第39話 帝都大聖域

 お忍び用の馬車に乗り込んで、帝都大聖域に向かった。

 まあ、お忍びといっても、たくさんの護衛が周囲を固めているから、バレバレだと思うけど。


 私はお母さまと一緒に馬車に乗り込んで、お父さまは馬車の近くを騎馬で護衛する係として随行した……一応、まだ二人には大きな身分差があるわけだ。

 ……というか、ここまで厳格に身分差があるのを目の当たりにすると、すごい覚悟で駆け落ちをしたんだなぁと感心する。

 北の村は、帝都とは比べものにならないくらいの田舎だった。

 お母さまは子どもたちに読み書きを教える他にも、私たちの家が食べるぶんの畑の手入れなんかもしていたし、炊事洗濯ふくめて家のことは何でも自分でやっていた。

 それって、並大抵のことではない。

 侍女やメイドたちがなんでもやってくれる生活を捨ててでも、お父さまと一緒にいたかったんだな……。


「ほら。サクラちゃん、見えてきたわよ」


 王城から出てから、さほど馬車を走らせないうちに周囲を高い柵で封鎖された岩場が出てきた。ここが帝都の町外れだ。

 切り立った岩場が、左右にそびえ立っている。

 その間を切り裂くように、洞窟の入り口がある。

 ──帝都大聖域。

 この世界が窮地に陥ったときに、異世界からの救世者が召喚される聖地だ。

 帝都のなかに聖域がある……というと変な感じがするけれど、順序が逆なのだ。

 シャンガル帝国を建てた初代皇帝は、この「大聖域」を手にしたことでこの大陸すべての領地を統べる皇帝としての地位を不動のものとした……らしい。


 まず、大聖域を監視し、守るために、周囲に軍隊が駐屯した。

 軍隊が駐屯すると、周囲に軍人向けの店ができる。

 軍人向けの店で働く人間が暮らすためには……こうして、街ができて、そこが都となり、大聖域を囲む帝都となった。


 この場所に都ができてから、帝都大聖域に異世界から英雄がやってきた記録はまだない。図書館の本に残されてる、伝承や古諺こげんはあるけれど……。


「わたしが、ここに……?」

「そうよ、あなたは本の小さな赤ちゃんで、この場所にいたのね。それで──」


 お母さまは、そこで言葉を呑んだ。

 六年前。前世で過労死したわたしは、どういうわけかこの帝都大聖域で赤ん坊として転生した。まだほにゃほにゃの赤ちゃんだった私は、そのときの記憶はないけれど……そして、お母さまは妹姫のアベルさん(と、おそらくその背後にいた拝塵教団)に唆されて、大切な『異世界からの転生者』である私をつれてお父さまと一緒に駆け落ちをしたのだ。


「そろそろ着くわね」


 さすが、皇族の馬車。

 顔パス状態で帝都大聖域を守っている衛兵たちが門を開いてくれた。


 馬車が停まって、扉が開く。

 お父さまが両手を広げて立っていた。

 私は、田舎に住んでいたときのようにお父さまに飛びつく。


 ぎゅう、と抱きしめてくれる腕の力強さに、たっぷりの愛情を感じる。


「さあ、お姫様。こっちだよ」


 お父さまは、右腕に私を抱いて、左手でお母さまをエスコートする。

 しゃんと伸びた背筋は、すっかり「騎士様」という感じだ。


 帝都大聖域の警護をしている衛兵たちが、私たちをビシッと一糸乱れぬ敬礼で出迎えてくれた──この岩場の奥が、「帝都大聖域」かぁ。

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