第37話 三守護神の見解


 シャンガル帝国の三守護神。

 現皇帝の懐刀でもある、三人の若き宮仕えはのちにこう呼ばれることになる。


 騎士アインツ・フォン・エーベルバッハ。

 魔術師リリィ・フラム。

 隠密ノアル・シュヴァルツ。


 帝国の宮仕えの官吏を育成する、養成学校の同期だ。

 世界の危機に際して帝都大聖域に召喚されるという、救世主──あるいは聖女が発見されたことに対して、彼らは危機感を募らせていた。


「……で、あいつの身柄はどうするんだ?」


 十代前半の見た目をした宮廷魔導師が、気だるげに尋ねる。

 金髪に紅の瞳。そして、右目を伸ばした前髪で隠している。その奥にあるのは、さまざまな事象を見通す魔眼である。

 クリスタルによる魔力鑑定などを、ゆうに上回る鑑定力。

 失踪していた王女アマンダが連れて帰った少女サクラは……どう見ても、この世界の魔力とは異質な魔力を持っている。それも、ドデカいやつを。


「先日捕らえた拝塵教団の幹部へのは、もうこのあたりが限界だろう」


 答えたのは、ノアル・シュヴァルツだった。

 東方からやってきた流浪の巫女と先代皇帝──老齢になるまで、非常にだった──の間にもうけられた子だと噂される、帝都隠密隊のエースだ。

 戦闘能力も秀でており、隠密としての力量も十分。

 そう、隠密隊……日向の『帝都シャガール騎士団』に対して、影の存在である隠密隊の仕事には尋問が含まれる。手段を問わない尋問である。

 ──要するに、拷問だ。


「限界……」


 うげ、とリリィが顔をしかめる。

 つまりは、もう彼らはボロ雑巾も同然なのだろう。

 シャガール騎士団の若き隊長、アインツ・フォン・エーベルバッハが気遣わしげにノアルに尋ねた。


「大変だったね、ノアル。……ところで、それはサクラ様には」

「もちろん知らせてない。まだ子どもだ」


 中身がどうあれ、見た目が六歳の少女──しかも、仮にも皇帝の孫娘である。

 聞かせられるないようではない。


「そうか。サクラ様には助けられているしね」


 そもそも、拝塵教団への潜入捜査が上手くいったのは、サクラの存在が大きかった。


「まったくな! 宮廷魔導師が総力挙げても作れなかった魔塵の影響を打ち消す機構が、あいつの魔力を使った途端に、すーぐ完成しちまうんだから、いやになるよ」


 リリィが、やれやれと首を横にふる。

 アインツが「そういえば」とさらに尋ねる。


「なんでも、魔塵症の治療にも光明がみえたとか」

「ああ、そのあたりは別口で研究をすすめてるみたいだが……例の潜入現場で、サクラの魔力が作用した信者たちに、魔塵症の症状後退が見られたらしいぜ」

「すごいな……」


 リリィが、にまぁっと意地悪く笑う。


「いやあ、あれだけ周りをヤキモキさせ続けてたお前らが、現場でアツい愛の一幕を演じてくれたからこそだな?」

「なっ!」

「り、リリィ! 別に僕らはイチャついていたわけでは!」

「あたしはそこまで言ってないけど?」


 年上の友人たちを揶揄うのは、リリィの趣味だ。


「……で、魔塵症の蔓延のせいで閉鎖中の施設が、そうそうに再稼働する予定だそうだ。王立学院も、対象に含まれてる」


 ノアルが腕組みをする。


「……サクラ殿は、おそらく学院に入学することになるだろうな」


 アインツが、「それはいい!」と笑顔を見せる。


「へえ。彼女、たしか学校に通ってみたいと言っていたよね。ちょうどいい」

「ばーか。さすが名門エーベルバッハ公爵のご子息はほんわか頭だぜ」

「えっ」


 どうして、とアインツが首を捻る。


「ようするに、サクラの囲い込みにかかってんだよ」

「誰が……?」

「貴族どもだよ」


 アインツが息を呑む。

 彼が一番身に染みてわかっていることだが、帝国貴族は一枚岩ではない。

 おのれの利益のために、サクラに近づく人間もいるだろう。


 癒やしと祝福をつかさどる、救世の聖女……帝都大聖域からつれさられた赤子がサクラであることは、現状は機密事項として扱われている。


 けれど、噂というのはどうしてもどこからか漏れてしまうものだ。

 さらに言えば──


「先日、姉に不妊の呪いをかけ、そそのかして帝都大聖域の赤子を連れ去らせたとがで捕縛された、妹姫アデルとその夫が……拝塵教団の息がかかっていた」

「ってことは」

「……なるほど、他の貴族も、油断ならないということか」


 アインツが、大きく溜息をついた。


「だから、あの人たちは嫌なんだよ」


 心根がまっすぐな青年である。

 だからこそ、分け隔てなくノアル・シュヴァルツの好敵手として青春を過ごし──気難しい天才少女魔術師とも、こうして交流を続けているわけだけれど。


「とりあえず、サクラ殿には、それとなく忠告をしておかなくてはな」


 ノアルの言葉に、二人がそれぞれに頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る