 正直、お姫様に返り咲いたお母様にとって私はもう邪魔なのかなと思っていた。いや、冷静に考えたらお母様もお父様も、そんなひどい人ではないのはわかりきっているのに。


「寂しい思い、していないか?」


 こく、と頷いた。

 幸い、私には帝都にやってきてからたくさんの友達ができた。

 ノアルさん、アインツさん、リリィさん。侍女のメアリー。

 皇帝陛下おじいさまだって、時間を見つけては(ちょっと鬱陶しいまでに)私にかまってくれる。


 だから、忘れていたけれど。

 この世界にやってきて、誰よりも私のことを思ってくれていたのはお父さまとお母さまだった──。


(そっか、私はここにやってきたから……二人の子どもになれたんだ)


 感慨深いきもちで、淡い光を放つ魔法陣を眺めていると。


 魔法陣が、光り出した。

 ぺかーっと、まばゆいまでに輝きだした。


(祠が光ってる!?)


 お父さまが、私を守るようにして覆い被さる。


「ちょ、ま! なにがおきてるの!」

「一度退こう、アマンダこっちへ──」


 私の耳に、何かが聞こえた。

 遠くから、近くから。何かを私に告げている。


『……聖女レベル、アップ』


 たしかに、そう聞こえた。

 せいじょれべる、あっぷ。なんだそれは。


 そう思った瞬間に、不思議な光は消えていた。


「なんだったのかしら、今のは……って、サクラちゃん!?」


 私を見たお母さまが、悲鳴を上げた。


「その紋章は……?」

「もんしょう?」


 お母さまの視線をたどって、自分の右手を見る。

 なんか、すごいかっこいい紋章が浮かび上がっていた。


(こ、こ、これ……過労死聖女のキャラデザそっくり!!)


 前世の遠い記憶。

 大人気ソシャゲの超高性能キャラ『サクラ』のキャラデザに、こんなのありませんでしたか?


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