第38話 学生生活カムアゲイン

 アインツさんがやってきて、嬉しいニュースを告げた。


「……というわけで、サクラ様におかれましては王立学院へのご入学をお願いいたします」


 きた、きた。

 きました……学生生活カムアゲイン!

 私は思わず両手を握りしめて、天高く突き上げる。


「たのしみっ!」

「前向きでけっこうなことですね」


 にこやかなアインツさん。

 私が隠遁水晶を破壊してしまったせいで、隠密の仕事ができないというノアルさんは、今は休暇もかねて私の護衛という形で一緒に過ごしてくれている。

 お母さまも相変わらずお忙しいし、お父さまに至っては騎士団の一員として宿直業務もあるみたいなので、日中一緒にいてくれる人は心強い。

 かなり王城での生活にも慣れてきたけれど、やっぱりちょっと不便はある。高いところのものをとりたいときとか、特に一人だと心細いのだ。

 メアリーさんも、最近は執筆が佳境みたいだしね。


「サクラ殿は、シャンガルの学校制度についてはご存知ですか?」

「としょかんでわかったことくらいは!」


 まず、義務教育というものは存在しない。

 あるていど、裕福な家の出身だったり有望だったりする子どもが「学院」と呼ばれる場所で学ぶことになっている──なんでも一般的には、六歳から十六歳くらいまでが学生として過ごす期間らしい。

 その後は、家業を継いだり職業学校にすすんで宮廷仕えを目指したり……貴族の出身ならば本格的な社交界デビューをしたり、と

 余裕のある一般庶民は、近所の手習い処みたいなところで勉強をする。

 一般的な読み書き、そして簡単な計算能力をひろく国民が持っていることが国力向上に繋がる……という考えは基本的には「ない」みたいだ。


 まあ、身分制度があるんだからそうだよね。

 図書館も、施設の立派さに比べると人でもまばらだったし。

 うーん、でも『読み書きそろばん』くらいは……と、まあ、これは現代人の感覚。


 シャンガル王立学院の仕組みは、だいたい六歳から十二歳までの「下級エレメンタリ」では総合的な学習やマナーを男女混合で学ぶ。

 そのあと、十六歳までの「上級シニア」で専門的な教育あるいは高度な教養教育が行われる……特に上級シニアは、ミニチュア社交界とか呼ばれていて、シャンガル帝国の上流階級の縮図といわれているらしい。


 一応、庶民に学問が許されていないわけではない。

 商人の子どもなんかは、仕事のために読み書きや計算を習う。

 簡単な読み書きの普及率は悪くなくて、だからこそ貸本屋さんが田舎の村まで回ってきてくれるわけだ。市井の研究者なんかも、そこそこいるみたい。


 なんてかんじで。

 今のところ私が分かっている学校についての知識を、つらつらと並べる。


「すばらしい、大枠は完璧です」


 アインツさんに褒められた、やったね!

 伊達に図書館通いをしているわけではないのだ。

 聖女についての伝承もある程度は情報を仕入れられたし、帝都図書館様々だ。


「サクラ殿の年齢は?」

「さんさいか、よんしゃい」


 たぶん、それくらい。


「ふむ……アマンダ姉姫殿下とともに帝都大聖域から赤子が消えたころから、そうだろうな」

「となると、下級エレメンタリに編入ということになるね」


 個人的には、なるべく長く学校に通いたいので、下の学年のほうが助かる。

 というか、もう人間関係ができあがっている教室に入っていくのって……ハードルが高すぎるけど……。


「アベル妹姫殿下の子が、同じ学年になる可能性もあります」

「ええっ!」


 お母さまを呪っていた腹違いの妹で、拝塵教団と繋がりがあったという……。

 そういうのって、親が捕縛された段階で学院からも追放されるんじゃないんですかね?


「成り立ちからして、王立学院は独立した組織です。今はシャンガル帝国の上流階級の子女が多く通っていますが、今でも帝国外からの留学生を受け入れています。学校内部は、究極的には皇帝陛下すらも口出しができないのですよ」

「へええ!」

「王立学院の校舎や寮は、もとはシャンガル帝国の前身である旧王国の城ですし」


 あ、たしかに。

 帝国なのに「王立」とは妙だなと思っていたのだけれど、そういうことなのね。

 というか、旧王国の城が校舎とか豪華……じゃなくて、幽霊が出そう。


 誰も居ないオフィスで終電後に残業していたときに、何度か変な体験をしているのでおばけは怖いのだけれど。


「それに、あなたの聖なる魔力についての情報が、街中で噂になっています……あなたがその魔力を発した張本人だとは、絶対にバレないようにしてください」

「げっ」


 そうだった。

 街中で、けっこうな魔力の暴発を……って、あなたたち二人があんまりじれったい中学生みたいな恋愛してるから、つい!


「王立学院のセキュリティは王城以上とも言われていますし、噂のほうも隠密隊が火消しにつとめていますが……人の口には戸を立てられませんから」

「うぐぅ……」

「サクラ殿に取り入ろうとする者も出るかと」

「うわあああ!」


 めんどうくさい人間関係!

 さいあくだ……ほんわか学園編希望です……。


「ただ、少なくとも現状は……サクラ殿にこれ以上の負担はかけられませんから、皇帝陛下の孫娘であろうことは伏せて入学できるように手配いたします」

「そ、そうなの?」


 涙目の私に、ノアルさんが大きく頷いた。


「ええ、ただでさえ、あなたが例の魔力の持ち主……『帝都大聖域』に召喚された聖女だということが知られたら面倒なのに、王族に取り入ろうとする小ずるい人間まで寄ってこられたら、たまりませんから」


 言葉にされると、破壊力がすごい。

 私の学校生活、どうなっちゃうのだろう。

 ……とはいえ、身分さえ隠し通せば、のんびりでほんわかな学校生活が待っているはず。私はグッと拳を握った。がんばるぞ。


 私が決意を新たにした、そのとき。

 こんこん、とドアがノックされた。


「……サクラちゃん?」

「おかあさま!」

「やあ、話は終わったかい?」

「おとうさまも!」


 多忙な二人が、寄り添ってやってきた。

 家族の時間を大切にしてくれている二人だけれど、こんなに早い時間にやってくるなんて珍しい。まだ、夕方にもなっていない。


 ノアルさんとアインツさんが、華麗な所作で一礼をした。

 アマンダ王妃ことお母さまは、このお城において皇帝陛下おじいさまの次に身分が高いわけだ。


「サクラちゃんと一緒に行きたいところがあるの」

「いきたい、ところ?」

「ああ……僕らが君と出会った場所だよ」


 それって、つまり。

 帝都大聖域。


 ──異世界から、この世を救う赤子が召喚される場所だ。



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